GASTROENTEROLOGICAL ENDOSCOPY
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A CASE OF MULTIPLE SUPERFICIAL ESOPHAGEAL CANCERS ASSOCIATED WITH ACHALASIA OF THE ESOPHAGUS TREATED BY ENDOSCOPIC SUBMUCOSAL DISSECTION
Hirotsugu MARUYAMA Kazunari TOMINAGATaishi SAKAIMasaki OMINAMIYasuaki NAGAMISatoshi SUGIMORIMasatsugu SHIBAToshio WATANABEYasuhiro FUJIWARATetsuo ARAKAWA
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2018 Volume 60 Issue 5 Pages 1076-1082

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要旨

症例は55歳男性.18年前より嚥下困難を自覚していた.右胸痛を主訴に近医を受診し,当院に紹介となった.食道アカラシア(Flask type)及び多発表在型食道癌(胸部上部食道1病変,胸部中部食道5病変)と診断した.多発表在型食道癌に対して内視鏡的粘膜下層剥離術(endoscopic submucosal dissection:ESD)を施行,最深病変の病理組織診断は,扁平上皮癌,pT1a-MM,ly(-),v(-)であった.ESD3週間後に,アカラシアに対して,内視鏡的バルーン拡張術を施行した.アカラシアおよび多発表在型食道癌に対して,内視鏡治療が可能であった1例を経験したので報告する.

Ⅰ 緒  言

食道アカラシアは,嚥下に伴う下部食道括約部弛緩不全と食道蠕動運動障害,同期性収縮などを特徴とする一次性食道運動機能障害である.食道アカラシアは食道癌の危険因子とされており,合併率は比較的高く,本邦では3.2~7.1%,欧米では2~8%と報告されている 1.しかし,進行食道癌の報告が多く,食道アカラシアに合併した多発表在型食道癌に対する内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD:endoscopic submucosal dissection)の報告は少ない.今回われわれは,食道アカラシアに発生した多発表在型食道癌に対してESDを施行しえた1例を経験したので報告する.

Ⅱ 症  例

症例:55歳,男性.

主訴:右胸痛.

既往歴:不整脈.

嗜好歴:飲酒;ビール500ml+チューハイ700ml,喫煙;20本/日×35年間 Flushing反応陽性.

現病歴:18年前より嚥下困難を自覚し,人間ドックにて食道アカラシアが疑われていたが,経過観察されていた.55歳時に右胸痛を主訴に近医を受診され,CT検査にて食道の著明な拡張,食道内に多量の残渣を認めた.食道アカラシアを疑われ,精査加療目的に当院紹介となった.上部消化管造影検査にて,食道アカラシア(Flask type),High resolution manometry にてシカゴ分類type 1と診断した.上部消化管内視鏡検査(esophagogastroduodenoscopy:EGD)にて多発する表在型食道癌を認め,ESD目的で入院となった.

入院時現症:特記事項なし.

入院時検査所見:特記事項なし,腫瘍マーカーはすべて基準値下限以下であった.

上部消化管造影検査所見:食道下端が強く狭窄し,その口側食道が全体的に拡張しており,食道アカラシア(Flask type)と診断した.

High resolution manometry 所見:Integrated relaxation pressure:28.6mmHg,100% failed peristalsisであり,シカゴ分類type 1と診断した.

上部消化管内視鏡検査所見:食道内腔は著明に拡張しており,残渣および液体貯留を認めた.食道粘膜は全体的に白色化し,食道胃接合部の機能的狭窄を認めた.白色光ならびに狭帯域光観察(Narrow Band Imaging:NBI)併用拡大観察にて,表在型食道癌6病変を認めた.

① 上切歯列から29~30cm,左壁,20mm,0-Ⅱc型,食道学会分類type B1を認めたが,病変の肥厚が見られ,cMM/SM1と診断した.ヨード染色では,pink color signを伴う不染帯を呈した(Figure 1-a,b2-a).

Figure 1 

上部消化管内視鏡(病変①).

a:白色光観察.

発赤調の陥凹性病変を認めた.病変の肥厚が見られ,空気変形で弧の変形を認めた.

b:NBI併用拡大観察.

ループ形成を有する異常血管を認め,食道学会分類type B1血管と診断した(拡大部位は赤枠に対応).

Figure 2 

上部消化管内視鏡(ヨード染色).

a:上切歯列から29~30cm,左壁,20mm,0-Ⅱc型,pink color signを伴う不染帯を呈した(文章中の病変①).

b:上切歯列から35~36cm,後壁,18mm,0-Ⅱc型,不染帯を呈した(文章中の病変②).

c:上切歯列から38~41cmの3病変の位置関係を示す(文章中の病変③,⑤,⑥).病変③は,左壁,15mm,0-Ⅱb型.病変⑤は,右側後壁,8mm,0-Ⅱc型.病変⑥は,右壁,40mm,0-Ⅱc型.いずれも,不染帯を呈した.

d:上切歯列から37~41cmの3病変の位置関係を示す(文章中の病変④~⑥).病変④は,右側後壁,12mm,0-Ⅱb型.pink color signを伴う不染帯を呈した.

② 上切歯列から35~36cm,後壁,18mm,0-Ⅱc型(Figure 2-b).

③ 上切歯列から39~40cm,左壁,15mm,0-Ⅱb型(Figure 2-c).

④ 上切歯列から37cm,右側後壁,12mm,0-Ⅱb型(Figure 2-d).

⑤ 上切歯列から38cm,右側後壁,8mm,0-Ⅱc型(Figure 2-c,d).

⑥ 上切歯列から39~41cm,右壁,40mm,0-Ⅱc型(Figure 2-c,d)を認めた.

①以外の病変は,すべて食道学会分類B1であり,cEP/LPMと診断した.ESD直前に施行したヨード染色では,①以外の病変もすべて不染帯もしくはpink color signを呈した.

造影CT検査所見(頸部~骨盤):明らかなリンパ節腫大や遠隔転移は認めなかった.

入院後経過:以上より6病変であったが,cT1aN0M0,stage0,内視鏡的治療相対的適応と診断し,食道表在癌に対してESDを施行する方針とした.食道アカラシアに対しては,ESD治療終了後に内視鏡的バルーン拡張術を予定した.拡張術の治療時期は,下部食道右壁の50mm大の病変を考慮し,切除後潰瘍の治癒が安定した時期に再入院し施行する方針とした.いずれも,十分なinformed consect(ESD治療後の遺残や,その際での追加手術や放射線化学療法,治療後の狭窄・穿孔など含む)を得た後に治療を施行した.

ヨード染色をもとに切除範囲を決定した.①,②,③はそれぞれ1病変ずつ個別に,④,⑤,⑥は近接しており3病変1括にて切除することとした.Flush-Knife BT®(2.0mm)で切開,剥離を施行した.②~⑥の切除後潰瘍底は一体化しなかったが,合計すると周在性2/3周となったため,狭窄予防目的にトリアムシノロンアセトニド80mgを生理食塩水に溶解し合計20mlとし,0.5mlずつ分割して局注した.切除切片による最終病理診断は,①squamous cell carcinoma (SCC),0-Ⅱc(19×16mm),pT1a-MM,INFb,ly(-),v(-),pHM0,pVM0であり根治度B(Figure 34).②high grade intraepithelial neoplasia (HGIN)(18×12mm),pHM0,pVM0,③HGIN(18×12mm),pHM0,pVM0,④HGIN(12×8mm),pHM0,pVM0,⑤SCC,0-Ⅱc(9×4mm),pT1a-LPM,INFb,ly(-),v(-), pHM0,pVM0,⑥SCC,0-Ⅱc(40×27mm),pT1a-LPM,INFb,ly(-),v(-),pHM0,pVM0であり根治度Aであった.病変①の最深部の切片での免疫組織化学染色では,SCCならびにHGINの部位においてp53は強陽性であった.また,病変①の最深部の切片の非癌部粘膜においてもp53の陽性細胞が一部認められた(Figure 5).①はpT1aMMであり,外科的切除や化学放射線療法などの追加治療の必要性,再発(リンパ節,他臓器)の危険性を説明したが,患者希望もあり半年毎のEGD,造影CT検査での経過観察となった.

Figure 3 

ESD切除標本.

病変①のマッピング像.HGIN (High grade intraepithelial neoplasia).

Figure 4 

病理組織学的所見(HE染色).

病変①の最深部の切片での病理組織像(HE染色,×100倍)(黄色△:最深部MMの部位).

Figure 5 

病理組織学的所見(p53染色).

病変①の最深部の切片の非癌部粘膜での病理組織像(p53染色,×200倍).非癌部粘膜にてp53の免疫染色で陽性像を認めた(Figure 3の緑線の部位;1切片のみp53の染色を施行).

ESD3週間後に再入院し,食道アカラシアに対してRegiflex®(30mm)を用いて内視鏡的バルーン拡張術を施行し,造影剤にてpassegeの改善を確認し終了した.その後,8カ月間,自覚症状なく経過している.

Ⅲ 考  察

食道アカラシアは,下部食道括約部弛緩不全と食道蠕動運動障害を認め,食物の通過障害や食道の異常拡張などを呈する一次性食道運動機能障害である.病因は不明であるが,壁在神経叢におけるアセチルコリン神経活動の低下,血管作動性小腸ペプチド作動性神経活動の低下,一酸化窒素合成細胞の減少などの関与が報告されている 2),3.食道アカラシアは,食道癌の危険因子とされているが,発癌との直接的因果関係はいまだ不明である.1931年にRakeら 4や,2000年にChinoら 5が,長期にわたる唾液や食物残渣の停滞による慢性炎症,粘膜傷害,粘膜上皮の過形成などの結果,悪性転化すると報告している.

医学中央雑誌(1983年~2015年)で「食道アカラシア」「食道癌」「表在癌」をキーワードにして検索した結果,本邦における食道アカラシア合併表在型食道癌症例は28例であった.これに自験例1例を加えた29例の中で,多発,再発病変の報告は8例(5例が手術,3例が内視鏡治療),内視鏡的治療を施行した報告は10例 6)~14であった(Table 1).この中で,食道癌の多発,再発例は3例であり,遺残を認めた報告は,Endoscopic mucosal resection(EMR)を施行した1例であった 8.4例が食道アカラシアに対する治療後に発見されている.これは,過去の長期にわたる機械的・化学的刺激によってp53遺伝子の変異が引き起こされ,発癌に関与している可能性が推察される 15),16.変異p53蛋白は非癌部でも過剰発現を示し,p53発現と炎症の程度が高い相関性を示したことが示唆される 17),18.本症例の切除標本の検討でも,胸部上部食道の非癌部粘膜でp53の発現を認めている.これは,機械的・化学的刺激が,上方にまで広範囲に及び,p53遺伝子の変異を引き起こした可能性を示唆するものといえる.

Table 1 

アカラシア合併表在型食道癌に対して内視鏡的治療を施行した本邦報告例.

食道アカラシアと食道癌が併存している症例では,各疾患の治療方法,順序や時期の選択が問題となる.通過障害が進行している場合は,残渣により食道癌の占拠部位,数,大きさ,内視鏡的治療適応病変かどうかの評価が困難である.内視鏡的治療が行えた場合でも,残渣による治療時間の延長,断端陽性になる危険性,治療後潰瘍の治癒障害の可能性が懸念される.このような場合は,食道アカラシアの治療を先行し,併存する食道癌の状況を正確に評価することが重要と考える.通過障害が進行していない場合は,食道癌の状況により食道アカラシアの治療方法や時期を考えていく必要がある.食道癌が非常に広範囲,多発している場合は,両疾患に手術を選択することも考慮すべきと考える.食道癌が下部食道にあり,噴門部から距離がない場合であれば,食道癌に対する内視鏡的治療を先行し,後に食道アカラシアの治療を進めていくのがよいかもしれない.食道アカラシアの治療は,Heller-Dor,内視鏡的バルーン拡張術,内視鏡的食道筋層切開術(Per-oral endoscopic myotomy:POEM)があるが,いずれも先行した内視鏡的治療が妨げになるという報告はない.食道アカラシアと食道癌が併存する場合は,各症例で状況が異なることが予測され,治療方法や順序の選択は,ケースバイケースであると考える.両者の評価を十分に行い治療方法や順序を決定することが望ましいと考える.

本症例は,下部食道に病変があり,食道アカラシアに対する治療を先行した際の線維化などを懸念し,食道癌に対するESDを先行した.食道アカラシアに合併した食道癌に対するESDの問題点としては,食道内の残渣の対処,内腔の拡張による病変の大きさの評価,上皮の肥厚性変化や慢性炎症に伴う粘膜下層の線維化による局注後の挙上不良などが挙げられる.さらに,完全切除しえた場合でも,異時性多発に配慮した定期的な経過観察が重要である.本症例は,多発病変であり外科的治療も選択肢の一つであったが,その侵襲は高く,術後は患者の生活の質の低下なども懸念される.色素内視鏡検査を含む内視鏡検査,拡大内視鏡検査,超音波内視鏡検査などによる総合的診断を行い,粘膜癌で発見できた場合は,内視鏡的治療が選択肢となりえると考えられる.

われわれは,食道アカラシアに合併した多発食道癌に対して,ESDによる切除治療を選択し完全切除しえた.今後は,食道癌再発の可能性を念頭におき,長期的な集学的検査を行うことで早期発見に努める必要がある.早期発見での繰り返しESDにより,患者の生活の質まで考慮した管理・治療を行うことが重要であると考えられた.

Ⅳ 結  語

食道アカラシアに合併した多発表在型食道癌に対しESDを施行した一例を報告した.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
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