2017 Volume 59 Issue 3 Pages 265-271
症例は70歳女性.19歳時胃潰瘍のため胃全摘術を受けた.右季肋部痛の精査目的で施行した上部消化管内視鏡にて切歯17cmより食道空腸吻合部にかけてlong segment Barrett’s esophagus(LSBE)をみとめた.切歯18cmには12mm大の発赤調の扁平隆起性病変をみとめ,生検にて高分化型腺癌であった.胃全摘後のLSBEに合併したBarrett食道腺癌と診断しESDを施行し,病理診断は,adenocarcinoma in Barrett’s esophagusで,深達度はdeep muscularis mucosae(DMM)であった.背景粘膜は腸上皮化生を伴う円柱上皮で粘膜筋板の2層化と食道固有腺をみとめた.胃全摘後のLSBEに合併したBarrett食道腺癌に対してESDを行った症例を経験した.胃全摘後であってもBarrett食道が発生することから,癌合併を念頭においた術後長期のサーベイランスが必要であると思われた.
食道腺癌の発生母地とされるBarrett食道の成因は,胃酸だけでなく胆汁酸の逆流による粘膜傷害も重要な役割を果たしており 1),2),胃全摘後で胃液逆流の影響を受けない状況下でも食道炎やBarrett食道をみとめることが知られている 3)~6).今回,胃全摘後のlong segment Barrett’s esophagus(LSBE)に合併したBarrett食道腺癌に対してESDを行った症例を経験したので報告する.
患者:70歳,女性.
主訴:右季肋部痛.
既往歴:19歳時胃潰瘍のため胃全摘術を施行された.
家族歴:特記事項なし.
現病歴:右季肋部痛のため2013年9月に近医受診,上部消化管内視鏡にて上部食道に隆起性病変をみとめたため当科紹介受診となった.
受診時現症:身長145.7cm,体重31.8kg,結膜に貧血,黄疸なく,腹部正中に手術瘢痕をみとめた.
血液生化学検査:RBC 426×104/μl,Hb 13.8g/dl,Ht 40.9%,Cre 0.7mg/dl,TP 6.7g/dl,Alb 3.9g/dl総コレステロール 225mg/dlと軽度の高コレステロール血症をみとめたが,貧血なく栄養状態も良好であった.
上部消化管内視鏡所見:胃全摘後状態で,再建法はBillroth Ⅱ法食道空腸端側吻合+Braun吻合(B-Ⅱ+Braun吻合)と考えられた.食道入口部より切歯17cmまで白濁した扁平上皮に覆われた食道粘膜をみとめ,切歯17cmより食道空腸吻合部にかけてBarrett上皮と思われる全周性の発赤調粘膜をみとめた.切歯18cmに前医で指摘された12mm大の発赤調の扁平隆起性病変をみとめ,病変は頂部で軽度の凹凸不整をみとめ,辺縁はなだらかな立ち上がりを示し境界は不明瞭であった(Figure 1).
上部消化管内視鏡通常観察像.
食道切歯18cm背側に12mm大の発赤調の扁平隆起性病変をみとめた.病変の中央部から左側では一段高い隆起を示した.
インジゴカルミン散布にて病変の境界は明瞭となり,病変の中央部から左側では結節状の一段高い隆起をみとめ,病変左側は急峻な立ち上がりを示し境界は明瞭であった.病変の口側から右側では表面平滑な低い隆起となっており,境界はやや不明瞭であった(Figure 2).
インジゴカルミン散布像.
病変左側の境界は明瞭(矢印)であったが,病変の口側から右側ではなだらかな立ち上がりを有する低い隆起となっており,境界はやや不明瞭(矢頭)であった.
Narrow band imaging(NBI)併用拡大観察では,一段高い隆起部は不整な粘膜表面微細構造を示し,微小血管は形状が不均一で口径不同や拡張,途絶をみとめた(Figure 3-a).病変の口側から右側の低い隆起部は比較的均一な管状の表面微細構造を示し,微小血管は網目構造を示し,口径不同は目立たなかった(Figure 3-b).
NBI併用拡大内視鏡観察像.
a:一段高い隆起部は不整な粘膜表面微細構造を示し,微小血管は口径不同や拡張,途絶をみとめた.
b:病変の口側から右側の低い隆起は比較的均一な管状の表面微細構造を示し,微小血管は網目構造を示し,口径不同は目立たなかった.
超音波内視鏡観察(脱気水充満細径プローブ法,UM-3R 20MHz,オリンパス社)にて病変は第1-2層に限局するやや低エコー領域として描出され,病変中央部では第3層を下方に圧迫していたが,第3層の途絶はなく病変との境界も明瞭であった(Figure 4).
超音波内視鏡観察像.
病変は第1-2層に限局するやや低エコー領域として描出され,病変中央部では第3層が下方に圧迫されていたが途絶はなく,病変との境界も明瞭であった(矢頭).
食道造影X線検査では胸鎖関節やや肛門側のUt領域に14mm大の隆起性病変をみとめ,中央部ではわずかに凹凸を有する一段高い隆起部を伴い,その口側から右側には丈の低い隆起が連続していた.病変は蠕動にて周囲の食道粘膜と同調し柔軟に変形し,粘膜内病変と考えられた(Figure 5).
食道造影X線検査.
Ut領域に14mm大の隆起性病変をみとめ,中央部ではわずかに凹凸を有する一段高い隆起部を伴っていた.その口側から右側には丈の低い隆起(矢頭)が連続していた.
隆起部から生検を行い病理診断は高分化型腺癌であり,周囲の発赤調粘膜からの生検は腸上皮化生を伴う円柱上皮であった.以上の所見より,胃全摘後のLSBEに合併したBarrett食道腺癌で深達度はT1aと診断しESDを施行した.内視鏡はGIF-H260Z(オリンパス社),デバイスはフラッシュナイフBT(1.5mm)(富士フィルムメディカル社),局注液は0.4%ヒアルロン酸ナトリウム溶液(ジョンソン・エンド・ジョンソン社),高周波発生装置はESG-100(オリンパス社)を使用し,40分で一括切除した.穿孔や後出血はなく,術後経過は良好であった.
病理組織所見:切除標本には14×10mm大の扁平隆起性病変をみとめ,組織学的には一段高い隆起部と周囲の低い隆起部は共に腺管形成をしめす異型細胞がみられ,高分化型腺癌であった(Figure 6,7-a).腫瘍は隆起部中央で浅層粘膜筋板(superficial muscularis mucosae:SMM)を越えて粘膜固有層(lamina propria mucosae:LPM)に浸潤し深層粘膜筋板(deep muscularis mucosae:DMM)を圧排していたが,深層粘膜筋板を越えて粘膜下層への浸潤はみとめず,深達度はT1a- DMMであった(Figure 7-b).背景粘膜は腸上皮化生を伴う円柱上皮で粘膜筋板の2層化と食道固有腺をみとめた.病理診断はwell differentiated adenocarcinoma in the Barrett’s esophagus,14×10mm,0-Ⅰs+Ⅱa,pT1a-DMM,ly(-),v(-),HM0,VM0であった.
ESD標本ルーペ像.
病変の長径は14mmで,低い隆起部(矢印ではさまれた部分)の内部に8mm大の結節隆起部を伴っていた.
ESD標本病理組織像.
a:隆起部に一致して高分化型腺癌をみとめた(×100).
b:desmin免疫染色.一段高い隆起部で腫瘍はSMMを越えてLPMに浸潤しDMMを圧排していたが粘膜下層への浸潤はみとめなかった(×20).
深達度はDMMであったが,高分化型腺癌で脈管侵襲はみとめず,切除断端陰性であったため,十分なインフォームドコンセントを行い経過観察とした.現在ESD後2年経過しているが,局所および転移再発をみとめていない.
Barrett上皮は胃食道逆流症や食道潰瘍の修復過程で後天的に発生する食道上皮の変化で,本来の食道重層扁平上皮が食道胃接合部から化生円柱上皮に置換されている状態をさす.その成因として下部食道括約筋による胃食道逆流防止機能の低下や胃排出能の低下による胃液逆流の食道粘膜に対する傷害が挙げられる.しかし,胆汁を含んだ十二指腸液の逆流も食道炎やBarrett食道の発生に関与しており,Barrett食道患者の胃食道逆流液の胆汁濃度は正常者やBarrett上皮をみとめない食道炎患者に比較して有意に高く,胃酸単独よりも胆汁を含む十二指腸液が加わったほうがより強く食道粘膜傷害を惹起し,Barrett食道の原因となることが報告されている 7),8).また,Yumibaら9)は胃全摘後に食道炎をみとめた症例は食道炎をみとめない症例に比較して有意に食道内への胆汁逆流が高度であることを報告し,胃酸の逆流がない胃全摘後状態であっても,十二指腸液,特に胆汁の逆流による食道粘膜の傷害で食道炎やBarrett上皮が発生することを示している.
胃全摘後の食道炎,Barrett上皮の発生頻度についてはMeyerら 3)が胃全摘後20例中19例(95%)で食道炎を,6例(30%)でBarrett上皮をみとめたと報告している.また,Peitzら 4)の報告によると25例中8例(32%)にBarrett上皮が発生し,胃全摘後からの期間は1年から36年(中央値9年)であった.本邦では橋本ら 5)が胃全摘後23例中13例(56.5%)で食道炎が,5例(21.7%)でBarrett上皮が発生し,胃全摘後からの期間は8カ月から12年(中央値3年6カ月)と報告している.一方山本ら 6)の検討では胃全摘後37例中,食道炎とBarrett上皮の出現頻度はそれぞれ10例(27.0%),1例(2.7%)であった.
一般的に食道炎やBarrett食道の頻度は人種や性,肥満,食生活,Helicobacter Pylori感染率によって異なることが指摘されているが 10),胃全摘後では再建法の違いもその発生頻度に影響すると思われる.胃全摘術の再建法はRoux-en-Y(RY)法が主流となっているが,B-Ⅱ+Braun吻合,空腸置換法,double tract法なども用いられている.高率に食道炎やBarrett上皮の発生がみられたMeyerら 3)の報告では全例がB-Ⅱ+Braun吻合であった.一方,Peitzら 4)はB-Ⅱ+Braun吻合ではBarrett上皮が75%にみとめたが,RY法では約20%と低頻度であったと報告している.本邦でも橋本ら 5)は食道炎やBarrett食道はB-Ⅱ+Braun吻合や空腸置換法に多くみられたが,RY法ではみとめなかったと述べている.吻合部間隔が長くとれるRY法に比較してB-Ⅱ+Braun吻合では食道空腸吻合とBraun吻合との距離が短いため十二指腸液が逆流しやすく,食道炎やBarrett食道の発生頻度が高いと考えられる.本例は約50年前の胃全摘術であるため,再建法を手術記録で確認することはできなかったが,上部消化管内視鏡と上部消化管造影検査にてB-Ⅱ+Braun吻合と考えられた.食道炎やBarrett食道の発生頻度が高い再建法であり,術後長期にわたる食道炎によって頸部食道まで延びるLSBEが発生したと思われた.
本邦における食道癌の組織型は多くが扁平上皮癌であるが,Helicobacter Pylori感染者の減少と食生活の変化や肥満の増加により,逆流性食道炎やBarrett食道が増加しており,その結果,腺癌,特にBarrett食道腺癌が増加している 10),11).しかし,胃全摘後のBarrett食道に発生したBarrett食道腺癌の報告は少なく,1977年から2015年までの期間で医学中央雑誌を用いて「胃全摘」「Barrett腺癌」を,PubMedを用いて「total gastrectomy」「Barrett’s esophagus」「adenocarcinoma」をキーワードに検索したところ自験例を含む7症例8病変のみであった(Table 1).各症例の年齢は52歳から74歳(中央値67歳)であり,自験例以外はすべて男性であった.胃全摘後の再建法はRY法が3例,B-Ⅱ+Braun吻合が2例,Billroth Ⅱ法が1例で,5例でLSBEを伴っていた.胃全摘からBarrett食道腺癌が診断された期間は3年から51年(中央値29年)であり,自験例が最長であった.癌の組織型は分化型が多く,深達度は症例1を除いて表在癌であった.治療法は,自験例を除きすべて外科的切除されており,内視鏡的切除された症例は自験例が初めてであった.リンパ節転移は記載があった5症例中1例のみであり,低分化腺癌成分が含まれる粘膜下層浸潤癌であった.症例2,3,5,6の4例はBarrett食道の経過観察目的や慢性の逆流症状で定期的な上部消化管内視鏡を受けていた.この内3例は粘膜内癌,1例は粘膜下層浸潤癌で,いずれもリンパ節転移は陰性であった.一方,固有筋層に浸潤していた症例1とリンパ節転移をみとめた症例4はそれぞれ黒色便や食欲低下の症状が上部消化管内視鏡の契機となっており,定期的なサーベイランスの重要性が示唆された.
胃全摘後のBarrett食道に合併したBarrett食道腺癌.
表在型Barrett食道腺癌のリンパ節転移率はDunbarら 18)が70編の論文を集計解析して,T1a癌1,874例中26例(1.4%)と報告している.本邦では西ら 19)の報告によるとT1a癌で196例中3例(1.5%),T1b癌で210例中36例(17.1%)であった.pT1a癌をSMM,LPM,DMMに細分類したリンパ節転移の検討では,Westerterpら 20)はそれぞれ0%(0/13),0%(0/18),4.3%(1/23)と,西らも0%(0/11),0%(0/9),6.1%(3/49)と報告しており,深達度がDMMの病変には少ないながらリンパ節転移をみとめる.細分類別にリンパ節転移を検討した報告は少なく,組織型別や脈管侵襲,潰瘍合併の有無を加味した検討はなされていないが,現時点では扁平上皮癌に準じてEP,SMM,LPMまでの分化型腺癌は内視鏡治療の適応と考えられている 21).表在型Barrett食道腺癌のリンパ節転移危険因子としては,深達度以外では腫瘍径20mm以上,脈管侵襲陽性,低分化腺癌が報告されており 22),23),扁平上皮癌と同様に本来の粘膜筋板であるDMMに達する病変や粘膜下層微小浸潤癌であっても,これらの危険因子を加味することによって内視鏡的切除後の経過観察が許容されるかどうか検討する必要がある.自験例は深達度DMMであったが脈管侵襲や低分化腺癌成分はなく経過観察とし,ESD後2年で局所再発や転移再発をみとめていない.今後も注意深い経過観察が必要である.
胃全摘後のLSBEに合併したBarrett食道腺癌に対してESDを行った症例を経験した.胃全摘後であってもBarrett食道が発生することから,癌合併を念頭においた術後長期のサーベイランスが必要であると思われた.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし