2020 Volume 62 Issue 12 Pages 3085-3089
上部消化管の色素内視鏡において頻繁に用いられるのはインジゴカルミンとルゴールである.インジゴカルミンは胃や十二指腸のような円柱上皮に覆われている消化管で用いられ,細胞表面や細胞内物質と化学反応を起こさず,粘膜の凹凸が強調されることにより微細な変化を認識しやすくする,いわゆるコントラスト法である.そのため粘膜表面の粘液をしっかり落として,丁寧に撒布することが肝要である.ルゴールはヨウ素(ヨード),グリセリンなどを含んだ液体で,ヨウ素と正常食道扁平上皮に含まれるグリコーゲン顆粒によりヨウ素―でんぷん反応が起こり褐色を呈するが,食道癌はグリコーゲン顆粒を持たないため発色せず,その差異により食道癌を認識しやすくする染色法である.まだら食道症例においては撒布後数分ぐらいで癌部は桃色を呈する,いわゆるpink color signが癌と非癌の鑑別に有用である.
近年,画像強調内視鏡(IEE:Image Enhanced Endoscopy)と言う言葉が人口に膾炙している.この言葉を聞くとNBI(Narrow Band Imaging)やBLI(Blue Laser Imaging)などの狭帯域特殊光を使ったものを想像される方も多いと思う.しかし,これらはあくまでもIEEの一部でありIEEはこのような狭帯域特殊光やそれらを併用した拡大内視鏡だけでなく,従来行われてきたインジゴカルミンやヨード,トルイジンブルーなどの色素を用いた色素内視鏡もIEEに含まれる 1).このような色素内視鏡は狭帯域特殊光とは異なり通常内視鏡を用いて簡便に施行することができるIEEである.今回色素内視鏡のうち,上部消化管内視鏡検査において比較的頻繁に用いられるインジゴカルミンとヨード(ルゴール)について解説する.
インジゴカルミンは食品衛生法上「青色2号」と言われる青色の着色料である.胃や十二指腸のような円柱上皮に覆われている消化管で用いられ,細胞表面や細胞内物質と化学反応を起こさず,粘膜の凹凸が強調されることにより微細な変化を認識しやすくする,いわゆるコントラスト法である.そのため化学的変化を起こす染色法と異なり,洗浄することにより除去することが可能である.当院においては上部消化管に対しては0.2%,下部消化管に対しては0.4%の溶液を用いており,撒布用のチューブは用いず鉗子孔より用手にて撒布している.以下にインジゴカルミンを使用するにあたり注意している点を述べる.
1.撒布する前に良く洗浄をする.胃粘膜には粘液が付着しており,そのまま撒布すると粘液に付着してしまいコントラストが付かない(Figure 1-a).そのため撒布する前には病変及び周囲をしっかり洗浄することが大事である.洗浄にはガスコンⓇ含有水を用いるが,粘液の付着が強固な時や最初から病変の存在が明らかな場合にはガスコンⓇだけでなくプロナーゼⓇも追加している.洗浄の際は直接病変に当てると出血するので周囲から病変に流れるように洗浄する(Figure 1-b).
a:洗浄前にインジゴカルミンを撒布すると粘液に色素が付着する.
b:撒布前に洗浄するとより構造がはっきりする.
病変のみ色素を撒布すると病変のみコントラストが付き,少しみすぼらしく見えてしまう.そこで,病変のみならず周辺にもまんべんなく色素を撒布しておくと周囲とのコントラストも付き見た目にも綺麗に見える.
3.重力の方向を考え効率よく撒布する.当院では撒布チューブを使用しないため,そのまま注入すると直線的に撒布され,その後重力の下の方向(胃では口側や穹隆部大彎)に流れていく.そのため撒布する時は撒布する方向を変えるだけでなく,撒布したい部位より重力の上方向(胃では肛門側や前庭部大彎)より撒布するようにしている.例えば,前庭部小彎の病変ならば肛門側や前庭部大彎より(電子動画 1),体部小彎の病変ならば見上げの状態で胃角部より小彎に向かって前壁から後壁へ内視鏡の先端をふりながら撒布する.
電子動画 1 インジゴカルミン撒布例.
4.空気を抜くことで溜まった色素をまんべんなく広げない.穹隆部や前庭部小彎に色素が溜まった時に空気を抜くと,まんべんなく色素が広がる.しかし,粘液も広がったり,最後まで接触していた粘膜同士に色素が濃く残ったりしてムラができて汚くなってしまう.まんべんなく撒きたい時は溜まった色素を吸引して新しい色素を計画的に撒くべきである.
5.綺麗に撒布できなかった時は洗浄し再度撒布し直す.撒布する前に病変を良く洗浄すると書いたが,良く洗浄したつもりでも粘液が残っていることがある.色素を撒くとその粘液に色素が付着し病変の認識が困難になる.そのような時はもう1度色素が落ちるまで綺麗洗浄し撒布し直す必要がある.
6.色素で陥凹が埋まった時には色素を除去する.インジゴカルミンはコントラスト法に用いる色素なので溝や陥凹に溜まることにより病変の性状を明瞭にする.しかし,陥凹に溜まったままだと陥凹内部は色素の溜まりのため観察ができない(Figure 2-a).陥凹の存在を明らかにするため溜まった写真も必要だが,陥凹内部を観察するため溜まった色素を除く必要がある(Figure 2-b).その方法として空気を抜いて病変を傾かせる,内視鏡を軽く接触させる,色素を直接吸引するなどがあるができる限り愛護的に除去しないと逆に色素を落としすぎてしまったり,接触で発赤をつくったりするので注意が必要である.
a:陥凹内にインジゴカルミンが溜まってしまい内部の正常がわかりにくい.
b:溜まった色素を除去すると陥凹内の構造がよりわかりやすくなる.
撒布後写真を撮ろうとすると画面全体がうっすらと青みがかかっていることがある.これはインジゴカルミンがレンズの上にのっているからで,そのまま撮影すると本来は青くないところまでやや青く映ってしまう(Figure 3-a).撮影の前にはちゃんと確認し,色素がのっていそうな時は送気や送水でレンズを綺麗にしなければならない(Figure 3-b).その時に洗浄した水がせっかく撒布した色素を落としてしまうことがあり重力方向など注意が必要である.
a:インジゴカルミンがレンズにのっており画面が全体的に青い.
b:レンズにのった色素を落とすと病変が色素をはじいているのがより明瞭になる.
ルゴールはヨウ素,グリセリンなどを含んだ液体である.ルゴールを撒布すると含まれているヨウ素と正常食道扁平上皮に含まれるグリコーゲン顆粒によりヨウ素―でんぷん反応が起こり褐色を呈するが,食道癌はグリコーゲン顆粒を持たないため発色しない 2),3).その差異により食道癌を認識しやすくする染色法である.ここで注意すべきは一定数ヨードアレルギーの患者がおり,そのような既往を持つ患者においては撒布しないよう配慮が必要である.また撒布するものはヨード(ヨウ素)を含有するルゴールであり,実際に扁平上皮を染色するのはヨードである.それ故,「ルゴール撒布」「ヨード染色」が正しい表現で,厳密には「ルゴール染色」は誤った表現である.当院においてはやや高めの2%の溶液を用いており,基本撒布用のチューブを用いて撒布する.以下にルゴールを使用するにあたり注意している点を述べる.
1.撒布する前に良く洗浄をする.胃などに比べ食道は粘液が少なく,また染色法なので,ムラはできにくいが唾液を嚥下していると唾液が付着している部分が染色されないことがある.このような場合には洗浄しなければならないが,急に洗浄すると患者が誤嚥する危険があり注意が必要である.
2.食道全体に均一に撒布する.3.重力の方向を考え効率よく撒布する(電子動画 2).
電子動画 2 ルゴール撒布例.
食道全体に均一に撒布するため,管腔中心よりやや右側より(重力の関係上左側が下になるため)を肛門側から口側に引きながら撒布している.途中,蠕動なので管腔が収縮した時には撒布を中止して管腔が開くのを待って撒布を再開している.口側は可能ならば切歯より20cm近くまで撒布したいが誤嚥の危険もあり切歯より25〜20cmで可能な限り口側まで撒布するようにしている.染まりムラがある時には残ったルゴールを再度撒布している.また色素内視鏡と直接関係はないが,ルゴールを撒布できなかった頸部食道などは抜去時に観察することを忘れないようにしなければならない.
4.空気を抜くことでまんべんなく色素が広がるようにする(電子動画 2).インジゴカルミンと異なりルゴールは化学的な染色法であるので上皮に接触すれば化学反応を起こし染色される.そのため最口側まで撒布した後,左側に溜まったルゴールを吸引する際には一度食道内の空気を抜いたりしながら,まんべんなく上皮に接触するように心がけている.
5.pink color signを見逃さない.ルゴール撒布後,数分ぐらいでヨード不染を呈する領域の中でも桃色を呈してくる領域が出てくる.これをpink color signと言い,癌に特徴的な所見と言われる(Figure 4) 4),5).特にまだら不染を呈する症例では癌と非癌の鑑別に有用で,pink color signを呈する部位を狙って生検することが癌の早期発見に有効である.
a:ルゴール撒布直後.ヨード不染が散見される.
b:ルゴール撒布2分後.前壁の癌部のみpink color sign陽性を呈する.
ヨードは刺激性のある薬剤であり,ルゴール撒布後患者は胸焼けなどの不快感を訴えることが多い.その症状を緩和するため検査終了前に中和剤であるデトキソールⓇ(チオ硫酸ナトリウム)を食道全体に撒布している.また最後に胃内に溜まった薬液を可能な限り吸引することによりヨード染色後の症状緩和に努めている.
色素内視鏡にて用いられるインジゴカルミンとルゴールについて解説した.有用な色素でもその生かし方を知らないと有用な検査はできない.本解説が読者諸氏にとって少しでも役に立てれば幸いである.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし
補足資料