GASTROENTEROLOGICAL ENDOSCOPY
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INCARCERATION OF THE COLONOSCOPE IN A LEFT INGUINAL HERNIA : A REPORT OF THREE CASES
Homare ITO Hisanaga HORIEDaishi NAOIMakiko TAHARAKatsusuke MORIYoshihiko KONOYoshiyuki INOUEMunefumi ARITAKoji KOINUMANaohiro SATA
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2018 Volume 60 Issue 7 Pages 1331-1337

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要旨

大腸内視鏡が左鼠径ヘルニアに嵌入し挿入困難になった3例を経験した.症例はいずれも高齢の男性であった.1例は慎重に抜去を行った後,脱出した腸管を徒手整復手技に準じて還納することで全大腸内視検査が施行可能であったが,その他2例は検査の継続が不可能であった.大腸内視鏡は広く普及している手技であるが,検査中に内視鏡が鼠径ヘルニアに嵌入した報告は極めて少ない.大腸内視鏡検査を行う上で,高齢の男性では陰嚢腫脹を伴う外鼠径ヘルニアの病歴聴取が重要である.大腸内視鏡検査中に予期せず内視鏡が鼠径ヘルニアに嵌入した場合は,一旦手技を中断し,鼠径部痛などの臨床症状の確認を行った後,慎重に抜去するのが望ましい.

Ⅰ 緒  言

大腸内視鏡は広く普及している手技であるが,これまで検査中に内視鏡が鼠径ヘルニアに嵌入した報告は極めて少ない.今回,大腸内視鏡が左鼠径ヘルニアに嵌入し挿入困難になった3例を経験したので報告する.

Ⅱ 症  例

症例1:79歳,男性.

病歴:6年前から左鼠径部膨隆の既往があったが,外来医,検査医とも把握していなかった.貧血精査目的に鎮静剤を併用し大腸内視鏡を施行した.挿入途中でループが形成されたため解除を試みたが,左下腹部痛の訴えがあり,手技を中断した.

身体診察:左陰嚢腫脹を認め,陰嚢内に内視鏡が嵌入していた.

検査継続は不可能と判断し,陰嚢部を視認しながら腹痛の増強などがないことを確認しつつ,慎重に内視鏡を抜去した.

腹部CT検査所見(内視鏡検査翌日に施行):S状結腸をヘルニア内容とする左鼠径ヘルニアを認めた(Figure 1-a)上行結腸に不整な壁肥厚を認め上行結腸癌が疑われる所見であった(Figure 1-b).

Figure 1 

症例1.

a:内視鏡検査後.S状結腸をヘルニア内容とする左鼠径ヘルニアを認めた.

b:内視鏡検査後.上行結腸に不整な壁肥厚を認め,上行結腸癌が疑われる所見であった.

c:手術所見.ヘルニア内容はS状結腸であり,ヘルニア嚢とS状結腸は癒着していた.

初回検査1週間後に左鼠径ヘルニアに対して鼠径ヘルニア根治術を施行した.ヘルニア内容はS状結腸であり,ヘルニア嚢とS状結腸は癒着していた(Figure 1-c).

術後に透視下で大腸内視鏡検査を施行したところ,問題なく全大腸内視鏡検査が可能であった.上行結腸に2型腫瘍を認め,後日結腸右半切除術を行った.

症例2:62歳,男性.

病歴:数年前から左鼠径部膨隆を自覚していたが,外来医,検査医とも把握していなかった.胃癌術前の精査目的に鎮静剤併用なしで大腸内視鏡検査を施行した.S状結腸で強い抵抗を感じたため,手技を中断した.

身体診察:左陰嚢腫脹を認め,陰嚢内に内視鏡が嵌入していた.

検査継続は不可能と判断し,陰嚢部を視認しながら抵抗が増強したり,腹痛の出現がないことを確認しつつ慎重に内視鏡を抜去した.

腹部CT検査所見(内視鏡検査前に施行):S状結腸をヘルニア内容とする巨大な左鼠径ヘルニアを認めた(Figure 2).

Figure 2 

症例2 内視鏡検査前.

S状結腸をヘルニア内容とする巨大な左鼠径ヘルニアを認めた.

脱出したS状結腸は問題なく用手還納が可能であり,徒手整復手技に準じて患者に陰嚢を圧迫してもらいながら再度挿入したところ,問題なく全大腸内視鏡検査が可能であった.内視鏡抜去時の嵌頓の可能性も考え,検査終了まで用手圧迫を継続した.

症例3:73歳,男性.

1年前に左鼠径部腫脹を自覚し,近医で左鼠径ヘルニアと診断され手術を勧められていた.検査医は検査前に施行されていた腹部CT検査で,左鼠径ヘルニアを把握していた.ポリープ切除後のフォローアップ検査のため透視下に鎮静剤を併用して大腸内視鏡を施行した.

身体診察:左陰嚢腫脹を認めた.

腹部CT検査所見(内視鏡検査前に施行):S状結腸をヘルニア内容とする左鼠径ヘルニアを認めた(Figure 3-a).

Figure 3 

症例3.

a:内視鏡検査前.S状結腸をヘルニア内容とする左鼠径ヘルニアを認めた.

b:内視鏡検査中.ガストログラフィン造影で,ヘルニア内容であるS状結腸が造影された.

X線透視検査所見:ガストログラフィン造影で,ヘルニア内容であるS状結腸が造影された(Figure 3-b).

徒手整復手技に準じて介助者に陰嚢を圧迫してもらいながら挿入を試みたが,ヘルニア門の通過が困難であり,検査継続は不可能と判断し,陰嚢部を視認しながら透視下に内視鏡の位置を確認しつつ慎重に内視鏡を抜去した.後日待機的にヘルニア根治術を施行した.

Ⅲ 考  察

大腸内視鏡検査時に予期せず内視鏡がヘルニア嚢に嵌入した症例を,PubMed及び医学中央雑誌で「colonoscopy」「Inguinal hernia」「Incarceration」「大腸内視鏡」「鼠径ヘルニア」「嵌頓/嵌入」のkeywordで検索したところ,14報16症例の報告があった 1)~14.1990年にLeisserら 1によって初めて報告されて以来,自験例も含めた19例を表にまとめた(Table 1).年齢の中央値は73歳,いずれも男性であり,高齢の男性でリスクが高い.嵌頓部位はKoltunら 3の報告を除いて,いずれも左鼠径ヘルニアへの嵌頓であった.右鼠径ヘルニアへの嵌頓例は憩室出血に対して結腸右半切除術の手術既往がある症例であり,腸管の解剖学的位置関係が変位していた可能性がある.検査時に施行医が鼠径ヘルニアの既往を把握していたのは6例(31.6%)のみであり,問診時や検査施行時に鼠径ヘルニアの既往は確認されない事が多いと考えられる.内視鏡が嵌入した状況の内訳は挿入時が10例,抜去時が6例,不明が3例であった.挿入時に嵌入した10例のうち,用手圧迫併用で挿入した症例が2例,用手圧迫併用で抜去した症例が2例,そのまま抜去した症例が6例で,2例は透視下でスコープの形状を確認しながら注意深く引き抜きが行われていた.抜去時に嵌入した6例では,抜去できず手術となった症例が2例,ループがヘルニア門に嵌頓しないように用手的に誘導するPully technique(Figure 4)を併用し抜去した症例が1例 3,用手圧迫併用で抜去した症例が2例,そのまま注意深く引き抜いた症例が1例で,手術となった2例を除いていずれも透視下に処置が行われていた.鼠径ヘルニア内に嵌入した大腸内視鏡は,ループ形成があるかどうかで2つのパターンに分類可能である(Figure 4).嵌頓は,ヘルニア門に対して内視鏡が挿入された腸管と腸間膜が過剰に入り込み「ロックオン」された状態であり,挿入時にはヘルニア内容である腸管が入り込むため嵌頓が生じやすい.抜去時の嵌頓は,ループが形成された状態で,ループの弧がそのまま腹腔内に戻ろうとする時に生じるとされ,Pully technique と言われるループの弧を把持しながら引き抜く手法の有用性が報告されている 3.過去の報告では,嵌頓が解除されず手術を要した症例は,いずれも抜去時であるため,ループの弧を把持しながら引き抜く手法は手術回避に有用であると考える.われわれが経験した症例はいずれも挿入時の嵌入であったが,左陰嚢を視認しながら慎重に引き抜くことが可能であった.徒手整復手技を併用し全大腸検査が可能になった症例2は,用手圧迫で腸管が直線化された事で全大腸検査が可能になったと考えられるが,症例3は内視鏡下の造影で,腸管がループを形成する形であったため,腸管が直線化できず内視鏡の挿入は不可能であった(Figure 4).鼠径ヘルニアはヘルニア門,ヘルニア嚢,ヘルニア内容によって規定されるが,ヘルニア門の大きさ,ヘルニア嚢とヘルニア内容の癒着の程度は様々である.外科医師の応援を得て徒手整復で還納されても,内視鏡が直線化出来ない症例は存在するため,透視下であっても無理な挿入は回避するのが望ましい.症例1で提示したように鼠径ヘルニア根治術後は,全大腸内視鏡検査が可能になると考えられる.深部結腸に腫瘍の存在が疑われるような症例では,速やかな治療戦略の構築が必要である.

Table 1 

大腸内視鏡の鼠径ヘルニア嵌入報告例のまとめ.

Figure 4 

鼠径ヘルニア嵌頓のメカニズム.

(a)陰嚢腫脹あり,嵌頓のリスクあり,深部挿入は不可.

(b)内視鏡が直線化可能であれば,深部挿入可能.

(c)そのまま抜去可能であり,嵌頓のリスクは少ない.

(d)陰嚢腫脹あり,嵌頓のリスクあり,深部挿入は不可.

(e)内視鏡の直線化は困難であり,深部挿入は不可.

(f)ループの弧がヘルニア門に嵌頓すると,抜去時嵌頓となる(*Pully technique:ループが嵌頓しないように用手的に誘導する方法(参考文献3より引用,一部改変)).

大腸内視鏡検査前の一般的な問診項目として,1.薬剤,麻酔剤(キシロカイン)によるアレルギーの有無,2.抗凝固薬,抗血小板薬の服薬の有無,3.腹部手術既往歴,4.心疾患,緑内障,前立腺肥大,糖尿病などの前投薬の禁忌や慎重投与となる疾患の合併の有無がある.これらはすべての施設で問診票などを作成し確認していると考えられるが,高齢の男性の場合は,嵌頓のリスクが高い陰嚢の腫脹を伴う外鼠径ヘルニアの有無を検査前に把握しておく事が重要である.問診と身体所見で外鼠径ヘルニアが明らかな時は,腹部CTを撮影し,ヘルニア内容を確認するのが望ましい.ヘルニア内容がS状結腸の時は,透視併用,検査開始時からの用手圧迫併用を考慮し,ヘルニアに嵌入した腸管の形状によっては,検査が続行出来ない可能性を認識する必要がある.

Ⅳ 結  語

大腸内視鏡検査を行う上で,高齢の男性では陰嚢腫脹を伴う外鼠径ヘルニアの病歴聴取が重要である.大腸内視鏡検査中に予期せず内視鏡が鼠径ヘルニアに嵌入した場合は,陰嚢部を視認しながら,慎重に抜去するのが望ましい.

本論文の要旨は第71回日本大腸肛門病学会 学術集会において発表した.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:佐田尚宏(中外製薬(株),大鵬薬品(株),アステラス製薬(株))

文 献
 
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