2019 Volume 61 Issue 1 Pages 36-41
栄養障害型表皮水疱症の20歳代女性.嚥下困難感を主訴に来院.原疾患による開口障害を認め,経鼻内視鏡にて精査を行ったところ,NBIにて中部食道に食道狭窄およびbrownish areaを認めた.生検にて軽度異型上皮と診断したが,原疾患のため侵襲度の高い治療を行うことができず,開口訓練にて経口内視鏡が挿入可能となった時点で,同領域に対してアルゴンプラズマ凝固法による焼灼を行った.以後経過良好で,慎重に経過観察中である.
表皮水疱症は,表皮-真皮間に存在する基底膜の固定に必要な接着装置や係留線維の遺伝子異常が原因となって発症する遺伝性疾患であり,日本における患者数は500~640人と推定される稀な疾患である.本疾患では,先天的に皮膚が脆弱となるほか,消化管粘膜において,びらん・水疱が繰り返し形成されることで食道狭窄を発症することが報告されている.今回,われわれは食道狭窄に食道異型上皮を合併した先天性表皮水疱症の一例を経験したので報告する.
症例:20歳代,女性.
現病歴:出生時より常染色体劣性栄養障害型表皮水疱症にて当院皮膚科に通院中であった.2013年末頃より,嚥下困難感(Dysphagia score1~2程度)と喉頭部の痛みを自覚するようになった.近医耳鼻咽喉科にて精査を受けたところ,咽喉頭には異常所見は認められなかったが,胸部CTにて中部食道の壁肥厚・狭窄が疑われた.また,両側頸部リンパ節,傍食道リンパ節,両腋窩リンパ節,両鼠径リンパ節に腫大が認められたが,感染兆候を認めず,皮膚・腹部臓器に悪性腫瘍を疑わせる所見を認められなかったため,水疱の形成・治癒に伴う反応性のリンパ節腫大と考えられた.食道狭窄の精査加療目的に2014年1月,当院胃腸外科を紹介受診となり,精査目的に当科紹介となった.
既往歴:特記事項なし.
家族歴:特記事項なし.
嗜好:喫煙なし,飲酒なし.
現症:頸部・背部・両膝・右足首に広範な皮膚びらんあり,両側手掌のびらん・発赤,手足指の爪脱落を認める.顔面・口腔周囲にびらんなし.口腔内は口内炎が多発しており,開口障害を認めた.3cmほどのみ開口可能であった.他に特記事項なし.
当科初診時の臨床検査成績(Table 1).
当科初診時の臨床検査成績所見.
頸部~骨盤部造影CT:Th1-3レベルで食道の全周性の壁肥厚を認め,中部食道の狭窄が疑われた.他臓器に異常なし.
経過:2014年1月,口角を含む口腔粘膜に繰り返しできる水疱の発生とその治癒のため,開口障害を認めており,通常径の内視鏡は挿入できず,GIF-XP260NS(外径6.0mm,OLYMPUS)にて経口的に観察を施行した.上切歯より25cmに膜様狭窄を認めたが,経鼻内視鏡は通過可能であったため経過観察とした(Figure 1).スコープ通過後は膜様部が剥離し出血を認めたが,狭窄は改善した.Narrow band imaging(NBI)では,中部食道(上切歯より30cm)に2/3周性のbrownish areaを認めた.同部位は通常光では発赤調,ルゴール染色では不染となりpink color sign陽性であった(Figure 2).表在型食道癌を疑い生検を施行したところ,基底層付近に軽度異型を伴う細胞の増殖を認めた(Figure 3).表層は分化傾向が残存しており,極性の完全な消失は認めなかった.クロマチンの不均一な分布や核大小不同は目立たず,総合的に高度異型相当の病変と考えられた.胃や十二指腸には明らかな異常を認めなかった.同病変の深達度診断のため拡大内視鏡による観察が必要と考えられたが,開口障害のため拡大内視鏡による観察は行えなかった.同年4月,嚥下困難感が持続したため,食道バルーン拡張を行う方針となった.開口訓練ののちGIF-H290(外径8.9mm,OLYMPUS)を使用し,上切歯より25-28cmの領域に,15-18mm,1気圧にてバルーン拡張①を行った.しかし,その後もスコープは通過しなかった.その際に,広範な扁平上皮粘膜の剥離を来たしたため,これを回収し病理検査を行った.拡張術後に経鼻内視鏡にて観察を行ったところ,上部食道では扁平上皮が脱落しており,狭窄は改善傾向であった.中部食道に2/3周性の領域を持つbrownish areaを認め,表在型食道癌を疑ったが,拡大観察を行えなかったため詳細な評価は困難であった.ドット状の上皮乳頭内血管intraepithelial papillary capillary loop(IPCL)拡張の多発を認めたが,前回観察時と著変を認めなかった.バルーン拡張の際に回収された粘膜からは,表皮剥離傾向を示す重層扁平上皮を認めたのみで,炎症や異型は認めなかった.
上部消化管内視鏡(使用内視鏡:GIF-XP260NS).
開口障害のため経鼻細径内視鏡を用いた.切歯より25cmに膜様狭窄を認めた.経鼻内視鏡で通過可能であったため,検査続行したところ,検査終了時には膜様狭窄が剥離し,狭窄は改善した.その他水泡の形成などは認めなかった.
上部消化管内視鏡(使用内視鏡:GIF-XP260NS).
切歯より30cmにNBI観察にて2/3周性のbrownish areaを認めた.近接での観察ではIPCLは拡張しているように見えるが,拡大でないため断定は不可.ルゴール染色では同部は不染になり,pink color sign陽性であった.同部より生検を施行した.
食道生検病理画像(40倍).
核密度の増加した重層扁平上皮が採取され,腫大核細胞が基底領域を中心に増生しており,所々で全層に分布している所見が観察された.表層は分化傾向が残存しており,極性の完全な消失は明らかではなく,また,クロマチンの不均一な分布や核大小不同はそれほど目立たなかった.高度異形成(High grade intraepithelial neoplasia)相当の病変と考えられた.
2014年7月に施行した内視鏡検査では,上部食道に上皮脱落による軽度狭窄を認めたが,GIF-H290(OLYMPUS)は辛うじて通過可能であった.中部食道に広範なbrownish areaを認め,多発のドット状IPCL拡張所見を認めた.口側粘膜は内視鏡通過時に鈍的に剥離しており,口側断端の評価は困難であった.上部〜中部食道にかけてバルーン拡張②(15-18mm,4気圧)を施行したところ,中部食道の粘膜上皮が鈍的に剥離したため,病理検査に提出したところ高度異型を認めた.同病変に対し治療が必要であると考えられたが,原疾患ならびに食道狭窄のため,内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)では,スコープおよびデバイスの操作性が制限されること,また,ESD後の治癒過程において高度の狭窄を来す可能性が高いと考えられたため,アルゴンプラズマ凝固法(APC)による焼灼を行うこととした.2014年8月に施行した内視鏡検査では中部食道に瘢痕に伴う狭窄があり,GIF-H290は狭窄のため通過しなかった.処置を行うためにバルーン拡張③を施行し,NBIでのbrownish areaを参考に,辺縁より中心に向けてAPC(Forced APC,40W,1.4L/min)で焼灼を行った(Figure 4).検査後に,狭窄の再発予防目的にバルーン拡張④を追加した.
上部消化管内視鏡(使用内視鏡:Olympus GIF-H290).
H290(8.9mm)ファイバーは上部食道の狭窄のため通過せず.処置を行うために,拡張バルーンにて狭窄を拡張し,病変へのアプローチを行った.NBI拡大観察では2/3周性の境界明瞭なBrownish areaや,ドット状のIPCL血管拡張の多発を認めた.ルゴール液を撒布したが背景粘膜の炎症が強く,境界明瞭とならなかった. NBIでのBrownish areaを参考に,辺縁よりAPC(Forced APC 40W 1.4l/min)焼灼し,中心部の焼灼を続けて行った.十分に焼灼が加わっていることを白色光にて確認し,終了した.
APC3カ月後には潰瘍は瘢痕化し,NBIでも明らかな腫瘍残存は認めなかった.以後,嚥下困難感なく経口摂取可能であり,経過観察中である.上記の臨床経過をFigure 5に示した.
臨床経過図.
表皮水疱症は遺伝性疾患であり,日本における表皮水疱症の患者数は500~640人と推定される.男女比は1:1であり,単純型(32%)・接合部型(7%)・栄養障害型(優性21%・劣性33%)・その他(7%)に分類される.本疾患は,表皮-真皮間に存在する基底膜の固定に必要な接着装置や係留線維の遺伝子異常が原因となって発症する.単純型は,表皮を構成する細胞骨格であるトノフィラメントおよびトノフィラメントを基底細胞の底面に接着させる装置であるヘミデスモゾームに異常が認められ,その大部分が常染色体優性遺伝である.表皮内水疱を形成するため,水疱やびらん治癒後は瘢痕や皮膚萎縮を残さずに治癒する.限局型(水疱が手足にのみ限局)・Dowling-Meara型(水疱が環状に配列し全身に生じる)・汎発型(手足以外にも水疱を形成)などに細分類される.接合部型はヘミデスモゾームや表皮細胞を基底膜につなぐアンカリングフィラメントに異常が認められ,常染色体劣性遺伝である.Herlitz型(ラミニン332の完全欠損)と非Herlitz型(ラミニン332の不完全欠損)に大別され,Herlitz型は生下時から全身に水疱やびらん,潰瘍を形成し,治癒せずに次々と新生,拡大し,生後1年以内にほぼ全例死亡する.非Herlitz型は生命予後良好で生殖可能年齢に達しうる.水疱やびらん治癒後,瘢痕は残さないが皮膚萎縮を残し,頭部脱毛,掌蹠角化,爪の変形,歯エナメル質形成不全を伴う.また,接合部型表皮水疱症の特殊型に幽門閉鎖合併型があり,α 6 β 4インテグリン遺伝子変異により発症し,予後不良である.
本症例も含まれる栄養障害型表皮水疱症はⅦ型コラーゲン遺伝子の変異によって生じる.常染色体優性遺伝と常染色体劣性遺伝があり後者がより重症である.優性型では出生時〜乳児期に発症し,四肢伸側に多くの水疱を形成し,食道狭窄をきたすものや,体幹に白色丘疹を形成するものがある.加齢とともに改善する症例もある.劣性型は重症汎発型と汎発型に分類され,基底膜と皮下組織をつなぐ係留線維を構成するⅦ型コラーゲンの発現が完全に欠損した最重症型である重症汎発型とⅦ型コラーゲンが減少した汎発型に分類される.外力の有無にかかわらず,基底膜下レベルの表皮の剥離が生じ,びらんや水疱をきたす.びらんや水疱は繰り返し出現することで治癒後に稗粒腫や瘢痕を残し,指趾間癒着や脱毛,爪歯変形・脱落などを生じるため,ADLの低下を招きやすい.劣性栄養障害型には現段階では根治療法は無く,対症療法のみである 1).上記のごとく喉頭・気管・食道に狭窄などの重篤な病変を伴うことにより,経口摂取の低下を招き,栄養障害をきたすとされている 2).
本疾患では,93.6%に嚥下障害を認め,79.1%に食道狭窄が生じるとされる 2).嚥下障害の自覚から平均33カ月で,食道狭窄に対する加療が必要とされる 2).栄養障害型表皮水疱症では,嚥下障害の累積リスクは5歳頃より上昇を認め,30歳頃に90%に達し,他の病型と比較して明らかにリスクが高い 2).本症例でも複数回の狭窄部バルーン拡張が施行されているが,平均で4回程度の拡張術が必要とされる.全食道で狭窄が生じうるが,頻度は胸部上部食道が50%,胸部下部食道で25%と報告されている 2).本疾患を発症すると食道の完全閉塞に至るリスクが常にあるが,食物がブジーとなって閉塞が改善される可能性や,逆に食物の貯留が刺激となって繰り返し同じ部位で狭窄が起こる可能性が考えられている2),3).食道狭窄の進展による栄養障害を予後の規定因子とする報告もあり適宜加療が必要である 4),5).前述の通り,瘢痕部からの発癌が予後の規定因子になりうるとの報告もある 1).2016年8月までの期間でPubMedまたは医中誌にて,表皮水疱症および食道癌または食道異型上皮で検索を行ったが,食道狭窄にて食道全摘を施行した摘出標本に異型上皮を認めたという報告 2)と食道癌の合併の報告 6)を認めたのみで,表皮水疱症において食道異型上皮の合併が多いという報告や慢性的な食道狭窄・瘢痕化によって食道癌のリスクが上昇するという報告はなされていない.しかし,本症例のように食道異型上皮を合併した症例では,発癌を前提とした慎重な経過観察が必要と考えられる 7),8).本症例では,開口障害・食道狭窄により使用できる内視鏡に制限があり,正確な深達度診断を行えなかったものの,病理診断に基づき食道異型上皮に対してAPCを施行した.他の治療方法として,外科治療やESDなども検討されたが,挿管チューブやその他デバイスの使用による気管・食道などの合併症の誘発や創傷治癒の問題があり,APCによる加療を選択した.今後も食道狭窄,異型上皮に関して慎重な経過観察が必要と考えられる.表皮水疱症のその他の病型における消化管合併症についてはFineらが詳細に報告している 2).全病型において嚥下障害と胃食道逆流症(GERD)を高頻度に認め,特に接合部型で他の病型に比してGERDの合併頻度が高い(Herlitz型:13.95%).栄養障害型では,優性型で食道病変の頻度は低いが(嚥下障害16.98%,食道狭窄3.78%),劣性型では60~93%で嚥下障害,37~79%で食道狭窄を認めた.すべての病型で胃病変の頻度は低いが,接合部型のうち非Herlitz型の6.81%で幽門狭窄を認めた.下部消化管の合併症としては,すべての病型で便秘が報告されているが,栄養障害型で頻度が高く,特に劣性型で多く報告されており(50〜76%),肛門狭窄が10~23%で認められていることと関連があると考えられた.また,接合部型のHerlitz型で直腸裂傷・肛門裂傷/狭窄・痔の合併を4.54%に認めた.
栄養障害型表皮水疱症に食道異型上皮を合併した症例を経験した.本症例では開口障害により使用できるスコープが制限されたものの,異型上皮に対してAPCによる治療を行い,良好に経過した.本疾患においては,食道狭窄に加え,食道異型上皮や食道癌も念頭に置いた慎重な経過観察が必要であると考えられた.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし