GASTROENTEROLOGICAL ENDOSCOPY
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TWO CASES OF POST-GASTRECTOMY REFRACTORY REFLUX ESOPHAGITIS SUCCESSFULLY TREATED WITH RIKKUNSHITO
Shigetoshi URABE Kohei SATOTomoko HORIHiroko KAWASAKITomonori ARAKIShigeyuki TAKESHITAKoichiro KUSUMOTOKazuyuki OHATAMasaya SHIGENO
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2018 Volume 60 Issue 2 Pages 145-151

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要旨

症例1は74歳男性.2015年6月,胃癌に対し胃全摘術及びRoux-en-Y再建術施行.高度逆流症状を呈し,上部消化管内視鏡検査にて食道内に胆汁を含む黄色の腸管内容物貯留と逆流性食道炎が認められた.膵酵素阻害薬や蠕動促進薬も効果不良であったが六君子湯追加により摂食可能となり退院し得た.症例2は75歳男性.2011年11月,胃癌に対し腹腔鏡下幽門側胃切除術及びBillroth-Ⅰ再建術を施行.嘔吐・吃逆,摂食不良,体重減少を呈し,術後5年の時点で当科紹介.同様に逆流性食道炎と診断され,六君子湯追加で軽快した.六君子湯の効果として消化管運動改善や食欲増進の他,胆汁吸着作用が報告されており,胃切除術後逆流性食道炎の症状改善に寄与すると考えられる.

Ⅰ 緒  言

近年,新規制酸剤の登場などにより逆流性食道炎に対する薬物療法の成績は飛躍的に向上しているが 1),2,胃切除術後に出現する逆流性食道炎は,胃酸逆流を主たる原因とする通常のものと異なり,胆汁や膵液などアルカリの逆流によっても惹起されるため 3,制酸剤は効果が乏しく治療に難渋する場合がある.多くの場合,膵酵素阻害薬や消化管蠕動促進薬,粘膜保護薬などが使用されるが,治療効果が十分でなく,外科的に再建ルートの変更を余儀なくされる場合すらある 4.今回われわれは,術後難治性逆流性食道炎に対して六君子湯が奏効した2例を経験したため文献的考察を加え報告する.

Ⅱ 症  例

【症例1】

患者:74歳,男性.

主訴:嘔吐,摂食障害.

生活歴:飲酒;焼酎1合/日,喫煙;40本×43年.

既往歴:高血圧,糖尿病,狭心症,前立腺肥大症,慢性腎機能障害.

現病歴:2015年6月,胃癌に対し胃全摘術及びRoux-en-Y再建術を施行された.術後食事再開となるも高度の胸やけ症状,逆流嘔吐を呈し,誤嚥性肺炎を併発した.症状出現後より膵酵素阻害薬や蠕動促進薬を追加されたが改善せず,肺炎の反復・遷延,逆流嘔吐,摂食不良,貧血,低栄養状態のため退院困難となり,術後3カ月目,当院外科医より紹介となった.

内服薬:モサプリドクエン酸塩,カモスタットメシル酸塩,アムロジピン.

身体所見:身長166cm,体重62.4kg,BMI 22.6,眼瞼結膜に軽度貧血あり.胸部両肺野にcoarse crackleを聴取.腹部平坦,軟,聴音正常.

臨床検査成績:貧血,炎症反応亢進,腎機能異常を認めた(Table 1).

Table 1 

症例1 臨床検査成績.

上部消化管内視鏡検査:胸部上部食道から食道胃接合部にかけて全周性に新旧のびらん,白苔,再生上皮の混在を認めた.再建小腸内には多量の胆汁を含む黄色の腸管内容物貯留が認められた(Figure 1-a,b).

Figure 1 

症例1 上部消化管内視鏡検査.

a:胸部上部食道から食道胃接合部にかけて全周性に新旧のびらん,白苔,再生上皮の混在を認めた.

b:再建小腸内には多量の腸管内容物貯留が認められた.

治療経過:上部消化管内視鏡検査にて逆流性食道炎LA分類Grade Dの状態であり,多量の黄色腸液貯留が認められ,胆汁逆流を主因とする粘膜障害が疑われた.一旦絶食輸液管理とし内視鏡再検したところ,症状・内視鏡所見は若干軽減したが,腸液貯留は残存し,食事再開で症状増悪した.逆流症状出現後に開始されていたカモスタットメシル酸塩とモサプリドクエン酸塩に加え,六君子湯を追加したところ,症状は徐々に軽減し,嘔吐の軽快とともに肺炎も再燃なくなり,摂食可能となり,全身状態安定し退院し得た.六君子湯処方開始から3カ月後の内視鏡検査で食道びらんはほぼすべて瘢痕化し,逆流の軽減による効果と推察された(Figure 2).

Figure 2 

症例1 六君子湯開始から3カ月後の上部消化管内視鏡検査.

食道びらんはほぼすべて瘢痕化し,腸管内容物貯留減少が認められた.

【症例2】

患者:75歳,男性.

主訴:誤嚥,体重減少.

生活歴:飲酒・喫煙歴なし.

既往歴:緑内障.

現病歴:2011年11月,胃癌に対し腹腔鏡下幽門側胃切除術及びBillroth-Ⅰ再建術を施行された.退院後,嘔吐・吃逆が出現するようになり,摂食不良となり著明な体重減少を呈した.また,頻回に誤嚥性肺炎を繰り返した.プロトンポンプインヒビターや蠕動促進薬などの保存的加療で効果乏しく,るい痩著明となり,腫瘍再発も含めた全身精査を希望され,術後5年の時点でかかりつけ医より当科紹介となった.

内服薬:エソメプラゾール,カモスタットメシル酸塩,モサプリドクエン酸塩,テプレノン,クロナゼパム,ドンペリドン(頓服).

身体所見:身長160cm,体重37.5kg,BMI 14.7,右下肺野にcoarse crackleを聴取.腹部平坦,軟,聴音正常.

臨床検査成績:炎症反応亢進と,低蛋白血症を認めた(Table 2).

Table 2 

症例2 臨床検査成績.

胸腹部CT:胸部中部~下部食道の全周性壁肥厚を認めた(Figure 3).

Figure 3 

症例2 胸部CT.

胸部中部~下部食道の全周性壁肥厚を認めた.

上部消化管内視鏡所見:胸部中部食道以下の全周性びらんと,腸液逆流によると思われる食道カンジダの黄色着色変化,また胃内に多量の腸液貯留が認められた(Figure 4-a,b).

Figure 4

a:症例2 上部消化管内視鏡検査.

胸部中部食道以下の全周性びらんと,腸管内容物逆流によると思われる食道カンジダの黄色着色変化が認められた.

b:症例2 上部消化管内視鏡検査.

胃内には多量の腸管内容物貯留が認められた.

治療経過:誤嚥性肺炎によると思われる右下肺野浸潤影が認められたが,術後局所・転移再発や新規腫瘍性病変は認められなかった.体重減少に関して腫瘍の関与は疑われず,術後逆流による食道炎と誤嚥性肺炎の経過として矛盾なかった.かかりつけ医からの処方に加え,六君子湯を追加したところ比較的速やかに逆流症状は軽減し,摂食量も増加した.投与開始から2カ月後の受診時には体重は37.5kg→41.0kgと増加し,アルブミン値も2.6g/dl→3.7g/dlと上昇が認められた(Figure 5).内視鏡所見上も食道びらんはすべて瘢痕化しており,粘膜障害の改善と食道カンジダの黄色着色変化の消失が認められ(Figure 6),腸液逆流の減少による改善と考えられた.

Figure 5 

症例2 経過.

六君子湯追加後,症状および内視鏡的所見の改善が認められ,体重・アルブミン値も上昇した.

Figure 6 

症例2 六君子湯開始から2カ月後の上部消化管内視鏡検査.

食道びらんはすべて瘢痕化し,食道カンジダの黄色着色変化の消失が認められた.

Ⅲ 考  察

胃切除後発症する逆流性食道炎の多くは,通常の胃酸逆流が成因となる病態とは異なり,胆汁・膵液・十二指腸などのアルカリの逆流によっても惹起される 3ため,制酸剤や消化管蠕動促進薬はしばしば効果に乏しく,蛋白分解酵素阻害薬などでも十分改善が得られない場合がある.術後胃は,もとより胃の一部あるいは全部の喪失により食物貯留,消化能が低下した状態であり,加えて噴門ないし幽門の逆流防止機構も失われており,物理的に消化液の逆流をきたしやすい状態にある 5)~7.コントロール不良な逆流,嘔吐は著しい生活の質低下を招くだけでなく,摂食障害は時に深刻な低栄養状態,貧血,易感染状態などを惹起する 8

胃食道逆流症(gastroesophageal reflux disease;GERD)診療ガイドライン2015ではGERDに対する第一選択薬としてプロトンポンプ阻害薬(proton pump inhibitor;PPI)が推奨されているが 2,PPI難治性GERD患者に対しては,六君子湯の併用投与で有意な症状改善が得られる事が報告されている 9

六君子湯は,8種類の生薬からなる漢方薬である.主成分の人参(ニンジン)は消化管運動亢進作用による排出能の促進作用,半夏は消化管運動亢進作用と中枢性の制吐作用,蒼朮・茯苓は胃腸の水分滞留抑制作用,甘草は抗潰瘍作用,生姜・蒼朮は利胆作用,陳皮は抗うつ作用を持ち,各種消化器症状の改善に寄与する 10)~12.これらの機序は術後逆流に伴う消化器症状においても同様に当てはまり,有用であると考えられる 13),14

術後逆流性食道炎においては特に胆汁の逆流が原因として重要であるが,これらの作用に加え,近年六君子湯の胆汁酸吸着作用が報告されている 15.実際,本症例2例とも,経過観察目的の内視鏡検査で,食道・胃内の胆汁貯留が明らかに減少しており,2症例目では食道粘膜に付着していた黄色沈着物も消失していた.胆汁を吸着した六君子湯が逆流せずに排出されていることが推察され,六君子湯は術後逆流の症状改善に寄与すると考えられる.

六君子湯による食欲改善の別の機序として,グレリンの関与が報告されている.グレリンは主に胃から産生されるペプチドホルモンであり 16,食欲を増進させる働きをもつ 17.胃切除後状態においては,本来胃から産生されるはずのグレリンが胃切除によって低下することも食欲低下の一因と考えられるが 18,六君子湯によるグレリンの分泌促進作用,その受容体(成長ホルモン放出促進因子受容体)増加作用,受容体活性化による作用増強効果によって,食欲増進がもたらされると考えられる 19)~22.六君子湯による粘膜保護作用に関しても報告が散見される.Miwaらは,食道炎ラットにおける食道粘膜上皮細胞バリア機能の改善を 23,Kuroseらは,粘膜血流改善効果を 24,小林らは,活性酸素消去作用を 25報告しており,消化管粘膜保護・炎症抑制効果が症状改善の一助となっていると推察される.これら多くの機序により,六君子湯は多面的に逆流性食道炎やその諸症状に効果を発揮していると考えられる.

Ⅳ 結  語

術後難治性逆流性食道炎に伴う逆流症状,摂食障害,体重減少,食道粘膜障害,随伴する誤嚥性肺炎に対して六君子湯が奏効した2症例を経験した.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
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