2017 Volume 59 Issue 5 Pages 1321-1328
症例は48歳女性.心窩部痛を主訴に近医を受診し,血液検査で肝胆道系酵素高値を認め,腹部超音波検査で総胆管拡張を認めたため,当院紹介受診となった.CT・MRI検査では総胆管~肝内胆管拡張に加え,膵頭部分枝膵管拡張と膵体尾部萎縮を認めた.EUSでは総胆管は径10mmと拡張し,下部胆管は乳頭部と連続する膵頭部の長径27mm大の腫瘍により圧迫されていた.ERCPを施行したところ,主乳頭開口部より腫瘍の露出を認めた.膵頭部主膵管は拡張し内部に鋳型状の透亮像を認め,膵管内腫瘍栓と考えられた.生検にて主膵管内進展した膵神経内分泌腫瘍と術前診断し,膵全摘術が施行された.最終病理診断は非機能性神経内分泌腫瘍G2であった.主膵管内進展を来した膵神経内分泌腫瘍の術前診断例は少なく,若干の文献的考察を加えて報告する.
膵神経内分泌腫瘍(pancreatic neuroendocrine tumor:PNET)は一般的に充実性・膨張性に発育する多血性腫瘍であり,膵管内あるいは静脈内に腫瘍栓を形成することは稀である.今回われわれは,著明な主膵管内発育を認め,乳頭部から露出し,内視鏡的組織生検で診断し得たPNETの1例を経験したので,若干の文献的考察を加えて報告する.
症例:48歳 女性.
主訴:心窩部痛.
既往歴:左大腿骨頸部骨折(41歳).
現病歴および経過:2013年6月末より心窩部痛を自覚し,徐々に増強した.8月の健康診断時の血液検査にて肝胆道系酵素の上昇を認めたため,近医を受診した.腹部超音波検査で総胆管拡張を認めたため,精査加療目的に当科紹介となった.
入院時現症:身長149.6cm,BW 40.0kg,BP 132/68mmHg,PR 68bpm,SpO2 98%,体温 36.0℃,頭頸部に異常なし.心肺に異常なし.眼球結膜黄染なし.腹部:平坦・軟,圧痛なし.皮膚掻痒感あり.
臨床検査成績(Table 1):肝胆道系酵素が上昇し,セロトニンも高値であった.
臨床検査成績.
腹部CT検査:総胆管が拡張し,肝内胆管も軽度拡張していた.総胆管結石や腫瘍性病変など閉塞機転となる病変は認めなかった.膵体尾部は著明に萎縮し,膵体尾部の主膵管は同定困難であった(Figure 1).
超音波内視鏡検査.
乳頭部に1cm程度の均一な高輝度を呈する円形の構造物を認め,主膵管内に連続するように伸びており(黄色矢印部),乳頭部癌の膵浸潤のように描出された.
腹部MRI検査:T1WIで膵全体が異常低信号を呈し,膵体尾部は萎縮していた.T2WIで膵頭部に点状の高信号を認め,分枝膵管の拡張と考えられた.MRCPでは総胆管から肝内胆管は拡張しているが,乳頭部まで胆管内に明らかな閉塞機転を認めず.主膵管に明らかな拡張はないが,分枝膵管の拡張を認める.
EUS:乳頭部に約10mm大の均一な高輝度を呈する類円形腫瘤を認め,主膵管内に連続するように進展しており,乳頭部癌の膵浸潤が疑われた.乳頭部に進展した腫瘍により膵内胆管は圧迫され,その上流胆管は10mm程度に拡張していた(Figure 2).
ERCP.
内視鏡所見:乳頭部に表面不整な隆起を認め,腫瘍の露出と考えられた.
ERP:Φ8mm程度に拡張した主膵管が膵頸部辺りまで造影され内部には鋳型の透亮像(①)が確認できた.
膵頸部から尾側に25mm程度細い膵管(②)が描出された.
ERCP:内視鏡所見上,Vater乳頭開口部は開大し表面不整な隆起を認め,腫瘍の露出と考えられた.膵管造影にて膵頭部主膵管が35mmに渡って8mm径に拡張しており,内部には鋳型の透亮像が確認できた.膵体尾部主膵管は実質萎縮のため25mmと短かったが拡張を認めなかった(Figure 3).
組織生検病理所見(HE×40).
主膵管内腫瘍栓の生検検体.HE染色では好酸性の胞体を持ち充実性に増生する細胞を認め,ほとんどの細胞にSynaptophysinが強陽性であった.
IDUS:主膵管を占拠するやや高輝度の内部エコーの密な病変が描出された.
乳頭部から露出している腫瘍と主膵管内の鋳型状の構造物は一連の腫瘍であると考え,内視鏡的組織生検を施行した.乳頭部から露出している腫瘍からの生検では挫滅組織しか採取できなかったが,主膵管内腫瘍栓からの生検で腫瘍細胞を認めた.
病理所見:HE染色では好酸性の胞体を持ち充実性に増生する細胞を認め,ほとんどの細胞にSynaptophysinが強陽性であった(Figure 4).
切除標本肉眼所見.
赤線:膵管,黄色線:胆管,緑塗りつぶし:腫瘍部.
主膵管と腫瘍との境界は膵体部で不明瞭となっており,膵頭部では主膵管内を充満する形で腫瘍が進展している.
以上から膵管内発育したPNETであると診断し,外科的治療の方針となった.
手術所見:膵頭十二指腸切除術を試みたが,術中の迅速病理で膵断端に腫瘍の進展を認め,残膵が萎縮していたことから,膵全摘術施行となった.
切除標本肉眼所見:主病変は40×10mm(Figure 5).
切除標本病理所見(HE×2,HE×20).
膵管内腫瘍栓は膵体部で膵実質との境界が不明瞭となっている.腫瘍は核の腫大,大小不同,粗造な核クロマチンを呈し,好酸性胞体を有する腫瘍細胞が周囲の著名な線維化と伴い,索状,リボン状,小胞巣状に増殖している.免疫染色では腫瘍細胞にChromogranin Aが陽性,Glucagonは陰性.MIB-1 indexは4%程度であった.
病理組織学的所見:腫瘍は索状・充実状増殖を示す類円形の異型細胞で構成され,細胞のN/C比が高く,細顆粒状のクロマチンパターンを示していた.免疫染色ではクロモグラニンA陽性,インスリン一部陽性,グルカゴン陰性,MIB-1 indexは4%程度であり,非機能性神経内分泌腫瘍NET G2と診断した(pT3,pN0,pMx,pStageⅢ).主膵管内を中心に広がる腫瘍は体部で膵実質との境界が不明瞭になっており,発生母地は体部であると考えられた(Figure 5).膵管内腫瘍栓の乳頭側は表面の組織が壊死していた.膵体尾部では膵実質は萎縮してラ氏島のみが密に残存していた.また膵の静脈内から伸びてきた腫瘍栓が脾静脈に進展し充満していた.明らかな周囲組織浸潤や,膵内胆管浸潤,十二指腸浸潤は認めなかった.
PNETは膵ランゲルハンス島を発生母地とし,膵腫瘍全体の約1~3%を占める比較的稀な腫瘍で 1),2)ホルモン過剰産生による特有な症状の有無によって機能性腫瘍と非機能性腫瘍とに分類される.非機能性腫瘍では特異的な臨床症状を呈さないことから,腹部腫瘤触知や他臓器への圧排症状,あるいは転移先での非特異的な症状などで発見されることが多いが,最近では画像検査の進歩により偶発的に発見される例も増えている.
PNET瘍は通常は膨張性発育を示すことが多く,一般的にCTでは境界明瞭で類円形の腫瘤として描出される.また,多血性のため早期相から後期相にかけて強い造影効果を示すことが多く,特に早期相での濃染は本疾患の特徴とされている.本症例において腫瘤の大部分を占めた腫瘍栓は腫瘍細胞と壊死組織が混在した状態であったため,造影CTで早期濃染像が得られにくかったと推察された.また膵体部が発生母地であったが,腫瘍が乳頭部まで主膵管内を膨張性に発育し完全には閉塞せずに長期間高度狭窄の状態が続いたため,閉塞性膵炎により膵体尾部実質の萎縮が進んだものと考えられた.尾側主膵管の拡張を伴っておらず腹部超音波検査,CT,MRIで腫瘍を認識することが困難であったが,EUS,ERCPで主膵管内腫瘍栓が描出され病態把握に極めて有用であり,腫瘍栓からの生検でPNETと診断することが出来た.
PNETと主膵管との関係については,PNETは主膵管から離れた膵実質辺縁領域に発生することが多く,主膵管に影響を及ぼすことは少ないとされている 3).また被膜に覆われて膨張性に発育する特徴を持つため,主膵管の圧排や偏位を来すことはあるが 4),5),強い狭窄や閉塞を来すことは少ない.西原ら 6)はPNETの膵管への影響が,①膵管の圧排,②腫瘍の膵管内への進展,③線維性間質を持つ腫瘍による膵管の締め付け,の3つの要素から起こりうるとしている.腫瘍栓が形成された場合,腫瘍栓が腫瘍の膵実質内の部分より大きい場合があり,真木ら 7)は,これは膵実質内よりも組織圧の低い膵管内の方が充実性に発育しやすいためと推察している.本症例において,膵実質内の腫瘍より主膵管内腫瘍栓の方が目立った原因としては,腫瘍が偶然主膵管の近傍に発生し,増大するに伴って比較的早期に主膵管内へ進展し発育した可能性が推測される.またPNETの発生母地が膵管の未分化幹細胞であるとする報告もあり 8),その場合主膵管内を中心に発育しやすいものと考える.
1994年から2015年の期間で医学中央雑誌,MEDLINEにて「膵内分泌腫瘍(pancreatic endocrine tumor)または膵神経内分泌腫瘍(pancreatic neuroendocrine tumor)」と「膵管内進展(extetion to pancreatic duct)」もしくは「膵管内発育(intraductal growth)」をキーワードに関連文献も含めて検索し,腺内分泌細胞癌(MANEC)2例を除外すると24例の本邦報告例があった(Table 2) 5),7),9)~29).自験例を含めた検討では,自験例のように乳頭部から腫瘍の露出を来していた症例は25例中4例で,自験例以外の3症例はともに膵頭部が原発であった.静脈内腫瘍栓を形成していた症例は,脾静脈内腫瘍栓が25例中3例,門脈腫瘍栓が25例中2例であった.また術前に病理診断を試みていた症例は25例中11例(膵管内腫瘍栓から生検:5例,乳頭部から生検:4例,膵液細胞診:3例,腫瘍部からのEUS-FNA:1例)あったが,PNETと術前診断出来ていたものは11例中6例であった.乳頭部から露出していた腫瘍部分からの生検で診断がついたものは1例であり,EUS-FNAを施行した症例も含めると,残り5例は膵管内腫瘍栓から生検施行したものであった.自験例でも乳頭部から露出した腫瘍部の生検では壊死組織しか得られず,切除標本の病理学的検討でも膵管内腫瘍栓の乳頭側は表面が壊死していた.これは腫瘍が乳頭部から管腔内へ露出していても,消化液による化学的刺激や食物残渣による機械的刺激に曝されて変性した可能性が考えられ,術前診断のためには膵管内腫瘍栓からの生検が有効であるものと考えられる.
症例一覧.
術前診断し得た主膵管内進展したPNETの1例を文献的考察を加え報告した.
本論文の要旨は第92回消化器内視鏡学会近畿支部例会において発表した.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし