2020 Volume 62 Issue 6 Pages 691-695
症例は70歳代,女性.以前より胃噴門部に淡い黄色調の5mm大の粘膜下腫瘍を認めていた.上部消化管内視鏡検査,超音波内視鏡検査で神経内分泌腫瘍の可能性を指摘されるも生検では確定診断ができず,完全摘除生検目的でligating device使用による内視鏡的粘膜切除術(EMR-L)を行った.最終病理組織診断結果はリンパ上皮性嚢胞であった.リンパ上皮性嚢胞は胃での報告は非常に少なく,方法に関わらず切除例はまれであり,内視鏡的に切除したとする報告は他にはない.非常に貴重な症例であり,同様の症例に遭遇した際の一助とするために今後さらなる症例の蓄積が必要である.
リンパ上皮性嚢胞は胎生期の䚡嚢(咽頭嚢)の形成異常であり,胃での報告は非常に少ない.今回われわれは神経内分泌腫瘍(neuroendocrine tumor:NET)との鑑別が困難であったため完全摘除生検目的で内視鏡的に切除を行った胃のリンパ上皮性嚢胞の1例を経験したので,文献的考察を含め報告する.
症例:70歳代,女性.
主訴:特になし.
既往歴:関節リウマチ.
家族歴:特記すべきことなし.
生活歴・嗜好歴:飲酒なし,喫煙なし.
現病歴:201X年7月より胃噴門部に5mm大の粘膜下腫瘍(submucosal tumor:SMT)を認めていた.201X+2年2月の上部消化管内視鏡検査の際にNETの可能性を指摘されるも生検では確定診断できず,5月の超音波内視鏡検査(endoscopic ultrasound:EUS)でもNETが疑われたため7月に入院となった.
入院時現症:身長155.0cm,体重44.0kg,BMI 18.3kg/m2.意識清明,体温36.6℃,血圧93/55mmHg,脈拍90/分,整.眼球結膜は黄染なし,眼瞼結膜は貧血なし.表在リンパ節は触知せず.胸部に心雑音・肺雑音なし.腹部は平坦軟,腸蠕動音は正常,自発痛・圧痛なし.肝脾や腫瘤を触知せず.四肢は浮腫なし.
臨床検査成績(Table 1):末梢血では異常所見を認めなかった.生化学ではアルブミン3.4g/dlと軽度低値を認め,CRP 1.21mg/dlと軽度高値を認めた.血清ガストリン値は58pg/mlと基準値内であり,Helicobacter pyloriは血清抗体,便中抗原ともに陰性であった.
臨床検査成績.
上部消化管内視鏡検査所見(Figure 1):胃噴門部の大彎側に淡い黄色調の5mm大のSMTを認めた.クッションサインは陰性であった.粘膜表面微細構造,微小血管構築像ともにregularでありdemarcation lineも認めなかった.胃粘膜に萎縮性変化はなく,体下部から胃角小彎にregular arrangement of collecting venules(RAC)を認めた.
胃噴門部の大彎側に淡い黄色調の5mm大の粘膜下腫瘍を認めた(矢印).クッションサインは陰性であった.
超音波内視鏡検査所見(Figure 2):第3層を主座とする内部均一な9mm大の低エコー腫瘤を認めた.
第3層を主座とする内部均一な9mm大の低エコー腫瘤を認めた(矢印).
入院後経過:NETの可能性は否定できないものの,胃粘膜下腫瘍の治療方針 1)では2cm未満であり増大傾向や悪性所見もないため経過観察となることにつき説明したが本人の切除希望が強く,十分なインフォームド・コンセントを得た上で第2病日に完全摘除生検目的でligating device(ニューモ・アクティベイト EVLデバイスⓇ,住友ベークライト株式会社)使用による内視鏡的粘膜切除術(endoscopic mucosal resection with ligation device:EMR-L)を行った.術後経過は問題なく,第8病日に退院となった.
病理組織学的所見(Figure 3):胃粘膜で覆われた部分の粘膜~粘膜下層に重層扁平上皮で構成される嚢胞状の病変を認めた.上皮に異型はなく嚢胞壁には濾胞を含む小リンパ球優位の細胞浸潤を伴っていた.細胞核にも異型はなく最終病理組織診断結果はリンパ上皮性嚢胞であった.
a:弱拡大像.
b:強拡大像.
胃粘膜で覆われた部分の粘膜~粘膜下層に重層扁平上皮で構成される嚢胞状の病変を認めた.上皮に異型はなく嚢胞壁には濾胞を含む小リンパ球優位の細胞浸潤を認めた.
リンパ上皮性嚢胞は囊胞壁に明瞭な濾胞を含むリンパ組織を有することを特徴とする先天性囊胞性疾患であり,側頸部,耳下腺に好発する 2).囊胞内容物(角化物)の増加により緩徐に増大するといわれており 2),消化器領域では食道,膵臓での報告は散見されるが胃での報告は非常に少ない.
側頸部の病変については最も多いものは第2鰓溝由来であり 3)転移性リンパ節との鑑別が重要となる 4)が,悪性化はきわめてまれと報告されている 5).OK-432硬化療法やエタノール注入療法も報告されているが,可能な限り外科的摘出を行うべきと考えられている 3).なお,感染があれば抗菌薬を投与し消炎の後に手術を行うのが一般的である 4).また,膵臓の病変については発生機序として周囲リンパ節における異所性膵の膵管上皮が扁平上皮化生を起こした説,閉塞・拡張した膵管が扁平上皮化生を起こし膵周囲リンパ節に突出した説,膵管組織由来の真の膵嚢胞説なども考えられている 6).そして基本的に良性と考えられており,確定診断がつけば経過観察が可能であるが画像診断による悪性疾患の否定は困難であると報告されている 2).Arumugam Pらは148例のうち外科的切除なしで経過観察されたものはわずか13%であったと報告している 7).
SMTは消化器内視鏡用語集 8)では粘膜よりも下方に存在する壁内病変により粘膜が挙上されて生じた隆起の総称と定義されている.しかし,広義のSMTは粘膜下層を主体に発育する上皮性腫瘍および静脈瘤や壁外性圧排を含めたものとされ,鑑別診断のためにはEUSを用いた精査が不可欠である.EUSはSMTの診断において,消化管壁内外病変の鑑別診断,局在層診断,エコーレベルによる組織性状の推測,大きさの計測が可能である 9).本症例はやや黄色調,クッションサインが陰性,超音波内視鏡検査では第3層を主座とする低エコー腫瘤であった.間葉系腫瘍,顆粒細胞腫,平滑筋腫なども鑑別に挙がるがNETの可能性も十分考えられる病変であった.無エコーではなくクッションサインも陰性であり,切除前に嚢胞性病変と診断することは困難であったと考えている.なお,膵においてはEUSにおいて嚢胞内容物により多彩な内部エコーを呈すると報告されており 6),内部均一な低エコー腫瘤を呈したことも矛盾しない所見と考えている.
本症例は生検では確定診断が得られなかった.EUS-FNAはサイズ的に困難と判断し,EUSで第3層までに限局していたことより内視鏡的切除が可能と判断し完全摘除生検目的でEMR-Lを行った.EMR-Lは増田ら 10)により1993年に報告され現在では広く普及している治療手技である.治療手技としては他にstrip biopsy法,endoscopic mucosal resection using a cap-fitted panendoscopy(EMRC)法,endoscopic aspiration mucosectomy(EAM)法,内視鏡的粘膜下層剝離術などがあるが,EMR-Lは非常に簡便な方法であると考えており本症例においても選択した.
胃に生じたリンパ上皮性嚢胞の報告は,「リンパ上皮性嚢胞」,「胃」をキーワードとして医学中央雑誌(会議録を含む),「lymphoepithelial cyst」,「stomach」をキーワードとしてPubMedで2018年12月までの期間でわれわれが検索しうる限り3例のみ 11)~13)であった(Table 2).Delvaux Sらの報告 11)ではリンパ上皮性嚢胞は胃体部前壁に存在し,別部位である胃上部後壁の進行胃癌(1型)に対し胃全摘術を行い切除標本にて確定診断された.渡辺らの報告 12)では粘膜下腫瘍様の形態を呈した胃癌が疑われたため切除され,伊波らの報告 13)では有症状の粘膜下腫瘍にて手術適応と判断されていた.本症例とあわせて4例のみであるが,局在については胃角部や前庭部に発生したものはなく,内視鏡的に切除したとする報告は本症例以外にはなかった.
胃に発生したリンパ上皮性嚢胞の報告例のまとめ.
内視鏡的に切除し診断した胃噴門部のリンパ上皮性嚢胞の1例を経験した.同様の症例に遭遇した際の一助とするために今後さらなる症例の蓄積が必要と考えるが,非常にまれな病態であり文献的考察を含め報告した.
謝 辞
稿を終えるにあたり,病理組織学的所見につきご指導いただきました当院病理科の小嶋啓子先生に深謝いたします.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし