2019 Volume 61 Issue 5 Pages 1131-1136
症例は82歳男性.心窩部痛と下血を主訴に来院し,腹部造影CTで膵頭部に10cm大の嚢胞性病変を認められた.内視鏡検査で,主乳頭からの出血が見られたことより,出血性膵嚢胞が主膵管と交通し,消化管出血を来たしたHemosuccus Pancreaticus(HP)と考えられた.経鼻膵管ドレナージチューブを用いた嚢胞内ドレナージを行い,止血と嚢胞の縮小が得られた.また,嚢胞部と主膵管の交通部より乳頭側に主膵管狭窄がみられたため,再発予防を目的として内視鏡的膵管ステント術を施行し,1年7カ月後にステントフリーとしたが,経過は良好である.HPの内,膵頭部の仮性嚢胞が原因となる症例においては,内視鏡治療が有用と考えられた.
Hemosuccus Pancreaticus(以下,HP)は,膵仮性嚢胞内出血や脾動脈瘤破裂などによる出血が,膵管を通りVater乳頭を経由して消化管内に流出する病態で,1970年にSandblomによって命名された 1).Vater乳頭からの出血を肉眼的に確認できる例は少なく,その診断は困難なことがある.今回,われわれは慢性膵炎に伴う膵仮性嚢胞からの出血を契機としたHPに対して,内視鏡的に治療し得た1例を経験したので文献的考察を加え報告する.
患者:82歳,男性.
主訴:心窩部痛,下血.
既往歴:66歳 高血圧.73歳 前立腺癌,慢性膵炎.74歳 脊柱管狭窄症.
家族歴:特記すべきことなし.
嗜好歴:2006年まで飲酒,日本酒2合/日を毎日.慢性膵炎診断後からは断酒.喫煙歴はなし.
現病歴:2015年9月下旬より心窩部痛と腰背部痛が出現した.近医で胃薬が処方され経過観察されていたが,10月10日に下血したため当院へ救急搬送され,同日入院した.
入院時現症:身長150.0cm,体重50.1kg,BMI 22.3kg/m2.意識清明,脈拍91回/分・整,血圧134/81mmHg,体温 36.8℃,眼瞼結膜に軽度貧血あり,眼球結膜に黄染なし.胸部所見に異常なし.腹部は平坦かつ軟,心窩部に圧痛あり,グル音正常聴取,肝脾触知せず.下腿浮腫なし.直腸診で黒色便の付着あり.
入院時臨床検査成績(Table 1):軽度の貧血と膵酵素の上昇を認めた.
入院時臨床検査成績.
入院後経過:腹部造影CTでは膵頭部に約10cm大の境界明瞭・辺縁整の嚢胞性病変を認めた.嚢胞内に出血と考えられる高吸収域を認め,出血性膵仮性嚢胞が疑われた(Figure 1).動脈相では仮性動脈瘤は認めず(Figure 2),また囊胞内への造影剤の漏出は無かった(Figure 3).下血精査のため施行した上部消化管内視鏡検査では,主乳頭からの間欠的な血液の流出を確認した(Figure 4).CTと内視鏡所見から,出血性膵嚢胞が主膵管と交通したと考えHPと診断した.
腹部造影CT(冠状断).
膵頭部近傍に境界明瞭な10cm大の囊胞性病変を認める.囊胞内部にまだらな高吸収域を認め,嚢胞内出血(矢印)が示唆される.
腹部造影CT(水平断・動脈相).
囊胞性病変内の高吸収域を認める.近傍の血管(腹腔動脈及び総肝動脈,左胃動脈)に動脈瘤は認めない.
腹部造影CT(水平断・動脈相).
囊胞性病変内の高吸収域を認めるが,動脈からの造影剤の血管外漏出は認めない.
上部消化管内視鏡検査では主乳頭からの間欠的な出血を認めた.
前回の腹部CT(2年前)では囊胞性病変は存在せず(Figure 5),新規の囊胞性病変と考えられた.動脈瘤出血の存在や活動的な囊胞内出血は腹部造影CTから否定的であり,バイタルサインも安定していたため,血管造影は施行しなかった.嚢胞内出血の原因としては,①慢性膵炎の増悪による嚢胞の増大に伴い,血管が破綻して出血した,②嚢胞の炎症で先に血管の破綻が生じ,出血により急激に嚢胞が増大した,の2つが考えられる.本症例において,いずれの機序が原因となったのかの判断は困難であるが,腹痛・背部痛がみられたこと,発熱や炎症所見の上昇が無かったこと等より,①の機序によるものと推測した.このため膵嚢胞ドレナージを目的に第4病日にERCPを施行した.膵管造影では,頭部主膵管から膵管外への造影剤の漏出を認め,主膵管と膵嚢胞の交通が確認された(Figure 6).嚢胞内へガイドワイヤーを挿入し,5Fr経鼻膵管ドレナージ(Endoscopic nasopancreatic drainage:ENPD)チューブを留置した.腹部CT画像では急性膵炎は否定的であったため,絶食・補液のみで治療し,蛋白分解酵素やソマトスタチンアナログ製剤は使用しなかった.
以前の腹部造影CT(2年前)では囊胞性病変は認めない.
ERCP(1回目).
膵頭部からの造影剤の漏出(矢印)を認め,主膵管と囊胞との交通を確認した.
ENPDチューブからの排液は,留置直後は血性であったが留置2日目には非血性になった.以降貧血・心窩部痛は改善し,第13病日に2度目のERCPを施行した.この時の膵管造影で,嚢胞はほとんど造影されずドレナージ効果が確認された.また嚢胞との交通部より乳頭側の主膵管に狭窄を認め,末梢側の膵管は拡張していた(Figure 7).膵管狭窄による嚢胞増大や出血再燃が危惧されたため,膵尾部主膵管を先端として狭窄部を超える様に5FrENPDチューブを留置した.
ERCP(2回目).
膵頭部の狭窄した主膵管(矢印)と拡張した末梢膵管(矢頭).
第20病日のERCPでは嚢胞と主膵管との交通の消失を確認した.頭部主膵管の狭窄は残存しており,膵管狭窄部に対し内視鏡的膵管ステント留置術(Endoscopic pancreatic stenting:EPS)を施行した.7Fr 10cmの膵管ステントで内瘻化(Figure 8)し,術後合併症無く第27病日に退院した.
狭窄部を橋渡しするように膵管プラスチックステント(7Fr 10cm)を留置した.
退院後は定期的な膵管ステントの交換を行い,術後3カ月で10Fr 8cmの膵管ステントにサイズアップし,3カ月ごとの膵管ステントの交換を行った.術後1年7カ月で膵管狭窄は改善したため,ステントフリーとした.ステント抜去後も,慢性膵炎の急性増悪や膵仮性嚢胞の再発は無く良好に経過している.
膵仮性嚢胞は急性膵炎の10~15%に発生し 2),さらに嚢胞内出血はその6~8%に併発すると報告されている 3).
HPについての症例報告も散見され,主乳頭からの出血が確認される頻度は30%程度と報告されている 4)が,今回,1987年~2016年の医学中央雑誌で「Hemosuccus Pancreaticus」・「出血性膵仮性嚢胞」・「膵管内出血」をキーワードとして改めて検索したところ,実際にHPを内視鏡で直接確認できた症例は自験例を含め56例中27例(48.2%)であった.
これら27例を成因別に分類すると以下の①から④になる.
①仮性嚢胞内出血が主膵管内に流入した場合(囊胞壁内血管の破綻や囊胞近傍の主要血管からの大量出血)(6例) 5)~7).
②仮性動脈瘤が原因で出血を来たす場合(12例) 8)~10).
③腫瘍性病変が自壊していく段階で,腫瘍周囲の血管が破綻する場合(6例) 11)~13).
④その他(膵石による慢性膵炎,脾動脈硬化症による血管の破綻)(3例) 14)~16).
自験例は画像診断を中心に検討した結果,①が原因となりHPを来たしたものと考えた.
Table 2に成因別の治療法を示す.①は内視鏡治療が3/6例(50.0%),外科治療が2/6例(33.3%),TAEが1/6例(16.7%)に行われていた.これを仮性嚢胞の部位別で見てみると,膵頭部の病変に対しては3/4例(75.0%)で内視鏡治療が選択されており,一方膵尾部の嚢胞に対しては2/2例(100%)で外科切除が選択されていた.膵管ドレナージにより嚢胞内の減圧を行いやすい膵頭部の病変に対しては内視鏡的ドレナージが有効であったものと考えられた.
HPの成因・部位別による治療法の選択.
②は動脈性出血であるため,TAEが9/12例(75.0%)に施行されていた.
③の腫瘍性病変に対しては5/6例(83.3%)で外科的切除が選択されていた.
一方,乳頭出血の確認の有無に関わらずHPと診断され,内視鏡治療を行った症例は同条件(1987年~2016年の医学中央雑誌で「Hemosuccus Pancreaticus」・「出血性膵仮性嚢胞」・「膵管内出血」をキーワード)の医中誌内で会議録を除くと,自験例を含め6例の報告を認めた. 5),14),17)~19).
各症例を検討すると,原因は出血性膵仮性囊胞が5例,膵石による膵管内圧上昇が1例であった.膵仮性囊胞の5例の発生部位は膵頭部及び膵鈎部が4例,膵尾部が1例であった.その内,囊胞より頭側で膵管の狭窄を認めた症例は4例であった.治療法はいずれも膵管ドレナージであるが,最終的に囊胞内にENPDチューブを留置した症例が4例(内ENPD抜去後にEPSを留置した症例は2例),狭窄部を超えるように膵管内にENPDチューブを留置した症例が1例(ENPD抜去後にEPSを留置)であった.また膵炎に対してソマトスタチン誘導体を併用した症例は1例であった.
内視鏡治療に関しては,比較的近年の報告が多く,内視鏡技術自体の発展が寄与していると考えられる.適応はHPの内,仮性嚢胞が原因と考えられる症例であり,膵管内圧もしくは嚢胞内圧を下げることを目的として行われる.したがってドレナージがしやすい膵頭部の症例が良い適応となる.さらに,ドレナージチューブの先端は可能であれば囊胞内に留置した方がより良好な治療効果を認めるとの報告もある.囊胞内を探る過程の膵管破綻や出血のリスクはあるが,ドレナージ効果は囊胞内留置の方がより良い傾向にあり,直接的に囊胞内圧を下げることが効果的であると考えられる.
自験例では,膵頭部の膵管狭窄を通過して,直接囊胞内にドレナージチューブを留置できたことにより,嚢胞内圧を下げ,止血及び嚢胞縮小が得られたものと考えられた.
内視鏡治療が奏効したHPの1例を経験した.HPの治療法選択に際してはHPの成因や膵嚢胞の占拠部位を考慮することが肝心であり,今回われわれが経験したような膵頭部に位置する膵仮性嚢胞で,囊胞の増大が原因となるHPは内視鏡治療の良い適応であると考えられた.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし