2019 Volume 61 Issue 8 Pages 1569-1575
症例は71歳,女性.肝胆道系酵素上昇の精査加療目的に当院を紹介受診した.各種画像検査で下部胆管に腫瘤と胆管周囲のリンパ節腫大を認め,PET検査でFDGの集積があり,ERCPによる下部胆管狭窄部の擦過細胞診ではAdenocarcinomaが疑われた.下部胆管癌と診断し,幽門輪温存膵頭十二指腸切除術を施行した.摘出標本では乳頭部に15mm大の腫瘤を認めたが,組織学的には異型性の乏しい腺管の集簇が見られ,周囲には平滑筋・線維組織の増生を伴っておりAdenomyomatous hyperplasia(以下AMH)と診断された.
腺筋腫症性過形成(adenomyomatous hyperplasia:以下AMH)は組織学的に上皮と平滑筋の増殖を特徴とする疾患であり,胆嚢では比較的高頻度に見られるものの,下部胆管・十二指腸乳頭部に発生した報告例は比較的少なく,下部胆管癌との鑑別に難渋することが多い.今回われわれは,十二指腸乳頭部に発生し,下部胆管癌と術前診断し,手術を施行したAMHの1例を経験したため報告する.
患者:71歳,女性.
主訴:特記すべきことなし.
家族歴:特記すべきことなし.
既往歴:特記すべきことなし.
現病歴:2015年9月に近医の定期血液検査で肝胆道系酵素の軽度上昇を指摘されたが,無症状であり経過観察となっていた.2016年1月に再検したところ肝胆道系酵素が更に上昇していたため,精査加療目的に2016年2月に当院紹介となった. 初診時身体所見:身長:149.5cm,体重:42.8kg.血圧:166/81mmHgと高血圧を認めた.栄養状態は良好.眼球結膜や皮膚に黄染はなく,表在リンパ節は触知しなかった.腹部は平坦・軟で圧痛を認めず腫瘤を触知しなかった.
初診時検査所見:AST 125U/l,ALT 182U/l,ALP 786U/l,LDH 225U/l,LAP 165U/l,ChE 328U/l,γ-GTP 158U/lと肝胆道系酵素の異常を認めたが,T-Bil 0.5mg/dl,D-Bil 0.2mg/dlと黄疸はなかった.腫瘍マーカーはCA19-9 12.2U/ml,CEA 0.9ng/ml,AFP 2.0ng/ml,DUPAN-2 25U/ml以下と正常であった.
腹部造影CT検査(Figure 1):単純相で総胆管と肝内胆管のわずかな拡張が見られた.造影すると下部胆管から乳頭部にかけて軽度造影される領域があり,同部は早期相よりも門脈相の方が濃染されていた.
腹部造影CT検査(門脈相).
下部胆管~乳頭部にかけて軽度造影される領域を認める(矢印).
PET検査(Figure 2):肝門部のリンパ節と思われる小結節影に集積亢進(SUVmax=早期相:6.5,遅延相:6.66)と下部胆管にも集積亢進(SUVmax=4.09)を認めた.
腹部PET検査.
a・b:肝門部に小結節影集積亢進(SUVmax=早期相:6.5,遅延相:6.66)と下部胆管にも集積(SUVmax=4.09)を認める(矢印).
MRI:膵頭部に拡散強調像で高信号の腫瘤を認めた.また胆管周囲のリンパ節の腫大も認めた.
EUS(Figure 3):十二指腸乳頭部には11mm大の低エコーな腫瘤性病変を認めた.中部胆管の壁外に径1.2cm大のリンパ節腫大を2個認めた.主膵管は3.3mmと軽度拡張していたが,膵実質に腫瘤性病変は認めなかった.
超音波内視鏡検査.
下部胆管~十二指腸乳頭部に11mm大の腫瘤性病変を認める(矢印).
ERCP(Figure 4):十二指腸乳頭部には発赤や腫大は見られなかった(Figure 4-a).総胆管は径14mmと拡張しており,下部胆管で14mmに渡り陰影欠損が見られた(Figure 4-b).乳頭形態・下部胆管の陰影欠損ともに収縮期・弛緩期で形態変化はほとんどなかった.下部胆管狭窄部の擦過細胞診を施行した.
ERCP像.
a:Vater乳頭部には発赤や腫大は見られない.
b:総胆管は軽度拡張しており,胆管下部乳頭近くには陰影欠損を認める.
擦過細胞診(Figure 5):下部胆管狭窄部の擦過細胞診では核腫大した異型細胞が不規則な重積性集塊で出現しており,核分裂像も散見することからpositive・Adenocarcinomaと診断された.
擦過細胞診.
核腫大した異型細胞が不規則な重積性集塊で出現しており,核分裂像も散見する.
CT・MRI・EUSで下部胆管に造影される腫瘤像があり,胆管周囲にリンパ節腫大が見られ,どちらもPETで集積亢進を示したこと,下部胆管狭窄部の擦過細胞診の結果がpositive・Adenocarcinomaであったことから下部胆管癌と術前診断し,幽門輪温存膵頭十二指腸切除術を施行した.
摘出標本:肉眼的には,十二指腸乳頭部に15mm大の腫瘤を認めた.また胆管壁の壁肥厚は明らかではなかった.
病理学的検査所見(Figure 6):腫瘤を含めて切り出した部位では,異型性の乏しい腺管の集簇が見られ周囲には線維組織の増生を伴っていた.増生した筋線維はα-smooth muscle actin染色陽性であり,平滑筋の増生と考えられた.また,胆管から切り出した組織では核のやや腫大した腺管上皮が観察され,免疫組織学的に検討したところMIB-1陽性細胞が目立つ腺管も見られたが,腫瘍と考えるほどの異型性は明らかでなく炎症に伴う再生性の変化が疑われた.胆管壁ではリンパ球などの炎症細胞が軽度浸潤しており,一部で集簇していた.郭清したリンパ節にも悪性所見は認められなかった.
病理学的検査所見.
a・b:H.E.染色で異型性の乏しい腺管の集簇が見られ周囲には筋線維組織の増生が見られる.
以上のことから,十二指腸乳頭部AMHと最終診断した.
AMHは組織学的に上皮と平滑筋の増殖を特徴とする良性疾患である 1).胆嚢に生じた場合,胆嚢壁内にRokitansky-Ashoff洞の増殖を伴い,胆嚢腺筋腫症と呼ばれており比較的高頻度に見られる 2).しかし,総胆管や十二指腸乳頭部に生じたAMHは比較的少なく,中でも下部胆管から十二指腸乳頭部に生じたAMHの報告例は限られる.
本邦では下部胆管から十二指腸乳頭部に生じたAMHは自験例を含め,16例報告されている(医学中央雑誌1984年-2015年キーワード“adenomyomatous hyperplasia /adenomyomatosis and 十二指腸乳頭部/胆管”(会議録を除く),PubMedキーワード“adenomyomatous hyperplasia /adenomyomatosis and Duodenal papilla”)(Table 1) 1),3)~15).年齢は37-79歳(平均63歳)で男女比は3:1と男性に多い.発見動機は腹痛・腹部不快感を9例認め,発熱は3例,肝障害を7例に黄疸は4例に認めた(重複あり).
下部胆管~十二指腸乳頭部に生じたAMH報告例.
胆管造影が不成功もしくは施行しなかった例を除けば,下部胆管から十二指腸乳頭部に生じたAMHの本邦報告例は全例で下部胆管陰影欠損や不整像を認めている.自験例におけるERC像でも下部胆管から乳頭部にかけて14mmに渡る全周性の陰影欠損を認めた.下部胆管末端に突出する立ち上がり明瞭な隆起性病変が指摘された報告例 9)もあり,報告例のほとんどが,下部胆管癌や十二指腸乳頭部癌との鑑別が困難であったと述べている.
胆道造影以外の画像検査では,8例で腫瘤性病変が指摘されている.胆管AMHは造影CTで,造影効果を伴う腫瘤影または壁肥厚像を呈する場合が多いという報告がある 7).自験例においても造影CTでは下部胆管から乳頭部にかけて軽度造影される領域を認めたが,これらの所見は下部胆管癌でも見られる所見である.胆道造影やCTなどの画像診断のみで胆管AMHと胆管癌の鑑別は困難と考えられる.
下部胆管から十二指腸乳頭部に生じたAMHは,術前に確定診断がなされた報告例は極めて少なく,多くの症例が悪性腫瘍を疑って外科的治療が施行されている 4).術前に病理診断が可能で無治療もしくは経皮経肝胆道ドレナージ(percutaneous transhepatic biliary drainage:以下PTCD)の施行のみで軽快した例は3例あるが,その他13例では外科的切除が施行されている(Table 1).胆嚢AMHの場合はまれに腺癌や平滑筋肉腫が合併した報告は見られるが,胆管AMHの癌化例の報告は見られない 1).以上のことから,生検により胆管AMHの診断がつけば,外科的切除を要せず経過観察が可能と考えられる.自験例において,ERCP下に施行した擦過細胞診では核腫大した異型細胞が不規則な集塊状で出現しており,核分裂像も散見することから悪性細胞と判定し,Adenocarcinomaが疑われたため手術を施行した.後方視的に検討したところ,出現している細胞は比較的均一であり,手術標本の組織で見られたMIB-1陽性細胞が目立つ再生性の変化を伴った腺管上皮が擦過細胞診で出現していたと推定された.中山ら 5)は経皮経肝胆道鏡(percutaneous transhepatic cholangioscopy:以下PTCS)および直視下生検により,萱原ら 4)はPTCS下の生検やbrush cytologyを複数回にわたり施行することで,胆管AMHの診断に至り,外科的切除を施行せずに経過観察が可能であった症例を報告している.組織採取を前提とした内視鏡的乳頭切開術やPTCSによる直接生検は,確定診断のための1つのオプションとして考慮され 3),不要な外科的切除を回避出来る可能性があると考えられる.また,近年普及が始まっている高画質の経口胆道鏡(peroral cholangioscopy:以下POCS)や管腔内超音波検査法(intraductal ultrasonography:以下IDUS)も診断の一助となる可能性はあるが,広く普及しているものではない.本症例では画像診断と下部胆管狭窄部の擦過細胞診の結果から下部胆管癌と診断したため,直視下生検やPOCSによる生検を考慮することなく手術を施行した.正確な術前診断法の確立と共に,確定診断後の治療法の確立目的に,さらなる症例の蓄積を待ち詳細な検討が必要と考えられる.
下部胆管癌と術前診断し手術を施行した十二指腸乳頭部腺筋腫症性過形成の1例を経験した.本疾患は悪性疾患と術前診断されて手術を施行した症例の報告が多い.過大侵襲を防ぐためにも,今後正確な術前診断法の確立と共に,確定診断後の治療法の確立を目指す必要がある.
なお,本報告の要旨は第97回日本消化器内視鏡学会近畿支部例会で発表した.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし