2020 Volume 62 Issue 5 Pages 557-562
症例は72歳,男性.便潜血陽性のため近医で実施した大腸内視鏡検査にて,回盲弁直上に隆起性病変を認め,内視鏡的治療目的に当院紹介となった.CT,MRI検査で非常に血流の豊富な腫瘍であり,神経内分泌腫瘍が鑑別に上がり,診断的治療目的に腹腔鏡補助下回盲部切除を施行した.切除標本の病理結果から化膿性肉芽腫の診断であった.神経内分泌腫瘍と鑑別を要した症例で大腸のpyogenic granulomaは比較的稀であり報告する.
化膿性肉芽腫(pyogenic granuloma)は皮膚や粘膜に由来する隆起性の肉芽腫で乳幼児から高齢者まで様々な年齢層に発症するものの口腔以外の消化管発生は比較的稀であり,1897年にPoncetらにbotrymycosis humaineとして初めて報告され 1),1904年にHarzellによりpyogenic granulomaと呼ばれるようになった 2).消化管での報告は食道に多く,胃,十二指腸では稀で,小腸,大腸では少ない 3).今回,われわれは盲腸の隆起性病変が豊富な血流を有したことから神経内分泌腫瘍との鑑別を要し,腹腔鏡下手術により,診断されたpyogenic granulomaの1例を経験したので報告する.
患者:72歳,男性.
主訴:便潜血陽性.
家族歴:特記事項なし.
既往歴:前立腺肥大症に対し経尿道的前立腺切除術,高尿酸血症,脂質異常症,腹部手術歴なし.
内服薬:ベンズブロマロン25mg,ピタバスタチンカルシウム水和物2mg,クエン酸カリウム・クエン酸ナトリウム水和物配合散2g.
現病歴:2018年X月,近医にて,便潜血陽性の原因精査目的に下部消化管内視鏡が実施され,回盲弁直上にポリープが認められたため,内視鏡治療目的で当院消化器内科へ紹介となった.
入院時現症:身長158cm,体重45㎏,BMI 18.0,体温37℃,血圧124/67mmHg,脈拍65回/分,整,呼吸数17回/分.腹部は平坦,軟,圧痛なし.
入院時血液検査所見:WBC 6,900/μl,RBC 446×104/μl,Hgb 13.5g/dl,Plt 15.1×104/μl,T-bil 0.66mg/dl,AST 18U/L,ALT 10U/L,ALP 200U/L,LDH 167U/L,Na 135mEq/l,K 4.8mEq/l,Cl 103mEq/l,TP 7.0g/dl,Alb 4.1g/dl,BUN 13.5mg/dl,Cre 0.82mg/dl,CRP 0.05mg/dl,CEA 2.9ng/ml,CA19-9 22.2U/ml,NSE 7.0ng/ml.
下部消化管内視鏡所見:回盲弁上に25mm大亜有茎性隆起性病変を認め,表面には白苔付着しており通常観察では表面構造の観察は困難であった(Figure 1-a,b).
下部消化管内視鏡所見(a:遠景像,b:近接像).
回盲弁上に表面に厚い白苔の付着した隆起性病変を認めた.表面構造の観察は不可能であった.
腹部造影CT検査:回盲部に強い造影効果を有する隆起性病変を認めた.上腸間膜動脈(Superior mesenteric artery:SMA)の最大値投影法(Maximum intensity projection:MIP)では腫瘍は回結腸動脈から栄養されており,早期から静脈灌流を認めた.腹部骨盤リンパ節に有意な腫大は認めなかった(Figure 2-a,b).
造影CT検査(a:水平断,b:SMA MIP画像).
回盲部に強い造影効果を有する隆起性病変があり(矢印),回結腸動脈より血管増生を認め,早期から静脈灌流を認めた(矢頭).
腹部造影MRI検査:回盲部の腫瘍は,径15mmほどで,T1WI低信号,T2WI高信号で,DWIにて淡い高信号を呈していた.Dynamic studyでは早期より強い増強効果を呈していた.
ソナゾイド造影超音波検査:バウヒン弁近傍に内腔に突出する約25×13mm大の低エコー腫瘤を認め,ソナゾイド投与直後から強く濃染され15分後まで長期に濃染が持続した.
ソマトスタチン受容体シンチグラフィー(somatostatin receptor scintigraphy:SRS):4時間後,24時間後の撮影いずれにおいても,回盲部腫瘍にRIの集積は指摘できなかった.
以上から,回盲部腫瘤は,神経内分泌腫瘍(neuroendocrine tumor;NET),pyogenic granuloma,癌,Gastrointestinal stromal tumor(GIST)が鑑別に上がった.非常に血流が豊富であったことより,内視鏡的切除は出血のリスクが高いと判断し,十分なインフォームドコンセントを行い,手術の同意が得られたので診断的治療目的に腹腔鏡下手術を行う方針となった.
手術所見:5ポートで手術施行,腹腔内観察では,上行結腸周囲に広範な癒着を認めたが,腹水なく,明らかなリンパ節腫大は認めなかった.腹腔鏡補助下回盲部切除,D3郭清術施行した.手術時間188分,出血5gであった.
切除標本病理肉眼所見:バウヒン弁直上に1cm大の亜有茎性隆起性腫瘤を認めた(Figure 3-a,b).
切除標本.
a:切除標本.
b:固定後切除標本(断面).
c:中拡大像.
切除標本病理組織所見:表層にはびらん,好中球浸潤を認め,中小の細血管が分葉状に増生して認められた(Figure 3-c).リンパ球浸潤を伴い腫大した内皮細胞の増生により血管腔の目立たない部分も認められた.免疫染色では血管内皮系マーカーのCD31,34(Figure 4-a,b)はいずれも陽性で,汎サイトケラチンAE1/3および神経内分泌系のクロモグラニンA,シナプトフィジン,CD56はいずれも陰性であった.以上の所見からpyogenic granulomaと診断した.
免疫染色.
a:CD31.
b:CD34.
術後経過:術後経過は良好で術後3日目より食事開始し,術後8日目退院となった.
Pyogenic granuloma は皮膚や口腔粘膜の結合組織に由来する良性の炎症性腫瘤であり,消化管に発生することは比較的稀であり 4),食道の報告例は散見されるが大腸では少ない.2019年2月医学中央雑誌で会議録を除き「化膿性肉芽腫」「pyogenic granuloma」「大腸」をキーワードに検索すると自験例を入れて27例であった 3),5)~9).
Pyogenic granulomaは血管腫が二次的な炎症により肉芽形成し,起こってくることから,肉芽組織型血管腫とも呼ばれ 10),豊富な血流を有する.本症例の盲腸の病変の内視鏡所見は表面に白苔を有していたが,造影CTでは非常に血流が豊富で神経内分泌腫瘍との鑑別が必要と考えられた.SRSでは陰性であり,NEC(neuroendocrine carcinoma)は否定できないものの,NETの可能性は低いと考えられた.また,血流が豊富であったことから,生検や診断的内視鏡的切除は行わず腹腔鏡下手術の方針となり,手術後に盲腸pyogenic granulomaの診断に至った.
大腸のpyogenic granulomaの内視鏡診断は本症例のように表面に白苔を有し,水洗などで易出血性の亜有茎性隆起性病変の特徴的な所見を経験したことがあれば容易であるが,悪性腫瘍を含む隆起性病変との鑑別が必要となる.貧血などの有症状症例や悪性腫瘍が否定できない場合,診断的治療目的に内視鏡的治療が選択されることが多いと考えられる.その場合でも施行前に画像診断でリンパ節腫大の有無や血流評価を行うことは必要と考えられる.最近ではpyogenic granulomaに対する内視鏡治療の報告例が増えている 3).しかし,pyogenic granulomaの不完全切除例では再発することがあり 8),また,本症例のように,非常に血流が豊富な場合や,悪性腫瘍が否定できないと考えられた場合には外科切除も検討されるべきであると考えられる.
大腸のpyogenic granulomaの発見契機は,毛細血管の増生と拡張を伴っていることや表面にはびらん,潰瘍が生じていることが多いため,血便,貧血や便潜血陽性で発見されることが多いと考えられる.小児の大腸pyogenic granulomaは,血便や腸重積の原因となることが報告されており 11),成人では回腸に生じたpyogenic granulomaが腸重積をおこした報告例 12)がある.また,大腸のpyogenic granulomaは,非特異的な外観を呈し,本症例はNETと診断したが,大腸癌と誤診され拡大手術が行われることがある 13).
一方,大腸のNETは黄色調で弾性硬の粘膜下腫瘍の形態をとることが多く 14),本邦では直腸が好発部位である.本症例の病変は,白苔を伴う有茎性の病変で,内視鏡所見上ではNETは否定的であり,振り返ってみると,比較的pyogenic granulomaに特徴的な内視鏡を呈していた.しかし,造影CT所見やソナゾイド造影超音波所見で血流豊富な腫瘍であったことからNETを否定しきれず,当院での消化器画像カンファレンスの結果,pyogenic granulomaの診断に至らなかった.大腸のpyogenic granulomaは稀であるが,血流が豊富で粘膜表面に強い炎症所見を呈する隆起性病変を認めた場合,大腸であってもpyogenic granulomaを念頭に診断,治療を検討すべきである.
稀な盲腸のpyogenic granulomaの1例を経験した.今回,われわれは内視鏡所見からpyogenic granulomaの診断に至らず,神経内分泌腫瘍の診断のもとに,腹腔鏡下手術を行い,確定診断を得る結果となった.大腸のpyogenic granulomaは稀ではあるが,内視鏡的切除も検討可能な疾患であり,粘膜表面の炎症所見が強く,血流豊富な隆起性病変を認めた場合には鑑別診断として検討することが重要である.
謝 辞
今回の症例報告に際し,熊本労災病院放射線科 荒木裕至先生,近藤 匠先生,病理診断科 栗脇一三先生のご協力・ご助力・御指導により報告できたことを紙面を借り深謝致します.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし