2017 Volume 59 Issue 5 Pages 1316-1320
症例は57歳,女性.直腸カルチノイド治療後の定期的な下部消化管内視鏡検査施行時に上行結腸に粘膜下腫瘍が発見された.粘膜面に陥凹を伴う1.5cm大の腫瘤であった.超音波内視鏡検査では内部に高エコーな部分を伴うやや低エコーの腫瘤であった.上行結腸粘膜下腫瘍の診断で,腹腔鏡補助下上行結腸部分切除を施行した.病理組織学的検査では中心部に凝固壊死とその内部に線虫様の構造を認め,周辺部に好酸球とリンパ球浸潤を伴う肉芽組織を認めた.術後の血液検査で抗アニサキス抗体が陽性であったことから,大腸アニサキス症が疑われた.無症状で偶然粘膜下腫瘍として発見された上行結腸アニサキス症を経験した.
アニサキス症はアニサキス亜科の幼虫が人の消化管壁内に穿入することにより惹起される胃腸症であり,大部分は胃や小腸の急性炎症として発症する.今回われわれは無症状で上行結腸粘膜下腫瘍として発見された大腸アニサキス症の1例を経験したので報告する.
症例:57歳 女性.
主訴:症状なし(定期的下部消化管内視鏡検査).
既往歴:2008年 直腸カルチノイドに対して内視鏡的切除術を施行した.
家族歴:特になし.
現病歴:2008年の直腸カルチノイドの治療以降,年に1回下部消化管内視鏡を受けていた.2015年3月,下部消化管内視鏡検査で上行結腸に1.5cm大の粘膜下腫瘍を指摘された.魚介類の生食は不明であった.
現症:腹部平坦軟で圧痛はなかった.
血液生化学所見:白血球をはじめ,血液検査所見に異常を認めなかった.
手術後の病理組織学的検査後に血液検査を施行し,アニサキス抗体 クラス2 抗体価1.01(0-0.34UA/ml)であった.
下部消化管内視鏡検査:2015年3月 中心に陥凹を伴う粗造な粘膜に覆われた大きさ1.5cm大の粘膜下腫瘍を認めた(Figure 1).生検で粘膜に非特異的大腸炎の所見を認めたが,粘膜下組織は採取されなかった.術前の点墨目的に,2015年6月再度下部消化管内視鏡検査を施行した.前回認めた粘膜面の変化は認めず,粘膜下腫瘍の所見のみであり,大きさはほぼ同じであった(Figure 2).

大腸内視鏡検査所見.中心に陥凹を伴う粘膜下腫瘍.右図はインジゴカルミン散布後.

3カ月後の大腸内視鏡検査所見.粘膜面の陥凹はほとんどみられなくなっている.
超音波内視鏡検査:2015年4月 第2-3層を主体として所々高エコーな部分が混じるやや低エコーの腫瘤を認めた(Figure 3).

内視鏡下超音波検査所見.内部に高エコーな部分を伴う低エコーな粘膜下腫瘤が第2-3層を主体に認められた.
腹部CT検査:腸間膜のリンパ節腫大を伴う上行結腸の壁肥厚を認めた.
PET-CT検査:腫瘤やリンパ節にFDGの集積を認めなかった.
手術所見:腹腔鏡補助下上行結腸部分切除術を施行した.腸間膜のリンパ節に腫大を認めたため,D2リンパ節郭清を行った.手術時間は2時間34分,出血量は少量であった.
切除標本肉眼所見:粘膜下に1cm大の弾性硬な腫瘤を認めた.粘膜面は正常であった(Figure 4).

切除標本写真.ホルマリン固定後.上行結腸に1cm大の粘膜下腫瘍を認めた.
病理学的所見:粘膜下層から筋層,漿膜下層を巻き込む腫瘍で,中心部は凝固壊死を呈し,周辺部は好酸球,リンパ球の強い浸潤を伴った肉芽組織からなっていた.壊死物中に,強く変性した線虫様の構造がみられ,周囲に強い好酸球浸潤を伴っていた(Figure 5,6).

病理組織学的検査所見.粘膜下層から筋層,漿膜下層に,中心部に凝固壊死を伴い,周辺部は好酸球,リンパ球の強い浸潤を伴った肉芽組織.HE×20.

壊死物中に,強く変性した線虫様の構造がみられ,周囲に強い好酸球浸潤を伴う.HE×200.
線虫様の構造は変性が強く,アニサキスに特徴的なY字状側索やrenette細胞は確認できなかったが,アニサキス抗体が上昇していることも合わせて,大腸アニサキス症が最も考えられた.
術後経過は良好であり,術後10日目に退院となった.
アニサキス症は,本邦では魚介類の生食摂取が多いこともあり,日常診療で比較的よく遭遇する疾患であり,その本態はアニサキス属またはシュードテラノバ属の幼虫による内臓幼虫移行症である.実臨床で遭遇する病型のほとんどは,急性型アニサキス症であり,なかでも胃アニサキス症が断然多い.その頻度は胃アニサキス症(93.2%),小腸アニサキス症(2.6%),大腸アニサキス症(1.1%)と報告されている 1).
胃アニサキス症は,内視鏡により虫体を摘出し確定診断が可能であり,小腸アニサキス症では,イレウス症状を呈して発見されることが多い 2).また二次的に生じた腸閉塞のため手術によって摘出され,術後に病理組織学的検査で診断されることも多い 3).
本症例は定期的な下部消化管内視鏡検査により偶然発見され,無症状であったため,術前に大腸アニサキス症を疑うことはなかった.ただ無症状で,偶然発見された大腸アニサキス症は過去にも報告されており 4),大腸に粘膜下腫瘍を発見した場合には,頻度は稀ながら本疾患を念頭におく必要がある.医学中央雑誌で「腸アニサキス」「粘膜下」「肉芽腫」で検索すると,16例の報告があり,そのうち大腸アニサキス症は本例を含めて8例であった 4)~10)(Table 1).PubMedで「colon」「Anisakis」「submucosa」「granuloma」で検索したところ2例の報告があった 11),12).

本邦で報告された粘膜下腫瘍として発見された大腸アニサキス症8例.
本邦では上行結腸が3例,横行結腸が4例であり,ほとんどが右側結腸であった.つまり病変の部位が診断の一助になると考えられる.また診断には超音波内視鏡検査が有用である.藤國ら 8)の報告でも第3層から第4層におよぶ低エコー腫瘤の中に高エコースポットを伴っており,診断のてがかりになると思われる.高エコースポットが虫体自体かどうかは不明だが,大きさからは虫体とその周囲の炎症細胞浸潤を反映しているのではないかと思われる.しかし,以前の症例報告でも病理組織像と対比した報告はなく,本症例は腫瘍が小さくこれ以上の解析はできなかった.今後超音波内視鏡検査所見のさらなる検討が望まれる.
イレウスを契機に発見された回腸末端の粘膜下腫瘍が,2カ月後の再検査時に消失し,アニサキス症であることが診断された症例が報告されており 13),肉芽腫は約1-2カ月で自然消褪するとの報告がある.本症例では術前の点墨のために,初回発見時の3カ月後に再度下部消化管内視鏡検査を行った.再検査時には粘膜面の陥凹や粗造な変化は消失していたが,3カ月後も粘膜下腫瘍としてはほぼ同じ大きさで存在していた.粘膜面の陥凹は虫体の刺入部であったと考えられ,初回検査の比較的直前に発症した可能性が高いが,アニサキス症と診断されるまでには3カ月以上経過しており,魚介類の生食歴については不明であった.しかし今後は初回発見時に本疾患を念頭において十分な問診を行うことと,粘膜面の陥凹の変化に注目すれば,診断できる可能性もある.
本症例では初回発見時より3カ月経過していたため,線虫様構造は変性しており,アニサキスに特徴的なY字状側索やrenette細胞は確認できなかったため,アニサキス症の確定診断には至らなかった.しかしながら,本症例では術後1年でのアニサキス抗体は陰性となっており,診断時の抗体価上昇は粘膜下腫瘍と関連していると考える.
魚介類の生食の機会が少ない正常例のIg E型アニサキス抗体価に比べると,魚の生食の多い地域では陽性率が26%と報告されており 14),不顕性感染も多くみられると考えられる.アニサキスが初回感染した場合,自覚症状は比較的軽微に経過する.下部消化管内視鏡検査件数は増加しており,今後は本症例のように無症状での発見例も増加していくことが予想される.また無症状のまま自然治癒している症例も相当数あると考えられ,全体的な症例数の把握は困難であるが,貴重な症例を経験したので報告した.
偶然に発見された上行結腸の粘膜下腫瘍が術後大腸アニサキス症と考えられた1例を経験した.アニサキス症のなかには本症例のように慢性の経過をとるものがあり,粘膜下腫瘍の診断の際は本症例を念頭におく必要がある.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし