GASTROENTEROLOGICAL ENDOSCOPY
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A CASE OF MULTIPLE SUPERFICIAL ESOPHAGEAL CANCER WITH MALIGNANT PERICARDIAL EFFUSION TREATED WITH CURATIVE INTENT BY CHEMOTHERAPY AND ENDOSCOPIC SUBMUCOSAL DISSECTION
Yuki AOYAMA Kunio OKAMOTOMasaki WATOTakao TSUZUKISoichiro FUSHIMISakuma TAKAHASHIShigenao ISHIKAWAMasahiro TAKATANIHirofumi MORISHITATomoki INABA
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2018 Volume 60 Issue 8 Pages 1472-1478

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要旨

62歳男性.肝機能異常で当院を受診し,心臓超音波検査で心タンポナーデを認めた.心嚢ドレナージ術を行ったところ,心嚢液から扁平上皮癌細胞を認めた.原発巣の検索では,上部消化管内視鏡で胸部中部食道に粘膜内癌,胸部下部食道に粘膜下層癌を疑う病変を認めた.生検にて両病変からも扁平上皮癌を認めたため,癌性心膜炎を併発した多発食道表在癌(cT1bN0M1 cStage Ⅳb)と診断した.化学療法を施行したところ,胸部中部食道病変のみ残存を認め,その他の病変はすべて消失した.追加治療として残存病変に対してESDを行い,治癒切除が得られた.ESD後は追加治療を行っていないが,10カ月再発を認めていない.

Ⅰ 緒  言

癌性心膜炎の原因となる悪性腫瘍としては,肺癌が最多であり,乳癌,悪性リンパ腫,白血病等が報告 1され,食道癌は稀である.さらに循環動態に影響を及ぼす心タンポナーデに至ることは極めて稀であり 2,食道表在癌での報告例は認めない.

癌性心膜炎を含め,遠隔転移を伴う食道癌の治療は一般的に全身化学療法が選択されるが,生存期間延長のエビデンスは明確でなく,姑息的な治療として行われている.

今回われわれは,癌性心膜炎を併発した多発食道表在癌に対して行った化学療法が主たる病変および遠隔転移に著効し,残存病変に対して内視鏡的粘膜下層剥離術 (endoscopic submucosal dissection:ESD)を施行した症例を経験したので報告する.

Ⅱ 症  例

患者:62歳,男性.

主訴:全身倦怠感.

既往歴:高血圧症,2型糖尿病,閉塞性下肢動脈硬化症,気管支喘息,膀胱癌(39歳 経尿道的膀胱腫瘍切除術pTaN0M0 pStage0).

家族歴:特記事項なし.

飲酒歴:ビール1,000~1,500ml/日を週に2~3日(42年間).

喫煙歴:60本/日(40年間).

現病歴:高血圧症および2型糖尿病,閉塞性下肢動脈硬化症にて近医で通院加療されていた.201X年5月全身倦怠感が出現したため,近医を受診した.血液検査にて肝機能異常を認めたため,精査加療目的に紹介受診となった.血液検査では,AST 699IU/L,ALT 1,126IU/L,LDH 925IU/L,γGTP 289IU/Lと肝胆道系酵素の上昇を認め,BUN 57.6mg/dl,Cr 1.06mg/dlと腎機能の低下を認めた.両外頸静脈の怒張を認め,心音は整であったが全体的に減弱していた.心電図検査は全誘導で低電位であった.単純胸腹部CT検査では,多量の心嚢液貯留と両側胸水を認めた.心臓超音波検査では多量の心嚢液貯留を認め,振子様運動を呈し,collapse signを認めた.

心タンポナーデによる循環不全と虚血に伴う多臓器障害と診断し,循環動態の確保および心嚢液貯留の原因検索目的で,緊急心嚢ドレナージ術を施行した.約1,800mlの血性心嚢液が排出され,細胞診で扁平上皮癌細胞を認めたことから(Figure 1),癌性心膜炎に伴う心嚢液貯留と診断した.血清SCCは6.3ng/mlと軽度高値であった.循環動態が安定した後に原発巣の検索を行った.

Figure 1 

細胞診所見(Papanicolaou染色 強拡大).

ライトグリーンに好染する厚みのある細胞質を持ち,核が中心性に位置する異型細胞が見られた.辺縁が明瞭であり,反応性中皮でなく扁平上皮癌細胞と考えられる.

上部消化管内視鏡にて,切歯列より26~30cmの胸部中部食道3時方向に,通常観察では認識されないが,ヨード染色にて約半周性の平坦で内部均一な不染帯を認めた(Figure 2-a).また,切歯列より35~39cmの胸部下部食道7時方向には,約1/3周性の白濁した粗造部分を有する発赤調の凹凸不整な粘膜を認めた(Figure 2-b).Narrow Band Imaging(NBI)では境界明瞭なbrownish areaであり,凹凸不整の強い部位では不整な血管拡張像を認めた(Figure 2-c).ヨード染色にて不染帯となり,一部に畳目模様の消失を認めた(Figure 2-d).両病変ともにNBI拡大観察は行っておらず,通常観察およびNBI・ヨード染色による内視鏡所見より,胸部中部食道病変は粘膜内癌,胸部下部食道病変は粘膜下層癌を疑った.いずれの生検検体からも病理組織学的に扁平上皮癌が認められた(Figure 3-a,b).両病変では,組織形態とp53の発現やKi-67標識率に大差なかったが,胸部下部食道病変ではcyclin D1の高発現を認めた.なお,いずれも粘膜筋板が得られておらず,深達度は不明であった.全身検索を行ったが,食道以外に癌巣はなく,食道癌取扱い規約第11版に従い,胸部中部食道に副病変を伴う胸部下部食道癌cT1bN0M1 cStageⅣbと診断した.

Figure 2 

上部消化管内視鏡所見(201X年6月).

a:胸部中部食道病変のヨード染色.約半周性の平坦で内部均一な不染帯を認める.

b:胸部下部食道病変.通常観察で約1/3周性の白濁した粗造部分を有する発赤調の凹凸不整な粘膜を認める.

c:NBI.境界明瞭なbrownish areaであり,凹凸不整の強い部位では不整な血管拡張像を認める.

d:ヨード染色.不染帯となり,一部に畳目模様の消失を認める.

Figure 3 

診断時(201X年6月)における生検検体の病理組織学的検査所見.

a:胸部中部食道病変(HE染色 弱拡大).

b:胸部下部食道病変(HE染色 弱拡大).胸部中部食道病変および胸部下部食道病変ともに,核分裂像の目立つ異型扁平上皮が増生し,核の多形性は中部病変でより顕著である.

心嚢ドレナージ術2週間後の血液検査では,AST 25IU/L,ALT 52IU/L,LDH 155IU/L,γGTP 128IU/L,BUN 18.5mg/dl,Cr 0.72mg/dlと肝機能および腎機能の改善を認めた.治療として5-Fluorouracil(5-FU)・Cisplatin(CDDP)併用療法(FP療法:day1~5 5FU 800mg/m2,day1 CDDP 80mg/m2)による化学療法を開始した.FP療法5コース後にCACTE v4.0でGrade2の腎機能低下を認めたため,FP療法を中止した.

中止後に行った上部消化管内視鏡において,胸部中部食道病変は,通常観察では褪色調の粘膜で血管透見が消失しており,NBIでは多発したbrownish areaとして認識された.ヨード染色では,病変は3つに分かれた形の不染帯となっており,全体として縮小していた(Figure 4-a).胸部下部食道病変は通常観察およびNBI,ヨード染色すべてにおいて認識できなかった (Figure 4-b).生検病理診断では,胸部中部食道病変からは扁平上皮癌細胞を認めたが,胸部下部食道病変が存在していた部位では,癌細胞を認めなかった.

Figure 4 

上部消化管内視鏡所見(201X+1年2月).

a:胸部中部食道病変のヨード染色.病変は3つに分れた形の不染帯となっており,前回よりも縮小している.

b:胸部下部食道病変のヨード染色.病変は消失している.

主たる病変である胸部下部食道病変は消失し,心嚢液の再貯留も認めなかったが,血清SCCが2.2ng/mlと依然高値であったことから,201X+1年3月より二次治療としてDocetaxel(DTX)療法(day1 DTX 70mg/m2)を開始した.CACTE v4.0でGrade1の口内炎および脱毛,爪脱落を認めたが,腎機能の悪化は認めなかった.DTX療法10コース終了時に血清SCCは基準値内まで低下した.同時期の上部消化管内視鏡では,胸部下部食道病変は内視鏡的および組織学的に消失を維持できていた.また,PET/CT含む画像検査において心嚢液再貯留や明らかな遠隔転移は認めなかった.

一方,胸部中部食道病変は,ヨード染色すると多発不染帯が融合しており,前回の内視鏡所見と比べて増大していた(Figure 5).NBI拡大観察では,拡張・蛇行・口径不同・形状不均一を示すループ様の異常血管(日本食道学会分類 Type B1)を認め,深達度はEPあるいはLPMが疑われた.内視鏡的に治癒切除が可能と判断し,201X+1年12月にESDを施行した.偶発症なく病変を一括切除した.病理組織所見は,squamous cell carcinoma,well differentiated,pT1a(pLPM),INFα,ly(-),v(-),pHM0,pVM0で治癒切除であった.ESD後には化学療法を行わず,現在まで10カ月が経過しているが,再発なく通院中である.

Figure 5 

上部消化管内視鏡所見(201X+1年10月).

胸部中部食道病変のヨード染色.多発した不染帯が融合し,全体として増大している.

Ⅲ 考  察

癌性心膜炎による心タンポナーデ発症後の生存期間中央値は,癌腫により異なるが0.5から4.2カ月と極めて短く,心タンポナーデ非併発群と比較すると有意に予後不良である 2.食道癌診断・治療ガイドラインにおいて,癌性心膜炎含め遠隔臓器に転移を有する食道癌では,化学療法による単独治療が推奨されている 3.一次治療としてはFP療法,二次治療としてDTX療法が選択されることが多いが,奏効率はそれぞれ36%,20%程度とされており 4),5,生存期間延長のエビデンスに乏しく,姑息的治療となっているのが現状である.

食道表在癌に対して通常は内視鏡的治療や外科的治療による根治的切除術が行われることが多く,化学療法単独治療が行われることは基本的にはない.医学中央雑誌で「食道」,「表在癌」,「化学療法」,Pub Medで「superficial esophageal cancer」,「chemotherapy」をキーワードとして,1988年から2017年の期間で検索したが,食道表在癌に対して化学療法単独治療を行った報告例は認めなかった.しかし,頭頸部癌に対してDTXとCDDP,5-FUによる化学療法を行った症例で,合併した食道表在癌に対する効果について言及した報告がある.この報告では,食道表在癌への治療効果は進行食道癌に対する効果と同程度であり,癌の深達度や腫瘍量に左右されず,完全奏効に至っても高率に局所再発を認めるとしており 6,化学療法による完全奏効を長期にわたり維持することは極めて困難であると考えられる.

本症例では,食道表在癌が同時多発していた.食道癌の同時多発の頻度は胃癌や大腸癌と比べて高く,食道表在癌においては20%前後に認めると報告されている 7.本症例では,胸部下部食道病変は化学療法が著効したのに対して,胸部中部食道病変には効果が乏しかった.多発食道表在癌における各病変に対する化学療法の効果の差についての検討も報告されていない.

食道癌における化学療法の効果と腫瘍血流の関係について,毛細血管レベルの粘膜血流を定量的あるいは半定量的に評価するPerfusion CTを用いた検討で,化学療法の効果と腫瘍血流量に相関があると報告されている 8),9.食道表在癌に限定すると,深達度と腫瘍血流量には相関がないこと,血行支配の関係で近位食道ほど粘膜血流量が低いことが報告されている 10.しかし,病変の存在部位でどの程度の血流量差が生じ,どの程度の血流量差で化学療法の効果に差が生じるのかについて明らかでない.本症例において病変内の血流量評価は行えていないが,各病変の存在部位及び腫瘍血流の違いが,化学療法の効果の差に関与している可能性も考えられる.

また,単発の食道癌と比較して,多発食道癌では細胞増殖調整遺伝子であるcyclin D1の過剰発現や癌抑制遺伝子であるp53遺伝子の異常発現を認めることや 11,主病変に比べ副病変ではcyclin D1発現が低いことが報告されている 12.本症例における診断時の胸部中部食道病変および胸部下部食道病変の生検検体の免疫染色では,cyclin D1発現のみ違いが認められた.Zhouらは,cyclin D1発現が高い食道癌では化学療法に対する抵抗性が強いと報告している 13一方,松本は食道癌に対する放射線化学療法においてcyclin D1発現と治療効果に関連性はないと報告している 14.本症例において,病変間でのcyclin D1の発現の差と化学療法による治療効果の差が関連しているかどうか,断定的なことはいえず,さらなる症例の蓄積に期待する.

本症例では,化学療法によって胸部下部食道病変ならびに癌性心膜炎の消失に至った一方,胸部中部食道病変は残存かつ増大傾向を認めた.表在癌ではあるものの,他の病巣がコントロールできていることからも,将来的に生命予後に影響を与えうると判断し,この残存病変に対して追加治療を行った.サルベージ療法は,放射線化学療法後に残存した主たる病変を根治目的に切除することであり,本症例は厳密な意味でサルベージ療法ではない.治療としては,消失した病変も含めた外科的切除と残存病変のみを対象とした局所治療がある.われわれは,低侵襲性を優先し,残存病変に対してESDを行い完全切除し得た.

本症例は発症から2年5カ月経過しており,ESD後は無治療にて10カ月経過しているが,再発なく長期生存が得られている.しかしながら,一般的には食道表在癌に対する化学療法の効果は限定的であり 6,化学療法にて消失した胸部下部食道病変は再発の可能性があるため,内視鏡等による厳重な経過観察が必要である.

最後に,われわれは本症例を経験して,遠隔転移を有する多発食道癌において,化学療法によって主たる病変および遠隔転移が消失した場合,残存病変に対して根治を目指した積極的な治療を行うことは,治療後において癌に対する継続的な治療を必要としないため,本人にとって有益となりうると考える.

Ⅳ 結  語

癌性心膜炎を併発した多発食道表在癌StageⅣbに対して化学療法を行い,主たる病変と遠隔転移の消失が得られ,残存病変をESDにて切除し長期生存が得られている.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
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