GASTROENTEROLOGICAL ENDOSCOPY
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A CASE OF EARLY GASTRIC CANCER ARISING FROM A HYPERPLASTIC POLYP WITHIN AN UPSIDE-DOWN STOMACH
Hideaki NEZUKA Tetsuya YOSHIZUMITohru IITakahiko NAKAJIMA
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2017 Volume 59 Issue 6 Pages 1409-1415

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要旨

症例は81歳女性.数カ月前から持続する前胸部痛にて受診した.3年前より胃の2カ所に10mm大の過形成性ポリープを認めていたが,増大傾向を認めなかった.今回の精査では同病変は30mm大に増大し生検ではadenocarcinomaと診断された.胸腹部CTでは全胃が縦隔内に逸脱したUpside down stomachの所見を認めた.Upside down stomachを伴った早期胃癌と診断し手術を行った.ヘルニア門は8cm大に開大,縦隔内に逸脱した全胃を引き出し,ヘルニア門を縫縮,幽門側胃部分切除(D1郭清)を行った.本例は,Upside down stomachという稀で特殊な胃の状態に加え,重ねて稀な胃過形成性ポリープの癌化が示唆された極めて稀有な症例であり,文献的考察を加えて報告した.

Ⅰ 緒  言

食道裂孔ヘルニアは比較的頻度の高い疾患であるが,胃全体の脱出と軸捻転を伴ったUpside down stomach(以下UDS)は稀である 1.また,胃過形成性ポリープの同時多発癌化症例の報告も稀である 2.今回われわれはUDSを伴い,過形成性ポリープを母地に発生したと考えられる同時多発胃癌の極めて稀な手術症例を経験したので文献的考察を加えて報告する.

Ⅱ 症  例

患者:81歳,女性.

主訴:前胸部痛,食思不振.

既往歴:気管支喘息,狭心症.

家族歴:特記すべきことなし.

現病歴:気管支喘息,狭心症にて内科通院中であった.3年前より上部消化管内視鏡検査が行われ,体中部前壁と前庭部小彎の過形成性ポリープの診断にて経過観察されていた.2016年4月,数カ月前から持続する前胸部痛を主訴に当科を受診した.上部消化管内視鏡検査では,既知の2つの病変は何れも増大し不整所見を認め,生検ではadenocarcinomaと診断された.

入院時現症:体温:36.5℃,血圧:139/84mmHg,脈拍:86回/分,身長:145cm,体重:54.8kg,PS1,腹部は平坦で軟.

入院時血液検査所見:HB 10.1g/dl軽度の貧血,TP 6.3g/dl,ALB 2.8g/dl低栄養所見を認めた.腫瘍マーカーはCEA:4.1ng/ml,CA19-9:18.7U/mlで正常範囲であった.

上部消化管内視鏡検査所見:2013年7月:体中部前壁に15mm大発赤調山田Ⅲ型の隆起性病変と(Figure 1-a),前庭部小彎に10mm大の山田Ⅰ型隆起性病変を認め(Figure 1-b),何れも頂部からの生検にて過形成性ポリープGroup 1と病理診断された(Figure 2-a,b).2014年内視鏡検査では増大傾向や形態の変化を認めなかった.

Figure 1 

上部消化管内視鏡所見.

a:2013年7月:体中部大彎の過形成性ポリープ(矢印).

b:2013年7月:前庭部小彎の過形成性ポリープ(矢印).

c:2016年4月:体中部大彎のSM浸潤癌(矢印).

d:2016年4月:前庭部小彎の粘膜癌(矢印).

Figure 2 

2013年7月の体中部病変の病理組織像:過形成性上皮を認めた.

a:弱拡像.

b:強拡像.

2016年4月:胃内腔の屈曲が強く,挿入と観察は非常に困難で,十二指腸球部までにファイバー全長の挿入を要した.

体中部前壁の病変は30mm大に増大し,頂部中心部から採取した生検では,tub2と診断された.表面は白苔が付着し八頭状の凹凸を伴い中心部は陥凹所見を認めた.周囲の引きつれ像などの肉眼所見と合わせてSM浸潤が疑われた(Figure 1-c).

前庭部小彎の病変は25mm大に増大し,表面の不整所見がより明瞭化していた(Figure 1-d).頂部から採取した生検ではtub1と診断された.病変の大きさと形態より深達度Mと診断された.

なお,迅速ウレアーゼ試験にてHelicobacter pyloriの感染が診断された.

上部消化管造影検査所見:レントゲン透視下に上部消化管内視鏡検査を施行したところ,食道胃接合部から全胃は縦隔内に逸脱し,噴門部が左側,幽門部が右側を向く形に長軸方向に90度軸捻転を認め,小彎と大彎が反転する形の短軸方向180度の捻転をきたしていた(Upside down stomach)(Figure 3).

Figure 3 

上部消化管造影.

長軸方向に90度軸捻転,短軸方向に180度軸捻転:Upside down stomach.

胸腹部CT:全胃が縦隔内に逸脱,胃体部は縦隔右側に位置する食道裂孔ヘルニア(UDS)の所見を認めた.所属リンパ節の腫大や遠隔転移を認めず,UDSを伴った早期胃癌と診断した.

診断および治療方針:以上の検査結果よりM領域の早期胃癌T1b(SM)H0P0N0 stage 1AとL領域の早期胃癌T1a(M)H0P0N0 stage 1A同時性多発早期胃癌,食道裂孔ヘルニア,Upside down stomachと診断した.

SM浸潤が疑われる胃癌に対して,UDSによる通過障害を改善する目的も併せて手術治療を選択した.ヘルニア門が大きく,縦隔内でヘルニア嚢や胃の癒着が懸念された点,ヘルニア門縫縮の確実性,年齢と既往症等を考慮し開腹手術を施行した.

手術所見:上腹部正中切開にて開腹すると,食道裂孔は約8cmに開大し,全胃が縦隔側に逸脱していた.胃を腹腔側に引き戻し,食道裂孔部を縫縮した.次いで幽門側胃部分切除を行い,Billroth Ⅰ法にて再建した.さらに残胃と横隔膜脚を針糸にて固定し,Toupet法による噴門形成術を付加し終了した.

病理組織検査所見:体中部と前庭部にそれぞれ病変を認めた(Figure 4).体中部の病変はM,Ant,Type 0-Ⅰ,35×25mm,tub2>tub1>,pap>por2,pT1b2(SM),int,INF b,ly0,v0,pN0(0/4),pPM0(10mm),pDM0(120mm)(粘膜筋板からの浸潤距離600μm)であった(Figure 5-a).前庭部の病変はL,Less,Type0-Ⅰ,25×20mm,tub1,pT1a(M),ly0,v0,pPM0(80mm),pDM0(50mm)であった(Figure 5-b).いずれの病変ともに,癌が主体をなしていたがポリープの構成要素として基部に腺窩上皮の過形成を認めた.

Figure 4 

切除標本のマクロ写真.

体中部の前壁に0-Ⅰ型(実線),前庭部小彎に0-Ⅰ型の病変(点線)を認めた.

Figure 5 

切除標本のミクロ写真.

a:(体中部病変)SM浸潤癌が主体をなす隆起の基部に腺窩上皮の過形成を認めた.

b:(前庭部病変)粘膜内癌が主体をなす隆起の辺縁に腺窩上皮の過形成を認めた.

治療経過:術後消化管造影検査では食道-胃接合部位置は適正であり,逆流所見の無いことを確認した.術後食欲不振症状が遷延したが,次第に改善し術後第28病日に退院した.

Ⅲ 考  察

Upside down stomachは通常の食道裂孔ヘルニアとは異なり,軸捻転を起こした胃が食道裂孔部より高度に脱出した状態である 1.捻転の形式として臓器軸性(胃の噴門と幽門を結ぶ長軸性)と間膜軸性(小彎と大彎を結ぶ短軸性)および両軸性(混合性)に分類される.発現形式は急性型と慢性型に分けられ,急性型は血流障害から壊死や穿孔をきたし緊急手術を要する場合がある 3.自験例は両軸性の捻転で血流の障害が生じず慢性的な経過をたどったため,前胸部痛や食欲不振といった軽度の症状にとどまったと考えられた.

UDSの治療は,内視鏡的に整復可能な場合,あるいは胃瘻による固定が可能な場合を除き,手術による治療が第一選択とされる.ヘルニア内容の整復,ヘルニア門となる食道裂孔の縫縮,逆流防止の噴門形成,捻転防止と胃の固定が原則となる.最近UDSに対する腹腔鏡手術に関した報告が散見されるが 1),3)~6,一方で開腹手術と比較しメッシュを使用しない場合の再発率が高いといった報告や 7,CO2気腹による循環動態の不安定性を誘発する危険性も指摘されている 8

UDSに胃癌を併発した症例は極めてまれで,医学中央雑誌において1983-2015年の期間で「Upside down stomach」「胃癌」「会議録を除く」をキーワードに検索した結果,自験例と合わせ12例であった(Table 1 9)~14.高度な食道裂孔ヘルニアでは胃の変形が強いため視野の展開が不十分となり易く,検査の精度が低下することが指摘されている 9)~12.自験例に関しても胃の屈曲が顕著であったため充分な精査とは言えない状況であった.レントゲン透視下に充分な精査を行うことが肝要と思われた.

Table 1 

本邦報告Upside down stomach合併胃癌例(1983-2015).

胃の過形成性ポリープの癌化は0.3~4.8%と報告されている 15),16.このなかでも同時多発胃癌症例は少ない 2.胃良性ポリープの癌化に関して,中村の判定基準 17では,①同一のポリープ内に良性部分と悪性部分が共存すること,②良性部分はこの病変の前身が良性ポリープであると説明するのに十分な条件を具備すること,③悪性部分は間質や粘膜下への浸潤があるか,または癌と診断するのに十分な細胞や構造異型を有すること,以上の三点が必要とされている.自験例に関しては,癌と過形成性ポリープが衝突した可能性,あるいは癌に接して認めた腺窩上皮の過形成は反応性変化である可能性が考慮される.しかしポリープの構成要素として腺窩上皮の過形成を認めたことから①を満たすと考えられる.また過去の内視鏡所見で同一部位に過形成性ポリープが確認されており,生検でも過形成性ポリープに合致する病理組織学的所見を認めていたことから②を満たすと考えられる.これらのことから中村の判定基準17)を満たし,過形成性ポリープからの発癌と診断することが妥当と判断した.自験例では3年前から過形成性ポリープを認め経過観察されており,2年前の内視鏡所見と比較し病変の増大と形態の不整所見がより明瞭化していた.未検査の2年間の期間に如何なる癌化のイベントがあったのかは不詳である.胃過形成性ポリープに対しても,癌化を考慮した経過観察が必要であることが示唆された.

過形成性ポリープの発癌因子として,p53発現異常,K-ras変異などの遺伝子異常の関与に加えてHelicobacter pyloriの感染関与が考えられている 17.自験例もHelicobacter pyloriの感染が診断されており,今後の症例の集積による発癌因子の解明が待たれる.

Ⅳ 結  語

Upside down stomachに過形成性ポリープから発生した胃癌を合併した,極めて稀な症例を経験した.

過形成性ポリープに関して,定期的なフォローアップが必要と考えられた.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
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