2020 Volume 62 Issue 7 Pages 771-777
症例は74歳女性.検診胃透視にて胃体部大彎の辺縁不整を指摘され,当院へ紹介された.上部消化管内視鏡にて胃体下部大彎に20mm大の粘膜下腫瘍様隆起を認め,超音波内視鏡(EUS)では第2層内に15mm大,境界明瞭で内部不均一な低エコー腫瘤として描出された.ボーリング生検にて濾胞様結節構造と中型までのリンパ球増殖像を認め,免疫組織染色結果から,濾胞性リンパ腫(Grade1)と診断した.諸検査の結果から,Lugano国際分類StageⅠと診断し,計30Gyの全胃放射線照射を施行した.治療終了約2カ月後の上部消化管内視鏡では同部位にわずかな白色調瘢痕を認めるのみで,現在までの約1年半にわたって,明らかな再発なく経過している.
消化管原発悪性リンパ腫は全消化管悪性腫瘍の1~8%の頻度とされ 1),そのうち,消化管原発濾胞性リンパ腫(follicular lymphoma;FL)は10%未満と報告されている 2).さらにその中で胃原発のものは,1.6~18.2%と,非常に稀である 3).また,現時点で標準治療は確立しておらず,無治療経過観察,放射線治療,化学療法,外科手術など,症例に応じて治療法が選択されている.今回われわれは,放射線治療が奏効した胃原発濾胞性リンパ腫の1例を経験したため,報告する.
患者:74歳,女性.
主訴:特になし.
既往歴:気管支喘息,子宮筋腫にて子宮全摘術.
内服薬:モンテルカストナトリウム10mg.
現病歴:20XX年10月7日,検診胃透視にて胃体部大彎の辺縁不整を指摘され,同年10月24日当院紹介受診となった.
受診時現症:身長152cm,体重42.5kg,体温36.3℃,血圧143/95mmHg,脈拍93bpm.
表在リンパ節触知せず,呼吸音清,腹部平坦/軟,自発痛や圧痛なし.
受診時血液検査所見:可溶性IL-2受容体255U/mlと正常範囲内で,その他の項目においても特記すべき所見は認めなかった.また,血清抗Helicobacter pylori IgG抗体は陰性で,除菌歴はなし.
初診時上部消化管内視鏡(Figure 1):萎縮性胃炎(O-Ⅲ)あり.また,胃体下部大彎に20mm大の粘膜下腫瘍様隆起を認め,クッションサインは陽性であった.生検を施行したがリンパ球浸潤と腸上皮化生を認めるのみで,診断には至らなかった.十二指腸球部~下行部には特記すべき所見は認めなかった.
初診時上部消化管内視鏡(20XX年10月24日).
a:胃体下部大彎に20mm大の粘膜下腫瘍様隆起を認めた.
b:クッションサインは陽性.
GIST(Gastrointestinal Stromal Tumor)診療ガイドラインに準じて,20mm大の粘膜下腫瘍様隆起のため,EUSによる精査を施行する方針となった.
EUS(20MHz)(Figure 2):第2層内に15mm大,境界明瞭で,内部に小円形の低エコーを散見する腫瘤性病変として描出された.
EUS(20MHz)(20XX年11月30日).
第2層内に15mm大,境界明瞭で内部に小円形の低エコーを散見する腫瘤性病変を認めた.
病理組織学的所見(Figure 3):EUS施行時にボーリング生検を施行した.HE染色では,濾胞様結節構造と中型までのリンパ球の増殖像を認めた.免疫組織染色では,CD20陽性,CD3は腫瘍細胞においては陰性,CD10弱陽性,Bcl-2弱陽性,Ki-67低率であった.また,CD21では濾胞樹状細胞の網目状構造を認めた.
病理組織像.
a:HE染色(中拡大).中型までのリンパ球増殖像を認めた.
b:CD20染色(中拡大).陽性.
c:CD10染色(中拡大).弱陽性.
d:Bcl-2染色(中拡大).弱陽性.
臨床経過:病理組織学的所見より,濾胞性リンパ腫(Grade1)と診断した.その後,造影CT,PET/CT,大腸内視鏡,小腸カプセル内視鏡,骨髄穿刺を施行したが,いずれにおいてもリンパ腫を示唆する所見は認めず,Lugano国際分類StageⅠと診断した.治療方針として,無治療経過観察もしくは放射線治療を検討した.胃原発FLは小腸原発FLと比較して予後不良であるとの報告があることから 4),患者本人の希望も考慮し放射線治療を行う方針とした.20XX+1年4月10日~5月8日にわたって,全15回,計30Gyの全胃放射線照射を施行した.治療終了約2カ月後に上部消化管内視鏡を施行したが,胃体下部大彎にわずかな白色瘢痕を認めるのみで,EUSにおいても同部位に明らかな腫瘤性病変は指摘できなかった(Figure 4).瘢痕部位からの生検では,リンパ腫の残存所見はなく,約1年後の上部消化管内視鏡においても同様の所見であった.また治療に伴う明らかな有害事象もなく,経過良好である.
放射線治療約2カ月後の上部消化管内視鏡(20XX+1年6月20日).
a:胃体下部大彎にわずかな白色瘢痕を認める.
b:EUS(20MHz)では瘢痕部位に明らかな腫瘤性病変は認めなかった.
消化管原発FLは本症例のように検診にて発見されることが多く,その大半は十二指腸下行部に病変を有し,WHO組織学的悪性度でもgradeⅠが84.4%を占め,低悪性度の頻度が高いと言われている 5).内視鏡所見としては,十二指腸においては,白色顆粒状隆起を呈するMLP(multiple lymphomatous polyposis)型の頻度が高いと言われている 2).一方,胃原発FLについては平坦陥凹型,結節状・粘膜下腫瘍様の隆起型,潰瘍型,びまん型などの報告があり,特徴的な内視鏡像については明らかになっていないが,本症例のような隆起型が最も多いと言われている 6).その要因として,リンパ腫細胞の濾胞形成が,十二指腸では表層近くで形成されるが,胃では深層で形成されるためであるとの報告もある 7).EUSでは粘膜層から粘膜下層を主体とした低エコー腫瘤として描出され,内部に格子様の構造や小円形の低エコー領域を認めた報告もある 8),9).本症例では,内部に小円形の低エコー領域が見られ,リンパ濾胞構造を反映した所見を認めていたと思われた.また,病変の主座は第2層に位置しており,当初の生検では診断に至らなかったと考えられる.今回はボーリング生検にて確定診断に至ったが,生検や穿刺吸引細胞診でも確定診断が困難で,診断的治療として手術やEMRやESDを行った症例も報告されている 8),10),11).いずれにせよ,内視鏡像のみで胃原発FLを診断することは困難であり,胃原発FLを疑った場合には積極的な組織採取が必要と考える.
消化管原発FLの治療法としては,症状や所見が増悪するまで無治療で経過観察を行う “watch and wait” や,化学療法,外科手術,放射線治療などが検討されるが,現時点で確立した標準治療はなく,治療法は症例に応じて選択されている.この点に関しては胃原発FLも同様である.また胃悪性リンパ腫の多数を占めるmucosa associated lymphoid tissue(MALT)リンパ腫においてはHelicobacter pylori除菌治療が効果的であることが知られているが,胃原発FLとHelicobacter pylori感染についての関連性については明らかでない.本症例は内視鏡所見として萎縮性胃炎を認めていたものの,血清抗Helicobacter pylori IgG抗体は陰性であった.除菌歴はなく,胃粘膜の高度萎縮に伴って血清抗体価が陰性化したものと考えられた.十二指腸原発のFLに関しては,Helicobacter pylori除菌治療により病変の退縮を認めた報告も見られていたが 2),胃原発FLに関しては除菌治療後に発生した症例 9)や,除菌治療後も病変に変化を認めなかった症例 12)などもあり,両者の関連性については今後の検討が必要である.
医学中央雑誌にて,「胃原発濾胞性リンパ腫」をキーワードに検索すると,会議録を除き全年で28例の報告を認めた 2),5),7)~16).自験例を含めたまとめをTable 1に示す.年齢は60~70歳代に多く,男女差は認めず,肉眼型は隆起型が約6割と最多で,局在は胃体部が多く,病期はLugano国際分類StageⅠが約9割を占めていた.また治療法として,無治療経過観察の症例は1例のみであり,約7割で外科手術が施行され,内視鏡治療は2例,腹腔鏡内視鏡合同手術が1例であった.これら手術症例は,治療前の組織学的検索にて診断がつかず,診断的治療目的で施行した例が多かった.またその他にも,PET/CTにて高度集積を認め,びまん性大細胞型B細胞リンパ腫(diffuse large B-cell lymphoma;DLBCL)への悪性転化が疑われた例,大腸癌既往があり,転移性腫瘍が疑われた例などが含まれていた.これらの症例のうち転帰が確認できた症例において,1例のみ原疾患の増悪による死亡例があったが,その他はおおむね治療後は無再発で経過していた.胃原発FLに対する外科的治療や内視鏡的治療は有用と言えるが,治療侵襲を考慮すると,積極的な適応は,治療前に組織診断が得られなかった症例やDLBCLなどの悪性度の高い腫瘍が疑われた症例に限られるのではないかと思われる.本症例は治療開始前に組織学的な診断が可能であったため,放射線治療を選択したが,同様に放射線治療を施行した症例報告は1例のみであった.その症例においても,治療開始前に組織学的な診断がついており,計30Gyの全胃放射線照射にて,約4年半にわたり明らかな再発や有害事象はなく経過している.
胃原発FLの本邦報告例のまとめ.
胃原発悪性リンパ腫の放射線治療は,内容物によって胃の体積が大きく変化するため,照射体積が最小で形態が一定であることが望ましく,朝に空腹状態で行うことが多い.また,病変のみを同定して治療を行うことは困難であり,全胃放射線照射が一般的である 17).照射量として,胃原発FLについて現時点では確立された規定はないが,胃MALTリンパ腫では30Gy,DLBCLでは化学療法後に40Gy程度の照射を行うことが推奨されている 18).本症例や報告例から,胃原発FLに対する放射線治療についても,30Gyの照射量で十分な効果が得られると考えられる.また放射線治療の有害事象としては,下垂胃の多い本邦では照射野が比較的大きくなることが多く,早期有害事象として骨髄抑制,食欲不振,全身倦怠感,嘔気などを認めることがある 17).晩期有害事象としては胃潰瘍やgastric antral vascular ectasia(GAVE)などの胃粘膜障害,腎障害,肝障害などが報告されている 17),19).本症例については現在に至るまで,明らかな有害事象は認めずに経過している.
胃原発FLの長期予後については,症例数が少なく不明な点が多い.近年,胃と十二指腸を含む小腸原発FLの予後を比較すると,胃原発FLの方が有意に不良との報告もある 4).また胃原発FLに対して無治療経過観察を行った報告例は少なく,これらの点を考慮し,本症例では積極的な治療介入が望ましいと考え放射線治療を選択した.引き続き,長期有用性や晩期有害事象の有無について慎重な経過観察が必要であるが,本症例を通して低用量放射線治療は,胃に限局した胃原発FLに対して有用な治療選択肢となりうると考えられた.
胃に限局し,放射線治療が奏効した胃原発FLの1例を経験した.胃原発FLの症例数は少なく,現時点で確立した標準治療は認めていない.しかし本症例を通して,StageⅠの胃原発FLに対する放射線治療は非常に有用であると考えられた.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし