2019 Volume 61 Issue 2 Pages 163-169
症例は68歳男性.3カ月持続する頻回の下痢と腹痛を主訴に当科を受診した.大腸内視鏡検査では,直腸からS状結腸にかけて連続する粗大顆粒状粘膜を伴う高度狭窄を認めた.血管造影所見から下腸間膜静脈の灌流障害が疑われたが,4型大腸癌も否定できず,ハルトマン手術を施行した.切除標本の病理組織では,直腸Rs部に15mm大の中分化腺癌からなる陥凹性病変を認めた.さらに腫瘍は著明な静脈浸潤を伴い,下腸間膜静脈内に腫瘍塞栓を形成していた.その他の部位では粘膜下層や筋層の著明な線維化を認めたが,間質内への腫瘍浸潤は見られなかった.陥凹型の原発巣から下腸間膜静脈腫瘍塞栓症をきたした非常にまれな症例と考えられた.
大腸癌はその進展様式として,腸間膜静脈から門脈を介して肝臓に血行性転移をきたす頻度が高いが,腸間膜静脈腫瘍塞栓を形成することはまれである 1).過去の報告例では,原発巣のほとんどが2型や3型の進行癌であり,表在型の原発巣から腸間膜静脈塞栓症を生じた報告はない.今回,陥凹型の原発巣から下腸間膜静脈腫瘍塞栓症をきたし,診断に苦慮した直腸癌の1例を経験したため報告する.
患者:68歳,男性.
主訴:血性下痢,体重減少.
既往歴:特記事項なし.
家族歴:父 腎細胞癌.
生活歴:喫煙 10本/日×30年.飲酒 なし.
現病歴:3カ月前から排便回数の増加を認め,排便時・排便後に強い腹痛を伴うようになった.4-5行/日の水様性便が持続し,体重減少も認められたため,近医を受診し,精査加療目的に当院紹介となった.
入院時現症:身長 171.0cm,体重 71.0kg,体温 36.4℃,血圧 135/66mmHg,脈拍 71/min,眼瞼結膜に貧血,眼球結膜に黄疸なし.表在リンパ節腫大なし.腹部はやや膨満,軟.圧痛はなく,腫瘤は触知しなかった.
臨床検査成績:貧血や低蛋白血症などはなく,炎症所見も認めなかった.腫瘍マーカーはCEA 1.9ng/ml,CA19-9 8.3U/mlと基準値内であった.
腹部造影CT検査:直腸からS状結腸にかけて著明な壁肥厚を認め,周囲には血管増生とリンパ節腫脹がみられた.
注腸X線検査(Figure 1):直腸からS状結腸に浮腫とびまん性の粗大顆粒状粘膜を認め,S状結腸には腸間膜付着側に片側性の鋸歯状変形を伴っていた.S状結腸はneck pillow状に固定され,可動性は著しく不良であった.
腹臥位二重造影.
直腸からS状結腸に浮腫と狭窄およびびまん性の粗大顆粒状粘膜を認める.S状結腸には片側性の鋸歯状変形がみられる(矢印).
大腸内視鏡検査:S状結腸から直腸に連続する高度狭窄とびまん性粗大顆粒状粘膜を認めた(Figure 2-a).上皮性変化は明らかでなく,腫瘤性病変も同定できなかった.狭窄部の口側では静脈の怒張を認めた.超音波内視鏡では,第3~4層の著明な肥厚を認めたが,層構造は比較的保たれていた(Figure 2-b).
a:S状結腸から直腸には高度狭窄とびまん性発赤調の易出血性粗大顆粒状粘膜が連続性に認められる.
b:超音波内視鏡では第3-4層の著明な壁肥厚(黄色線矢印)として認識されるが,層構造は保たれている.
病理組織学的検査:4型大腸癌を疑い,内視鏡下で入念に検索を行ったが,癌の露出を疑う部位は同定できず,各所からのボーリング生検でも悪性所見は認めなかった.粘膜下層を含むより大きな組織での評価を行うため,粗大顆粒状粘膜部に対し診断的粘膜切除術を施行した.切除標本の組織所見では,粘膜固有層から粘膜下層に著明な線維化を生じていたが,腫瘍細胞は認めなかった.
血管造影検査所見(Figure 3):下腸間膜動脈からの造影で,直腸周囲に著明な血管増生や血管拡張を認めた.上直腸静脈は造影されず,下腸間膜静脈の血栓症あるいは腫瘍塞栓症などが疑われた.また,動脈層で早期にS状結腸静脈が描出されたことから,動静脈奇形も鑑別に挙がった.
腹部血管造影検査所見.
IMAからの造影で,直腸周囲に著明な血管増生と血管拡張を認めるが,上直腸静脈は造影されていない.
以上の臨床経過,画像所見および病理組織所見より,S状結腸・直腸部の著明な狭窄・硬化の原因として,下腸間膜静脈血栓症もしくは動静脈奇形に伴う静脈灌流障害による慢性的な虚血が疑われた.プロテインCなどの血栓素因マーカーは陰性であった.ただし,腹部CT検査で周囲リンパ節腫脹を伴っていたことから,4型大腸癌の可能性も否定できなかったため,ハルトマン手術を施行した.切除された直腸-S状結腸はneck pillow状に固定され一塊となっていた(Figure 4-a).ホルマリン固定後の切除標本を全割して検索したところ,直腸Rs部に内視鏡では認識できなかった15mm大の浅い陥凹性病変を認めた(Figure 4-b).組織学的に,陥凹部に一致して粘膜下層深部に浸潤する中分化腺癌を認め,著明な静脈浸潤を伴っていた(Figure 4-c).その他の部位では粘膜下層から漿膜下層の静脈内に腫瘍細胞を認めたものの,間質には腫瘍細胞は認めず,粘膜下層および固有筋層の著明な線維性肥厚を認めるのみであった(Figure 4-d).一方,下腸間膜静脈内には腫瘍細胞が充満し,腫瘍塞栓をきたしていた(Figure 4-e).以上の所見より,陥凹型の小さな原発巣から下腸間膜静脈腫瘍塞栓をきたしたことで,S状結腸に静脈灌流障害による慢性的な虚血と粘膜下層の線維性肥厚を生じたものと考えられた.びまん型の浸潤形態では無かったため,最終的に,大腸癌取り扱い規約(第8版)に基づきRectal adenocarcinoma,type 0-Ⅱc,tub2,1.5×0.5cm,pT3(v)-SS,pM0,ly0,v3と診断した.リンパ節は一塊となっており評価困難であったが,術前のCT所見からcN2と考え,StageⅢbと診断した.術後化学療法を行い,術後1年10カ月が経過した現在も無再発生存中である.
a,b:ホルマリン固定後標本:直腸-S状結腸はneck pillow状に固定され一塊となっている.
直腸Rs部に15mm大の浅い陥凹性病変を認める(黄色四角部・矢印部).
c:陥凹部では粘膜下層深部に浸潤する中分化腺癌を認め,著明な静脈浸潤を伴っている.
d:その他の部位では静脈内に腫瘍浸潤を認めるが,間質に腫瘍細胞はなく,高度の線維化をきたしている(赤四角部).
e:下腸間膜静脈内には腫瘍細胞が充満し,腫瘍塞栓をきたしている(白四角部).
大腸癌における静脈腫瘍塞栓症は腎細胞癌や肝臓癌などと比較してまれである 1),2).医学中央雑誌とpubmedにて1983年から2017年までの間に「下腸間膜静脈腫瘍塞栓」および「大腸癌」,「tumor embolism」および「colorectal cancer」をキーワードに検索を行ったところ,下腸間膜静脈の腫瘍塞栓症は,会議録を除くと自験例を含め14例の報告があるのみであった(Table 1) 1)~11).平均腫瘍径は62.6mmで,発生部位としては直腸が半数以上を占めていた.ほとんどが2型や3型の進行大腸癌が原発巣となっており,自験例のように表在型の病変から下腸間膜静脈塞栓症を生じた症例はなかった.組織学的にはtub1,tub2の分化型管状腺癌が12例と多く,自験例もtub2の分化型腺癌であった.粘液癌が1例,内分泌細胞癌が1例あったが,未分化型癌の報告はなかった.
下腸間膜静脈腫瘍塞栓症の報告例(会議録除く).
那須らは自験例と同様にS状結腸が高度に硬化し固定された下腸間膜静脈腫瘍塞栓症を報告しており,その外観からこれらの所見をneck pillow signと呼称している 7).他の報告例でも非常に類似した形態を呈しており,これらの所見は下腸間膜静脈腫瘍塞栓症の診断の一助となる可能性がある.ただし,貫ら 12)は同様の所見を呈した下腸間膜静脈血栓塞栓症による虚血性大腸炎を,道傳ら 13),迎ら 14)は腸間膜脂肪織炎に伴う下腸間膜静脈閉塞症を報告しており,これらの所見は静脈灌流障害によるうっ血性の慢性虚血に伴う線維性肥厚を反映した変化と考えられる.
過去の下腸間膜静脈腫瘍塞栓症の報告例では,4型大腸癌症例を含め,術前に内視鏡下の生検で癌の確定診断がなされている.しかし,自験例では非常に小さな原発巣から静脈浸潤をきたしており,内視鏡による原発巣の同定ができず,複数部位からのボーリング生検や粘膜切除術による病理組織学的検索を行ったが,上皮性悪性腫瘍の確定診断には至らなかった.下腸間膜静脈血栓症や動静脈奇形などによる静脈灌流障害との鑑別は困難であったと考えられるが,これらの疾患では血栓溶解療法や人工肛門造設術などが治療選択となる可能性もある.周囲の血管増生を伴う左側結腸の高度狭窄・硬化・固定所見を認めた場合には,組織学的に悪性所見を認めなくとも,大腸癌による下腸間膜静脈腫瘍塞栓症も考慮した上で,慎重に治療方針を決定する必要があろう.また,自験例の様な特異的な進展形式を呈した報告は無く,その要因については推察困難であった.
Table 1に示したように,下腸間膜静脈腫瘍塞栓症を呈した大腸癌・直腸癌例では自験例を含め報告時点で無再発生存している症例が多く存在した.予後に関しては多数例かつ長期間での検討が必要であるが,積極的な治療ストラテジーを念頭に置くことが望ましいと思われた.
陥凹型の原発巣から下腸間膜静脈塞栓症をきたし,特徴的な画像所見を示した進行直腸癌の1例を経験した.その臨床病理学的特徴や治療方針,予後についてはさらなる症例の蓄積が必要である.
本論文の要旨は第93回日本消化器内視鏡学会総会(2017年5月13日,大阪)にて報告した.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし