2019 Volume 61 Issue 10 Pages 2397-2408
【目的】治癒切除および適応拡大治癒切除の基準を満たした早期胃癌に対する内視鏡切除症例の短期成績,長期成績を調査するため,「Web登録システムを用いた早期胃がん内視鏡切除症例の前向きコホート研究(J-WEB/EGC)」を計画した.今回はこの研究の短期成績を明らかにする.
【方法】全国41施設において内視鏡切除予定の胃癌病変,あるいは胃癌疑い病変のあるすべての患者を対象に,2010年7月から2年間の登録を行った.登録に際し,“基本情報”と“術前診断”は内視鏡切除施行までにデータを入力し,“短期成績”は内視鏡切除より6カ月後までに入力した.
【結果】9,616症例・10,821病変の内視鏡切除(ESD:99.4%)が行われ,切除時間の中央値は76分,一括断端陰性切除は91.6%であった.後出血は4.4%,術中穿孔は2.3%であった.2時間以上の長時間の切除となった要因としては,腫瘍径20mm以上,U領域,M領域,局所再発病変,UL,胃管,男性,SMが抽出された.内視鏡切除後の病理評価によって,10,031病変が通常型胃癌と診断された.腫瘍径中央値は15mmであった.18.3%が非治癒切除病変と診断され,リンパ節転移リスクのある非治癒切除1,695病変のうち,824病変・48.6%で追加外科手術が施行された.そのうち,64病変・7.8%でリンパ節転移を認めた.
【結論】この多施設前向き研究により,早期胃癌に対するESDの良好な短期成績が示された.
早期胃癌に対する内視鏡的切除術は,絶対適応病変,または適応拡大病変の2つの適応に基づき施行されている 1)~3).その方法は,strip biopsy法や透明プラスチックキャップ法などの内視鏡的粘膜切除術(EMR:endoscopic mucosal resection)を経て,近年では内視鏡的粘膜下層剝離術(ESD:endoscopic submucosal dissection)まで多岐にわたっている 4),5).従来,適応拡大病変についてはEMRでは切除困難であることが多く,外科手術が行われてきたが,ESDが開発され,このような適応拡大病変に対しても一括切除が可能となってきた.
最近では,早期胃癌に対する内視鏡的切除術の短期,および長期成績について数多くの報告がされているが,その大部分は後ろ向きの個々の施設からの報告例にとどまり,referenceとなる前向き多施設データは存在しない 5)~24).そこで,早期胃癌に対する内視鏡切除症例を,「Web登録システム」を用い,全国多施設において前向きに登録を行い,その前向きコホート集団の短期成績,長期成績を調査する「Web登録システムを用いた早期胃がん内視鏡切除症例の前向きコホート研究(J-WEB/EGC)」を計画した 25).今回はこの研究のSecondary endpointsである短期成績を明らかにする.
全国41施設において,登録参加について患者本人から文書で同意が得られている,内視鏡切除予定の胃癌病変,あるいは胃癌疑い病変のあるすべての患者を対象に,2010年7月から2年間の登録を行い,登録後5年間の追跡を行った 25).5年間の追跡終了後には,約2年間,消息不明例の予後調査を行っている.本研究の実施にあたっては,各登録施設における倫理委員会の承認の後,本登録の参加を行い,また本研究はUMIN000005871に登録した.
登録の流れとしては,まず登録参加について担当医より患者に説明を行い,患者本人から文書で同意が得られた場合,各登録施設が“基本情報”と“術前診断”を内視鏡切除施行までにWeb登録システムを用いて入力した.“短期成績”は内視鏡切除施行より6カ月後までに入力し,長期成績は1年後,3年後,5年後に入力した.
検討方法まず,“基本情報”として,年齢,性別,Eastern Cooperative Oncology Group Performance Status[ECOG PS],Body Mass Index[BMI],抗血小板薬・抗凝固薬の内服の有無を,また“術前診断”として,占拠部位;胃の3領域区分(U,M,L)・胃壁の断面区分(小彎,大彎,前壁,後壁),胃の状態(胃手術の既往);通常胃・残胃・胃管,当該病変の治療歴;初発・治療後(局所再発病変),腫瘍最大径(mm),深達度,肉眼型,ULの有無を明らかにした.次に,“短期成績”のうち,内視鏡切除の成績として,内視鏡切除方法,麻酔方法,切除時間,一括切除,一括断端陰性切除を,内視鏡切除の偶発症として,後出血,術中穿孔,遅発性穿孔,出血による輸血の有無,緊急手術を評価した.さらに,2時間以上の長時間の切除となった要因,病理所見として,組織型,深達度,腫瘍最大径(mm),ULの有無,リンパ管侵襲,静脈侵襲,水平断端(LM),垂直断端(VM)を,根治度評価として,治癒切除と適応拡大治癒切除を,非治癒切除の成績として,後治療;追加外科手術・経過観察,追加外科手術例の局所遺残とリンパ節転移の有無を評価した.2時間以上の長時間の切除となった要因については,関連する臨床病理学的所見を,単変量および多変量解析を用いて統計解析した.
短期成績の定義“術前診断”と“病理所見”は,プロトコール作成時の胃癌取り扱い規約第14版,胃癌治療ガイドライン第3版に従い評価した 1),26).肉眼型は,0-Ⅰと0-Ⅱaを隆起型,0-Ⅱcと0-Ⅱbを平坦または陥凹型,0-Ⅱa+Ⅱcなどを混合型とした.ULの診断は,活動性潰瘍,または潰瘍瘢痕の存在をもって判定した 27).組織型は優勢な組織像に従った.高分化管状腺癌,中分化管状腺癌,乳頭腺癌を分化型癌とし,低分化腺癌,印鑑細胞癌,粘液癌を未分化型癌とした.SM1はがん浸潤が粘膜筋板500μm未満,SM2は500μm以深とした.“術前診断”の当該病変の治療歴のうち,治療後の局所再発病変は,この研究の登録前に行われた内視鏡切除の瘢痕部にできた病変と定義した.
切除時間は,スコープ挿入から抜去までの時間(分)と定義した.長時間の切除時間は過去の報告を参考に,2時間以上の切除時間を要したものとした 5),28).一括切除は内視鏡切除によって病変を1切除片数にて切除した場合で,一括断端陰性切除は一括切除のうちで水平・垂直断端陰性で切除した場合とした.偶発症のうち,後出血は内視鏡切除後に発生した内視鏡的止血術を要した切除後潰瘍からの出血とした.術中穿孔は,内視鏡切除中に内視鏡で直接穿孔を視認した症例とし,一方で遅発性穿孔は,内視鏡切除後にレントゲンやCTでfree airとして確認されるか,内視鏡で直接穿孔を確認したものとした.緊急手術を要した症例は,偶発症により緊急手術を要した症例とした.
根治度評価は胃癌治療ガイドライン第3版に従い,治癒切除,適応拡大治癒切除,非治癒切除に分け評価した.腫瘍が一括切除され,腫瘍径が2cm以下,分化型癌で,深達度がpT1a(M),HM0,VM0,Ly0,V0である場合に治癒切除とした.一方で,腫瘍が一括切除され,切除標本が,①2cmを超えるUL0の分化型pT1a,②3cm以下のUL1の分化型pT1a,③2cm以下のUL0の未分化型pT1a,④3cm以下の分化型かつ深達度がpT1b(SM1),のいずれかであり,かつHM0,VM0,Ly0,V0であった場合を適応拡大治癒切除とし,さらに治癒切除と適応拡大の治癒切除条件に1つでも当てはまらない場合を非治癒切除とした.
統計解析2時間以上の長時間の切除となった要因の単変量解析にはカイ二乗検定を,多変量解析にはロジスティック回帰分析を用いた.SPSS version 20を用い解析し,0.05未満のP値を有意とした.
患者フローチャートをFigure 1に示す.計9,715症例・10,926病変がJ-WEB/EGC研究に同意し,登録された.そのうち,57病変がその他の治療に変更され(内訳;37病変:外科手術,13病変:経過観察,7病変argon plasma coagulation(APC)),35病変は非腫瘍の診断で内視鏡切除をキャンセルされ,13病変はその他の病気のため内視鏡切除をキャンセルされ,合わせて99症例・105病変で計画された内視鏡切除が行われず,内視鏡切除を施行されたのは9,616症例・10,821病変であった.さらに,そのうち,4病変が偶発症で(内訳;2病変:術中出血,2病変:術中穿孔),2病変が強固な線維化により粘膜下層を剝離できず,合わせて6症例・6病変が内視鏡切除の手技中に治療が中断され,結果的に内視鏡切除を完遂できたのは9,610症例・10,815病変であった.登録された9,715症例・10,926病変の特徴をTable 1に示す.
患者フローチャート.
登録例の特徴.
9,616症例・10,821病変の内視鏡切除(ESD:99.4%,EMR:0.6%)の成績をTable 2に示す.切除時間の中央値は76分で,2時間以上の切除時間を要したものは10,821病変中25.9%であった.一括切除,一括断端陰性切除はそれぞれ,10,821病変中99.2%と91.6%であった.10,821病変中,後出血は426例(4.4%),術中穿孔は218例(2.3%),遅発性穿孔は40例(0.4%),出血により輸血を要したのは69例(0.7%),緊急手術を要したのは23例(0.2%)であった.
内視鏡切除の成績.
長時間の切除となった要因をTable 3に示す.多変量解析で(カッコ内はOdds比(OR),95% confidence interval(CI),P値),腫瘍径(20mm以上)(OR 3.16,2.87-3.48,P<0.0001),部位(U領域)(OR 2.68,2.34-3.05,P<0.0001),部位(M領域)(OR 2.03,1.82-2.26,P<0.0001),局所再発病変(OR 1.87,1.32-2.64,P<0.0001),UL(OR 1.79,1.57-2.03,P<0.0001),胃管(OR 1.71,1.13-2.57,P=0.010),男性(OR 1.20,1.07-1.34,P=0.001),SM(OR 1.13,1.00-1.28,P=0.042)が長時間の切除となった有意な要因として抽出された.
2時間以上の長時間の切除となった要因.
病理組織学的所見に基づき,腺腫568病変,特殊型胃癌20病変(内訳;カルチノイド腫瘍9病変,リンパ球浸潤癌7病変,胃底腺型腺癌3病変,扁平上皮癌1病変),悪性リンパ腫1病変,転移性胃腫瘍1病変,非腫瘍173病変,組織評価不能21病変を合わせた784病変を除外した,10,031病変が通常型胃癌と診断された.腫瘍径中央値は15mmで,治癒切除は8,195病変・81.7%で得られた.治癒切除または適応拡大治癒切除の各カテゴリー別の病変数をTable 4に示す.
通常型胃癌の病理組織学的所見と根治度評価.
非治癒切除病変の成績をFigure 2に示す.10,031の通常型早期胃癌病変のうち,1,836病変・18.3%が非治癒切除病変と診断され,そのうち1,695病変・92.3%がリンパ節転移リスクのある非治癒切除病変,141病変・7.7%がHM陽性のみの非治癒切除病変と診断された.リンパ節転移リスクのある非治癒切除1,695病変のうち,824病変・48.6%で追加外科手術が施行され,経過観察は871病変・51.4%であった.追加外科手術施行824病変のうち,61病変・7.4%で腫瘍の遺残を認め,64病変・7.8%でリンパ節転移を認めた.HM陽性のみの非治癒切除141病変では,経過観察が115病変・81.6%で,後治療は26病変・18.4%に施行された(内訳;追加内視鏡切除11病変,追加外科手術9病変,APC6病変).
非治癒切除例の治療方針についてのフローチャート.
J-WEB/EGC研究は,治癒切除と適応拡大治癒切除の全カテゴリーの多数例の早期胃癌に対する内視鏡切除(大部分はESD)の良好な短期成績を示した,“real-world”の設定での初めての前向き多施設研究である 29).早期胃癌に対する内視鏡切除の短期および長期成績については,数多くの報告がされているが,その大部分は後ろ向きの個々の施設からの研究にとどまっている 5)~24).また,早期胃癌に対するESDの成績についての2つの前向き研究があるものの,これらは治癒切除と適応拡大治癒切除の全カテゴリーの病変を含んだ研究ではない 23),24).このような状況から,Web登録システムを用いた早期胃癌の内視鏡切除症例の多施設前向きコホート研究(J-WEB/EGC)を計画し,2010年7月から登録を開始した 25).この報告では,非常に多数の早期胃癌症例から,研究プロトコールの中で定義された共通のterminology(専門用語)に基づく膨大な数のデータを収集することによって,早期胃癌に対する内視鏡切除の短期成績,中でも内視鏡切除手技の成績,長時間の切除となった要因,非治癒切除の成績などの短期成績を詳細に評価することが可能であった.一方で,300例以上の胃ESD例を対象にした過去の後ろ向き研究では,切除時間は37.5分から93.9分,一括切除は91.1%から99.3%,一括断端陰性切除は85.4%から97.3%,治癒切除は73.6%から94.3%と報告され 5)~18),また,後出血,術中穿孔,遅発性穿孔は,各々,0%から15.6%,0.4%から5.3%,0.1%から0.45%と報告されていた 5)~18),30),31).このように後ろ向き研究では,特に偶発症の頻度については研究ごとにデータのバリエーションがみられたが,これはおそらく研究ごとにterminologyの定義が異なっているためと思われた.
長時間の内視鏡切除となった要因については,いくつもの研究で後ろ向きのデータ解析に基づき検討が行われている 5),15),28),32),33).一方で,J-WEB/ EGCは,実臨床に基づき,通常胃の内視鏡切除だけでなく,残胃/胃管や局所再発癌の内視鏡切除を施行した前向きの連続した多数例で,長時間の内視鏡切除となった要因を唯一検討しており,この点が非常に重要である.今回の研究の多変量解析では,過去の報告と同様に,腫瘍径(20mm以上),部位(U,M領域)とULが,長時間切除となった有意な要因として抽出された 5),15),28),32),33).さらに,この研究では,局所再発病変,胃管,男性,そしてSMも長時間切除となった要因として抽出された.局所再発病変が長時間切除となった理由としては,以前の内視鏡切除による粘膜下層の著明な線維化が影響していると思われた.胃管が長時間切除となったのは,胃管は長く狭い解剖学的な構造をしているため,病変の範囲の視認が難しく,また内視鏡の操作性が困難であることが影響していると思われた.男性が長時間切除となった理由としては,内視鏡検査において男性は鎮静が困難であると報告されており,同様に内視鏡切除中にも男性は鎮静が困難であることが関係しているのかもしれない 34).さらに,SM癌の患者で長時間切除となったのは,粘膜下層の線維化の存在のためかもしれない.
胃内視鏡切除の非治癒切除例の成績については,いくつもの研究で報告がされているが,500例以上の胃ESD非治癒切除例を対象にした,Kawataら,Suzukiら,Hattaらの3つの報告を除いては,それらの報告の多くは少数例で,詳細な統計解析がされていない 35)~37).Hattaらは非治癒切除後に追加手術を施行した1,064例のうち,リンパ節転移は89例・8.4%に認められたと報告している 37).この研究は唯一,多施設での胃ESD非治癒切除の多数例を対象にした研究であるが,前向き研究ではない.その一方で,J-WEB/EGC研究は,唯一,多施設で前向きに胃ESD非治癒切除例の成績を示した研究である.
今回の全国規模の多施設前向き研究では,非常に多くの早期胃癌症例を用いて,胃ESDの良好な短期成績を示すことができた.しかし,その一方で,この良好な胃ESDの短期成績は,参加施設のほとんどがESDを専門にしている非常に経験豊富な内視鏡医が多数在籍するESDのハイボリュームセンターであるため,ESDローボリュームセンターを含んだ日本全国の施設を代表した成績ではない.その他のこの研究のlimitationとしては,胃内視鏡切除を施行した内視鏡医それぞれの経験値についての評価ができてないことや,病理評価についての中央判定を行っていないことがあげられる.
以上,この全国規模の多施設前向き研究により,“real-world”の設定で早期胃癌に対するESDの良好な短期成績を示すことができた.
謝 辞
われわれは患者登録とそのデータ収集について,以下の方々に謝意を申し上げます.
八尾建史(福岡大学筑紫病院 内視鏡部),横井千寿(国立国際医療センター 消化器科),大仁田賢(長崎大学病院 消化器内科),久永康宏(大垣市民病院 消化器科),北村晋志(徳島大学病院 消化器内科),田中久雄(鳥取赤十字病院 内科),下田良(佐賀大学医学部 内科科学講座),吉田啓子(調布東山病院 消化器内科),石後岡正弘(勤医協中央病院 外科),深瀬和利(山形県立中央病院 消化器内科).
本論文内容に関連する著者の利益相反:研究代表者の小田一郎は,厚生労働科学研究費補助金(がん臨床研究事業H21-022)主任研究者 小田一郎(国立がんセンター中央病院)「早期胃がん内視鏡切除症例のWebを用いたがん登録システムによる前向きがん登録に関する研究」班,大和証券ヘルス財団調査研究助成(H24-16)主任研究者 小田一郎(国立がん研究センター中央病院)「Web登録システムを用いた早期胃がん内視鏡切除症例の前向きコホート研究(J-WEB/EGC)」班,国立がん研究センターがん研究開発費(25-A-12,28-K-1,29-A-13)主任研究者 斎藤豊(国立がん研究センター中央病院)「内視鏡治療の成績,予後,バイオバンク等の情報を統合する総合的研究基盤の整備」班,「革新的な内視鏡診断・治療法の創出に資する開発研究および大規模コホート研究のための基盤整備」班より,本研究のための費用の支援を受けた.また,滝沢耕平,平澤俊明,竹内洋司,石戸謙次,布袋屋修,矢野友規,田中信治,遠藤昌樹,中川昌浩,豊永高史,土山寿志,平澤欣吾,松田充,山本博徳,藤城光弘,橋本哲,前田有紀,小山恒男,竹中龍太,山本佳宣,内藤裕二,道田知樹,小林望,河原祥朗,平野正明,神万里夫,堀伸一郎,丹羽康正,引地拓人,島津太一,小野裕之,田辺聡,近藤仁,飯石浩康,二宮基樹らは,この論文に関する利益相反はない.