GASTROENTEROLOGICAL ENDOSCOPY
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SWELLING OF THE PAROTID GLAND AND CERVICAL REGION AFTER UPPER GASTROINTESTINAL ENDOSCOPY
Yasuyuki SHIRAI Yoshihiro KINOSHITATatsuya KOHMOTOMichitaka KAWANOAyako NAKAMURAToshiyuki OHISHIKatsunori HARADATomoharu YOSHIDA
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2020 Volume 62 Issue 10 Pages 2293-2297

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要旨

上部消化管内視鏡検査後に両側または片側の耳下腺部から頸部の腫脹が認められることがまれにある.われわれが経験した7例は1例が両側性,6例は左側の発症であった.いずれも経口内視鏡後の発症で,6例は無鎮静であり,DBERCP(Double balloon ERCP)後の1例は鎮静下での内視鏡であった.2例は以前にも同様の腫脹の経験があった.6例は疼痛なく,1例は腫脹部の軽度の疼痛があった.6例は約1時間で改善したが,1例は消失まで半日程度かかった.単純X線検査を施行した2例で空気の貯留は見られず,CTを施行した1例より耳下腺部の腫脹と診断した.上部消化管内視鏡後に一過性に起こる耳下腺部・頸部の腫脹自体は無害であり自然に改善するが,本疾患の知識は内視鏡医にとって重要であると考え報告する.

Ⅰ 緒  言

経口の上部消化管内視鏡(EGD:Esophagogastroduodenoscopy)の後に耳下腺部・頸部の腫脹が認められることがある.2000年以前に症例報告を散見するが近年その報告は非常にまれである.当院で経験した耳下腺部・頸部の腫脹について報告する.

Ⅱ 症  例

症例1︰40歳台女性.検診でEGD施行.検査時間は約5分であった.腫脹は疼痛を伴わず左右両側の耳下腺部であり,約1時間で消失した.

症例2:40歳台女性.検診EGDを5年連続で施行されている.2回目,4回目,5回目の内視鏡で左耳下腺部の疼痛のない腫脹があった.いずれも1時間程度で腫脹は消失した.

症例3:50歳台女性.二次検診でEGD施行し,左耳下腺部に軽度痛みを伴う腫脹を認めた.施行時間は約5分で施行医は症例1と同じ医師であった.年に数回,食後などに同部位の腫脹があり,耳鼻科受診するも原因不明と言われていた.左耳下腺部の腫脹がある際には軽度痛みを自覚している.これまで他院でEGDは数度経験あるが内視鏡後の同部位の腫脹は初めてとのことであった.胃潰瘍あり,2カ月後に治療効果判定のEGDを施行したが腫脹は生じなかった.

症例4:30歳台女性.検診でEGD施行.左側に無痛性の耳下腺部腫脹を認めた.これまで数度内視鏡の経験あるが同部の腫脹は初めてであった.

症例5:70歳台男性.200X年 胃がん術後.年1回のEGDを鎮静なしで施行されていた.200X+10年 遠位胆管癌に対して手術後に吻合部再発ありDBERCPを2回施行しているが,これまで頸部の腫脹を自覚・指摘されたことはなかった.今回DBERCPによりメタリックステント留置した.ミダゾラムを用いて意識下鎮静での処置であったが処置の終盤に鎮静が覚めかかっており左頸部が腫脹したことを患者自身が自覚していた.検査後,施行医が頸部の腫脹に気づき,触知したところ弾力のある腫瘤であった.直ちにX線で撮影を行ったが明らかな空気の貯留はなかった(Figure 1).徐々に腫脹は縮小していき,12時間後にわずかに腫脹は残っていたが24時間後には完全に消失した.

Figure 1 

症例5.

a:DBERCP直後.左頸部に腫脹あり.弾性のある腫瘤を触知した.痛みはなかった.

b:レントゲン撮影を行ったが明らかな空気の貯留は指摘できなかった.

c:翌日の夕方には腫脹は改善していた.

症例6:50歳台女性.検診のEGD後に症状ないが左頸部を触ったところ腫れているのを自覚した.押さえるとやや弾力があり圧迫による消失はなかった.X線写真を施行したが空気の貯留は指摘されなかった.

症例7:30歳台女性.検診でEGD施行.内視鏡後に痛みを伴わない左頸部の腫脹を認めた.弾性硬であり圧迫により縮小しなかった.これまで経口内視鏡4回施行されているが初めての経験であった.直ちにCT施行し,耳下腺のびまん性腫脹と診断した.空気の貯留は認めなかった.1時間後には腫脹は消失していた(Figure 2).

Figure 2 

症例7.

a,b:30歳台女性.健診でEGD施行.内視鏡後に痛みを伴わない左頸部の腫脹を認めた.

c,d:左耳下腺のびまん性腫脹を認めた.空気の貯留はなかった.

7例9回のまとめを表に示す(Table 1).5例は,空気送気で行い,症例5・症例7は二酸化炭素送気であった.4回は同じ医師が経験しており,2例経験した医師が2人であった.

Table 1 

経験した7例9回の耳下腺部・頸部の腫脹のまとめ.

Ⅲ 考  察

今回上部消化管内視鏡検査に伴う耳下腺部・頸部の腫脹の7例を経験した.その原因として,Compton嚢,耳下腺の腫脹,顎下腺の腫脹が報告されている 1.Compton嚢は咽頭部の発生に関与する鰓溝の遺残によって生じた嚢内に,嘔吐反射などにより空気が圧入されて生じる腫脹とされており,最初の観察者R. J. Comptonの名前をとってCompton嚢(comptonʼs pouch)と報告されている 1),2.その発生は第4週から5週に神経管の完成に伴い鰓弓は6つに分かれ,各鰓弓の間にくぼんだ溝(鰓弓性瘻孔)が出現する.第1鰓弓性瘻孔は外耳道へと発育するが,第2から第4鰓弓性瘻孔は正常に発育すれば消失する.第2鰓弓性瘻孔は咽頭口蓋窩に交通しており,第3と第4鰓弓性瘻孔は梨状窩に開口しており梨状窩瘻とも呼ばれ左側に多いと報告されている 3)~5.Compton嚢は第4鰓弓性瘻孔の遺残もしくは第2鰓弓性瘻孔から生じるという説がある 1.また今野らは第2鰓弓,第3鰓弓の遺残瘻孔,嚢胞に空気が注入され腫脹が生ずると記載しており定まっていない 3

顎下腺の腫脹については,内視鏡検査中の顎下腺の偏移,導管の舌筋による一時的圧迫,内視鏡の刺激により唾液の分泌亢進により起こることが推測されている 1),3.耳下腺の導管の圧迫閉塞は解剖学的には説明困難であり,内視鏡によるストレスと唾液分泌刺激,抗コリン薬の作用が一緒となって,腺房細胞で作られた唾液成分の末梢導管への排出抑制の可能性が示唆されている 3.鑑別として,Compton嚢は柔らかく 1),6,耳下腺の腫脹は弾力があると報告されている 1.われわれの経験した症例はいずれも解剖学的に顎下腺は否定的であった.症例1-4は強く押さえていないため弾性は不明でありCompton嚢と耳下腺の腫脹の鑑別は困難であるが,症例5-6は弾力があり単純X線検査で空気の貯留は指摘されず耳下腺の腫脹と考える.症例7は耳下腺の腫脹をCTで証明した初めての報告である.

医学中央雑誌で「Compton嚢」で検索した結果,5報告のみであり,その4つは会議録であった(Table 2).女性に多く,両側の症例もあるが左側に発症した症例が多く,右側のみの症例の報告がないのはわれわれの報告と同じであり興味深い.左に多い理由は左側臥位で左梨状窩より挿入される頻度が高いため左の嚢に空気が入りやすいためか,梨状窩瘻が左に多いためか,左側からの挿入により左耳下腺が刺激されやすいためなのかは明らかでなく今後の報告を待ちたい.既報は画像診断されておらず,Compton嚢の報告の中に耳下腺腫脹が含まれている可能性はあると思われる.

Table 2 

上部消化管内視鏡後耳下腺部・頸部の腫脹の既報のまとめ.

また医学中央雑誌で「上部消化管内視鏡」「耳下腺腫脹」で検索した結果,2例の会議録のみであった 10),11.高相ら 11は4例のうち1例は両側,2例は右側,1例は左耳下腺腫脹と右側にも経験している(Table 2).

発生頻度は丸山らは6,000回の内視鏡で3回,0.05%と報告している 1.われわれは当院48,000例の上部消化管内視鏡で9回の発症であり0.019%であった.しかし施行医に偏りがあり,4例経験した医師が1名,2例経験した医師が2名であった.4例経験した医師は内視鏡経験の豊富な医師であり技術的に問題ないと考えているが,咽頭部の観察を入念に行っていた.経鼻内視鏡で発生した症例がないこと,意識下鎮静を行わずに内視鏡を行った症例がほとんどであり,嘔吐反射が発症に関与しているのは間違いないであろう.また2例は患者自身が同様の耳下腺部・頸部の腫脹を以前に経験しており腫脹を再発しやすい素因があると考えられる.

症状は6例中5例は無症状で発赤や圧痛はなかった.1例は腫脹部位に軽度疼痛を認めるのみであり既報の症例も痛みはなかった.

経口内視鏡後の耳下腺部・頸部の腫脹は,同様の経験をした医師も多数おられ,報告こそ少ないが決して稀有な状態ではないと思われる.また特別な治療は必要とせず改善する状態であり,そのようなことが起こりうるという知識が医療者および患者にとって重要と考える.また今後その病態が解明していくことを望む.

Ⅳ 結  語

上部消化管内視鏡後に一時的に左側または両側の腫大が見られることがあり,偶発症の一つとして念頭にとどめておく必要がある.

謝 辞

今回耳下腺部・頸部の腫脹の知見についてご教授いただいた防府胃腸病院 岡崎幸紀先生に深謝申し上げます.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
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