2020 Volume 62 Issue 2 Pages 194-203
大腸腫瘍に対する内視鏡的粘膜下層剝離術(endoscopic submucosal dissection;ESD)は,2012年に保険収載された.その後,大腸ESDは広く普及し,本邦の多くの施設で施行されている.内視鏡的粘膜切除術(endoscopic mucosal resection;EMR)では一括切除が困難な大型の側方発育型腫瘍などがESDの良い適応であり,切除標本における正確な病理診断が可能である.一方,胃に比べ大腸壁は薄いため,穿孔などの偶発症の発生率が高く,手技の習得や治療に時間を要するなどの問題点もある.現時点で多くの機器や手技が開発されているが,切開,剝離などの基本手技が重要であり,それらを着実に習得した上で,各術者に適した手法を選択すべきである.
内視鏡的粘膜下層剝離術(endoscopic submucosal dissection;ESD)の開発により,内視鏡的粘膜切除術(endoscopic mucosal resection;EMR)では分割切除となっていた大きな腫瘍も一括切除が可能となった.本邦では,2006年に胃のESDが保険収載され,その後,適応臓器が2008年に食道,2012年に大腸に拡大された.大型の側方発育型腫瘍(laterally spreading tumor;LST)などが,大腸ESDの良い適応であり,一括切除により正確な病理診断が可能である.一方,胃に比べ大腸壁は薄いため,穿孔などの偶発症の発生率が高く,手技の習得や治療に時間を要するなどの問題点もある 1)~3).
本稿では,著者らの施設における大腸ESDの手技の実際,ならびに偶発症発症時の対処法について,症例を呈示して解説する.
大腸EMR/ESDガイドラインにおいて,内視鏡治療の適応は,癌を疑わない病変では径6mm以上の腺腫,癌を疑う病変ではリンパ節転移の可能性が極めて低く,病巣が内視鏡的一括摘除できる大きさと部位で,根治性が期待される病変とされている 4).大腸ESDの適応病変は,スネアによる一括切除が困難な病変,粘膜下層に線維化を伴う粘膜内腫瘍,潰瘍性大腸炎などの慢性炎症を背景としたsporadicな局在腫瘍,および内視鏡的切除後の局所遺残早期癌である.実際の保険適応病変は最大径20mm以上の早期癌または最大径5〜10mmの神経内分泌腫瘍であるが,線維化を伴う早期癌では20mm未満でも保険算定可能である.粘膜下層(SM)高度浸潤癌(SM浸潤距離1,000μm以深)はリンパ節転移のリスクがあるため,原則として外科手術を選択する.
1.大腸内視鏡検査および診断
大腸ESDには安定したスコープ操作が不可欠であるため,通常の大腸内視鏡検査において,挿入と観察を安定して行える技術が必須である.また,ESDの適応を正確に判断できる診断力も必要である.深達度診断を誤り,SM高度浸潤癌にESDを行うと,垂直断端陽性になるだけでなく,偶発症の危険も高まる.通常観察に加え,narrow-band imaging(NBI)などの画像強調観察,色素拡大観察,超音波内視鏡,注腸X線検査などを駆使した上で,総合的に診断できる技術と読影力の習得が不可欠である.
2.大腸EMR,止血術
EMRとESDは異なる手技であるが,後述するhybrid ESDは両者を複合した手技であり,各々の技術修得が必要である.特に表面型腫瘍に対し,正常粘膜を含めた一括切除を施行できるEMRの技術が求められる.また,ESD中の出血・穿孔,治療後の出血に対応するため,クリッピングや止血鉗子による止血術に習熟することも必要である.
3.胃のESD
胃のESDの経験がなくても大腸ESD手技の習得は可能との報告があり,両者は若干異なる治療手技と思われる 5),6).しかし,胃のESDを経験することで,治療手順の理解が進むため,大腸ESDの前に胃ESDを経験することは有用である.欧米では胃癌症例が少ないため,大腸ESDから始める内視鏡医が多いが,本邦では未だ早期胃癌の発見頻度は高いので,大腸ESDの前に胃ESDを経験しておくことを推奨したい.
1.前処置・鎮静薬・局注液
前処置不良であると視野確保が困難となり,穿孔時に腹膜炎をきたす可能性があるため,十分な前処置が必要である.著者らは,前日にピコスルファートナトリウムとクエン酸マグネシウムを投与,当日に腸管洗浄剤の内服としている.
治療が長時間になると,患者の不安や緊張,腹部膨満感が強くなるため,ミタゾラム,ペンタゾシン,ハロペリドールを少量ずつ使用している.大腸ESDでは体位変換を要することが多いため,deep sedationにならないように注意する.
局注液は,ヒアルロン酸ナトリウムとグリセリンを1:1で配合し,0.1%アドレナリンとインジゴカルミンを少量混入したものを使用している.肛門管に及ぶ病変では,リドカインも併用している.
2.スコープ・先端フード
操作性に優れるwater jet付きスコープを使用している.盲腸から下行結腸の病変ではオリンパス社製PCF-H290,S状結腸から直腸の病変では,反転操作が可能な上部用スコープGIF-H290Zを使用している.上部用スコープはダウンアングルが効きにくいため,S状結腸から直腸の病変で下部用スコープを使用する場合もある.
先端フードは,内視鏡の先端に装着する補助デバイスであり,主目的は病変との至適距離・視野の確保であるが,粘膜切開や粘膜下層剝離時のトラクションにもなり,ESDには必須のアイテムである.基本的にはエラスティック・タッチ(スリット&ホール型)(Figure 1-a)を使用している.スリットとホールによりフード内に貯留した液体は自然排泄され,視野の妨げを防止できる(Figure 1-b).線維化の強い症例や潜り込みが困難な症例には,先端が先細りで,カウンタートラクションをかけやすいSTフード(ショートタイプ)を用いている(Figure 1-c).
使用機器.
a:エラスティック・タッチ(スリット&ホール型).
b:スリット(溝)とホール(穴)によりフード内に貯留した液体は自然排泄される.
c:STフード(ショートタイプ).
d:フラッシュナイフBT-S(ナイフ部長1.5mm).
e:送水機能が搭載されている.
f:SBナイフJr.
3.使用ナイフ
フラッシュナイフBT-S(ナイフ部長1.5mm)とSBナイフJrを使用している.フラッシュナイフBT-Sは先端にボールチップがあるため病変に引っかけやすく,送水機能も搭載されている(Figure 1-d,e).また,手元部のシース径が細径化され,吸引性能も向上している.SBナイフJrはナイフ長が短いためより繊細な剝離と狭い管腔での処置が可能である(Figure 1-f).
4.高周波装置
VIO-300Dを使用し,フラッシュナイフの設定は粘膜切開:endo cut I effect 2,duration 3,interval 2,粘膜下層剝離:forced coag. effect 3,40Wで,SBナイフJrは endo cut Q effect 1,duration 2,interval 1で行っている.
5.CO 2 送気装置
CO2は空気の100倍以上の速さで組織に吸収されるため,腸管過伸展による腹部不快感や腹痛が軽減される.穿孔時には,腹部コンパートメント症候群による血栓塞栓症や不整脈などの発症を抑制できる 7),8).ただし,慢性閉塞性肺疾患や重度の心不全症例では,60mmHg以上の高CO2ガス血症により不整脈が誘発される可能性があるため,注意が必要である.
1.粘膜切開
大腸腫瘍のほとんどは境界明瞭な病変であるため,基本的にマーキングは不要である(Figure 2-a,b).しかし,潰瘍性大腸炎関連腫瘍や潰瘍性大腸炎の罹患範囲内に発生した散発性腫瘍では,炎症により境界不明瞭なことが多いため,マーキングを行う.
回盲弁対側のLST-Gに対するESD.
a:通常内視鏡観察.回盲弁対側に平坦な顆粒状隆起性病変(LST-G)を認める.
b:インジゴカルミン撒布像.病変の境界は明瞭となる.
c:体位変換を行い,重力方向(腸液のたまる側)の反対側に病変を位置させる.
d:病変の中ほどにグリセリン局注を行う.
e:膨隆が得られたらグリセリン・ヒアルロン酸混合液を肛門側に順次追加局注していく.
f:フラッシュナイフBT-Sで切開する.
g:肛門側から切開を始め,口側に向けて剝離を進めていく.
h,i:1/3周程度粘膜を切開したところで(h),スコープを粘膜下層に潜り込ませるためにSBナイフJrでトリミングを行い,スペースを作る(i).
j:トリミングを数回繰り返すとスペースができるので,フードの先端を用いて粘膜下層に潜り込む.
k:粘膜下層へ先端フードごと潜り込み,フラッシュナイフを用いてスコープ操作と協調させ筋層のラインに沿うように切開していく.
l:粘膜下層の中ほどやや筋層よりを狙い剝離する(黄線).
m:この時の周囲切開は辺縁のため局注が入りにくい部分で筋層とも距離が近いため,病変のみを把持できるSBナイフJrを使用する.把持した病変を手前に引いて切開することで穿孔を予防できる.
n,o:粘膜下層剝離,周囲切開を繰り返し病変の半分以上を剝離し終えたら(n),全周を切開した後,粘膜下層剝離を完遂し,最終的に病変を摘出する(o).
p:ESD後の潰瘍.
q:切除標本(ホルマリン固定後).腫瘍径:70×48mm.
ESDの進め方は術者により一定しないが,著者らは,肛門側から口側へのアプローチを原則としている.まず,体位変換により,病変を腸液貯留側の反対側に位置させる(Figure 2-c).次に,病変の中ほどにグリセリン局注を行い,膨隆が得られたら,グリセリン・ヒアルロン酸混合液に変更し,肛門側に順次局注を追加していく(Figure 2-d,e).ヒアルロン酸は,時に固有筋層も膨隆させるため,先にグリセリンを局注し,粘膜下層への注入を確認する.
適度な膨隆が得られたらフラッシュナイフBT-Sで切開を行う(Figure 2-f).肛門側から開始し,口側に向けて剝離を進める(Figure 2-g).粘膜切開が1/4周〜1/3周程度進んだところで(Figure 2-h),スコープを粘膜下層に潜り込ませるため,SBナイフJrでトリミングを行いスペースを作る(Figure 2-i).ハサミを開いたまま粘膜下層に滑り込ませ,粘膜面を少し持ち上げて粘膜下組織を把持し,軽く手前に引いて切開する.トリミングを数回繰り返すとスペースができるので,フードの先端で粘膜下層に潜り込ませる(Figure 2-j).粘膜下層に潜り込む前に全周切開を行うと,局注液が漏出して良好な膨隆が得られないため,最初から全周切開は行わない.粘膜下層に潜り込めれば,粘膜下層剝離は比較的単純な作業である.したがって,粘膜下層への潜り込みが最も重要と考えている.
2.粘膜下層剝離
粘膜下層へ先端フードごと潜り込んだ後は,粘膜下層剝離と周囲切開を繰り返し,病変を順次口側に剝離していく.粘膜下層剝離は,フラッシュナイフを用いてスコープ操作と協調させ,筋層のラインに沿うように切開する(Figure 2-k).粘膜下層の中ほど筋層よりを狙い剝離する(Figure 2-l).この際,常に筋層を確認しながら筋層を露出させないよう心がける.基本的には辺縁から中心部へ剝離し,ある程度剝離が進むと周囲切開を追加する.この時の周囲切開は,辺縁のため局注が入りにくく,筋層と距離が近いので注意を要する.SBナイフJrは,ナイフで病変のみを把持でき,病変を手前に引き切開することで穿孔を予防できる(Figure 2-m).粘膜下層剝離,周囲切開を繰り返し病変の半分以上を剝離したら全周切開し,以降粘膜下層剝離を行い,最終的に病変を摘出する(Figure 2-n~q).
3.治療の工夫
ESD困難例への対処法として様々な工夫が報告されている.腸管が長くスコープの操作不良例に対してはダブルバルーン内視鏡やシングルバルーンシースが,粘膜下層への潜り込み不良例ではSTフードが有効である 9)~12).ストラテジーの工夫として,内視鏡操作安定のための反転操作による病変の口側からのアプローチ,2cm程度の粘膜切開後,STフードで粘膜下層に潜り込み粘膜下層ポケットを広げるように剝離し,最後にポケットを開放するpocket-creation method,管腔内を水で満たし,粘膜・粘膜下層を固有筋層から管腔内へと浮遊させて切除するunderwater ESDなどの有用性も報告されている 13)~15).また,糸付きクリップやS-O clipといったトラクションデバイスも開発されている 16),17).
状況に応じて使い分けることが望ましく,術者にあったナイフ,フード,ストラテジー,トラクションデバイスをそれぞれ1ないし2つ程度選択・習得できることが望ましい.著者らは,基本的にナイフはフラッシュナイフBT-S,SBナイフJr,フードはエラスティック・タッチ,ストラテジーはどの病変にも対応できるように肛門側から口側へのアプローチで治療を行い,特別なトラクションデバイスは使用していない.症例に応じてシングル・バルーンシースやSTフードを使用することもあるが,切開,剝離などの基本手技が重要であり,基本に忠実に丁寧に行えば,大型病変や線維化症例も切除可能である(Figure 3,4) 18).
大型病変のESD.
a:直腸に全周性のLST-Gを認める.
b:病変は肛門管にかかっている.
c:粘膜切開.
d:粘膜下層剝離.
e:ESD後潰瘍.
f:全周切除後の標本.
g:切除標本(ホルマリン固定後).腫瘍径:250×130mm.
潰瘍性大腸炎関連腫瘍のESD.
a:通常内視鏡.直腸に発赤調の顆粒状の隆起性病変を認める.
b:色素撒布像.発赤調の顆粒状の隆起性病変のさらに口側には微細顆粒状粘膜が広がっている.
c:背景に炎症があるためマーキング施行.
d~f:粘膜下層剝離.出血(d)と線維化(e)を認めるも,筋層を確認しながら丁寧に剝離を進める(f).
g:ESD後の潰瘍.
h:切除標本.腫瘍径:62×61mm.
4.Hybrid ESD
Hybrid ESDは,病変の周囲粘膜を高周波ナイフで切開し,スネアリングが可能な程度に粘膜下層剝離を行った後にスネアを用いて病変を一括切除する手技であり,EMRとESD両者の技術が必要である 19).EMRでは一括切除困難が予測される病変(20mm以上,線維化など),長径30mm以下で,正面視可能な病変が適応と考える.分割切除のリスクはあるものの,スネアで病変を切除することから,治療時間を短縮でき,hybrid-ESDとESDを使い分けることで内視鏡治療が効率化できる 20),21).分割切除を避けるためには十分に周囲切開,トリミングを行うことが肝要である(Figure 5).
Hybrid ESD.
a:色素撒布像.病変は盲腸のLST-G.
b:局注.
c:周囲切開.
d:スネアリング.
e:ESD後の潰瘍.
f:切除標本(ホルマリン固定後).腫瘍径:28×22mm.
1.出血
術中出血は胃のESDほど多くはないが,直腸や線維化症例などでは注意が必要である.出血時は,出血点を確認し止血鉗子による凝固止血(Soft凝固40〜50W)を行う.出血点が視認不良の場合は切開剝離を追加し,出血点を確実に止血する.剝離中に出血が予想される太い血管が確認できた場合は,止血鉗子やフラッシュナイフで凝固処理しておくと良い.後出血率は0-13%と報告されており,そのリスク因子は病変部位(直腸ないし盲腸),術中出血が多い例,抗血栓薬服用例などである 22)~25).後出血は2-3日以内に起こることが多く,ほとんどは止血鉗子による凝固止血で対応可能である 26).後出血の予防にはESD終了後の潰瘍底の拍動性露出血管に対し止血鉗子で確実に凝固を行うことが重要である.
2.穿孔
術中の穿孔率は0-20%と,報告により差がある.穿孔のリスク因子として線維化,スコープ操作性不良,non-lifting sign(+),サイズが大きな腫瘍,LST,屈曲部の病変などが挙げられる 22),27)~31).穿孔が予想される病変には,前述の補助具を駆使し,筋層のラインを意識し,適切な剝離ラインを丁寧に切除することが重要である.十分な局注下での治療を心がけ,ブラインドでの操作やナイフが筋層に対して垂直方向になるような処置を避ける.それでも穿孔が生じた場合は,穿孔部をクリップで完全に縫縮する.穿孔部周囲が十分剝離されていない場合は,剝離を行いクリップが以後の治療の障害にならないよう心がける.フラッシュナイフやSBナイフJrによる穿孔部は比較的小さいが,hybrid ESDのようなスネアによる穿孔部は大きい場合があり注意が必要である(Figure 6).CO2使用下で穿孔部を完全縫縮できれば,大部分は絶食,補液,抗菌薬投与で保存的に経過観察可能である.また,遅発性穿孔率は0-1%程度である 22).遅発性穿孔予防として切除後潰瘍底の縫縮も有用であるが,ESD後の潰瘍底は大きく,完全縫縮には時間を要するため,症例に応じて考慮する.遅発性穿孔が起こった場合は発熱,腹痛,炎症所見を確認の上,外科的切除に踏み切る判断が重要である.
Hybrid ESDによる穿孔.
a:色素撒布像.襞集中を伴う表面型の病変.線維化が予想される.
b:局注後もlifting不良.
c:全周切開後.
d:スネアリング後穿孔.
e:クリップで完全縫縮.保存的加療で経過.
f:半年後.瘢痕化している.
高齢者の増加に伴い,抗血栓薬内服症例も増加している.消化器内視鏡診療ガイドラインではアスピリンやシロスタゾールは継続下での治療を考慮しうるが,その他の抗血小板薬は1-7日の休薬,ワルファリンはヘパリン置換もしくは継続のまま施行,DOAC(直接経口抗凝固薬)は当日休薬が推奨されている 32),33).当科では基本的に抗血栓薬は継続下で治療を行っているが,術中出血で難渋した症例は経験していない.しかし,抗血栓薬は後出血のリスク因子であり,7-15日経過後にも後出血をきたす例もあり注意が必要である 34).
大腸ESDの適応,コツ,トラブルシューティングについて概説した.大腸ESDの適応,ESDの基本手技,偶発症に対する対応を十分に理解し身につけた上でESDを施行しないと偶発症のリスクが高くなるものと思われる.治療手技に関しては基本が大事であり何か特別なことが必要なわけではない.切開,剝離に必要な基本手技をしっかりと身につけた上で,それぞれの術者にあったナイフ,フード,ストラテジー,トラクションデバイスを選択すべきと考える.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし