2019 Volume 61 Issue 1 Pages 55-61
筋層牽引所見(muscle-retracting sign;MR sign)は大腸の大型隆起性病変で認める事があり,ESD施行時に同所見を認めた際は剥離を中止すべき所見とされているが,術前予測は困難である.当院では同所見によるESD中断例を3例経験後より,MR signの術前予測のために20MHzの細径プローブによるEUS(miniature probe EUS;mEUS)を施行している.病変基部から病変内部に連続性に筋層が描出された際にEUS-MR sign(E-MRs)陽性と定義し,mEUSを施行した8例中3例でE-MRs陽性を示した.mEUSにおけるE-MRs陽性例は全例でMR sign陽性であり,また,E-MRs陰性例は全例でESD施行中のMR signは陰性であった.E-MRs所見とMR signの有無は全例で合致した.EUSは従来困難と言われていたMR signの術前予測のための一手段となり得る可能性が考えられる.
大型大腸腫瘍,特に径3cmを超える隆起を伴う病変の深達度診断は通常光観察や色素内視鏡,拡大内視鏡,EUS,注腸検査等を駆使しても限界があり,このような症例では筋層が病変に向かってテント状に挙上している所見が認められる事があり,筋層牽引所見(muscle-retracting sign;MR sign)と呼称される.MR signを認める病変ではESDによる剥離の際に穿孔の危険性も極めて高いため,剥離を中止すべき所見であり,大型隆起性病変にESDを行う際は外科手術の必要性を常に念頭に置く必要がある 1)が,正確な術前予測は困難である 1)~3).当院では2011年7月に大腸ESDを導入し2018年2月までに84病変のESDを施行した.84病変中4病変(4例)の中断例を経験し,うち3例が剥離中のMR signによる中断であった.3例はいずれも径3cm以上の隆起成分を有しており,当院で2015年までに経験した径3cm以上の隆起成分を有する病変の検討では5例中3例が高度のMR signにより中断されていた.3例の中断例の経験後よりMR signの術前予測は重要と考え,2015年4月より20MHzの細径プローブによるEUS(miniature probe EUS;mEUS)を用いて,MR sign予測の試みを始めた.
2011年7月~2018年2月までに当院で大腸ESDが施行された84病変中,径3cm以上の隆起成分を有する大型隆起性病変は14病変(14例)に認め,内訳は2015年3月までに6例,2015年4月以降に8例を認めた.2015年4月以降の連続症例8例を対象としてESDの術前にmEUSによるMR signの予測を施行した(Table 1).EUSで正常管腔部から病変部にかけて描出される第4層が病変部で病変側に凸となり,病変の基部および病変内部に第4層が描出される所見をEUS-MR sign(E-MRs)と定義し(Figure 1-c,2-b),E-MRsの有無と程度を確認した.8例の内訳は男性3例,女性5例で平均年齢は74.9歳(51歳~91歳)であった.
当院におけるmEUSを施行した径3cm以上の隆起成分を有する大型隆起性病変の検討.
a:高度のMR signを有する大型隆起性病変の模式図.
b:高度のMR signを有する病変のEUS像の模式図.
c:高度のMR signを有する病変のEUS像.第4層が病変部で病変側に凸となり,EUS-MR sign(E-MRs)陽性.第4層の厚さが正常管腔部に比し病変部で2倍以上となるE-MRs-Wを呈している.
a:軽度のMR signを有する大型隆起性病変の模式図.
b:軽度のMR signを有する病変のEUS像.第4層が,病変部で病変側に凸となりEUS-MR sign(E-MRs)陽性.
病変部の第4層の厚みは,正常管腔部の第4層に比し2倍以上の変化はないE-MRs-N(narrow type)を呈している.
MR sign予測のためのEUSの施行方法は,従来の深達度診断に用いる方法とは異なる手法を用いる.従来法では腫瘍の頂部に細径プローブをあて深部浸潤の有無を確認するが,大型隆起性病変の場合は,音波の深部減衰により内部構造の有用な情報は得られにくい.MR sign予測のためのEUSは(Figure 3),病変の基部に細径プローブ(20MHz)をあて,正常管腔部の筋層から連続する筋層が病変内部に引き込まれているか否かを判断する.
MR sign予測のためのEUSは,管腔に水をため,細径プローブを腫瘍基部にあてる.
手順は,以下のように行った.
①管腔の空気を抜き水をため,プローブを挿入する.
②通常光画面で基部にプローブを当てる.
③EUS画面で正常管腔部の5層構造を画面に捉え第4層を同定する.
④EUS画面で病変頂部方向を認識する.
⑤EUS画面で正常管腔部の第4層(筋層)から連続性に続く病変頂部に向かって走行する第4層を同定する.
⑥反対側の基部も同様にEUSで観察する.
⑦E-MRsを疑う第4層の吊り上がりを認めた際は腫瘍内部まで達しているかを再度確認し,体位変換により大きく変動しないことや消失しないことを確認する.
病変基部から病変内部に連続性に筋層が描出された際にE-MRs陽性と判断した.また,E-MRsの程度を軽度と高度に分類し,軽度のE-MRsをE-MR sign narrow type(E-MRs-N),高度のE-MRsをE-MR sign wide type(E-MRs-W)と定義した.E-MRs-Nは病変内部で第4層の厚さに2倍以上の変化がないものとし(Figure 2-b),E-MRs-Wは病変内部で第4層が2倍以上に肥厚しているものとした(Figure 1-c).
全例でEUSによる管腔側の筋層及び腫瘍の描出が可能であった.8例中3例でE-MRs陽性,5例でE-MRs陰性であった.E-MRs陽性例3例中1例で腫瘍内部で筋層が2倍以上に肥厚する高度のE-MRs(E-MRs-W)を認め,同病変ではESDを施行しても中断となる可能性が高いと判断し腹腔鏡手術を選択した.外科切除標本(Figure 4)では,高度の筋層の牽引および線維化を有したMR sign陽性例であり,このような病変は,仮にESDを先行させたとしても,当院の技量では内視鏡治療を断念せざるを得なかったと予測された.
症例1の外科切除標本.EUS像ではE-MRs-Wを示していた.切除標本でも高度のMR signを有していた.
E-MRs陽性例3例中2例は軽度のE-MRs(E-MRs-N)が認められたが,いずれの症例も直腸Rb病変であったため,ESDを先行させ完遂した.粘膜下層剥離中に軽度のMR signを認めたが,筋層の吊り上がりの程度やその頂部で存在する線維化の範囲は比較的狭く,通常よりも困難ではあったがESDは続行可能な状態であった.E-MRs陽性例3例共に,病理組織診断でTis癌と診断され,治癒切除を得た.EUS施行に伴う偶発症は認められなかった.
MR signは豊永 1)が2005年に初めて報告をした所見であり,当初SM深部浸潤に由来するものと考えられていたが,症例の蓄積により,腺腫やTis癌・T1a癌でもMR sign陽性例があることが分かってきた 4)~6).筋層が牽引される要因は,SM深部浸潤によるdesmoplastic reactionにより筋層がテント状に挙上しているため,または巨大腫瘍によるprolapseや蠕動に伴い粘膜下層と筋肉の間に高度の線維化が生じ,腫瘍の自重により筋層が吊り上がることが予想されている 6).
当院の径3cm以上の隆起成分を有する大型隆起性病変は,mEUSを施行する以前の症例を含めると全例で14例あり,そのうちMR sign陽性例は6例(42.9%)であった.MR sign陽性例6例の局在の内訳は,直腸4例,横行結腸1例,脾彎曲1例であり,肉眼型はⅠspが4例,Ⅰsp+Ⅱaが2例であった.治療の転帰は6例中3例はESD中断,2例はESD完遂,1例はESD施行せず腹腔鏡手術が施行された.6例中1例で最終深達度は追跡不能で判明していないが,4例がTis癌,1例がT1a癌であった.また,大型隆起性病変のうち径2cm以上3cm未満の症例では,ESDを施行した症例は2例あり,いずれの病変に対しても術前mEUSを施行しているがE-MRs陰性と判定し,剥離中のMR signを認めなかった.病理組織診断はadenoma及びTis癌であった.
E-MRsに関するわれわれの検討ではmEUSを施行した8例中3例でE-MRs陽性を示した.これら3例のE-MRs陽性例のうち2例はESD施行によりMR sign陽性と確認され,1例は腹腔鏡手術の切除標本で,MR sign陽性と判断された.mEUSにおけるE-MRs陽性例は全例でMR sign陽性であり,また,E-MRs陰性例は全例でMR signは陰性であった.E-MRs所見とMR signの有無は全例で合致した.
mEUSの利点は簡便でかつ短時間に施行可能な点である.周波数が高く分解能が高いため,管腔側の壁の5層構造が比較的鮮明に描出される.半面,深部まで音波が届きにくく撮像範囲が狭いため,E-MRsの描出では腫瘍基部の筋層にターゲットを絞り,プローブを押し当てながら描出する(Figure 2-a,3).プローブに腫瘍隆起成分が覆い被さり,腫瘍基部と腫瘍本体方向の位置関係が分かりにくくなった場合は,プローブを前後左右に振りながらEUS画面と通常光画面の両画面で管腔側と病変側を認識しなおすと分かりやすい.また,大型隆起性病変には太い栄養血管が存在する事も多く,病変内部に向かう筋層と同等の厚みをもつ太い血管が描出される場合がある.血管と筋層の判別は筋層を連続的に追うことで可能であり,血管を筋層と誤認しないよう留意が必要である.また,病変の重みによる襞の折れ曲がりを認める部位では,第4層が病変側に凸となる所見が観察される時がある.しかしその場合,第4層は病変基部および内部には存在していない.詳細に観察し,読影の際E-MRs陽性と誤認しないよう十分留意しなければならない.当院ではこのような症例をE-MRs陰性と判定してESDを施行したが,ESDによる剥離の際にもMR signを認めなかった.
E-MRsの描出に際して,コンベックス型EUS等専用機を使用した場合,撮像範囲が広く腫瘍基部の全体像をとらえやすい.欠点はスコープの挿入可能範囲に制限があることや,スコープの入替を要するため,mEUSに比し簡便性に欠けることである.当院では直腸病変1例に施行した.E-MRsは陰性症例であったが,mEUSに比して腫瘍基部の全体像が描出可能であり,専用機の有用性を感じた.EUS専用機での評価の有用性に関しては,今後検討が必要と考えられるが,直腸病変の評価の際には,有用なモダリティーとなると考えている.
EUS施行の最大の目的は,ESDの限界病変の検出である.直腸病変は後述する筋層切除併用により高度のMR sign陽性例でも内視鏡的切除が考慮される可能性があるが,結腸では困難である.そのため最も臨床的意義が大きいのは,結腸で高度のMR sign陽性を呈する病変の検出であり,結腸病変の描出にはmEUSが適している.
MR sign陽性例の内視鏡的切除の方法は,直腸病変では筋層を一部削って穿孔せずにESDを施行した報告 7)や,PAEM(per anal endoscopic myectomy)として内輪筋を一部切除し治療完遂した例の報告 8)がある.直腸Rbは解剖学的に腹膜反転部〜恥骨直腸筋付着部上縁までに位置するためESDでは腹腔内への穿孔は免れる.郭清を伴う外科手術では人工肛門となるか,肛門を温存できたとしても排便,排尿,性機能の障害が出る例も存在する.この領域では特に内視鏡治療等の局所切除を行う臨床的意義は大きい.一方で結腸の腹腔鏡手術は比較的低侵襲な手術である.E-MRs-Wを呈し高度のMR signが予測される場合は,ESDによる穿孔や中断のリスクが高い.外科手術を基本とし,内視鏡治療の適応は慎重に考慮すべきであると考えている.結腸でE-MRs-Nを認めた場合は,技術的困難性を伴うがESDの施行も考慮される.
当院の径3cm以上の隆起成分を有する病変に対する診断と治療のストラテジーは以下の通りである.通常光・色素・拡大内視鏡観察で深達度予測を行い,T1aまでの深達度と判断された場合に,内視鏡治療を前提としてmEUSでMR signの有無の確認をする.E-MRs陽性であった場合は,E-MRs-NであればESDを先行させ,切除不能であれば外科手術を行う.EMRs-Wの場合は,局在により治療選択が異なる.結腸~直腸RaではESDの限界病変と考え,外科手術を第一選択とする.直腸Rbでは,内視鏡治療を含めた局所切除を行う.
尚,E-MRs-WとE-MRs-Nは当院の経験に基づき定義したため症例の蓄積により再考を要する可能性がある.今後の症例の蓄積により,E-MRsの分類や施設の技量に応じた治療適応が明確となることに期待したい.
EUSでE-MRsを描出可能な症例があり,EUSは従来困難と言われていたMR signの術前予測のための一手段となり得る可能性が考えられる.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし