2019 Volume 61 Issue 12 Pages 2634-2645
ESDは,大きな病変でも一括で切除することが可能であり,詳細に病理診断をしていただくことが可能である.しかし,標本の取り扱い方を誤ると,一括切除された標本でも正確な病理診断ができない.切除標本は,可能な限り早くかつ適切に取り扱う必要がある.内視鏡医は,標本処理に関わるため,標本の取り扱いの知識が必要である.内視鏡医は,ESDで,病変を切除したら終わりではない.内視鏡画像診断所見と病理診断所見を正確に対比することで,術前診断の妥当性や問題点を検証することができる.そのため,内視鏡と病理の対比を繰り返し行うことが,内視鏡診断能力の向上には必須である.
内視鏡機器が発達し早期消化管腫瘍の発見が増加し,Hands-onやライブなどで診断・治療を学習する機会が増えたことにより,内視鏡治療診断・治療の普及と発展には目覚ましいものがある.Narrow Band Imaging(NBI)やBLI(Blue Laser Imaging)などを代表とする画像強調法の開発,拡大内視鏡の開発は,内視鏡画像診断を,病理のマクロ診断により近づけることを可能にした.内視鏡的粘膜切除術(Endoscopic mucosal resection:EMR)の時代には大きな病変は分割切除になり,正確な病理診断が困難になることがあり,局所再発の問題があった.内視鏡的粘膜下層剝離術(Endoscopic submucosal dissection:ESD)は,技術があればどれだけ大きな病変であっても任意の範囲を切除することを可能にした.しかし,過不足なく正確に切除範囲を決定するには,正確な術前診断が必要である.内視鏡医が治療を対象とする消化器癌は,外科手術をすれば根治が得られる病変であり,未熟な診断や治療で再発を来たすことは許されない.病理医から正確な術後病理診断を得るには,挫滅のない綺麗な切除標本を提出する必要がある.術前診断が誤っていた場合は,なぜ間違ったのかを理解する必要があり,それには病理標本を見直すことが必須である.詳細な病理診断をもとに,拡大内視鏡などの画像所見に対比し検討すること,それを繰り返し行うことが内視鏡診断能力の向上につながる.本稿では,ESD切除標本の取り扱い方,切除標本から学べることを,内視鏡医の立場から解説する.
内視鏡切除が終了したら,速やかに組織回収を行う必要がある.回収を行う場合は,病変・粘膜側に傷がつかないようにする.そのため回収ネットを使用したり,鰐口鉗子を使用する.鰐口鉗子の場合は,粘膜下層側を把持し粘膜側をつかまないように心がける必要がある.糸付きクリップなどを使用して病変の切除を行った場合は,やみくもに糸を引いて病変を回収するのではなく,内視鏡で病変を確認できる位置で,糸とスコープを同時に引いて標本を回収するようにする.むやみに標本を吸引したり,粘膜・病変側に傷がつくような回収は絶対に避けるべきである.回収した新鮮切除標本は,乾燥しないように直ちに生理食塩水につけておく.病変は,病変回収後のみでなく,長時間のESD手技の間にも融解壊死が始まっている.そのため可能な限り速やかに,伸展・ホルマリン固定を行う必要がある.
次の段階は,細いステンレス針でゴム板に伸展するのだが,その前に一瞬でいいので粘膜下層側を観察するようにする(Figure 1).適切な剝離深度で切除した切除標本の粘膜下層側には太い血管がすべて付着しているはずである.粘膜下層側をみることで,剝離層が均一でないこと,辺縁から同じ深度で剝離できていないことや,止血処置などで病変にダメージを与えてしまっているなどが分かる.剝離深度など自分のESD手技の見返しと反省点,改善すべき点を知ることができる.潰瘍瘢痕の有無やその範囲を推測することも可能であり,粘膜下層深部浸潤を疑う腫瘤も確認できる.粘膜下層側にも少し目を向けることで,標本から学べることが増えると考えている.
粘膜下層側の観察.
a:適切な深度で剝離すると粘膜下層の太い血管は切除標本側について切除される.
b:粘膜下層側から潰瘍瘢痕の存在が分かりその範囲の推測ができる.
c:粘膜下層浸潤はMassとして観察される.
その後,標本の伸展・固定に移る.内視鏡画像が忠実に再現されるように,粘膜面を表にして標本を伸展固定していく.伸展が不十分でも,また伸展させすぎても内視鏡所見と切除標本の対比が困難になるため,適度な伸展を行う必要がある.初心者の先生は一所懸命に伸展させて,過伸展になることがあるため,過伸展にならないように注意する必要がある.また粘膜側を下に巻き込むように折れ曲がった状態で固定してしまうと(Figure 2),診断や対比が困難になるため,粘膜下層側に粘膜面が巻き込まれないように,ピンセットなどで巻き込んだ辺縁をまっすぐにのばすように注意する必要がある.固定する針は,錆びのない細いステンレス針を用いる.針打ちが粗だと標本がギザギザとした星芒状になり生体内とかけ離れた形になってしまうため,密に針打ちを行うことが必要である(Figure 3).針打ちの間も,病変が乾燥しないように適宜,生理食塩水をかけることを忘れてはならない.食道切除標本は,特に粘膜筋板の影響で長軸方向に短縮している.畳目襞が消えるように長軸方向に意識して病変を伸展させる.食道の全周や約5-6cmである.全周切除であれば,拡張のない通常の食道であれば,まず短軸方向を5-6cmに固定し,切除の潰瘍底の切除長に近づけるように長軸方向に畳目襞がなくなるように伸展させる(Figure 4).当院では,基本的にゴム板に検体を固定し,ゴム板を沈める形でホルマリンに固定しているが有茎性病変の場合は,発砲スチロール板に固定し,発砲スチロールを浮かして,標本が侵漬するように下を向けて固定している(Figure 5).茎がある病変は頭部や茎部への浸潤・浸潤距離の評価が必要になる.そのため,病変部が懸垂し粘膜筋板がねじれず固定されるように,この様な方法をとっている.標本の固定が終わると,切除標本に付着した血液や粘液などの浸出物は,生理食塩水で洗浄したり,柔らかい筆先などで丁寧に除去する.粘液などがなかなか除去できない場合は,生食の入った容器に標本を沈め,粘液が少し浮いた状態になったところを,標本に傷をつけないように粘膜を触らないようにピンセットで浸出物のみを把持して除去する方法もあるが,新鮮切除標本では粘膜や病変を傷つけないことが大切で,無理に粘液などの除去にこだわってはいけない.
標本辺縁を下に巻き込んでいる.
切除標本辺縁を粘膜下層側に折れ曲がった状態で固定すると,マッピングが非常に困難になるため,このようにならないような注意が必要である.
新鮮切除標本へのピン打ち.
a:ピン打ちが粗だと,ギザギザした星芒状になり生体内での見た目とかけ離れた形になってしまう.
b:内視鏡像を再現するように,細いステンレス製の針で,密に針打ちをして過不足なく伸展させる.
正しい方向への病変の伸展.
a:切除し回収したばかりの検体は収縮している.
b:口側肛門側への伸展が不十分だと畳目襞が入ってしまう.
c:a-cはすべて同じ標本である.正しい方向に伸展させると,口側肛門側にこれだけ伸展することになる.
肉眼形態による固定板の工夫.
a:固定板はゴム板と発砲スチロール板の2種類を用意しておく.
b:平坦病変はゴム板を使用し,ゴムをホルマリンに沈めて固定する.
c:有茎性病変は,頭部・頸部での浸潤を評価するために発砲スチロール板を使用する.発砲スチロール板をホルマリンに浮かせて,検体を沈め頭部が懸垂するように固定する.
次に,口側を確認しマクロ観察と写真撮影を行う.新鮮切除標本の写真撮影が終わり次第,速やかにホルマリン液に漬ける.
内視鏡で撮影した切除検体にマッピングを行う発表を目にすることがある.これには2つの大きな問題点がある.ひとつは実際に割が入った写真でないこと,もうひとつは内視鏡での写真であり歪みが生じていることである.内視鏡は魚眼レンズであり,標本はかなり歪んで見えている(Figure 6).遠景で撮影すると歪みはあまり気にならないかもしれないが,近接すると背景の罫線がかなり歪んでいるのが分かる.正面から写真を撮ると円の歪みは感じないが,少しでも斜めから写真が撮られるとさらに歪みが強くなる.病理と内視鏡の対比をする場合に,実体顕微鏡への対比を介さずに内視鏡写真にマッピングすると信頼性がない.そのため,標本の撮影は,実体顕微鏡や検体撮影用の写真台で撮影することが望ましい.内視鏡で撮影した新鮮切除標本と実体顕微鏡で撮影した同一標本を提示した.形態がかなり異なることが分かると思う.実体顕微状がない施設もあると思う.当院も実体顕微鏡を購入してもらったのは最近であり,それまではスキューバーダイビングの際に使用するカメラを用いて,水中でタイマーをセットしての撮影を行っていた.一眼レフでの撮影をされている施設もあり,実体顕微鏡がないから写真が撮れないとは言わず,自施設で自分ができる工夫を行い撮影すべきである.
実体顕微鏡写真と,内視鏡写真との見え方の違い.
a:方眼紙の上に円を置いた.方眼紙なので罫線は正方形になっている.
b:aと同じものを内視鏡で正面から撮影した.背景の罫線がかなり歪んでいる.
c:aと同じものを内視鏡で斜めから撮影した.罫線・円はさらに歪んでいる.
d,e:両者は同一の切除標本である.dは実体顕微鏡で,eは内視鏡で撮影したものである.かなり病変の形の見え方が違う.
新鮮切除標本の撮影は速やかに行う.写真撮影に用意するものは,綺麗なガラスシャーレ・脱気水・メジャー・可動性のある光源(可能であれば4灯)である.ガラスシャーレに傷がついていたり,汚れていたりすると影ができ邪魔になる.標本を水に沈めて撮影を行うとハレーションが少なくなり,標本の表面構造の観察がしやすくなる.水道水を使用すると泡が撮影の邪魔になることがあるため脱気水を使用することをお勧めする.厚いメジャーでは,メジャーの影ができてしまうため,薄くてかつ沈むものを選択する.メジャーは,習慣的に標本の下方に配置することが多い.横に配置する場合は,人間の視線が左上から右下に流れやすいので,右側にスケールを配置した方が自然に見えると言われている.
光の当て方で得られる情報が異なる(Figure 7).光を約20度上方から当てると,血管は不明瞭になるが,病変の凹凸を適切に描出することができる.隆起の高い病変や陥凹の深い病変の場合は,やや高い位置から照らすことが必要ある.同じ角度で光を当てるのではなく,病変の本質をより描出できるように光の角度や方向を微調整する必要がある.真上に近い位置から光を当てると,病変の凹凸が不明瞭となるが,微細血管の観察ができる.上から光を当てて微細血管の観察は,食道癌や未分化型腺癌の血管を観察するのに有用である.そのため食道癌や未分化型腺癌の場合は,約20度上方からの光を当てて撮影したものに加えて,真上に近い位置から光を当てた新鮮切除標本を撮影する.ここで一番重要なことは,標本の融解を防ぐために新鮮切除標本の撮影は可能な限り速やかに終え,ホルマリン液に漬け固定を行うことである.
照明の当て方による得られる情報の違い.
a:斜め上20度から光を当てると,凹凸など表面の情報が得られる.陥凹が浅い場合は,さらに光を当てる角度を小さくする.
b:光を真上に近い位置から当てると凹凸の情報が得られないが,血管の情報が得られる.
EMRあるいはESDで切除された検体をどこまで内視鏡医が処理するかは各施設間によって大きく異なっている.ホルマリン液に漬けた状態で病理に提出する施設もあるであろう.しかし,内視 鏡医が自分で割を入れられない場合も,病理医に任せきりにせず,病理医が切り出しを行う際に,内視鏡医が立ち会って,相談しながら割を入れてもらうことをお勧めする.当院では,病理医・技師の許可を得て,内視鏡医が,固定標本の写真撮影,切り出しおよび割入れを行い,割が入った実体顕微鏡写真に割線を入れて切片番号を付記したものを病理依頼書とともに,病理診断科に提出している.内視鏡医が切り出しをさせてもらう理由は,内視鏡で自分が重要だと思った部分,対比したい部分に割を入れて,病理のマッピングを内視鏡に対比し,自分の内視鏡診断を振り返るためである.なので,引き続き内視鏡医として,検体の取り扱いに気をつけていることを解説していく.
ESD標本の場合,ホルマリンでの固定時間は24時間を目安にする.必要以上にホルマリンで固定すると,染色性が低下したり,標本内の血管周囲にホルマリン色素が沈着することになるため,翌日には次の段階にすすむように心がける.
固定が終わった病変は,撮影の際に針が影になってしまうために,針をすべて抜く.そして,新鮮切除標本で除去しきれなかった浸出物や血液を,水洗したり柔らかい筆先を用いたりして除去する.除去し終わったら,口側を確認し,標本を水浸させ標本が浮かないように最小限の針で固定を行ったうえで,固定標本の撮影を開始する.固定標本では血管の情報は得られないので,真上から光を当てずに,約20度上方から照明を当てるが,固定することにより凹凸が明瞭になるため,影やハレーションができやすくなっている.そのため,光の当て方にはより注意と工夫が必要となる.陥凹が浅いものは,コントラストをつけるために,より低い角度で照明を当てる.陥凹が深い病変や隆起が高い病変は,少し高い位置から照明を当てて4灯ある光源のうち,すべて同じ照射角度にするのではなく1灯を大きな角度にするなど,試行錯誤を行い,何枚か写真を撮りその中でベストショットを選ぶようにする.固定後の標本観察は時間をかけても問題ないため,じっくり注意深く観察を行い,どこに切り出しの際に割を入れるべきなのか,どうしたら断端陰性が証明できるか切り出しの構想を練る.
固定標本の写真撮影が終わったら,扁平上皮癌はヨード染色,腺癌はピオクタニン(0.05% Crystal violet)を用いて染色を行い,写真撮影を行う.
扁平上皮の場合,ホルマリンから出してすぐにヨード染色を行っても,染色性が悪く得られる情報量が少ない(Figure 8).ヨード染色前には,検体を少なくとも30分程度,可能であれば1時間以上流水洗浄すると良好な染色性が得られる.ヨード液は,濃い濃度の溶液を用いると,不染・淡染になるはずの部分にも着色が見られ,コントラストが不良となる.そのため,ヨード液は0.1-0.5%の比較的濃度の低い溶液を用いて,時間をかけて染色した方が病変部と非病変部とのコントラストが明瞭となり,多くの情報が得られる.水浸下で撮影していると染色性が低下することがあるが,ヨード染色の場合,何度でも染色し直すことが可能であるので,染色性が低下した場合は,手間を惜しまず染色し直して撮影を続ける.染色した標本の撮影は,凹凸の情報は不要であるため光は真上から当てるようにする.固定切除標本(ヨード染色)の撮影が終わったら,病変の不染部分を確認する.病変と切除断端の間の距離が最も近い部分に接線をおき,それに直交するように2-3mm間隔で切り出しを行う 12)~14).後で,内視鏡像と病理組織所見を対比するために,切り出しを行う時点で,内視鏡像と標本の対応をしておく必要がある.割が入るべき場所は,深達度が深い部位,組織型が異なる可能性があると判断した部位,副病変,断端の陰性を証明すべき部位である.割が入るべき場所を踏まえて,まず最も重要とされる面がでるように1割目を入れる.ここで注意すべきは,プレパラート標本上に割が入った部位がでる訳ではない点である.標本作製時に,パラフィン包埋後の薄切時に均一な面を出すために荒削りされることを考慮に入れて,見たい場所から0.5mm下方へずらして割を入れることが重要である.2-3mm間隔で切り出すことになっているが,割入れのラインが蛇行していると,均一な面を出すためにさらに多くの荒削りを要するため,見たい部位が荒削りによって失われることになる.切れ味の悪いカミソリやメスでは,標本がたぐれてしまって割線が歪んでしまう.そのため,標本をしっかり手で固定したうえで,切れ味のよいカミソリやメスを用いて,まっすぐに割を入れる.割を入れる際に,左右を切り離してしまうと,各切片がバラバラになったり,割入りの写真を水浸下で撮影する際に,切片が浮いてしまったりする.そのため,完全に切り離さないように左右の端には割が入らないように,または粘膜下層が少し残るように割を入れる.割を入れ終わったら,再度,割入りの写真を撮影する.割入りの写真は,病理組織診断が判明した後に,病変のマッピングを行ううえで,非常に重要な写真である.切り出しを行っていると時間が経過するために,この時点で,ヨードの染色が褪めていることが多いため,再度0.1-0.5%のヨード液で染色し直してから写真の撮影を行う.ヨード染色をし直したうえで,チオ硫酸ナトリウム液を散布すると,割線が非常に明瞭に認識できるようになる(Figure 9).
ホルマリン固定後の水出しの有効性.
a:ホルマリンから出してすぐにヨード染色を行った.染色性が悪く得られる情報が少ない.
b:ホルマリンから出して,半日水にさらした後にヨード染色を行った.不染が明瞭になるのみでなく淡染もしっかり描出されている.
割線が明瞭になる工夫.
a:ヨード染色を行い割入れを行った.よく見ると割は見えるが,やや見えずらい.
b:ヨード染色をし直してからチオ硫酸ナトリウムを散布して得られた画像である.白い線を描いたように,割線が明瞭に描出される.
腺癌はピオクタニン(0.05% Crystal violet)を用いて染色し写真撮影を行う.染色液につける前に,再度固定標本上の粘液などを丁寧に洗い流す.粘液などが付着していると,染色性不良になったり,染色ムラができてしまい,得られる情報が減ってしまう(Figure 10).ピオクタニン溶液に約8-10秒程度つけて,すぐに水中で洗い流す.ピオクタニンは一度染まるともとには戻らないので,染色は薄くてもよい.染色性が不足していると判断した場合は,再度2-3秒間ピオクタニン液につけて,水中で洗い流す.室温などで染色性が変わるため,表面構造が見やすい染色になるように,症例毎に染色性を確認して染色を調整していく.ピオクタニン染色を行うと,腺窩が染色されず白く,表面に位置する窩間部が紫色に染色されることにより構造が明瞭に観察できるようになる.染色した後は,すぐに写真撮影,割入れ,割入れの写真撮影を行う必要がある.
ピオクタニン染色.
a:ピオクタニン染色良好例.表面に付着した粘液や血液を丁寧に洗浄・除去した後に染色を行うと,均一に染色し粘膜表面模様が観察しやすい.
b:ピオクタニン染色不良例.洗浄が不十分なまま染色を行うと,不均一な染色になり,表面模様の観察がしにくくなる.
染色をした後,そのまま放置すると,染色液が滲んでしまうため白く見えるはずの腺窩まで紫色になってしまい白と紫のコントラストが弱くなり,構造がよく観察できなくなってしまう.内視鏡医が検体の処置を行う場合,日常業務のなかで行うしかない.救急対応や緊急検査などで作業が中断しないような時間を見計らって行う必要がある.染色標本は,腺管模様を観察している.そのため検体の凹凸の情報は邪魔になるため,光は真上から当てるようにする.
撮影が終われば,直ちに切り出しを行う.切り出しの際は,内視鏡診断時の疑問点を解決できるように,見たい部分を標本に出す必要がある.そのため,内視鏡画像で認めた特徴的な所見を,切除標本で同定したうえで,かつ切除断端が陰性になるように,切り出し計画図を考える.取り扱い規約では,切り出しは,腫瘍と水平断端は最も近い部分が評価できるように割を入れ,さらにこの割はほぼ平行に2-3mmの間隔で全割するとされている.肉眼的には断端陰性でも,割の入れ方を誤ると,断端陰性が証明できなくなるために注意を要する.割を入れた後,割入りの写真の撮影が必須である.割入りの写真は,病理組織診断が判明した後に,病変のマッピングを行ううえで,非常に重要な写真である.ピオクタニン染色後の割入りの写真撮影を行う場合に,水浸下で撮影する際に,粘膜下層の脂肪の影響と思われるが水面に脂が浮いてくることがある.このまま撮影を行うと,脂が邪魔になってしまう.この場合,ピンセットの先端に中性洗剤を少しつけて,ピンセットで標本中央の水面を一瞬触る.すると洗剤が脂肪やゴミなどを弾いてくれるので,弾いている間に撮影を行う.数回繰り返して行うことができるが,表面に洗剤の膜ができてしまうと効果がない.その場合は,脱気水自体を交換すればよい.
病理診断科へは,割入りの切除標本,病理診断依頼書と割入り切除標本写真に割線と切片番号を付記したものをプリントアウトして提出する.病理診断依頼書には,内視鏡所見を記載し,臨床側として知りたい点を明記する.プリントアウトした割線入りの切除標本写真に加え,ここは組織型が違うと考えた,ここで粘膜下層浸潤があると考えた,この粘膜集中は生検瘢痕と考えた,ここは副病変の可能性があると考えたなどを,矢印や丸で印をつけたものを別に作りプリントアウトして提出するようにしている.
病理標本が作製され病理診断が明らかになれば,内視鏡診断と矛盾がないかを検討する.病理診断レポートを見るだけではなく,自らプレパラートをみて,組織学的所見を確認する.割入り標本へのマッピングから,内視鏡写真への対比を行い,組織型診断・範囲診断・深達度診断があっていたかを詳細に検討を行う 15)~18).
ESDは,大きな病変でも一括で切除することが可能であり,詳細に病理診断をしていただくことが可能である.しかし,標本の取り扱い方を誤ると,一括切除された標本でも正確な病理診断ができなくなってしまうことがある.切除標本は,可能な限り早くかつ適切に取り扱う必要がある.内視鏡医は,標本処理に関わるため,標本の取り扱いに関しての知識が必要だと考える.内視鏡医は,ESDで,病変を切除したら終わりではない.切除標本から得られた情報を内視鏡診断と正確に1対1対応することで,内視鏡診断能力が向上する.時間と労力を要するが,この繰り返しが,内視鏡医にとってはとても重要で意味深いことである.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし