2019 Volume 61 Issue 5 Pages 1109-1114
67歳女性.上部消化管内視鏡検査で胃体下部小彎に20mm大の黄白色の境界やや不明瞭な平坦な隆起性病変を認めた.NBI併用拡大観察ではMicrovascular patternは血管の増生を認めるがirregularityに乏しく,癌の所見はないと判断した.形質細胞腫を疑い,病変より生検を行ったが確定診断は得られず,確定診断目的にESDを行った.病理組織学的には粘膜固有層に形質細胞のびまん性の増殖を認めたが,形質細胞腫は否定的であった.本症例の内視鏡画像は形質細胞腫の内視鏡像と酷似しており,拡大観察像も形質細胞の増殖をとらえていたと考える.本症例は内視鏡診断の限界例と考えられ,今回報告する.
Narrow band imaging(NBI)と拡大内視鏡により,従来の内視鏡診断では鑑別困難であった病変の診断が可能になってきているが,一方で限界例も存在する.
形質細胞腫はBリンパ球系細胞の最終分化細胞である形質細胞に由来する腫瘍であり,胃原発髄外性形質細胞腫においては粘膜固有層に形質細胞の浸潤を認め,NBI併用拡大観察の報告も近年散見される.
今回,われわれは胃原発髄外性形質細胞腫との鑑別がNBI併用拡大観察でも困難であった表面隆起型病変の一例を経験したので報告する.
患者:67歳,女性.
主訴:特記事項なし.
家族歴:特記事項なし.
既往歴:特記事項なし.
生活歴:飲酒歴機会飲酒,喫煙歴なし.
現病歴:定期検査目的の上部消化管内視鏡検査目的に当院を受診した.
入院時現症:身長151cm,体重44kg,血圧133/85mmHg,脈拍57回/分 整,体温36.3度,意識清明,貧血・黄疸を認めず,表在リンパ節は触知せず,胸部理学所見に異常を認めず,腹部は平坦・軟・圧痛認めず.
臨床検査成績:H. pylori IgG抗体陽性(67U/mL)以外には特記事項を認めず.
上部消化管内視鏡検査:白色光通常観察にて体下部前壁に境界不明瞭な20mm大の黄白色の平坦な隆起性病変を認めた(Figure 1).NBI併用拡大観察では病変と周囲粘膜とでは血管パターンが異なっており,Demarcation lineの認識は可能であった.しかし個々の血管の形態は開放性ループで,分枝および蛇行を認めるが,配列,分布,形状は比較的均一であった.また窩間部の開大を認めるが,腺窩辺縁上皮(MCE)の幅も均一であり,irregularityには乏しかった(Figure 2).
a:白色光観察(遠景).体中部小彎に平坦な隆起性病変を認める.
b:インジゴカルミン散布像.病変の境界は不明瞭である.
a:NBI観察(強拡大).病変と周囲粘膜とでは血管パターンが異なっている.
b:NBI観察(強拡大).個々の血管の形態は開放性ループであり,分枝および蛇行を認める.
経過:白色光観察を含めた内視鏡所見より形質細胞腫を疑い,病変より生検を行ったが,生検検体では胃底腺領域の胃粘膜で好中球を含む炎症細胞浸潤を認めるが確定診断は得られなかった.2カ月後に上部消化管内視鏡検査の再検査を行った.病変の形態に変化は認めなかったが,超音波内視鏡検査において第2層の明らかな肥厚を認めた(Figure 3).採血所見やFDG-PETでは異常を認めなかったが,内視鏡所見は形質細胞腫の可能性が高いと判断し,本人の同意の下で確定診断目的にESDを行った.
超音波内視鏡検査(20MHz細径超音波プローベによる評価)では第2層の肥厚を認めるが,第3層に著変なく病変は粘膜層に限局している.
病理組織学的所見:標本内に径17×14mmの顆粒状隆起を認めた.組織学的には腺上皮に構造異型はみられず粘膜固有層上層~中層を中心に細胞浸潤を認めた.粘膜固有層には形質細胞主体の増殖やリンパ球の集簇を認め,リンパ球や好中球が上皮に軽度浸潤しているが,腺管の破壊は認めなかった.また粘膜固有層の一部にはラッセル小体を認めた(Figure 4).形質細胞への分化を示すCD138は陽性だったが,CD3,CD20の腫瘍性の増殖は認めず.インサイチューハイブリダイゼーション法によるκとλ鎖ではλ鎖優位の増殖があったが(Figure 5),専門施設に依頼して行ったPCR(IgH)ではclonal bandは検出されず,腫瘍とする根拠は得られなかった.
a:粘膜固有層上層~中層を中心に細胞浸潤を認める.
b:形質細胞主体の増殖やリンパ球の集簇を認める.
c:Russell bodyを認める(白矢印).
インサイチューハイブリダイゼーションによるκとλ鎖では両者の増生を認めるが,λ鎖優位の増殖である.
治療後経過:術後の経過は良好で,合併症なく退院となった.
形質細胞腫は,Bリンパ球系細胞の最終分化細胞である形質細胞に由来する腫瘍であり,Dolinらは多発性骨髄腫,形質細胞性白血病,孤立性形質細胞腫,髄外性形質細胞腫に分類している 1).髄外性形質細胞腫の原発部位としては上気道や口腔領域が多く,消化管原発は10%程度とされており胃原発は稀である 2).医学中央雑誌で「胃形質細胞腫」をキーワードに検索しえた結果では,胃原発髄外性形質細胞腫は本邦ではこれまでに75例(会議録除く)報告されており,肉眼形態には特徴的な所見がなく,潰瘍形成から粘膜下腫瘍様の形態を含む多彩な所見を呈するとされている 3).一方で粘膜層までにとどまる病変の報告は少ないが,Doiらは19例の粘膜内病変をまとめており,その肉眼形態は1例を除き18例がsuperficial typeであったと報告している 4).
胃原発髄外性形質細胞腫のNBI併用拡大内視鏡所見に言及した報告はさらに少ないが,Haradaらは,表面微細構造は不整に乏しく,微小血管構築像は蛇行したループ状の血管を認めるが,口径不同や拡張等の所見がなく異型に乏しいと報告している 5).これらは粘膜下の腫瘍の存在を類推する内視鏡所見である.本症例の内視鏡所見においても,個々の血管の形態は分枝および蛇行を認めるが,配列,分布,形状は比較的均一であったこと,表面微細構造に不整が乏しかったことはHaradaらの報告と類似している.さらに本病変は窩間部の開大を認め,被蓋上皮の血管が拡張なく伸長していた.これらも上皮下に均一な物質の増殖や沈着を類推する像である.上皮下に均一な物質の増殖や沈着を呈する疾患としては胃悪性リンパ腫,各種の粘膜下腫瘍,胃黄色腫,ランタン沈着症等があげられる.本病変は粘膜下腫瘍様の形態をとっておらず,色調も胃黄色腫とは異なっていた.胃悪性リンパ腫との鑑別は困難であるが,生検ではリンパ腫を示唆する所見は認めず,胃原発髄外性形質細胞腫を疑い内視鏡治療を行った.
胃原発髄外性形質細胞腫に対する治療としては,H. pyloriの除菌が奏効した報告もあるが 6),基本的には外科切除が標準治療である.診断においては微小な検体では診断に苦慮することがあり 4),本症例においても複数回の生検を行うも診断には至らなかった.胃原発髄外性形質細胞腫に対しては,近年内視鏡治療の報告もされており 5),われわれは診断的治療として内視鏡治療を行った.切除標本において,粘膜固有層に形質細胞の増殖を認めるものの,単クローン性の形質細胞の増加はなく,胃原発髄外性形質細胞腫は否定的であった.
形質細胞浸潤を伴った胃病変の鑑別としてはRussell body gastritisがあげられる.Russell body gastritisは1998年に本邦から報告がなされた慢性胃炎の亜型である 7).病理組織学的には,ほとんどすべての症例で特徴的な結晶であるRussell bodyを含む形質細胞の粘膜固有層への浸潤とそれに伴う炎症所見を認め,本症例と同様に多クローン性の増生を示すことが多いとされているが,一部では単クローン性を示した症例も報告されている 8).
Russell body gastritisの誘因については,これまでに報告された症例の半分以上にH. pylori感染を認めたことや 9),一部の症例ではH. pyloriの除菌による病変の退縮を認めていることから 10),H. pylori感染の関与が示唆されている.本症例においてもH. pylori感染を認めており,生検診断で胃原発髄外性形質細胞腫が否定できていれば,H. pyloriの除菌,経過観察も治療オプションの一つであった.
Russell body gastritisと胃原発髄外性形質細胞腫の関連についての報告はなく,基本的にRussell body gastritisが悪性化することはないとされている.しかしRussell body gastritisの長期予後は明らかになっていない.また本症例のような限局的な形質細胞の浸潤をRussell body gastritisと診断するべきかについても現時点で確立していない.本症例がどのような疾患に分類されるかについては,今後さらなる症例の集積と診断体系の確立が必要である.
胃原発髄外性形質細胞腫との鑑別が困難であった表面隆起型病変の一例を経験した.本症例の内視鏡画像は過去の形質細胞腫の内視鏡像と酷似しており,本症例の拡大観察像は形質細胞の増殖をとらえていたと考える.本症例は現時点での内視鏡診断の限界例と考えられ,今回報告する.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし