2020 Volume 62 Issue 2 Pages 179-184
小児消化器診療では小児特有の疾患・鎮静法などから小児科医による消化器内視鏡検査が望ましい.本邦では小児消化器内視鏡医が内視鏡を学ぶ機会は限られ,内視鏡技術の向上・維持としての件数は小児症例のみでは十分ではない.当院では小児科医が小児科業務と平行して消化器内科の協力のもと,成人症例を対象とし,週1回の内視鏡研修,「小児科業務並行型研修」を行っている.本研修では年間300件以上の内視鏡を経験でき,技術的に十分な成果を得ている.小児科医のための内視鏡研修のモデルケースの1つとして当院の研修内容とその成果を報告する.本邦において小児消化器内視鏡研修体制の確立のためには成人消化器内科の協力が必要である.
現在,本邦における小児の消化器内視鏡検査(以下内視鏡)は特定の大学病院や小児専門病院を除いて,主に小児外科医,成人消化器内科医などによって行われている.小児消化器病を専門とする小児科医は全国的に少なく,その中でも小児内視鏡の経験が豊富な小児科医の数は限られている.欧米の小児病院においては小児消化器病専門医の研修ガイドラインや研修制度が確立し 1),high volume施設では1施設で年間2,000件近い小児内視鏡が施行されている一方,本邦では小児科医による内視鏡の研修体制は確立されていない.本邦の現状では小児科医が内視鏡に触れる機会は限られており,特に一般病院に勤務する小児科医が内視鏡技術を学ぶにはハードルが高いと考えられる.今回,小児科医が内視鏡研修を行う際の1つのモデルケースとして富士市立中央病院(以下当院)の小児科医が行っている成人消化器内科での内視鏡研修,「小児科業務並行型研修」を紹介する.
当院の消化器内科で行った内視鏡研修概要(期間:2017年4月〜2018年3月).
当院では,小児消化器病医を志す小児科医は同一施設の成人消化器内科で週1回の内視鏡研修を行っている.研修以外は小児科医として業務を行っており,いわゆる「小児科業務並行型研修」と称す.当院で行った研修は,上部・大腸内視鏡検査を上級医の監視のもとで完遂する能力を持つものを対象としており,対象者は日本消化器内視鏡専門医レベルの技術習得を目標とした.午前中は上部,午後は大腸内視鏡を中心に1日で平均5-8件の内視鏡,初級レベルの治療内視鏡(ポリープ切除術,止血術など)を行った.その他,逆行性胆管膵管造影(ERCP),超音波内視鏡(EUS),治療内視鏡,緊急内視鏡などの見学・補助を行った.
2017年4月〜2018年3月の1年間で,上部内視鏡・大腸内視鏡を中心に筆頭術者として約300件の内視鏡を経験できた(Table 1).検査に伴う合併症などは認めなかった.
本プログラムの内視鏡研修で行った内視鏡件数(期間:2017年4月〜2018年3月).
個人技術の習得度を,期間内に行われた小児症例の中で,上部内視鏡では下行脚挿入率,胃内反転観察率,補助なし検査完遂率,大腸内視鏡では他術者の補助なく盲腸まで到達できた割合(盲腸到達率)を評価した.すべての項目において100%達成でき,安定した内視鏡挿入技術が得られた.
当院の小児科医による成人消化器内科での「小児科業務並行型研修」は目標の内視鏡件数を達成でき,一定の成果が得られた.「小児科業務並行型研修」は小児科医が内視鏡研修を行う際のモデルケースの1つとなりうることが考えられた.
小児にとっての内視鏡は,以下の点で成人と異なった特殊性があり,小児科医による内視鏡が望ましいと思われる.消化器内視鏡技術には,大きく “cognitive skills” と “technical skills” に分けられる 2).小児消化器病疾患の特徴として,まず成人と異なった疾患群・治療法があることがあげられる.小児では炎症性疾患の割合が多く,消化管原生の悪性腫瘍が稀なため,観察ポイントが異なることや,厳密な腸管洗浄より患者負担の軽減が優先される,小児では炎症性の疾患の頻度が多いことから基本的には各部位からのランダムバイオプシー 3)が推奨されており,成人と生検の適応が異なる.炎症性腸疾患の児においては成長障害を考慮し,可能であればステロイドを回避(もしくは最小限の投与)が望ましいが,その判断は小児内視鏡と治療経験,両方に長けている必要がある.成長障害・運動神経精神発達に対するフォローも小児特有の対応といえる.検査を行う時の鎮静は必須であり時に全身麻酔を要する.大腸内視鏡の前処置は年齢・体重によって種類・量を調節する必要があり,ときに胃管からの投与を要することもある.スコープは体格にあったものを選択する必要がある 4).これらは,“cognitive skills” であり,他に本人・保護者へのインフォームド・コンセント(インフォームド・アセント)なども含まれる.“cognitive skills” は小児消化器病診療を通じてのみ得られる技術であり,小児例の研鑽を積む必要がある.小児の内視鏡検査には,小児消化器医の関わりが望ましい理由の1つであり,小児の内視鏡診療が主に成人消化器内科医の手で行われている本邦の課題といえる.同様に,小児科医が内視鏡技術を学ぶといった観点からも,成人消化器内科の研修のみでは不十分であるといえる.一方,内視鏡挿入技術である,“technical skills” は小児のみの研修では十分な件数を経験できない.内視鏡挿入技術は小児と成人では大きな差異はないとされており 5),小児科医が成人症例で件数を経験することで “technical skills” の向上・維持に努めることは可能である.本邦の現状では,小児科医が内視鏡の研修を小児のみで完結することは難しく,成人消化器内科での研修と合わせて行うことが理想である.
小児科医が最低限の内視鏡挿入技術習得に必要な件数は各国・地域ではTable 2と定めている.北米小児消化器肝臓栄養学会(NASPGHAN)の小児消化器医研修ガイドラインでは,研修の進行度をレベル別で示しており,“Level 1:routine procedures” として,上部内視鏡検査件数100件,大腸内視鏡検査件数120件,ポリペクトミー10件,止血術15件を目標としている 6).本邦には小児科医の消化器内視鏡研修に関するガイドラインは現時点では存在しないが,日本消化器内視鏡学会が認定する日本消化器内視鏡学会専門医(以下内視鏡専門医)を取得するために必要な内視鏡件数は,上部内視鏡1点/件・大腸内視鏡5点/件として計1,000点,治療内視鏡20件としている 7).2017年度,当院では小児を対象に34件(上部内視鏡19件,大腸内視鏡12件,小腸カプセル内視鏡2件,EUS1件,治療内視鏡なし)の内視鏡を実施した(Table 3)が,内視鏡技術の向上・維持を目的とした件数,内視鏡専門医を取得できる件数には遠く及ばない.本研修では成人例で314件(上部内視鏡検査179件,大腸内視鏡検査120件,他)の検査を経験し(Table 1),例としてNASPGHANの研修ガイドライン 6) “routine procedures” の項目で定められている内視鏡を,十分達成できた.また,高い下行脚挿入率,胃内反転観察率,補助なし検査完遂率,盲腸挿入率を達成でき,技術的にも一定の成果が得られたと考えられる.
各国の小児消化器内視鏡技術(初級)を獲得するための習得技術の目安(Walsh CM.2014. を一部改変).
当院で行われた小児内視鏡検査の詳細(期間2017年4月~2018年3月).
本邦で小児科医が日本消化器内視鏡専門医を習得する際の課題として,指導施設での内視鏡研修が必要であることがあげられる.2019年度の内視鏡専門医の認定基準として,前述した内視鏡件数は日本消化器内視鏡学会の指導施設で原則常勤として5年以上勤務し,その期間内で実施しなくてはならない 7).2018年現在,指導施設に認定されている小児専門病院はなく,小児専門病院で小児内視鏡を十分な件数行っても内視鏡専門医は取得できない.日本消化器内視鏡学会が定める基盤学会専門医に日本小児科学会専門医が指定されているにも関わらず,本邦の現状では小児科医が,日本消化器内視鏡専門医を取得することはかなり高いハードルである.2018年現在,日本消化器内視鏡学会において,附置研究会「小児消化器内視鏡医育成のための研究会」が設立され,小児消化器内視鏡医育成に向けて検討が始まっている.小児科医を考慮した内視鏡専門医制度の改訂も一意見としてあるが,専門医としての “technical skills”を保証するためにも,日本消化器内視鏡学会専門医制度で定められた内視鏡研修と基準を満たすことが望ましい.当院は指導施設であり,「小児科業務並行型研修」で小児科医としての業務と並行して内視鏡検査の研鑽を積むことで現在の専門医の基準でも十分達成でき,専門医を目指すことが可能であることは大きなメリットと考える.
当科の研修プログラムは小児科医としての業務・研修を行いながら,成人消化器内科の指導のもと内視鏡を学ぶ,いわゆる「小児科業務並行型研修」である.当科のプログラム以外の小児科医の消化器内視鏡研修例をTable 4に示す.成人消化器内科で短期集中研修であるレベルまでの手技獲得を目指す「短期研修型」は昭和伊南総合病院(長野県駒ヶ根市)のプログラムが代表例 8)で,小児科医の受け入れを定期的に行っており,二週間で上部内視鏡検査を約200件経験できるとしている.デメリットとしては,研修後継続して十分な内視鏡件数を行えない場合があること,他施設での研修のため自施設で新たに小児内視鏡検査を行うシステムや成人消化器内科との協力体制を作らなくてはいけないことがあげられる.その他,数カ月〜数年単位で完全に消化器内科に出向する「中期〜長期研修型」は,より集中して深く学べ,小児では経験しにくい緊急止血術等の救急対応を含む内視鏡検査・処置などの技術習得も可能である.一方,その間は消化器内科医として研修するため,小児科としての診療・研修は限定され,小児科医としての研鑽が積みにくい.
小児科医の消化器内視鏡研修例.
「小児科業務並行型研修」は,内視鏡技術の習得と並行しながら小児科医としての研修・仕事を継続できることが最大のメリットとしてあげられる.他の研修方法と比較すると,本研修は継続して一定の件数を成人例でこなすことが可能であり,技術の維持に長けている研修法と思われる.また,診断目的の上部・大腸内視鏡検査は経験豊富な小児科医が行えば自科のみで完結可能であるが,緊急止血術等の救急対応を含む内視鏡検査・処置や小児科では経験の少ない検査・処置(ERCP,EUSなど)は成人消化器内科の協力が不可欠である.自施設で研修を行う場合は,通常の診療においても成人消化器内科との垣根を超えた診療連携がスムーズに行える.デメリットとしては,集中して短期間に多くの件数を経験することが困難なため,どうしてもlearning curveが緩徐になることがあげられる.研修時間が限られるため,緊急内視鏡や処置に関してはタイミングが合わないと経験できない.成人は小児とは疾患群が大きく異なり,成人疾患,内視鏡像,病理組織像の理解が必要であり,メリットとして捉えることもできるが,本来の小児科研修に時間的制約ができることはデメリットと思われる.
小児科医のための消化器内視鏡研修のモデルケースの1つとして,当科の研修プログラム例,「小児科業務並行型研修」をあげた.「小児科業務並行型研修」では目標の消化器内視鏡件数を達成でき,一定の成果が得られたと考えられる.小児消化管内視鏡研修体制の確立のためには,成人消化器内科の協力が必要である.
謝 辞
小児科医の研修を受け入れていただき,ご指導ご鞭撻を賜りました富士市立中央病院 消化器内科,東京慈恵会医科大学 消化器・肝臓内科の先生方に拝謝いたします.
土屋 学先生,遠藤大輔先生,庄司 亮先生,青木祐磨先生,桐生幸苗先生,三國隼人先生,渡邊俊宗先生.
また,忙しい中,内視鏡研修を許可していただいた富士市立中央病院 小児科の先生方に拝謝いたします.
千葉博胤先生,秋山直枝先生,鈴木亮平先生,角皆季樹先生,藤多 慧先生,竹内博一先生,橘高恵美先生.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし