2020 Volume 62 Issue 5 Pages 538-549
わが国においては高齢化が進行している.その一方で,平均寿命は年々伸びているが健康寿命は変化していないことが問題点としてクローズアップされている.この対策として,フレイル・サルコペニア・ロコモティブシンドロームといった健康寿命延伸を目的とした部門横断的な医療全体の取り組みが行われている.アウトカム向上因子は,いずれも共通し,薬物療法・栄養介入・運動介入の3本柱が連携することが重要とされている.特に栄養介入はアウトカム向上の中核的因子である.栄養の安定供給には,消化管における消化・吸収が適切に機能し,摂食意欲が維持されていることが必要である.しかし,消化管の老化が原因とした器質性疾患や機能性疾患は年々増加しており,その結果,腸内細菌叢の変化・低栄養・フレイルにつながる点が危惧されている.つまり,消化管の老化そのものが健康寿命を損なう可能性があり,健康寿命延伸の根幹は,消化管疾患改善や消化管の老化予防にあると考えられる.今後,内視鏡診療を含めた消化器領域で健康寿命延伸を目的としたエビデンスのさらなる構築とアウトカム向上に向けた対策の発展が望まれる.
わが国においては高齢化が進行し,2017年の時点で,65歳以上の高齢者は全人口の27.7%の3,515万人となり,その約半数である1,748万人は75歳以上の高齢者である 1).WHOでは,65歳以上を高齢者と定義しているが,65歳を高齢者とするには医学的・生物学的根拠がないとされており,わが国では近年の高齢者における健康水準や社会的状況の変化に対して従来の高齢者定義を再考する働きが出てきた.2017年に日本老年医学会ワーキンググループが3年間にわたり老化のデータを検討し,「65~74歳;准高齢者(pre-old)」「75歳以上;高齢者(old)」「90歳以上;超高齢者(super-old)」とする提言を行っている 2).
わが国における高齢社会の問題点として平均寿命と健康寿命の差(現在約10年)が年々延伸していることにある.今後,高齢者に対する医療のアウトカムは,単なる寿命の延長や救命ではなく,「自立した状態での生活を延ばす」,つまり健康寿命の延伸が求められる.消化器内視鏡の分野でもこれらの潮流を踏まえ,特に高齢者に対しては,治療適応や生命予後などを個々に検討することが求められる.
本稿では,フレイル・サルコペニア・ロコモティブシンドローム(ロコモ)と骨粗鬆症といった健康寿命延伸を目的とした部門横断的な医療全体の取り組みと消化管老化に関してレビューし,健康寿命延伸と消化管の関係性や内視鏡診療の展望について述べる.
フレイルとは「加齢に伴う予備能力低下のため,ストレスに対する回復力が低下した状態」であり,健康な状態と要介護状態の中間的な段階で,適切な介入により健康な状態に戻れる「可逆性」の状態とされている(Figure 1) 3).フレイルには身体的フレイル(内臓器疾患,運動器障害などの身体的な虚弱,摂食・嚥下などの口腔機能の虚弱),精神・心理的フレイル(不眠やうつなどの精神・心理的・認知的な虚弱),社会的フレイル(地域における社会福祉や支援不足)がある.また,その進行過程は階段状の変化ではなく,スロープ状の変化であるため,日常の生活レベルでの対応が重要とされている.当院のある東京都西多摩医療圏におけるフレイル対策アンケート調査(Table 1)を見ても公衆衛生上の対策はまだまだと考える.しかし,2020年4月には,75歳以上を対象とした後期高齢者医療制度の検診でフレイル質問票の活用が開始されるため(フレイル検診),公的な対応に関して今後の展開が期待される.
フレイルの概念 3)より改変.
東京都西多摩医療圏フレイル対策アンケート調査結果.
フレイルの診断方法はさまざまであるが,最も汎用されているのが2001年にFriedらが発表した基準を日本版に翻訳したJ-CHS(Japanese version of the Cardiovascular Health Study)基準である.これは,①体重減少(6カ月で2~3kg以上の体重減少),②疲労感,③身体活動量の低下,④歩行速度の低下(1.0m/秒未満),筋力低下(握力:男性26kg未満,女性18kg未満)のうち,3項目以上当てはまる場合には「フレイル」,1~2つ該当は「プレフレイル」と診断する.その他の診断ツールには,荒井ら 3)が道具を必要としないスクリーニング法として簡易フレイル・インデックスや厚生労働省が推奨している25の質問項目で構成されている基本チェックリストなど複数ある.課題としては,わが国のみならず世界的に統一した診断基準は決定しておらず策定が急がれている.
フレイルのわが国における有病率は,当然のことながら高齢になるほど上昇し,地域在住高齢者において65~74歳で4%,75~84歳で16.2%,85歳以上で34%と報告されている 4).
アウトカム要因として,J-CHS基準に基づいてフレイルと診断された高齢者の2年間における新規要介護認定の発生は,年齢や性別その他の因子で調整しても健常者に比べて高く 5),死亡そのものも1つの因子とされている.
②サルコペニア(sarcopenia)の定義と分類,診断サルコペニアは,加齢による骨格筋量減少を意味する言葉として1989年にRosenbergによって提案された.2010年には,ヨーロッパのワーキンググループ(European Working Group on Sarcopenia in Older People:EWGSOP)によって,サルコペニアのコンセンサス論文が発表された 6).この論文では「サルコペニアは進行性,全身性に認められる骨格筋減少と筋力低下であり,身体機能障害・QOL低下・死亡リスクを伴う」と定義された.さらに,2018年には新たなコンセンサス論文EWGSOP2が発表され,「サルコペニアは,転倒・骨折・身体機能障害および死亡などの転帰不良の増加に関連しうる進行性および全身性に生じる骨格筋疾患である」と,その定義が改訂された 7).この定義では,ICD-10に登録されている骨格筋疾患と明記され,転帰不良として転倒(odds比:横断研究1.60,前向き研究1.89)・骨折(odds比:横断研究1.84,前向き研究1.71) 8)が含まれた.また高齢者に限定した疾患概念から全世代で生じる年代不問の疾患といえる.高齢者におけるサルコペニアはフレイルの中核的病態とされている.
サルコペニアの分類は,加齢のみが原因である一次サルコペニアと,加齢以外の原因が明らかである二次性サルコペニアに分類される.二次性サルコペニアの原因には,低活動・低栄養(エネルギーやタンパク質の摂取不良や吸収不良)・疾患(急性炎症,がん,慢性心不全,自己免疫疾患,慢性感染症など)が含まれ年齢不問の疾患である.さらにEWGSOP2論文では,発症して6カ月未満の急性サルコペニアと6カ月以上持続する慢性サルコペニアに分類されている 6).
サルコペニアの診断方法は,EWGSOP2論文において,発見→評価→確定診断→重症度診断とされている.これは,①サルコペニアの自記式スクリーニングであるSARC-F(Table 2) 9)で10点満点のうち4点以上であれば,サルコペニアが疑われる.②握力や椅子の立ち上がりテストで筋力を評価し,筋力低下(握力:男性27kg未満,女性16kg未満 椅子立ち上がりテスト:5回で1.5秒以上)があればサルコペニアの可能性が高いと診断する.③DXAやBIAなどで筋肉量を評価して,筋力低下に加えて筋肉量減少(四肢筋肉量:男性20kg未満,女性15kg未満 骨格筋指数:男性7.0kg/m2未満,女性6.0kg/m2未満)を認めればサルコペニアと確定診断される.④歩行速度など身体機能を評価して,サルコペニアに加えて身体機能低下(歩行速度:0.8m/秒以下)を認めれば重症サルコペニアと診断される.
サルコペニアの自記式スクリーニング(SARC-F) 9).
サルコペニアのわが国における有病率は,山村・漁村在住の60歳以上の男女1,099人を対象としたROADスタディでは,8.2%(男性8.5%,女性8.0%)であると推定された 10).
③ロコモティブシンドローム(locomotive syndrome)定義と診断ロコモは,2007年日本整形外科学会が骨・関節・筋肉などの運動器の衰えが原因で,「立つ」「歩く」といった移動機能が低下している状態を提唱し 11),さらに2015年にはロコモ臨床判断値としてロコモ度を提唱し,立ち上がりテスト・2ステップテスト・ロコモ25(cut off値:男性6.4 女性6.8) 12)の検査結果からロコモ度1・2と分類し,移動能力低下の早期発見・対策を進めている.ロコモ度1は移動能力低下の始まり,ロコモ度2は移動機能低下が進行した状態であり,ロコモ度を積極的にチェックすることでロコモ度1にならない予防,ロコモ度2へ進行しない介入が重要である.
ロコモには骨の障害(骨粗鬆症)・関節軟骨や脊椎椎間板障害・脊髄または末梢神経障害(変形性関節症,腰部脊柱管狭窄症)・筋肉の障害(サルコペニア)があり,ロコモはサルコペニアを包括している.また身体的フレイルのうち身体活動量・歩行速度・筋力低下はロコモの状態を反映しており,健康寿命を損なう起点となっている.
④骨粗鬆症(osteoporosis)の定義骨粗鬆症の定義は「骨強度の低下を特徴とし骨折のリスクが増大しやすくなる骨格疾患」(2000年,NIHコンセンサス会議)と提唱されている.骨粗鬆症は,運動器障害の中でも脆弱性骨折を来たし,移動を不自由にさせて日常生活活動(ADL)・生活の質(QOL)を低下されるため“健康寿命延伸阻害因子”とされ 11),ロコモの中核的病態とされている.
骨折の発生頻度では脊椎椎体骨折(60代後半以降で急増)が最多で大腿骨近位部骨折(70代後半以降で急増)がそれに続き,ともにADL・QOLの低下を来たし,生命予後不良とされている 13).
⑤フレイル・サルコペニア・骨粗鬆症の相互関連ROADスタディの第2回調査,第3回調査の結果を用いて,フレイル・サルコペニア・骨粗鬆症との相互関連を検討した報告では,骨粗鬆症の存在は将来のサルコペニアおよびフレイルの発生リスクを有意に上昇しており,逆にサルコペニア・フレイルの存在は将来の骨粗鬆症発生リスクを上昇する方向にはあったが有意ではなかったとされた(Figure 2) 14).次に骨粗鬆症とサルコペニアの合併とフレイルの発生リスクの検討では,健常者を1としたところ骨粗鬆症単独では2.5倍,骨粗鬆症とサルコペニアの合併では5.8倍とフレイル発生リスクが上昇していた 14).これらより,骨粗鬆症の予防が機能すれば,脆弱性骨折のみならずサルコペニアやフレイルを予防する可能性が示唆された.
サルコペニア・フレイル・骨粗鬆症の発生対する関連(60歳以上) 14).
上述した健康寿命延伸を目的とした部門横断的な医療の取り組みのアウトカムは,虚弱化した状況に対する生体の健常化である.その対策は,いずれも共通しており,薬物療法・栄養介入・運動介入の3本柱が連携することが重要とされている.その中でも栄養介入は,アウトカム向上の中核的因子で単純にエネルギーを供給するのみでは有効ではなく,蛋白同化や骨形成に有効な窒素源やビタミンDの安定した供給が求められている.これらの安定供給には,消化管が適切に機能し,摂食意欲が維持されていることが絶対条件である.しかし,加齢に伴う消化管の変化と健康寿命維持・回復への影響については現在まであまり注目されていない.次項では,加齢と消化管機能の変化をレビューし,健康寿命との関連性について考察する.
消化管は予備的な機能を兼ね備えている臓器とされている.基礎代謝率から推測すると,他の臓器と比べ消化管は加齢による影響が少ないと考えられている(Figure 3) 15).しかし,消化管には多種多様な細胞が存在し,器官系の中でも特殊な器官とされ,疾患に罹患しやすく,消化管老化が律速することが推測されている.
加齢と生理機能の推移 15)より改変.
口腔内から咽頭における加齢変化で摂食状況に大きく影響するのが唾液分泌量の低下である.唾液分泌量低下は,咀嚼・嚥下に支障を来たし,口腔内乾燥(ドライマウス)に伴う口内炎・舌炎・疼痛などによる摂食低下を呈する要因となる.これは,日本歯科医師会が注力しているオーラルフレイル(Figure 4)の第3段階とされ,口腔機能低下症を診断する重要因子に挙げられている.唾液腺は,慢性疾患に罹患していない高齢者において唾液内蛋白質・ラクトフェリン・Na+・K+などの成分に大きな変化は認められないと報告されている 16).しかし,ドライマウスは加齢性変化に加えて合併症・服薬・咀嚼機能低下などが複合的に関与して発生するため,現状としては外来患者に多く認められる 17).ドライマウスの原因薬は,抗コリン薬を筆頭に抗うつ薬・抗ヒスタミン薬・尿失禁治療薬・胃酸分泌抑制薬などがあり,服薬の種類が多い(polypharmacy)と発症率が高いと報告されている 18).一方では,口腔衛生指導と補綴治療により口腔環境と咀嚼機能を改善させると唾液分泌量も増加することが報告され 19),ドライマウスは可逆性の高い病態とされている.内視鏡診療に関連する事項として留意すべきことは,ドライマウスによって食道内に逆流した少量の胃酸を唾液によって中和することが出来ず,下部食道を中心にGERDが生じやすいことであろう.
オーラルフレイル概念図2019年版【第3レベル口腔機能低下症】.
食道の加齢による変化は,粘膜そのものの変化よりもむしろ運動機能異常が中心である.成因は食道壁内の神経叢の機能低下であり,特に求心性神経への刺激伝達が十分でないことが食道蠕動波の形成不全につながり,食物の停滞・逆流した胃酸・胃内容物の食道からの排泄障害が生じる 20).食道運動障害は,つかえ感(嚥下困難感)・胸痛(非求心性胸痛;non-cardiac chest pain)を惹起する可能性がある 21).また,下部食道括約筋部(lower esophageal sphincter;LES)の弛緩障害は,食物通過障害を引き起こし,逆にLES圧が低下した場合は,胃からの逆流が生じうる(逆流性食道炎).これらの変化は,当然,食事摂取量低下につながる症状を呈するため健康寿命阻害要因となる可能性がある.
③胃における加齢変化加齢により,胃粘膜は徐々に繊維化をおこし,さらに胃酸分泌能が低下することにより胃内pHが上昇することが報告されている 22).粘膜の萎縮には,加齢に加えてヘリコバクター・ピロリ感染が深く関わっており,ヘリコバクター・ピロリ感染陰性であれば酸分泌低下は年齢相応で律速はしない 23)~25).ただし,食事などの環境因子の関与によっては,酸分泌の減少が律速する傾向が見られる.また,壁細胞数の減少がさらに酸分泌能低下させる.その他,加齢による胃粘膜細胞数の減少 26),細胞増殖帯の幹細胞の減少 27),増殖因子やその受容体減少 28),粘膜血流の低下 29)なども報告されている.これら胃粘膜の器質的老化は,タンパク質分解能・ビタミンB12・鉄の吸収に大きく関わるため,的確なモニタリングと栄養指導が求められる.
胃の機能性に関しては,やはり加齢に伴う蠕動運動が低下し,胃排泄能が遅延することが報告されている.高齢者の機能性ディスペプシアによる消化器症状の50~60%が,精神的・社会的要因による.そのため,うつ病・抑うつ症状・不安神経症などの原因を注意深く鑑別診断することが必要である 30).高齢者の機能性ディスペプシアは,食道と同様に食事摂取量に大きく関わる病態であり,早期に対応することが求められる.
④小腸・大腸における加齢変化加齢により小腸は,粘膜萎縮が生じて絨毛の高さが低下するとともにその幅が広がり,吸収面積が低下する小腸バリア機能低下を認める.さらには,局所免疫を担当しているパイエル板も減少すると報告され,これらが免疫老化の一因と考えられている 31).小腸の蠕動運動についても粘膜下層の繊維化が強くなり,筋層の萎縮が生じるために運動能が低下する 32).高齢者の消化吸収能は,これらにより全般的に軽度低下するが,特に脂質・糖質・カルシウムの吸収が低下すると考えられている.小腸の老化は,栄養状態や免疫状態の低下に大きく反映されることが推測されるため,老化律速抑制が健康寿命延伸の最根幹と考えられる.
大腸では,固有筋層や結合織が萎縮して脆弱化するため大腸憩室が発生しやすくなる 20).また,蠕動運動低下・肛門括約筋の収縮力低下・腹圧の低下から,特に便秘の頻度が増加する(Figure 5) 33).平成28年厚生労働省の国民生活基礎調査によると便秘の有訴率は,若年層で女性が圧倒的に高いが75歳から有訴人口が急激に上昇し,80歳で有訴率は男性が高くなる.慢性便秘症患者では,日常活動性障害率・労働生産性低下率が上昇することが報告されている 34).よって,高齢者の慢性便秘症は,健康寿命阻害要因となるため適切な対応が求められる.大腸老化の最大要因は,腸内細菌叢の構成変化とされているが詳細は次項で説明する.
高齢者便秘症要因―加齢要因と環境要因 33)より一部改変.
加齢により,胆嚢の緊張低下に伴う胆嚢容積の増大や十二指腸乳頭炎,Oddi括約筋の機能低下に伴う総胆管の拡張が報告されているが 35)生体に及ぼす影響はほとんどないと考えられている.
膵臓は,加齢に伴うインスリンの分泌低下やインスリン抵抗性の増大が報告されている.これは,加齢による膵β細胞の疲弊や体組成変化に基づくものと考えられていたが,その本質にミトコンドリア機能低下が介在する可能性が示唆されている 36).加齢に伴う膵臓の老化は,耐糖能に大きく反映する.平成29年の国民健康・栄養調査によると日本人は高齢になるとタンパク質・脂質摂取量は低下するが炭水化物摂取量は低下しない傾向にある.膵機能の老化は,血管イベントを助長する糖質スパイクを助長するため炭水化物の摂取方法にはきめ細やかな栄養指導が求められる.
近年,次世代シーケンサーを用いた遺伝子レベルでの網羅的解析が施行され,ヒトマイクロバイオームの研究として腸内細菌叢の構成や機能をビックデータとして集積され解析が進められている.その結果,腸内細菌叢の多様性や構成の異常(dysbiosis)が,さまざまな疾患に関与していることが明らかになっている.これに伴ってプロバイオティクスを中心とした疾患治療への活用も年々進化している.また世界的な高齢化の進行と健康寿命の延伸の関心の高さから,疾患治療のみならず,疾患予防・健康長寿を期待した腸内細菌叢への介入も積極的に研究されている.よって本項では加齢に伴う腸内細菌叢および腸内細菌叢を介した疾患予防について解説する.
腸内細菌叢は比較的安定した生態系ではあるが,抗生物質の経口投与・下痢や便秘などの多くの疾患・食事・感染・衛生環境などの因子の影響を受けて,その構成や機能が変化することもある.加齢に伴う腸内細菌の劇的な変化は,1973年に光岡ら 37)が培養法を用いて示している.光岡ら 37)は,壮年期を過ぎて老年期に入ると,腸内細菌叢が変化し,Bifidobacteriumが減少し始め,これに対しClostridium perfringensが検出率・細菌数ともに顕著に増加し,Lactobacillus・Enterobacteriaceae・Streptococcusも増加してくることを明らかにした.また,小田巻ら 38)は,日本国内に在住している生後間もない0歳児~健康な104歳までの計367名の糞便を次世代シーケンサーにて腸内細菌叢を網羅的に解析し,乳幼児から長寿者までの腸内細菌叢の変動を明らかにした(Figure 6).3~60歳では安定してFirmicutes門が最優勢となり,70歳を超えるとBacteroidetes門やProteobacteria門の割合が徐々に増加するとし 38),光岡らと類似している結果となっている.Biagiら 39)は,長寿者(平均100歳)の腸内細菌叢を高齢者(平均73歳),成人(平均31歳)と比較したところ長寿者は高齢者や成人と比較して多様性が有意に減少していたとした.さらに,長寿者は炎症性サイトカインが高齢者や成人と比較して高く,Proteobacteria門に属する細菌の増加が炎症性サイトカインと正に相関していることを報告した.この結果は,長寿者におけるdysbiosisが炎症を引き起こす可能性と,炎症亢進が腸内細菌叢の変化を促進する可能性を示唆した.これらの結果を踏まえると,高齢者の腸内細菌叢の変化には,食事内容・運動能力・腸管の生理状態・慢性疾患の有無・抗菌剤使用歴・生活環境など,同じ年齢でも多くの要因が関与していることが考えられている.
ヒト腸内細菌叢の年齢による変化 38).
加齢に関連する腸管の生理機能低下は,長期にわたる免疫系の刺激により免疫老化を引き起こし,軽度の慢性炎症状態になることで腸内細菌叢の多様性・組成・機能に深刻な影響を及ぼすと報告されている(Figure 7) 40).この状況が細菌性腸炎・動脈硬化・癌・2型糖尿病・パーキンソン病・アルツハイマー病などの多くの老化関連疾患に発展する.健康寿命延伸は,疾患からの早期回復・予防が重要であることを考慮すると,老化関連疾患の原因となる免疫老化からの慢性炎症を抑制することが疾患改善や予防につながる可能性が考えられる.プロバイオティクスの腸内細菌や発酵乳などのバイオジェニクスなどは直接的に炎症応答を低下させ,免疫応答を改善し,それにより免疫老化を防ぐことでバランスの良い腸内細菌叢を確立して宿主に健康をもたらせる可能性が考えられる.
加齢依存的な腸内細菌叢の変化と加齢関連疾患 40).
これは先述したフレイルの概念と類似しておりdysbiosis=腸内細菌フレイルとも推察でき,その対策は,健康寿命延伸を目的とした医療の取り組みの根幹になり得る.今後,大腸内へのアプローチとして最も有効な内視鏡診療には,大腸内pH測定・大腸内短鎖脂肪酸量測定・大腸内ガス分析などの簡易的パラメータ機器が開発され,安価でかつ精度の高いdysbiosis診断が出来ることが望まれる.
わが国は少なからずとも22世紀までは,高齢化社会が継続すると考えられている.低侵襲性の高く,需要が内視鏡診療であるが,治療内視鏡を含む下部消化管内視鏡死亡例は高齢であるほど多く,内視鏡検査に伴う死亡例の75%が70歳以上で占められており,75.9%が治療内視鏡に関連していたと報告されている 41).当然ではあるが,高齢者(特に75歳以上)は偶発症が重症化しやすく,他の消化器内視鏡と比べても高リスクといえる胆膵内視鏡やESDにおいては特に注意が必要となる.
内視鏡診療に対するガイドラインでは,平均余命(Table 3)・フレイル・サルコペニア評価(前述)・栄養評価(CONUT score, Geriatric Nutritional Risk Index(GNRI)など) ・予後予測(高齢者総合機能評価(CCA),Charison Comorbidity Index(CCI) , 予後栄養指数(PNI)など)を考慮した総合的評価システムがないのが現状である.今後,日本外科学会を基盤とするNational Clinical Database(NCD)に匹敵する日本消化器内視鏡学会基盤のJED-Projectシステムが開始され,ビックデータの蓄積が想定される.これらを活用した健康寿命延伸に貢献する日本消化器内視鏡学会主導の高齢者(75歳以上)内視鏡診療総合評価システム開発が期待される.
高齢者の平均余命(厚生労働省 平成29年簡易生命表).
超高齢社会を迎えたわが国では,健康寿命延伸が医療経済性などの観点から必須である.消化管は予備的な機能を兼ね備えている臓器で,他の疾患と比較しても加齢による影響は少ないといわれている.しかし,消化管の老化が原因とした器質性疾患や機能性疾患は年々増加している.その結果,腸内細菌叢の変化・低栄養・フレイルにつながる点が危惧される.つまり消化管老化そのものが健康寿命を損なう可能性があると考えられる.
本稿では,健康寿命延伸を目的とした医療の取り組み・消化管老化・腸内細菌叢の加齢変化について総括した.これらから,健康寿命延伸の根幹は,消化管疾患改善や予防であるといっても過言ではないだろう.今後,高齢者に対する内視鏡診療を含めた消化器領域で健康寿命延伸を目的としたエビデンスのさらなる構築とアウトカム向上に向けた対策の発展が望まれる.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし