2019 Volume 61 Issue 12 Pages 2597-2603
症例は49歳男性.関節リウマチに対しメトトレキセート(Methotrexate:MTX)で加療中,検診で胃体下部大彎に約5mmの粘膜下腫瘍(Submucosal tumor:SMT)様の隆起性病変を指摘された.4週後,7週後と病変は増大し,頂部に潰瘍形成がみられた.生検・免疫染色・フローサイトメトリーおよび経過から,MTX関連Diffuse large B cell lymphoma(DLBCL)と診断した.MTXの中止では腫瘍は退縮せず,CHOP療法にて完全寛解となった.約3年,再発は認めていない.検索しえた限りでは,胃DLBCLの初期像をとらえ経過を追えた報告はなく,貴重な症例と思われた.胃で粘膜層深層に主座を有するSMT様腫瘍がみられた際,悪性リンパ腫の初期像である可能性も念頭においた,慎重な診断や経過観察が必要と思われた.
胃原発悪性リンパ腫(Malignant Lymphoma:ML)は,消化管原発MLの中で,50~70%を占め最多であり,胃悪性腫瘍全体の1~3%を占める 1).そのほとんどがB細胞由来であり,その中でもびまん性大細胞型B細胞性リンパ腫(Diffuse large B cell lymphoma:DLBCL)は胃原発MLの30~40%を占める 2).胃DLBCLの肉眼的形態は,八尾らによる「胃と腸」悪性リンパ腫編集小委員会の分類 3)と佐野分類 4)で表現されているように,表層拡大型,巨大皺壁型,腫瘤形成型などあることが知られている.しかし,それらは主に進行した腫瘍でみられる形態の分類であり,初期像に関しては報告や定説はこれまでほとんどない.また初期から進行する経過を追えた報告もほとんどないのが現状である.今回,われわれは内視鏡的に初期像から経過を追えた,メトトレキセート(Methotrexate:MTX)関連胃DLBCLと考えられた1例を経験したので報告する.
症例:49歳,男性.
主訴:なし.
現病歴:検診の上部消化管内視鏡検査で所見を指摘され,紹介受診となった.
既往歴:21歳 関節リウマチ(Rheumatoid Arthritis:RA).
内服,注射:MTX8mg/週(42歳より),エタネルセプト25mg/4週(完全ヒト型可溶性抗TNFα製剤,48歳より).
身体所見:血圧135/96mmHg,脈拍86/分,体温36.2度,意識清明,胸腹部に異常を認めず.
臨床検査成績(Table 1):血液生化学検査では異常を認めなかったが,ウレアーゼ検査は陽性であった.
臨床検査成績.
上部消化管内視鏡検査,各検査および経過
(検診時)萎縮性胃炎(C-Ⅱ)を背景粘膜とし,胃体下部大彎に,周囲粘膜と同色調で約5mmの,立ち上がりがなだらかな粘膜下腫瘍(Submucosal tumor:SMT)様の隆起性病変を認めた(Figure 1).腫瘍の硬さは感じられなかった.
(検診時).
胃体下部大彎に,周囲粘膜と同色調で約5mmの,立ち上がりがなだらかな粘膜下腫瘍(Submucosal tumor:SMT)様の隆起性病変を認めた.
生検ではGroup 1であったが,初回の指摘であったため4週後に再検した.
(4週後)SMT様隆起はやや増大し,隆起の頂部には浅いびらん様の陥凹を認めた(Figure 2-a).Narrow Band Imaging(NBI)では,隆起部分の窩間部はやや開大していた.弱拡大観察では,陥凹部は十分に観察できなかった.
(4週後).
a:SMT様隆起はやや増大し,隆起の頂部には浅いびらん様の陥凹を認めた.
b:Endoscopic ultrasonography(EUS)では,第2層と連続性して,約5mmの境界が比較的明瞭で均一な低エコー腫瘤を認めた.第3層はやや圧排されているものの途絶は認めなかった.
Endoscopic ultrasonography(EUS):第2層と連続して,約5mmの境界が比較的明瞭で均一な低エコー腫瘤を認めた.第3層はやや圧排されているものの途絶は認めなかった(Figure 2-b).
生検では,密なリンパ球浸潤を認め,大型のものも混じていた.免疫染色では,B細胞が優勢な増殖を呈しており,MLが否定できない像であったため,さらに3週後に再検した.
(7週後)病変はさらに増大し,頂部に浅い潰瘍が形成されていた(Figure 3-a).潰瘍辺縁の上皮には不整は明らかでなかった(Figure 3-b).
(7週後).
a:病変はさらに増大し,頂部に浅い潰瘍が形成されていた.
b:NBIでは,潰瘍辺縁の上皮には不整は明らかではなかった.
c:HE染色像(×400).不整大型核を有する,異型リンパ球の増殖を認めた.
d:フローサイトメトリー.B細胞系が優位であり,κ-λ比は3倍以上あり軽鎖制限を認めた.
生検では,不整大型核を有する細胞の集簇を認め(Figure 3-c),免疫染色ではCD20(+),CD79a(+),CD3(-),CD5(-),CD10(-),bcl-2(-),bcl-6(-),MUM-1(-)を呈するB細胞性大型異型リンパ球の増殖を認め,Ki-67率>70%であり,Diffuse large B cell lymphomaが疑われた.また,EBV-encoded small RNAは陰性であった.組織検体でのフローサイトメトリーではB細胞系が優位であり,κ-λ比は3倍以上あり軽鎖制限を認めた(Figure 3-d).
以上からDLBCLが強く疑われた.血液内科とも相談し,MTXの内服歴があったことからMTX関連DLBCL疑いと診断し,MTXを中止した.さらに確定診断のために,4週時のEUSで粘膜下層が保たれていると思われたため,十分な説明に基づく本人の希望と同意のもと,Endoscopic submucosal dissection(ESD)で組織採取を試みることとした.
(11週後,ESD時)病変は約15mmとさらに増大し,頂部の潰瘍も大きくなっていた(Figure 4).ESDでは,潰瘍部に一致して病変と筋層が一体化しており,剝離は困難であった.ESDを断念し,スネアで辺縁の一部を切除したが,十分な組織診断はできなかった.
(11週後,ESD時).
病変は約15mmとさらに増大し,頂部の潰瘍も大きくなっていた.
PET-CTでは,胃の病変部位に集積を認めた.また前縦隔の8mm大のリンパ節・両側上内深頸リンパ節・両側口蓋扁桃にも集積を認めた.集積がみられたこれらのリンパ節および両側口蓋扁桃も病変と思われ,臨床病期はAnn Arbor分類でStageⅢ,Lugano国際会議分類でStageⅣと診断した.なお,Interleukin-2 receptorは227U/mlであった.
現在,消化管原発MLの定義としてLewinの基準 5)が適用され,病変の主体が消化管に存在すれば,病期にかかわらず消化管を原発臓器とみなす,とされている 6).本症例も胃に急速に増大する腫瘍があったため,胃原発DLBCLと診断した.MTX中止後も腫瘍の退縮がなく,増大速度が速いことから,CHOP療法(Cyclophosphamide, doxorubicin, Vincristine, Prednisolone)を開始した.1クール施行後の上部消化管内視鏡検査では,病変部位は瘢痕化しており(Figure 5),複数採取した生検組織でもリンパ腫細胞は認めなかった.また,PET-CTでも治療前にみられた異常集積は消失していた.治療は4クール行い,現在まで約3年再発せず経過している.
CHOP療法1クール施行後の上部消化管内視鏡像.
病変部位は瘢痕化していた.
消化管でのMLの発生は比較的まれであり,消化管原発悪性腫瘍中で1~8%を占めるに過ぎない 6).しかし,節外性リンパ腫という観点からすると,消化管はMLの好発部位である 2),6).なかでも胃は好発部位であり,消化管ML中の50~70%を占める 1),2),6).また,胃ML約1,200例の検討では,B細胞性リンパ腫が断然多く97%を占めており,T/NK細胞リンパ腫はわずかに3%で,Hodgkinリンパ腫はみられなかった 6).組織型は,Mucosa-associated lymphoid tissue(MALT)リンパ腫が58.3%,DLBCLが30.9%であり,両者でほぼ9割を占めていた 7).本症例では,免疫染色でB細胞の増殖を認め,Ki-67率>70%であり,bcl-2が陰性であったこと,また内視鏡的にmultiple lymphomatous polyposisがみられなかったことも加味し,総合的にDiffuse large B cell lymphomaと診断した.
DLBCLは,八尾らによる「胃と腸」分類 3)では,表層拡大型,巨大皺壁型,腫瘤形成型に分類されており,腫瘤形成型を呈する頻度が高いとされている 2).しかし,それらは進行した際の肉眼像であり,初期像に関する報告はほとんどなく,よく知られていない.医学中央雑誌で「胃悪性リンパ腫,初期像」で検索したところ,会議録で6件,原著論文で1件の症例報告があったが,その原著論文 8)は,組織学的に胃反応性リンパ細網細胞増生が胃MLの初期像であることを示唆する症例報告であった.また,Pubmedで「gastric malignant lymphoma, initial endoscopic findings」をキーワードに検索したところ,99件の報告があったが,MLの初期症状や臨床病理学的特徴に関する報告が多く,検索しえた限りでは,胃MLの内視鏡的な初期像や経過に言及した報告はなかった.初期像について述べられた文献 9)によると,MLは粘膜層深層から発生し,初期には腫瘍は非腫瘍性上皮で覆われており,SMT様の形態をとるとされている.またMLでは周囲に線維化を伴わないため,軟らかい外観を呈するとされ 9),さらにその増殖速度が速いため,腫瘍直上には潰瘍形成を高頻度に来すとされる 9).
本症例も,検診時にはSMT様の形態を呈し,硬さはなく,表面は非腫瘍性上皮に被覆されていた.また病変は比較的速く増大し頂部に潰瘍が発生する,という経過をたどった.4週後にみられた陥凹は生検によるartifactの可能性もあると思われた.一方,7週時以後も病変は増大し,陥凹はさらに深くなり潰瘍となったため,7週時以後にみられた陥凹は腫瘍の自然経過をみている可能性が高いと思われた.
検診時の生検結果はGroup1であったが,2.8mmの生検鉗子を使用した3回目の生検でDLBCLを疑う診断を得ることができた.検診時には2.0mmの生検鉗子を使用したため,粘膜層深層の組織を十分に採取できなかった可能性がある.胃にSMT様隆起を認め,EUSで粘膜層深層に腫瘍の主座がみられた場合,胃原発MLの初期像である可能性も念頭におき,2.8mmの生検鉗子で複数個採取するなど,病理組織診断のため十分な組織採取を試みるべきである.また生検でMLの診断が得られなくとも,DLBCLでは発育速度が速いため,少なくとも1回は短期間で再検することも検討すべきと思われた.
MTXは,1950年頃に開発された葉酸代謝拮抗剤に分類される抗癌剤である.現在では,RA予後不良群に対しての第一選択薬として用いられている.MTX関連リンパ増殖性疾患(MTX-associated lymphoproliferative disorders:MTX-LPD)は,MTX投与中の患者に発生するリンパ増殖性疾患であるが,2008年のWHOによるリンパ系腫瘍の組織分類第4版では「他の医原性免疫不全関連増殖性疾患」の一つに分類されており 10),RA治療におけるMTX診療ガイドライン 11)において,MTXの重篤な副作用の一つとして挙げられている.MTX-LPDにおけるリンパ腫の発生部位は,リンパ節が半数,節外病変が半数と,他のリンパ腫に比べ節外病変が多い.節外病変では消化管・皮膚・肺・軟部組織に多い 4),9),12),13).MTX-LPDの臨床的特徴は,診断時年齢は中央値67(34~87)歳,性別は男女比約1:2,LPD発症までの期間は,RA発症から約11年,MTX投与期間は約5年と報告されている 14).本症例では,LPDの発症はRA発症から28年,MTX投与期間は7年であり,いずれの期間も既報より長かった.MTX-LPDで特徴的なのは,MTXの中止により腫瘍の退縮が起こり寛解を得られる症例が存在することである.その頻度はWHO分類第4版では約30%とされている 10).特にEpstein-Barr Virus陽性例で寛解率が高いとされ,MTXの中止後1~2週で腫瘍の退縮傾向がみられる例が多い 15).そのため,MTX-LPDと診断された際には,まずMTXの中止が勧められる.しかしMTXの中止で寛解を得られても約半数は再燃するとされ,慎重な経過観察が必要である 15).MTXの中止で寛解しなければ,組織型に応じた化学療法を行う.本症例では,MTXの中止後1カ月で腫瘍の退縮傾向がみられなかったため,CHOP療法を行った.MTX-LPDの長期予後についての報告はまだ少ないが,DLBCLでの5年生存率は58~74%との報告がある 15).本症例はCHOP療法4クール施行後で,約3年寛解を維持できている.
内視鏡的に初期像から経過を追えた,MTX関連胃DLBCLと考えられた一例を経験した.胃にSMT様隆起がみられた際,とりわけMTX使用患者においては,MLの初期像である可能性も念頭においた,慎重な診断や経過観察が必要と思われた.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし