2019 Volume 61 Issue 11 Pages 2473-2477
症例は35歳,男性.腹痛と下痢を主訴に初診,下部消化管内視鏡施行し回腸末端と直腸に不整な浅い潰瘍,全大腸に連続性のアフタを認め,生検及び便培養でY. enterocoliticaが検出されエルシニア腸炎と診断した.一旦症状消失したが3カ月後に粘血便出現し再診,内視鏡再検査で直腸からS状結腸に連続性に粘液付着した粘膜浮腫,びらん,浅い潰瘍が多発し生検結果もあわせて潰瘍性大腸炎と診断した.数カ月の間に多彩な内視鏡所見を呈したエルシニア腸炎後に潰瘍性大腸炎と診断した貴重な1例を経験したので報告する.
エルシニア腸炎はYersinia属菌であるY. enterocoliticaとY. pseudotuberculosisによって引き起こされる腸管感染症であり,関節炎や結節性紅斑など多彩な腸管外症状を伴うことが知られており 1),回腸末端部を主体とする回盲部に好発し亜急性の経過をたどる.しかし回盲部以外の遠位大腸にも病変を認めたとする報告例は稀でありその後も遠位大腸にびらんが残存し左側大腸炎型潰瘍性大腸炎と診断した.今回われわれは下部消化管内視鏡検査で全大腸にアフタを確認できたエルシニア腸炎後に潰瘍性大腸炎を発症した1例を経験したので若干の文献的考察を加えて報告する.
症例:35歳,男性.
主訴:下痢,腹痛.
既往歴:特記事項なし.
生活歴:豚肉摂取歴不明,ペット飼育歴なし.井戸水摂取歴なし.海外渡航歴なし.
(経過1)
現病歴:201X年3月中旬より約2カ月続く1日6行の水様性下痢と腹痛あり,発熱もなく食欲もあるが腹痛が強いため5月初診となった.
入院時現症:身長171cm,体重56.7kg,血圧108/73mmHg,脈拍100/分整,体温37.4℃,腹部平坦軟圧痛なし.
臨床検査成績:WBC 11,490/μl,CRP 4.51mg/dlと炎症反応の軽度上昇を認めたがその他特記すべき異常は認めなかった.
腹部単純CT検査:回盲部の壁肥厚と周囲にリンパ節腫大を認めた(Figure 1-a,b).
腹部単純CT所見.
a:回腸末端部に壁肥厚を認めた(赤矢印).
b:回盲部周囲のリンパ節腫大(黄矢印)を認めた.
下部消化管内視鏡検査:回盲弁から15cmまでの回腸末端粘膜に浮腫を伴う浅い不整形潰瘍,びらんが多発(Figure 2-a),盲腸に多発するアフタを認め(Figure 2-b~d),それらは直腸まで連続性に多発した.アフタに縦走傾向は認めなかった.直腸にも浅い潰瘍と粘液付着,粘膜浮腫を認めた(Figure 2-e).直腸にて生検培養検査を施行した.
下部消化管内視鏡検査所見.
a:回腸末端部,回盲弁から15cm程度まで白苔粘膜浮腫を伴う浅い不整形潰瘍が多発していた.
b:回盲弁は腫大し不整な浅い潰瘍が多発し盲腸から上行結腸に多発性のアフタ病変が認められた.
c:横行結腸にも連続してアフタ病変が見られた.
d:S状結腸ではアフタ病変は2-3mmとやや大きくなりアフタ病変周囲の粘膜の浮腫・発赤が見られた.
e:直腸にも回腸末端部と同様の浅い不整形潰瘍を認めた.
病理組織検査所見(盲腸):陰窩は胚細胞のほぼ消失があり,一部ねじれや分岐が見られた.間質の炎症細胞浸潤は高度で粘膜筋板から粘膜下層に及んでいた(Figure 3).
病理組織的所見(盲腸).
腺腔の杯細胞の消失があり,ねじれや分岐が見られ,間質は高度に炎症細胞が浸潤している(HE染色).
生検培養及び便培養検査(直腸):Y. enterocoliticaを検出した.
臨床経過:上記よりエルシニア腸炎と診断した.内視鏡検査10日後の再診時には腹痛下痢消失していたため無治療で経過観察とした.
(経過2)
同年9月頃より1日5-6回粘血便出現し11月再診となった.
入院時現症:身長171cm,体重56.7kg,血圧119/65mmHg,脈拍94/分整,体温36.8℃,腹部平坦軟圧痛なし.
臨床検査所見:WBC 8,920/μl,CRP 11.73mg/dl,ESR 17mm/Hと炎症所見の上昇を認めた.
胸腹部単純CT:直腸から横行結腸までの壁の浮腫性肥厚を認めS状結腸では襞の不明瞭化を認めた.肺野に異常陰影は認めなかった.
下部消化管内視鏡検査:直腸から連続性にS状結腸全体に粘膜浮腫,粘液付着,びらんを認め,S状結腸では襞の減弱を認めた(Figure 4).前回認めたアフタは消失し,近位大腸には異常所見を認めなかった.
直腸.
粘膜浮腫,白苔を伴うびらんを認めた.
病理組織検査所見(S状結腸):陰窩の数は減少して走行の乱れあり,中等度の炎症細胞浸潤,陰窩炎,杯細胞減少認めた.核内に封入体は検出しなかった.
生検培養及び便培養検査:エルシニアを含め有意な微生物は検出されなかった.Clostridium difficile抗原は陰性であった.
臨床経過:感染性腸炎は否定的であり,潰瘍性大腸炎(左側大腸炎型,中等度)と診断しメサラジン3,600mgに加えベタメタゾンリン酸エステルナトリウム坐剤を併用し粘血便は消失し寛解した.
エルシニア感染症はYersinia属菌を原因菌とする感染症の総称である 1).Yersinia属菌はグラム陰性,通性嫌気性桿菌の好冷菌,至適増殖温度28℃で潜伏期は3-7日である 2).代表的菌種はY. enterocoliticaとY. pseudotuberculosisで後者はより重篤で多彩な臨床症状を示す傾向がある.Y. enterocoliticaは主に豚肉の摂取やイヌ,ネコなどを介して,Y. pseudotuberculosisは野生動物の糞便に汚染された土壌や水を介して感染する.
エルシニア感染症の確定診断には,糞便または生検組織からのY. enterocoliticaあるいはY. pseudotuberculosisの検出が必要である.本症例では便,生検培養ともに白糖加SS培地とBTB培地を併用しSS培地で35℃24時間培養後に赤色の扁平な直径1-1.5mmの小集落を認め 3),内視鏡検査3日後に診断できた.本症例では生検培養及び便培養で診断できたが,菌数が少ない場合は他の感染性腸炎と異なり低温増殖法での長時間培養が必要とされる.培養検査が陰性の場合は血清でのY. enterocoliticaの抗体検査も有用とされるが,2017年4月よりSRL,BMLでは検査受託中止となっている.
本症例は①2カ月という長期間症状が持続している②全大腸にアフタ病変を認めるという2点において通常のエルシニア腸炎と異なる.
Yersinia属菌の感染経路は経口的に体内に取り込まれてから回盲部の粘膜から侵入しリンパ濾胞の腫大やびらん,時に深い潰瘍をきたした後所属腸管リンパ節を介して増殖,腸管リンパ節炎を起こし,時に全身に撒布される 4).腸管の病変分布は腸管リンパ節炎の分布とほぼ一致するとされ本症例でもCTで回盲部のリンパ節腫大を認めた.リンパ節炎の持続により他の細菌と異なり亜急性の経過をとり2-4週間症状が持続することもあるが 5)本症例では約2カ月間症状が持続していた点が非典型的であった.
あらかじめ予想しないと診断に苦慮することがあるためエルシニア腸炎の内視鏡所見は重要である.典型像は本症例でも認めた回腸末端部の浅く小さい潰瘍,回腸末端から右側結腸でのアフタの多発が特徴とされ 6),7),回盲部のアフタ,潰瘍,敷石状変化からクローン病との鑑別が問題となることが多い.相違点としてエルシニア腸炎では潰瘍間の隆起がリンパ組織の炎症により生じそれを反映し隆起の頂部に発赤,びらんを認めるのに対し,クローン病では潰瘍間の隆起自体には炎症はなく潰瘍は隆起間に見られ隆起の頂部に発赤,びらんを伴わず,長く境界明瞭な縦走潰瘍が特徴的な点とされ,本症例でもそれに合致していた.しかし初回の内視鏡ではそれらに加え遠位大腸にアフタ,直腸に潰瘍,びらんを認めた点も非典型的であった.
医学中央雑誌で「エルシニア腸炎」「全大腸」をキーワードに1971年から2017年の報告例を検索したところ本症例以外の報告はなく貴重な症例と考えられた.2016年の大川らの集計によれば14年間に大腸内視鏡検査を行い診断,経過を追えたエルシニア腸炎11例を検討したところ内視鏡検査で確認した病変部位は,終末回腸に全例で病変が見られ,大腸では盲腸のみが3例,盲腸から上行結腸が2例,盲腸から横行結腸が1例,盲腸からS状結腸が2例であったと報告されている 8).直腸病変に関しての報告はPubMedにて「Yersinia enterocolitis」「rectum」をキーワードに1971年から2017年の報告を検索したところ1999年のTuohyらの小児での報告例1例のみ 9)であった.
本症例で病変分布が遠位大腸まで広がった理由として長期間罹患していたことにより,順行に消化管の蠕動運動で広がった可能性や,回盲部粘膜から所属リンパ節を通じて全身に撒布された後に遠位大腸のリンパ節を通じて広がった可能性を考えられるがCTで盲腸以外のリンパ節に大きな変化もなかった.
通常エルシニア腸炎の予後は良好で自然治癒することが多いが,今回は臨床的治癒3カ月後に粘血便出現し慢性の経過を呈し経過1とは異なりS状結腸,直腸の粘膜浮腫,びらんが悪化し左側大腸炎型潰瘍性大腸炎と診断した.
エルシニア腸炎の鑑別疾患としてクローン病が挙げられるが 10),11)本症例のようなエルニシア腸炎と潰瘍性大腸炎の合併に関して過去の文献で「エルシニア腸炎」「潰瘍性大腸炎」「併発,合併」をキーワードに1971年から2017年の報告を検索したところの報告例は見られなかった.
初回の下部消化管内視鏡がエルシニア腸炎に典型的でない直腸,S状結腸のびらんを有していたことやエルシニア腸炎としては経過が長いことを考えると潰瘍性大腸炎にエルシニア腸炎が合併した可能性が高いと考えられた.結果的にエルシニア腸炎と潰瘍性大腸炎のどちらかが先行したのか,あるいは同時発症したのかは不明である.
長期間症状が持続し全大腸にアフタ病変を認めたエルシニア腸炎後に潰瘍性大腸炎と診断した1例を経験したので報告した.回腸末端部,全大腸に連続するアフタや遠位大腸の炎症が認められた場合にはエルシニア腸炎以外の疾患が併存している可能性を考慮し潰瘍性大腸炎の合併も念頭にいれ慎重な経過観察が必要と考えられた.
本論文の要旨は第97回日本消化器内視鏡学会近畿支部例会(2016年11月)にて一部発表報告した.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし