2017 Volume 59 Issue 4 Pages 438-443
症例は45歳,男性.約20年前に不全型Behcet病と診断され,通院中,2年前に腸管病変を認め腸管Behcet病と診断された.ステロイドおよびインフリキシマブ・アダリムマブに抵抗性であり,回腸末端に全周性の類円形巨大深掘れ潰瘍を認めた.また,潰瘍には巨大な露出血管を認め,そこからの大量出血を認めた.露出血管からの出血に対してIVR併用下に内視鏡的止血を行った報告はみられず,その有効性が示唆された.
腸管Behcet病の腸管病変は典型例では回盲部に類円形の潰瘍性病変が生じる.大量出血例や穿孔例は外科的治療となることが多い.外科的治療は吻合部再発例も多く,特に出血例では可能な限り内科的治療を目指すが,困難例が多く,特に内視鏡的に止血が成功した例は少ない.今回,われわれは血管内治療(Interventional Radiology,IVR)併用下にクリップ法による内視鏡的止血術が有効であった巨大露出血管を有する腸管Behcet病の1例を経験したので,文献的考察を加えて報告する.
患者:45歳,男性.
主訴:右下腹部痛,下痢,血便.
生活歴:喫煙:20本/日×20年,飲酒:なし.
既往歴:25歳:不全型Behcet病,40歳:尖圭コンジローマ,41歳:白内障.
家族歴:特記事項なし.
現病歴:1997年に口腔内アフタ,毛嚢炎,ぶどう膜炎が出現し,当院膠原病内科で不全型Behcet病と診断され,プレドニゾロン(PSL),メサラジン,シクロスポリン,メトトレキサート,コルヒチンで加療された.2012年7月に右下腹部痛,血便,下痢を認めるようになり,当科紹介され,下部消化管内視鏡検査で回盲部に深掘れ潰瘍を認め,腸管Behcet病と診断した.ステロイドパルス療法,インフリキシマブ導入などを実施し改善された.2013年8月に再発し,PSL増量およびアダリムマブ導入し一時改善を認めたが,PSL漸減中の2014年3月に再発したため,精査・加療目的で当科入院となった.
入院時現症:身長155cm,体重57.8kg,体温36.2℃,右下腹部痛あり,口腔内アフタなし,外陰部潰瘍なし,眼症状なし,中心性肥満あり.
入院時検査所見:Hb 6.2g/dlと著明な貧血を認めた.WBC 10,100/ml,CRP 9.0mg/dlと炎症ならびに低蛋白血症を認めた.Behcet病の約50%が陽性とされるHLA-B51は陽性であった.
下部消化管内視鏡検査(Figure 1-a,b):盲腸には回腸末端への瘻孔を形成していた.バウヒン弁から回腸末端への挿入は困難であったため,大きな瘻孔からの回腸末端の観察を行い,回腸末端に全周性の巨大深掘れ潰瘍を認めた.生検では非特異的な炎症像と炎症細胞浸潤のみであった.
下部消化管内視鏡所見.a・b:盲腸-回腸瘻形成(白矢印),巨大深掘れ潰瘍を認める.
c・d:出血性ショック後,径4-5mmの巨大露出血管(黒矢印),潰瘍近傍へのIVR用マーキングクリッピングを施行.
e・f:IVR併用内視鏡的止血術施行時.
Magnetic Resonanse Enterography(MRE)(Figure 2):盲腸と回腸末端は一塊になっており,盲腸と回腸末端に瘻孔を認めた.
MRE.盲腸と回腸末端は一塊となっており,盲腸と回腸末端に瘻孔(白矢印)を認めた.
臨床経過(Figure 3):上部消化管内視鏡検査,下部消化管内視鏡検査,MREの結果,潰瘍・瘻孔は回腸末端に限局して認められた.入院後より禁飲食として,PSL 55mg/日(1mg/kg/day)に増量して保存的に加療した.貧血に対しては適宜濃厚赤血球を輸血することで対処していたが,第18病日目に大量の血便,出血性ショックとなり緊急下部消化管内視鏡検査を施行した(Figure 1-c,d).潰瘍底にはレギュラークリップの幅から想定すると約4mmの巨大な露出血管を認め,出血源であることを確認できたが,あまりにも巨大であるために内視鏡的止血術の適応外であると判断し,IVRを行うこととして,マーキングのために潰瘍近傍にクリッピングを施行した.血管造影では明らかな造影剤の血管外漏出は認めず,ゼルフォームを回腸末端付近に充填して終了とした.第21病日目に再度大量の血便,出血性ショックとなり,緊急血管造影を施行した.この際も前回同様の漏出であり,ゼルフォーム充填のみで終了となった.この時点で治療方針を再検討し,大量出血例,瘻孔形成例であるため,外科手術の絶対適応と考えた.しかし,患者のできるだけ外科手術を避けたいという極めて強い意向があり,十分なICのもとに,出血が制御できない際は迅速に外科手術に移行できるように外科医バックアップのもと,IVR併用下内視鏡的止血術を施行する方針とした.第26病日目にIVR室で下部内視鏡検査を施行した(Figure 1-e,f).レギュラークリップを用いて3個クリッピングした際に出血したが,計7個のクリッピングで一次止血をすることができた.その後すぐに血管造影に移行した(Figure 4).回腸動脈の責任血管をゼルフォームで一次止血している間に造影剤の血管外漏出が明瞭であり,N-butyl-2-cyanoacrylate(NBCA,ヒストアクリル®)+Lipiodolで塞栓し止血後,コイリングで追加塞栓を施行した.コイリング後は血便なく経過し,炎症反応が改善した後にInfliximab(IFX)導入とした.導入後経過良好にてPSLを徐々に漸減し,第56病日目に退院前に経過確認目的での下部内視鏡検査を施行した(Figure 5).潰瘍は縮小傾向にあり,肉芽形成も良好で,潰瘍底にはコイルを透見することができ,再出血のリスクは低いと考えられた.また,新たに盲腸に類円型の境界明瞭な潰瘍を認め,血液検査でCMVアンチゲネミア陽性であったため,ガンシクロビルで治療を行い,血液検査で陰性になったことを確認し,第71病日に退院した.
入院後経過.
IVR併用内視鏡的止血術.クリップをマークにマイクロカテーテルを用いて回腸動脈の責任血管を選択した.まず少量のゼルフォームで塞栓したが,この時点で造影剤の血管外漏出が出現したため,N-butyl-2-cyanoacrylate (NBCA):Lipiodol=1:7の混和液で塞栓し止血した.その後近位側をカバーするために,Vortex coil 3mm×2.5mm 3個で塞栓した(白矢印).
下部内視鏡検査所見.退院前経過確認目的で施行.潰瘍底にコイルを透見でき,肉芽形成を認める.
腸管Behcet病は食道から直腸までの全消化管で潰瘍性病変を生じ得るが,典型的には回盲部を中心に類円型の深掘れ潰瘍が生じる.厚生労働省Behcet病診断基準においては特殊病変として定義されている腸管Behcet病であるが,穿孔例や大量出血例など緊急手術になる症例も少なくなく,Behcet病においての生命予後を左右するリスク因子とみなされることが多い 1),2).潰瘍底は浸出壊死層・肉芽組織層・線維化層の3層からなり,Crohn病と比較して,浸出壊死層が有意に厚く,炎症細胞浸潤や線維化といった組織反応が軽く,穿孔が多い理由と考えられる 3).外科手術を受けた症例の潰瘍再発率は30~80%と高く 4),再手術になる症例も少なくない.内科治療で改善が期待できない病態のみに手術適応となることが多く,腸管切除範囲も最小限とすることが理想的である.しかし,高い再発率や吻合不全のため切除範囲に関しては肉眼的に異常な腸管は広範囲に切除すべきという意見もある1).
腸管Behcet病における大量出血例の治療としては,内視鏡的止血術・IVR・外科的手術が挙げられるが,各々の症例や施設の環境に合わせた治療法が選択されているのが現状である 5).
内視鏡的に止血された出血例の症例報告は,クリッピングや高周波電気凝固法,エタノール散布例が少数あり,IVRによる止血を試みた報告5)も少数ある.1976年10月から2014年4月の間で医中誌およびPubMedを用いてkey word:腸管Behcet病・出血またはIVRで検索したところ,IVR併用下内視鏡的止血術を施行した報告は認められなかった.内視鏡的止血術を行うことで,病変を直接視認することができ,IVR併用とすることで,責任血管の処理が安全に実施できる可能性が期待できる.また,内視鏡的止血術のクリッピングした際に大出血を起こすリスクやIVRの責任血管を同定できない可能性といった両者のデメリットを両者併用とすることでカバーすることができると考えられる.当施設では,上部消化管出血で内視鏡単独での止血困難例に対して時にIVR補助下にクリップ法での止血を実施することがあるが,下部消化管で本症例のような巨大露出血管等に対するIVRなどはあまり経験はない.IVR併用下内視鏡的止血術を施行する際は,迅速な止血が求められ,下部消化管内視鏡施行時にはIVR用のシースを挿入した状態が望ましいと考えられた.また,腸管Behcet病での出血は本症例のような回盲部の潰瘍底に露出血管を有するものだけではなく,内視鏡的には出血点が確認できない動脈瘤破裂による大量の下血した症例も報告されている 6),7).そのため,積極的なIVR実施後,出血点検索のための内視鏡も必要と考えられる.迅速かつ確実な止血のために,IVRおよび内視鏡治療手技を十分に用意した状態で治療に望む必要がある.
本症例ではクリップがIVRで用いたコイルを腸管内へ脱落することを予防できた可能性も高く,内視鏡的止血術としてのクリップ法は極めて有用であったものと考えられる.
巨大露出血管を有する腸管Behcet病に対して,通常IVR・外科手術・内視鏡治療のいずれか単独による治療が行われるが,本症例のような巨大露出血管を有する場合は積極的にIVR併用内視鏡的止血術を試みることも必要である.腸管Behcet病の大量出血例においてIVR併用内視鏡的止血術により外科手術を回避できた貴重な一例を経験したので若干の文献的考察を加え報告した.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし