2020 Volume 62 Issue 12 Pages 3049-3056
症例は59歳,男性.房室伝導障害に対してペースメーカー植え込み術を施行された6年後,人間ドックにて偶発的に上~中部食道の静脈瘤(F1,Cw,RC1(CRS))が確認された.造影CTでは右内頸静脈の拡張と,右内頸静脈から右腕頭静脈にかけて長径7cmの血栓,奇静脈から上大静脈流入部までの血管拡張,上大静脈の狭小化を認めた.ペースメーカー植え込み術後の上大静脈症候群により発症したdownhill esophageal varices(DEV)と診断した.血流うっ滞の改善を期待し,血栓の溶解を目的としてリバーロキサバンによる抗凝固療法を開始した結果,右内頸静脈血栓の縮小と静脈瘤の改善を認めた.DEVは稀な疾患で,治療については一定の見解はない.今回,抗凝固療法にて静脈瘤の改善を認めた稀な1例を経験したので報告する.
食道静脈瘤の多くは門脈圧亢進症に伴い下部食道に発生し,その血流は上行性であるが,上大静脈閉塞時には門脈圧亢進を伴わず静脈瘤が発生することがある.この場合,側副血行路として発生する食道静脈瘤は上部食道から出現しその血流は下行性であるため,1964年にFelsonらによってdownhill varicesと命名されている 1).今回われわれは,ペースメーカー植え込み術後の上大静脈症候群に伴い発生したdownhill esophageal varices(DEV)に対して,血流うっ滞の改善を期待して血栓の溶解を目的にリバーロキサバンにて抗凝固療法を行い,静脈瘤の改善を認めた稀な1例を経験したので報告する.
症例:59歳,男性.
主訴:食道静脈瘤の精査目的.
既往歴:6年前に,心房粗動に対してカテーテルアブレーション,房室伝導障害に対してペースメーカー植え込み術が施行された.以後,6カ月おきにペースメーカー外来に通院されていたが抗凝固薬含め内服はなかった.
現病歴:2017年7月に施行した当院の人間ドックの上部消化管内視鏡にて未指摘の食道静脈瘤が確認され,8月に精査加療目的に当科を紹介受診した.
初診時現症:身長170.6cm,体重61.3kg,体温36.5℃,血圧174/108mmHg,脈拍60/分.右外頸静脈と胸腹壁静脈の怒張を認めた.
初診時血液検査所見:末梢血液検査,生化学検査に特記事項を認めなかった.凝固検査ではD-dimerが2.1μg/mlと軽度上昇を認めるのみであった.
上部消化管内視鏡検査所見:切歯列22cmから30cmに複数の静脈瘤を認めた(F1,Cw,RC1(CRS)).30cmより肛門側は静脈拡張のみで静脈瘤を認めなかった(Figure 1).
上部消化管内視鏡検査所見(初診時).
(a:切歯列22cm),(b:切歯列25cm):切歯列22cmから30cmに複数の静脈瘤を認めた.22cmの位置にはcherry red spot(矢印)を認めた.F1,Cw,RC1(CRS).
造影CT検査所見:右内頸静脈の拡張と右内頸静脈から右腕頭静脈にかけて長径約7cmの紡錘状の血栓を認めた.上大静脈の狭小化を認めた.ペースメーカーのリード線は左鎖骨下静脈より挿入されており先端は右房,右室内に位置し内頸静脈血栓とは接してはいなかった.食道周囲に蛇行する血管の密在,食道壁内の静脈瘤,奇静脈から上大静脈流入部まで拡張を認めた(Figure 2).
造影CT検査所見.
a:上大静脈の狭小化(矢印),奇静脈系の拡張を認めた(矢頭).
b:右内頸静脈から右腕頭静脈にかけて長径7cmの血栓(矢印),食道周囲の蛇行する血管の密在を認めた(矢頭).
頸部血管超音波検査所見:右内頸静脈内に長径7cm,短径2cmの紡錘状の血栓を認めた.表面は平滑,内部は不均一で,可動性は認めなかった(Figure 3).
頸部血管超音波検査所見.
右内頸静脈内に紡錘状の血栓を認めた.表面は平滑,内部は不均一で,可動性は認めなかった.
腹部超音波検査:肝臓に腫大や萎縮を認めず.辺縁は鋭角で,表面は平滑.門脈血流は求肝性.脾腫や腹水を認めなかった.
超音波内視鏡検査所見(Olympus,UM-20R):粘膜下層内に静脈瘤を示す管腔像を認めたほか,貫通血管,並走及び壁在傍食道静脈を認めた(Figure 4).
超音波内視鏡検査所見.
粘膜下層内に静脈瘤を示す管腔像(矢頭)を認めたほか,貫通血管(矢印),並走及び壁在傍食道静脈を認めた.
経過:血液検査や画像検査より,肝硬変やその他の門脈圧亢進をきたす疾患は否定的であった.ペースメーカー植え込み術後であり,身体所見では,5年ほど前から外頸静脈や胸腹壁静脈の怒張を認め,徐々に顕在化し,CTでは上大静脈の狭小化を認めたことから,これまで上部消化管内視鏡検査の施行歴はなく,発生時期は不明であるものの,上大静脈症候群に伴い発生したDEVと診断した.
右内頸静脈血栓に関して,抗カルジオリピン抗体やプロテインS,プロテインCを含め血栓性素因の検索を行ったが明らかな異常は認めなかった.同様の既報から,ペースメーカーのリード線が上大静脈症候群を引き起こし,血流うっ滞に伴い血栓が形成されたと考えられた.循環器内科,心臓血管外科と相談のうえ,侵襲性を考慮しリード線の除去や血栓除去,血行再建は行わず,患者のインフォームドコンセントを得たうえで,リバーロキサバン15mgによる抗凝固療法を開始した.加療後初回の5カ月後のCT,頸部血管超音波検査では上大静脈の狭窄は著変を認めないものの血栓の著明な縮小を認め(Figure 5),加療1年後の上部消化管内視鏡検査では形態はF1のままであったが静脈瘤の径は細くなり初診時に認めたRC所見も消失した(Figure 6).以降,加療1年5カ月後のCTでは奇静脈の拡張,上大静脈の狭窄及び内頸静脈の血栓は不変で,右外頸静脈と胸腹壁静脈の怒張は依然見られ,抗凝固療法を継続し経過観察中である.
造影CT(抗凝固療法開始5カ月後).
血栓の著明な縮小を認めた(矢印).
上部消化管内視鏡検査(抗凝固療法開始1年後).
静脈瘤の径は細くなり,RC所見も消失した.
通常の食道静脈瘤は下部食道から見られるが,上大静脈閉塞時に門脈圧亢進を伴わずに上部食道から静脈瘤が発生することがあり,その血流は下行性であるため,1964年にFelsonらによってdownhill varicesと命名された 1).
DEVの出現部位は上大静脈の閉塞部位によって異なる.上大静脈閉塞が奇静脈・半奇静脈開口部より末梢の場合,食道静脈叢は奇静脈へ流れるので,腕頭静脈→下甲状腺静脈→上部食道静脈叢→奇静脈・半奇静脈→上大静脈という血流で上部食道に限局する静脈瘤が出現する.上大静脈閉塞が奇静脈・半奇静脈開口部より中枢側の場合,食道静脈は門脈へ流れるので,腕頭静脈→下甲状腺静脈→全食道静脈叢→左胃静脈→門脈→下大静脈という血流で,全食道に静脈瘤が出現する.本症例では,ペースメーカー埋め込みを契機として奇静脈・半奇静脈の末梢側での上大静脈の狭小化が惹起され,腕頭静脈,下甲状腺静脈を経由し上部食道静脈叢を側副血行路として上部~中部食道に限局する静脈瘤を形成したと考えられた(Figure 7).
本症例の図式(赤矢印は血流).
医学中央雑誌にて「downhill esophageal varices」,「downhill varices」,「下行性食道静脈瘤」をキーワードに1980年~2020年の期間内で検索したところ,本症例を含め本邦のDEVの18症例を確認した(Table 1).原疾患は肺癌 3),6),9),10),12),血管Behçet病 4),7),8),11),13),14),縦隔腫瘍 5),甲状腺癌 2),特発性線維性縦隔炎 17),舌癌縦隔転移 10),甲状腺腫 16)があげられる.ペースメーカー植え込み術に伴うDEVの報告も見られた 18).しかしながら,抗凝固薬によりDEVの改善を認めた報告は,海外では1例見られているが 19),本邦ではこれまでになく,本例が初めてである.
Downhill esophageal varicesの本邦報告例(青木ら 17)より引用.一部加筆・変更).
通常の門脈圧亢進に伴う食道静脈瘤の出血のリスクに関して,治療の適応は出血例,出血既往例,待機例ではF2以上またはF因子に関係なくRCsign陽性例とされているものの 20),DEVの治療の適応については,これまでの報告からも一定の見解はなく,出血リスクに関しても,出血例の報告においてはRCsignを認めている報告が多いことからも,通常の静脈瘤に準じ考慮せざるを得ないものと思われるが,肝硬変症例と異なり凝固能は通常保たれていること,食道下部と異なり酸逆流の影響は少ないこと,その長さも短いことから自然止血例も散見され出血のリスクは低いものと推測されており 21),待機的な観血的治療に関してはより慎重に考慮すべきであろう.
治療法に関しては,原疾患に応じて腫瘍の化学放射線療法や切除 22),23),全身性血管炎に対するステロイドやDapsonの投与 24)などが行われ,静脈瘤の消退を認めたとする報告がある.静脈瘤そのものに対する内視鏡的治療も試みられているが,Tsokosらは,DEVに対して内視鏡的硬化療法を施行後に硬化物質(cyanoacrylate)による肺塞栓をきたして死亡した症例を報告しており,上部~中部食道にかけての静脈瘤に対する硬化療法は危険性の高い手技であると述べている 25).DEVからの出血は緊急治療適応と考えられるが,Hamidらは,DEVからの出血に対して内視鏡的静脈瘤結紮術を施行し安全に止血が得られた例を報告している 26).主に欧米報告例を対象とした稲田らの検討では約16%に 2),今回検討した本邦報告例では22.2%(18例中4例)にDEV出血が認められた.
ペースメーカー植え込み術と上大静脈症候群との関連については多くの報告があり,ペースメーカー植え込み術後患者の30%に無症候性の上大静脈症候群を認めるという報告もある 27).一方,症候性の上大静脈症候群は稀で,植え込み術を受けた患者の0.5%未満にとどまる 28),29).本症例は,右外頸静脈や胸腹壁静脈の怒張などの身体所見を認めた.静脈閉塞を起こす要因として複数のリード,エストロゲンの使用,静脈血栓の既往,一時的ペースメーカーの使用の既往などのほか 30),植え込み前の長い臥床期間,高血圧症,虚血性心疾患などの基礎疾患合併例などもあげられているが 31),DEVの報告例は見られずDEV自体のリスク因子,相関は解析できなかったものの,その頻度から植え込み後に抗凝固療法が施行されるべきかは議論の余地がある.
また,本症例では右内頸静脈から右腕頭静脈に巨大な血栓を認めた.上肢・頸部・上大静脈の血栓形成は深部静脈血栓症全体の10%を占め,発生頻度は1万人に0.4~1例である 32)~34).主な原因は医原性で,症例の80%が中心静脈カテーテル,ペースメーカーや植え込み型除細動器のリード線留置によるものとされている 35).Stoneyらはペースメーカー植え込み術を施行した患者の44%に静脈血栓を認めたと報告している 36).血栓形成の機序としては,リード線の機械的刺激に起因する血管壁の炎症や血流うっ滞の関与が考えられている 27).本症例ではリード線と巨大血栓は接していなかったが,リード線周囲に炎症や微小血栓が惹起され上大静脈の狭小化をきたし上大静脈症候群を生じ,血流うっ滞により末梢に巨大な血栓を生じたと推察された.血栓溶解を目的にリバーロキサバンによる抗凝固療法を導入したところ,上大静脈の狭窄及び奇静脈系の画像所見は加療前後でほぼ不変であったが,右内頸静脈血栓の縮小及びDEVの改善が得られた.画像上は明らかではなかったが,ペースメーカーリード線周囲の微小血栓や上大静脈の壁在血栓が抗凝固療法にて一部溶解した可能性も推測された.今後の内服継続期間に関しては,他の深部静脈血栓に準じ血栓の消失までが望ましいと思われるが,同様の報告がなく今後の更なる症例の集積が望まれる.
ペースメーカー植え込み術後の上大静脈症候群に伴うdownhill esophageal varicesに対して,血栓の溶解による血流うっ滞の改善を目的にリバーロキサバンによる抗凝固療法を導入し,血栓の縮小と静脈瘤の改善を認めた症例を経験した.downhill esophageal varicesは稀な病態であるが,発見した際には静脈瘤に対する治療のみならず,背景原因検索を行い,原疾患に対する治療介入を考慮することが重要である.
なお,本例は第162回日本消化器内視鏡学会東北支部例会(仙台)において発表した.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし