GASTROENTEROLOGICAL ENDOSCOPY
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NEAR-SIDE APPROACH METHOD BY USING IT KNIFE IN GASTRIC ENDOSCOPIC SUBMUCOSAL DISSECTION
Satoru NONAKA Ichiro ODASeiichiro ABEHaruhisa SUZUKIShigetaka YOSHINAGAYutaka SAITO
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2019 Volume 61 Issue 7 Pages 1435-1445

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要旨

ESDという治療手技の中で最も歴史が長く,すでに胃ESDは一般化したと言ってもよいと思われる.しかしながら,困難部位における胃ESDはいまだ先進施設やエキスパートでないと完遂することが難しいことがある.また,胃ESDは出血との戦いであり,いかに出血を制御するかが手技を迅速かつ円滑に完遂できるかのポイントである.筆者らは体部病変の胃ESDにおいて,先端系ナイフの切除戦略とITナイフの戦略を組み合わせた近位側アプローチ法を適応しており,その実際について解説する.

Ⅰ 緒  言

2006年4月に胃ESD(endoscopic submucosal dissection)は保険収載され,早期胃癌に対する標準的な内視鏡治療として広く行われており,近年では海外からの報告も散見される 1)~3.ESDという治療手技の中で最も歴史が長く,すでに胃ESDは一般化したと言ってもよいと言えるが,困難部位における胃ESDはいまだ先進施設やエキスパートでないと完遂することが難しいことがあり,各施設が独自の工夫や治療成績を数多く報告してきた.また,胃ESDは出血との戦いであり,いかに出血を制御するかが手技を迅速かつ円滑に完遂できるかのポイントである.出血制御という観点において,当院において行っている「胃ESDにおけるITナイフを用いた近位側アプローチ法」について解説する.

Ⅱ 当院における胃ESDのデバイス,高周波装置,鎮静

1.スコープ,局注液などの準備

スコープは基本的にGIF-Q260J(オリンパスメディカルシステムズ社)を用い,至適距離が保てない場合にはマルチベンディングスコープ(GIF-2TQ260M)を,反転操作においてより狭いスペースでの治療の場合はGIF-Q260やH290を選択することもある.先端フードはエラスティックタッチ(Sサイズ,トップ社)を使用している.局注液は基本的に生理食塩水(20万倍希釈:生食500ml+アドレナリン2.5mg+インジゴカルミン注20mg[1A:5ml])を使用しているが,瘢痕病変や体部大彎・穹隆部などの困難病変においては,ムコアップ(Boston scientific社)やグリセオール(中外製薬)を使用している.

2.ITナイフおよび先端系ナイフ

ITナイフの開発施設であることから,もちろん胃ESDにおけるメインデバイスはITナイフ2である(Figure 1-a,b).ITナイフに改良を加えて,2007年に登場したのがITナイフ2であり,先端の絶縁体(セラミックチップ)の裏側に3本のショートブレードが付いている.言うなれば,ITナイフとフックナイフが合体したような形状をしており,ITナイフに比較して格段に切開・剥離・止血の各能力が向上しているのが特徴である.そのため,ITナイフではロングブレードを粘膜に押しつけるようにしないと切れないが,ITナイフ2ではショートブレードの存在のため,それほど粘膜に押しつけなくても切ることができる.すなわち,ITナイフが苦手とする横方向の切開や線維化部分(軽度)の剥離に対しても対応することが可能になった.ただ,高度の線維化に対してはITナイフ2でもはじかれてしまうことがあり,その場合は先端系ナイフ(針状ナイフ,Dualナイフ,Hookナイフ,Flushナイフ,など)が必要である.無理にITナイフ2で剥離を試みて,筋層側へはじかれると穿孔し,粘膜側へはじかれると切れ込みが発生する.ITナイフ2は切開・剥離能力が向上しているが,高度の線維化部分に対しては適宜先端系ナイフも併用する判断が重要であり,そのような場面においては当院ではDualナイフを用いている.また,ITナイフ2は胃ESDにおいて使用されるデバイスと認識しており,食道や大腸ESDにおいてはITナイフnanoがより適切であると考えている(Figure 1-c).

Figure 1 

a:ITナイフ(オリンパスメディカルシステム社).

b:ITナイフ2(オリンパスメディカルシステム社).

c:ITナイフnano(オリンパスメディカルシステム社).

3.マーキングと高周波設定

マーキングにはAPC(argon plasma coagulation,ERBE社)を長年愛用してきたが,APCプローブがディスポーザブルになったことから,コストの面から使用しにくい状況となった.そのため,ESD黎明時と同じように針状ナイフを用いたり,リユースのスネア先端を少し出してマーキングしている.前者は穿孔(穿通)が発生するリスクやマークがはっきりしないなどの状況が発生することも多い.はじめからDualナイフを併用することが決定している場合は,マーキング・プレカットもDualナイフで行っている.

また,当院の胃ESDの高周波装置の設定をTable 1に示す.先端系ナイフを使用する場合は,表示の設定よりやや弱くしていることが多い.使用するデバイスや施設ごとの違いがあり,高周波の設定については一概にどれがよいとは言いがたい.慣れ親しんだ設定で問題なく手技が完遂できているのであれば,必ずしも他の施設の設定に合わせる必要はないと考える.

Table 1 

胃ESDの高周波設定.

4.鎮静

当院ではプロポフォールを内視鏡室にて使用可能であるため,現在はほぼ全例の胃ESD症例においてプロポフォールを主体とした鎮静を行っている 4),5.鎮痛薬としては塩酸ペンタゾシンを使用し,ブチルスコポラミン臭化物も禁忌がなければ適宜使用している.プロポフォールのみでは鎮静不良の場合は,ベンゾジアゼピン系薬剤の併用が効果的であることが多い.ただし,麻酔科の観点からすると,鎮静不良の原因は不十分な疼痛コントロールであることがほとんどと考えられており,鎮静剤に鎮静剤をかぶせることは理にかなっていないという指摘がある.麻酔科的には,塩酸ペンタゾシンも疼痛コントロール目的には使用しなくなりつつあり,将来的にはフェンタニルを内視鏡治療においても導入する流れが生まれつつある.全身麻酔については,圧倒的に食道ESDが多く,胃ESDでは著明な困難病変でない限り(治療時間が3時間以上と予測されるなど),全身麻酔が必要になることは少ない.鎮静不良症例や呼吸循環動態に大きなリスクがある症例などは,適宜麻酔科と協議の上,その適応を決定している.

Ⅲ 治療戦略のコンセプト 従来法と近位側アプローチ法

1.従来法(Figure 23
Figure 2 

従来法(反転操作で遠位側=口側,近位側=肛門側).

a:内視鏡画像の遠位側にプレカットを作成する.

b:近位側へスコープまたはITナイフを引きながら切開することにより全周切開をはじめの段階で完成させる.

c:近位側から粘膜下層剥離を進める.

Figure 3 

ITナイフの粘膜下層剥離.

a:マーキング後の全周切開.

b:外から内へITナイフを引きながら剥離を行う.

c:粘膜下層の組織をしっかりと捉えて,アングル・ひねりを加えて,剥離する.

d,e:左右から剥離操作を加え,剥離中心部を尖らせていく.

ITナイフ(前述のように3種類のナイフがあるが,まとめてITナイフとする)を用いた胃ESDでは,内視鏡画像の遠位側(Far side=見上げ操作なら口側=見下ろし操作なら肛門側)にプレカットをおき(Figure 2-a),そこからITナイフを近位側(Near side=見上げ操作なら肛門側=見下ろし操作なら口側)へ動かす(スコープ操作で引くまたはナイフ自体を引く)ことで粘膜切開を行い,全周切開を完成させる(Figure 2-b3-a).そして,内視鏡画像の近位側から粘膜下層剥離を進めていく.その際は,やはりスコープ操作またナイフ自体を外側から内側へ動かす(引く)ことで剥離を行い,中心部を船の舳先のように尖らせることを意識しながら,剥離を進めていく(Figure 2-c3-b~e).この粘膜下層剥離の操作は従来法も近位側アプローチ法でも同じである.

2.近位側アプローチ法(Figure 45
Figure 4 

近位側アプローチ法(反転操作で遠位側=口側,近位側=肛門側).

a-1:側方にプレカットを作成し,近位側の半周以下の粘膜切開をITナイフにて行う.

a-2:先端系ナイフにて近位側から遠位側にむけて半周以下の粘膜切開を行う.

b:近位側から粘膜下層剥離をITナイフにて進める.

c:粘膜下層剥離がある程度進んだところで,遠位側にプレカットを作成し,全周切開を完成させ,粘膜下層剥離をさらに進め一括切除する.

Figure 5 

血管・出血点の視認性向上(穹隆部大彎後壁の病変).

a:近位側アプローチ法で粘膜切開と粘膜下層剥離を進めたが,画面右側の粘膜切開に剥離を加えた領域で,太い血管を粘膜下層が露出した状態で確認できる.

b:この状況であれば,血管がはっきりと視認でき,仮に出血したとしても止血には難渋しない.

前述の戦略が従来からのITナイフを用いた胃ESDの基本(従来法)であるが,大きな病変や体部病変・大彎病変などの難易度が高い病変に対処する場合には,異なった治療戦略を適応している.すなわち,内視鏡画像の近位側の粘膜切開をはじめに行い,1/3-1/2周程度の周囲切開を施行し,適宜粘膜下層剥離も追加する.その後,全周切開を完成させ,あとは型どおりに剥離を進め一括切除する(近位側アプローチ法:Figure 4-a~c 6.これは先端系ナイフの切除戦略をITナイフのESDに応用しているということである.また,この戦略は体部病変における見上げ操作でのESDの場合に適応されるということを認識いただきたい.

この方法を用いる最大のメリットは,出血制御が良好になるという点である.従来法は,全周切開がそれほど時間を要さず容易に完遂できる病変では何の問題もない(前庭部病変など).しかしながら,粘膜切開の段階で出血制御に難渋する場合や適切な剥離層に入れない場合などでは,それらを制御・修正することが非常に困難となることをしばしば経験する.特に,粘膜切開の序盤で著明な出血を来した場合,近位側の粘膜が切開されていないため出血点の視認が難しく,結果として凝固を繰り返し,組織の炭化を招いてしまうことがある.その結果,剥離層の認識が不良となり,また組織の炭化のため,その後の粘膜切開・粘膜下層剥離が難しくなってしまう.近位側アプローチ法では,たとえ粘膜切開や粘膜下層剥離で出血を来しても画面の近いところ(近位側)に出血点があり,かつ粘膜切開および粘膜下層剥離を追加して出血点をより露出させることが比較的容易である.そのため,出血点の視認性が向上し,結果として出血制御に難渋しないということにつながる(Figure 5-a,b).

従来法のように一気に全周切開を完成させた方がその手技時間は短く,近位側アプローチ法のように粘膜切開を部分的に行っていく方が時間を要するが,体部大彎病変および大彎にかかる前後壁の病変を対象とした筆者らの検討では全体としての手技時間は近位側アプローチ法の方が従来法より有意に短かった 6.それはつまり,出血制御や適切な剥離深度という面において,時間短縮の効果があると考えられる.もちろん,全周切開をスピーディに行うことができ,かつ出血があってもそれを十分制御できる熟練者においては,従来法で問題なく,近位側アプローチ法は非熟練者において手技時間を短縮する効果がある 6

Ⅳ 実際の近位側アプローチ法の解説 -困難部位(体部大彎,穹隆部)も含めて-

1.対象病変

本来,近位側アプローチ法は胃ESDの困難部位を想定して生まれたコンセプトであったが,最近では大彎側の病変に限らず,体部病変はほぼすべて同法を適応している.例外としては,切除ラインが食道にかかるような噴門部病変であり,先に近位側(反転操作の画面で肛門側)を処理していくと,剥離された病変が遠位側(=口側=食道側)にシフトしてしまい,ワーキングスペースが狭い部位がさらに狭くやりづらくなってしまうことがある.そのため,噴門部病変で切除ラインが食道にかかる場合においては,見下ろし操作で食道ESDと同様の手技を口側において行い,病変を胃側へシフトさせる(完全な胃の病変にしてしまう).なぜなら,ESD終盤で剥離する領域がちょうど接合部になってしまうと非常にやりづらいことをしばしば経験するためである.反転操作で病変の遠位側(口側=噴門側)を切除することが可能な場合は,従来法のコンセプトで遠位側(口側=噴門側)から切除して(Figure 6-a,b),見下ろし操作を併用して1/3-1/2周性の粘膜切開と粘膜下層剥離を行い,やはり病変を胃側へシフトさせることで,その後の手技が円滑になる.

Figure 6 

近位側アプローチ法の例外.

a:噴門部後壁の病変のマーキング後.口側の切除ラインが食道側に非常に近接している.

b:従来法のコンセプトで口側の粘膜切開から開始し,食道側から遠ざけるように病変をシフトさせる.

2.体部大彎・穹隆部病変の困難要因

胃体部大彎は,胃ESDを行う上で最も難しい部位であり,特に体上部大彎病変および穹隆部病変は最高難度の病変である.その理由としては,重力の影響で液体が貯留しやすく,剥離部位の展開が不良であること,通常の観察では行わないようなスコープ操作が必要であること,出血制御が困難であること,などが挙げられる.このような困難病変に対するときに,従来法では「どハマリ」してしまい,長時間のESDになることを経験してきたことが,体部大彎・穹隆部病変に対する近位側アプローチ法のコンセプト誕生の理由である.また,最近ではトラクション法が,体部大彎・穹隆部病変には有用であることが報告されており,手技時間を短縮させるために使用されている 7)~9.さらには,重力の影響が水没すること・剥離部位の展開不良の原因であることから,左側臥位ではなく右側臥位でESDを施行することがある.その際には,やはりスコープの操作感覚が異なるが,体上部大彎の近位側から穹隆部であれば,なんとかESDは可能である.それよりも肛門側はスコープの操作性がかなり異なることから,現実的にはESDを施行することは困難であると考えている.

3.粘膜切開(開始~半周)(Figure 4-a7-a~h
Figure 7 

大彎病変に対する近位側アプローチ法の実際 術前診断;胃体中下部大彎 0-Ⅱc T1a(M)50mm tub2.

a:通常観察全体像.

b:インジゴカルミン撒布像.

c:マーキング後の全体像.

d:マーキング後の肛門側画像.

e~h:反転操作にて半周程度までの粘膜切開を行い,粘膜下層剥離を追加していく.

i,j:サイドからの剥離を意識しながら,粘膜下層剥離を進める.

k:全周切開を完成させる.

l~m:トラクション法を用い,剥離された病変側を牽引することにより,剥離ラインが明瞭に視認できるようになる.

n,o:ESD後潰瘍.

p:切除検体.

近位側アプローチ法の体部大彎病変に対する実際の切除を解説する.体下部では見下ろし操作で肛門側にプレカットを作成することも可能なことがあるが,基本的には反転操作で近位側(病変肛門側)の側方に針状ナイフを用いてプレカットを2カ所作成する(Figure 4a-1).その部位の目安としては,1/3から1/2周性の粘膜切開ができるようなイメージでよい.あまり遠位側(病変口側,つまり画面の奥の方)にプレカットをおく必要はなく,そうするとむしろ従来法とあまりかわらなくなってしまう.両サイドのプレカットをつなぐように,ITナイフで粘膜切開を行い,適宜粘膜下層剥離を加え,トリミングしていく.そうしないと切開した部分が開かないままになってしまう.また,はじめから先端系ナイフを併用する場合は,先端系ナイフのESDとまったく同様に,肛門側のトップから粘膜切開を開始し,左右に伸ばしていくこともある(Figure 4a-2).

肛門側の粘膜切開および粘膜下層剥離をある程度行った後,前壁側・後壁側の粘膜切開を追加していく.その際,先端系ナイフで少しずつ跳ね上げるように切開してもよいし(近位側→遠位側),少し口側にプレカットを作成し,ITナイフで切開してもよい(遠位側→近位側).粘膜切開はひとまず半周程度までにとどめておく.

特に体部大彎は粘膜から粘膜下層に脂肪が多く見られ,他部位よりやや粘膜が厚いことが多く,層の認識が容易ではないことがある.粘膜切開の初期段階で,適切な剥離深度(粘膜下層深層,筋層直上)に到達することが,その後の手技を円滑に進めるコツである.適切な層に入れないと,いつまでたっても出血制御がうまくいかず,剥離も進まず,苦しい時間が続くことになる.また,脂肪が豊富な大彎病変では,スコープのレンズが脂汚れで曇ってしまうことをよく経験する.その際は,面倒くさがらずに一度スコープを抜去して,レンズを曇りのないクリアな状態にしてから手技を継続する.また,レンズクリーナーやウーロン茶を送水タンクに混ぜることでレンズ状態を少しでもクリーンに保つ工夫もある.視界が汚いまま手技を遂行すると,マーキングや剥離ラインの認識を誤り,切れ込みや穿孔につながる可能性がある.

4.粘膜下層剥離(半分程度まで)(Figure 4-b7-i,j

近位側からITナイフを用いて粘膜下層剥離を進めるが,この際外側から内側へナイフを振る操作で剥離を進める.粘膜切開の終点部分にITナイフを合わせ,軽く通電することにより,ITナイフを粘膜下層へ挿入する「とっかかり」をつくることができる.そこから筋層直上を滑らせるように,外から内へ,奥から手前へ,ITナイフを引きながら,かつ前後左右へのスコープの操作・ひねりとアングル,そして送気量をも微妙に調整しながら,剥離を行う.この際,先端系ナイフと大きく違うことは,実際の剥離ポイントが直接視認できないことも多いという点である.もちろん,できる限り視認できる状態での剥離がよいのは当然であるが,ITナイフのESDでは,ある程度ブラインドで剥離することが求められるため,術者が実際のナイフで剥離している部位とその方向,そして胃壁のカーブ・走行をしっかりイメージできていることが非常に重要である.この点が,ITナイフを使いこなすのが難しいと言われる理由である.そして,基本的には片側に偏るのではなく,左右からなるべく均等な形で剥離を進めていくが,意図的に偏って剥離することもある(より困難な大彎側を先に処理して,小彎側に病変をシフトさせる,など).剥離部分の中心が船の舳先のような形になることが理想的である.

この段階において,体部大彎では反転でのスコープ操作が制限されるため,イメージ通りの切除ラインにコントロールすることが難しい.方向を間違えやすく,穿孔のリスクが高い局面であることを認識する必要がある.また,送気量が多すぎても,胃壁にかかるテンションが高くなり,粘膜下層へ潜り込みにくくなるし,送気量が少なすぎても適切な切除ラインを見いだせない.テンションが高すぎず,切除ラインが確認できる適切な送気量をコントロールすることが大切である(送気しすぎもダメ,送気しなさすぎもダメ).また,ゲップによりどうしても胃内に十分な送気量を保つことができない場合は,オーバーチューブを挿入し,脱気防止弁などを併用すると,視野が改善する.送気量を支配できないと,極めて苦しいESDになってしまう.また,剥離した部分は,周囲の粘膜より一段低いため,さらに水や血液が貯留しやすい状態になる.水や血液はこまめに吸引し,視野を確保することに努める.

5.粘膜切開(全周)(Figure 4-c7-k

半周切開と粘膜下層剥離が半分程度完了した時点で,遠位側(口側)の粘膜切開を行い,全周切開を完成させる.遠位側(口側)にプレカットを作成して,粘膜切開を行うと,出血を来し血まみれになることをよく経験する.大彎以外では一気に全周切開を完成させてもよい.なぜなら,トリミングを追加し,粘膜切開部分を開き,出血点を確認して止血することが可能である.しかし,大彎病変では,血液が貯留し,遠位側(口側)の粘膜切開部分が十分開いていないことから,出血点を正確に視認することが難しく,止血に時間を要し,かつ不正確な凝固による不必要な組織の炭化を招くことになる.遠位側(口側)の粘膜切開が最も困難な局面であることが多いため,全周切開をまだ完成させず,さらに遠位側(口側)にプレカットを追加し,ITナイフで部分的に粘膜切開を進めたり,先端系ナイフで遠位側に粘膜切開を伸ばすこともある(3/4周性の粘膜切開).全周切開後は,口側のトリミングを追加しておくことが非常に重要であり,これが不十分なままだと,最終段階の粘膜下層剥離に難渋することになる.大彎側以外では反転操作だけではなく,見下ろし操作でもトリミングを加えることが可能であるが,大彎ではナイフが立ってしまうため,多くの場合で反転操作のみで行わなければならない.また,穹隆部病変や穹隆部に近い体上部大彎病変では,通常スコープでは病変への近接や適切な角度を得ることが困難な場合があり,その際は適宜マルチベンディングスコープへ変更する.

6.粘膜下層剥離~一括切除(Figure 7-l~p

全周切開まで終了すれば,ESDの8割が終了したと言ってよい.ここまでもってくるのが大変な作業であり,あとは剥離して一括切除するだけである.ITナイフを用いたESDの粘膜下層剥離は,サイド(側方)の剥離の意識が非常に重要である.前述した通り,剥離中心部を船の舳先のように(尖らせるように),外から内へ剥離していくことが基本であり(Figure 3-b~e),そのためにはサイドから長く剥離操作を続けるのではなく(long gain),サイドへの短い剥離操作(short gain)を繰り返して中心部を尖らせていくことがコツである.long gainしても,多くの場合で「面(壁)」が形成されてしまうため,剥離操作の「質」が上がらない.また,反転操作のみでは角度が合わず,サイドの剥離が難しいこともしばしば経験する.その際は,見下ろし操作で当該領域の剥離を少し追加することで,反転操作においてのサイドの剥離が可能になる.粘膜下層剥離のイメージとしては,両サイドの剥離→尖った中心部の剥離を繰り返して一括切除する.ITナイフのESDの粘膜下層剥離では,いかにサイドを適切に処理(剥離)できるかがポイントであることを認識する必要がある.

また大彎以外の部位であれば,半分以上の粘膜下層剥離が完了していれば,剥離された部分がめくれるようになるが,大彎病変は重力の影響によりめくれないことも少なくない.以前はトラクション法が広く認識されていなかったため,先端透明フードによるわずかな範囲のみのトラクションにて剥離を進めなければならず,剥離部分が覆い被さる中での粘膜下層剥離において,一度出血を来すと極めて困難な状況に陥った.そのため,可能な限り出血させないで剥離することが求められ,血管を視認し,必要に応じてプレ凝固を併用しながら剥離することが重要であった.トラクション法が汎用されるようになり 7)~9,粘膜下層剥離の際の視野は劇的に改善され,出血しても制御することはそれほど困難ではなくなったが,重力の影響により液体が貯留することは変わらないため,可能な限り出血させないことが非常に重要である.

出血が著明な病変では,最終段階において,遠位側の粘膜下層剥離を追加できていない(トリミングが進んでいない)状態であることもある.そのため,最遠位側の辺縁の粘膜下層にITナイフを引っかけて剥離を行うが,剥離開始点を誤ると,切れ込みの原因となるため,注意しながら剥離操作を進め,一括切除する.

Ⅴ おわりに

胃ESDは出血との戦いであり,出血を良好に制御できるかどうかが,スムーズに手技を完遂できるかのカギである.近位側アプローチ法は,出血点の視認性が向上し,出血制御が容易になるため,「ESDの質」を改善することで治療時間の短縮が可能になる.とくに,体部大彎病変・穹隆部病変などの困難症例では,全周切開を先に完成させるのではなく,近位側アプローチ法を適応することで,結果として「どハマリ」症例を軽減できる.また,昨今はチーム医療が叫ばれており,困難病変に対するときは,己の力量を正しく認識し,限界を感じたときにはさらなるエキスパートに交代するタイミングを逸してはいけない.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
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