2020 Volume 62 Issue 1 Pages 53-58
症例は83歳,男性.以前より完全内臓逆位を指摘されていた.上部消化管内視鏡検査で胃前庭部前壁に20mmの0-Ⅱc型早期胃癌,前庭部大彎に15mmの0-Ⅱc型早期胃癌,10mmの0-Ⅱa型早期胃癌を認めた.初回の内視鏡検査は左側臥位で行ったところ,前庭部に空気が溜まらず,体部に空気が流れ過送気となり噴門部小彎に粘膜裂傷が生じた.精査時,右側臥位にすることで,前庭部に空気が溜まり詳細観察が可能となった.ESD施行時は,患者の体位を右側臥位とし,術者および機器の位置を通常と反対側にすることで通常のESDと同様の動きで処置が可能であった.完全内臓逆位の前庭部病変の観察およびESDは患者体位,術者と機器の位置を工夫することで平易となった.
完全内臓逆位症は,3,000~10,000人に1人の割合で認められる先天異常で,心血管系や消化器系の合併奇形を伴うことが多い 1).本疾患が悪性腫瘍などを併存し外科的手術や内視鏡的処置を要する際には,解剖学的に制約が生じやすく処置が困難となることがある.今回,完全内臓逆位症に併存した前庭部の早期胃癌3病変に対し,右側臥位でESDを施行し,治療しえた1例を経験したので,本例における内視鏡検査時の注意点や,処置時の工夫などについて報告する.
患者:83歳,男性.
主訴:心窩部不快感.
既往歴:72歳時に左肺腺癌に対し手術施行.75歳時に前立腺癌に対しホルモン治療開始.81歳時にラクナ梗塞発症.
家族歴:特記すべきことなし.
現病歴:2017年9月に心窩部不快感のために上部消化管内視鏡検査を施行したところ,前庭部前壁に境界明瞭な発赤調の20mm大の陥凹性病変を認めた.生検でGroup 5(高分化管状腺癌)と診断されたため精査目的に受診した.
初診時現症:身長157.0cm,体重:56.3kg,血圧:120/58mmHg,脈拍:58/分,整,体温:36.1度,眼瞼結膜に貧血なし.眼球結膜に異常なし.心音整.呼吸音清.腹部は平坦,軟で圧痛なし.
初診察時血液・尿検査所見:末梢血の血算・生化学検査,尿検査にはいずれも異常を認めなかった.腫瘍マーカーはCEA 5.0ng/ml,CA19-9 26U/mlと基準値範囲内であった.
腹部造影CT所見:腹部臓器の逆位を認めた.リンパ節転移や遠隔転移は認めなかった.
上部消化管内視鏡検査:初回の心窩部不快感の検査目的の内視鏡検査では通常通り左側臥位でスコープを挿入した.左側臥位では胃体部の空気伸展は良好であり観察可能であったが,前庭部は空気伸展が不良であった(Figure 1-a).前庭部前壁に病変を認め,詳細観察を行うために送気を続けたが,前庭部は常に伸展不良で,体部が過伸展となったため噴門部小彎粘膜に裂傷が生じた.自然止血をえたが,それ以上の観察は行わず検査終了となった.
上部消化管内視鏡検査所見.
a:内臓逆位症例の左側臥位での前庭部観察.
送気しても前庭部は拡張せず,詳細観察は困難であった.
b:右側臥位での前庭部観察.
送気すると通常通り前庭部は拡張し,詳細観察が可能であり,左側臥位では認識できなかった病変を認めた.
精査内視鏡時は,通常通り左側臥位で胃内までスコープを挿入し,スコープが胃内に入った時点で右側臥位に体位を変換し,内視鏡周辺機器も対側に配置を換え,前庭部の観察を行った.右側臥位では前庭部の空気伸展が良好であり詳細観察が可能であった(Figure 1-b)(電子動画 1).初回検査で指摘されていた前庭部前壁の病変は,20mm大の境界明瞭な辺縁隆起を伴う発赤調の不整形な陥凹性病変であった.初回検査では空気伸展不良のため観察できなかった前庭部大彎に15mm大の境界明瞭な発赤調の不整形な陥凹性病変と,10mm大の境界明瞭な同色調の表面平滑な隆起性病変を認めた.生検結果はいずれもGroup 5(高分化管状腺癌)であり,前庭部前壁0-Ⅱc型早期胃癌,前庭部大彎0-Ⅱc型早期胃癌,前庭部大彎0-Ⅱa型早期胃癌,深達度は3病変とも粘膜内癌(M)と診断した(Figure 2-a~c).以上の所見より内視鏡的治療の適応病変と判断しESDを施行した.
電子動画1
上部消化管内視鏡検査所見.
いずれもインジゴカルミン散布で右側臥位での撮影.
a:前庭部前壁に20mm大の境界明瞭な辺縁隆起を伴う不整形な陥凹性病変を認める.
b:前庭部大彎に15mm大の境界明瞭な不整形な陥凹性病変を認める.
c:前庭部大彎に10mm大の境界明瞭な表面平滑な隆起性病変を認める.
ESD:治療上の問題として,出血・穿孔などの偶発症とともに,患者の体位,周辺機器の配置,3病変の切除の順番について術前に検討した.前庭部の空気伸展と術中の胃内容物の逆流を考慮し,術中の患者体位は右側臥位とした.また内視鏡操作を通常と同じようにするために術者・介助者・機械の配置をすべて左右逆配置とした(Figure 3).鎮静はmidazolamとpentazocineを使用した.周囲マーキングのスコープはGIF-H260Z(Olympus)を使用した.手術開始時にはスコープは左側臥位で挿入し,誤嚥を防止するためにオーバーチューブを留置後に右側臥位へと体位変換した.その後,術者・介助者・機械の配置変換をした.
ESD時のレイアウトと配置.
通常とはすべて左右対称となっている.
ESDに使用したスコープはGIF-2TQ260M(Olympus),先端アタッチメントを装着し,処置具はDualKnife J 2.0mm(Olympus),太い血管に対してはCoagrasper 4mm(Olympus)を使用した.局注液はヒアルロン酸とグリセリンを使用した.切除の順番は,先に前庭部大彎に病変を切除してしまうと,その後の処置でESD後潰瘍にスコープのシャフト部が接触し,筋層に負荷をかけてしまうことが危惧されるため肛門側に存在する病変から切除した.
右側臥位で,術者も通常とは逆の位置に立って処置しているため,スコープ操作や重力方向の考えは通常のESDと同様であり,良好な視野で筋層損傷や穿孔なく切除しえた.次に前庭部大彎の幽門輪側にある病変のESDを行った.この病変の処置中に過鎮静により呼吸抑制を来したため,安全性を優先し3病変目は二期的切除とした.治療後,後出血(定義は吐下血のため緊急内視鏡を要したもの,輸血を行ったもの,Hb 2g/dl以上の低下を認めたもの 2))は認めず,術後6日目に退院となった.2カ月後に再度入院し,残りの前庭部大彎の病変も同様にESDを行い,問題なく処置を終了した.
切除標本病理所見:①前庭部前壁0-Ⅱc:tub1,pT1a,UL0,HM0,VM0,Ly0,V0,病変径20×16mm,eCura A.②前庭部大彎0-Ⅱc:tub1>tub2,pT1a,UL0,HM0,VM0,Ly0,V0,病変径12×9mm,eCura A.③前庭部大彎0-Ⅱa:tub1,pT1a,UL0,HM0,VM0,Ly0,V0,病変径13×11mm,eCura Aであった.2回目のESD後12カ月経過し,内視鏡所見では再発は認めていない.
内臓逆位症では,消化器癌の合併が報告されており,特に胃癌が最も多く報告されている 3),4).治療の報告が多いのは腹腔鏡補助下胃切除術であり,鏡面構造を理解して,3DCTでの血管構築で血管走行を把握することや術者の立ち位置を通常と逆とすることなどの工夫が行われている 5).
一方,ESDでの報告は治療手技に関して詳細に報告しているのは胃体部病変の阿曽沼らの報告 6),残胃癌の森山らの報告 7)と前庭部小彎病変のMiyaokaらの報告 8)がある.阿曽沼らは,左側臥位のまま体部病変に対するESDを行い,重力方向が逆のため体部小彎における剝離病変の口側への反転や,血液の流れる方向が逆位胃特有であったが,処置の妨げにはならなかったと報告している.森山らは残胃の体部小彎の病変に対するESDを右側臥位で,人員と機器の配置を通常と逆にして行っていた.これは重力方向を考慮したセッティングであり,通常と同じ感覚で処置が行えると考えられた工夫である.Miyaokaらは前庭部小彎病変に対するESDを,左側臥位では重力の影響のため血液などが溜まり視野が妨げられるため,右側臥位で行い,視野を確保した.この報告ではinverted tubeを使用することで術者や内視鏡周辺機器を移動させることなくESDを行うことが可能であったと報告している.
内臓逆位の胃では体部は左側臥位でも空気伸展が良好であるが,前庭部は伸展しにくく,体部へ空気が流れてしまう.このため,本症例の初回検査時は,通常よりも少量の送気で体部は伸展し観察は可能であったが,前庭部病変を観察しようとした時に前庭部が伸展せず,過送気となり噴門部小彎に粘膜裂傷を生じさせた.そのため内臓逆位の前庭部を伸展させて観察するためには右側臥位が有用であり,本症例でも右側臥位で観察することで他に2病変の早期胃癌を発見することができた.右側臥位での検査および治療は慣れない体位であるためやや工夫が必要である.初めから右側臥位で挿入する場合,術者が通常の立ち位置で行うと患者は術者の対側を向いていることになり,口へのアプローチが困難となる.術者が通常とは逆の位置へ移動すれば右側臥位の患者の正面に対することができるが,通常と逆に術者の右側にスコープを挿入していくことになるため,この方法では,咽頭から食道入口部を越える操作がやや難しくなり,無理な操作は食道入口部の穿孔などの危険が伴うものと考えられる.通常通りに挿入し,途中で体位変換する場合は胃に入るまでのスコープ操作は通常と同じであるが,体位変換時に嘔吐や咳嗽反射を誘発する危険がある.そのため,この方法をとる場合は,事前に患者によく説明し,声掛けを行いながら体位変換する必要がある.鎮静下で体位変換する場合はオーバーチューブが有用であり,本症例ではESD施行時は鎮静下で通常通り左側臥位で挿入し,オーバーチューブを留置した後に右側臥位に体位変換し,人員および機器も通常と逆の位置に移動した.この方法はスコープ挿入に関する問題も,体位変換時の誤嚥に関する問題も解決することができる.しかし,先端アタッチメントを装着して挿入する場合は,食道入口部の視野が確保できるため,体位変換や機器の移動の負担を考慮すると初めから右側臥位で挿入してもリスクとならない可能性もあると考えられる.また,inverted overtubeを使用することも安全にESDを行う工夫となると考えられるが,屈曲したovertubeとスコープがやや干渉する問題もあると考察されている 8).
ESDに関しては術者の右手の手元からスコープは通常と逆の右側に流れていることになるが,スコープを把持する位置は術者にほぼ垂直になっている位置であるためスコープ操作をするのに違和感や操作不良感はなかった.また,右側臥位にすることで通常の内臓逆位症のない症例での左側臥位時の重力方向と同じになり,液体の流れは体部方向となるため前庭部病変のESDでは右側臥位で行うことで水没することなく視野の確保ができた.また送気で胃を伸展・収縮させる感覚も通常のESDと同じであった.
右側臥位でのESDの有用性は内臓逆位では無い症例でも報告があり,右側臥位で行うことで胃粘膜とナイフの距離が近づくことと,ナイフの筋層との角度が垂直からやや水平に変わることで安全性が高まるとされている 9).
内臓逆位症の前庭部の観察は右側臥位での観察が有用であり,さらに内臓逆位症に併発した前庭部の早期胃癌に対する内視鏡治療は右側臥位が有用であった.
内臓逆位症に併発した前庭部の早期胃癌に対する内視鏡治療は右側臥位で行うことで,前庭部がよく伸展し視認しやすく,液体の貯留も防止でき,スコープの動きも通常と同じ感覚で行うことが可能であった.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし