2021 Volume 63 Issue 1 Pages 31-37
症例は40歳,男性.夕食時に鶏の丸焼きを摂取後,前胸部痛を認めた.CTで胸部下部食道に4cm長の線状の高吸収域を指摘され,周囲には縦隔気腫も併発していた.鶏骨による食道穿孔が疑われ,当科紹介受診.外科のバックアップの下,上部消化管内視鏡による異物摘出を試みたところ,胸部下部食道の左右両側壁に穿孔する鶏骨と思われる異物を認めた.把持鉗子を用いて下行大動脈に近接する左側から抜去し,先端アタッチメント内に引き込んで摘出した.摘出後は絶飲食下に経鼻胃管を留置し間歇的陰圧吸引療法で管理し,手術を回避し得た.食道穿孔は重篤な合併症を引き起こし,手術を余儀なくされることが多い.また,鋭利な異物の場合,摘出操作中に大出血を生じることがあり,内視鏡で摘出する場合は工夫を要する.
食道異物には様々なものがあるが,鋭利なものは食道穿孔が生じる可能性がある.また,食道穿孔の程度と時間経過によっては縦隔炎,膿胸や大動脈損傷,穿孔などの重篤な合併症を起こすこともあり,手術を余儀なくされる.
今回,われわれは食道壁両側に穿孔した4cm長の鶏骨を内視鏡的に摘出し,手術を回避し得た1例を経験したので報告する.
患者:40歳,男性.
主訴:嚥下時前胸部痛.
家族歴:特記事項なし.
生活歴:飲酒歴;ビール350~700mL/日(20~40歳),喫煙歴;10本/日×8年(20~28歳).
既往歴:特記事項なし.
食習慣:よく咀嚼せず,早食いする習慣があった.
現病歴:2019年8月,夕食時に鶏の丸焼きをよく咀嚼せず摂取した後,前胸部の違和感を自覚した.翌日から嚥下時に締め付けられるような疼痛が出現するようになったため,近医を受診した.CT(Figure 1-a)により胸部下部食道に長さ40mmの線状の高吸収域を指摘された.また,線状陰影の両側先端周囲には縦隔気腫も併発していた(Figure 1-b).以上の所見より,鶏骨による食道穿孔が疑われ,鶏の丸焼きの摂取24時間後に当院紹介受診となった.
前医胸部CT所見.
a:下部食道に40mm大の線状の高吸収域を認めた.左側先端には下行大動脈が近接していた.
b:先端には縦隔気腫を伴っていた.
受診時現症:身長171.7cm,体重63.8kg,体温36.9℃,脈拍74/分,整,血圧116/65mmHg,呼吸音清,心雑音なし,嚥下時痛あり,全身に皮下気腫なし,腹部平坦,軟,圧痛なし,筋性防御なし.
受診時検査所見:WBC 10,050/μL(好中球84.5%,リンパ球10.9%,単球4.1%,好酸球0.4%,好塩基球0.1%),Hb 14.5g/dL,Plt 20.7×104/μL,CRP 4.76mg/dL.
前医胸部CT所見(Figure 1):胸部下部食道に左右の壁を貫くような長さ40mmの線状の高吸収域を認めた(Figure 1-a).左側先端には下行大動脈が近接しており,右側先端と下大静脈は近接していたが,5mmの距離が確認できた.右壁側の先端周囲には縦隔気腫も併発しており(Figure 1-b),鶏骨による食道穿孔を疑った.左壁側の先端は下行大動脈に接していた(Figure 1-a).これらの所見より入院とした.
手術による摘出も検討したが,外科と協議の上で,まず内科的に上部消化管内視鏡検査(EGD)による異物摘出を試みる方針とした.その際には緊急手術に備え,手技中に外科医同席の下にEGDを施行することとした.EGDは鶏骨誤飲より24時間が経過していた.
緊急EGD所見と異物除去術(Figure 2):内視鏡室内に併設するX線透視室で行った.鎮静剤はフルニトラゼパムを0.9mg静注投与,鎮痛剤は塩酸ペンタゾシンを7.5mg静注投与として,conscious sedation下に施行した.これにより体動は生じなかった.また,炭酸ガス送気下で先端アタッチメント(D-206-05:広口斜め爪付き型,最大外径18.1mm,突出長20mm,オリンパス社製)を装着してEGDを施行した.切歯より36cmの胸部下部食道に肉片を認め,把持鉗子(鰐口型:FG-6L-1;開き幅:7.5mm,オリンパス)で摘出した.次いで,肉片の肛門側に胸部下部食道粘膜の2時,8時方向に両端が深く刺入した鶏骨片を確認した(Figure 2-a).送気時にair leakを確認し,胸部CT所見と併せて食道穿孔と診断した.CTでは内視鏡の8時方向に観察された刺入骨片が下行大動脈に近接していることを確認できていたため(Figure 1-a),大動脈を損傷させないように把持鉗子(V字鰐口型:FG-47L-1;開き幅:14.9mm,オリンパス)で8時方向の刺入骨片を粘膜に接するところで把持した(Figure 2-b).送気中は皮下気腫が出現しないことやバイタルサインの増悪がないことを確認しながら,そのまま2時方向に軽く押しつけるように牽引し,8時方向の刺入骨片先端を食道内に引き込んだ(Figure 2-c).その後,骨片先端を確認し,把持鉗子で把持しながらアタッチメント内に引き込んで抜去し得た.摘出した異物は40×12mm大の鋭利な鶏骨であった(Figure 2-d).摘出後に創部を観察するとair leakがみられ,両側ともに穿孔を疑う所見であった(Figure 2-e).
上部消化管内視鏡検査所見(第0病日).
a:2時,8時方向に穿孔した鶏骨を認める.
b:把持鉗子を用いて下行大動脈に近接していた左壁側から抜去を試みた.
c:左側壁の骨片端を食道内に抜去した後,把持鉗子で再度左側の骨片端を把持して慎重に抜去した.
d:摘出した鶏骨片(40×12mm大).
e:摘出後に創部を観察し,穿孔を疑わせる所見がみられた.
上部消化管X線造影検査所見(Figure 3):摘出後のガストログラフィンにより食道造影を行ったところ,8時方向の穿孔部より管腔外への漏出を認めた.2時方向の穿孔部よりの造影剤の漏出は明らかではなかった.漏出の程度は傍食道領域に限局しており,縦隔への広範囲な漏出や胸腔内への穿破は認められなかった.
上部消化管X線造影検査所見(第0病日).
上部消化管内視鏡検査により鶏骨片を除去後,直視下に穿孔部を同定し,X線撮影のメルクマールになるように体表に注射針を置いて撮影した.ガストログラフィンにより造影剤の漏出を確認した(矢印).
食道異物摘出後の臨床経過:摘出後の食道穿孔に対する治療として,上部消化管内視鏡検査後に透視下に経鼻胃管を挿入し,先端部の側孔部分が穿孔部に位置するように調整した.絶飲食下に電動式低圧吸引器を使用し,経鼻胃管より-30cm H2Oの陰圧で30秒の吸引,30秒の休止とする間歇吸引療法を行いつつ,中心静脈栄養での管理として,抗菌薬(メロペネム水和物:MEPM)の投与も開始した.第2病日に自覚症状の増悪はなかったものの,悪寒を伴う38℃台の熱発が出現した.白血球11,000/μL(好中球:92.3%),CRP 8.42mg/dLと炎症反応は増悪し,CTでは縦隔気腫の拡大を認めたものの,液体貯留はみられなかった.再度,外科と相談の上,経過観察を継続する方針とした.第4病日には36℃台に解熱し,以降も発熱なく経過したため,第7病日に抗菌薬をMEPMからセファゾリンナトリウム(CEZ)に変更した.第12病日にCTで食道瘻孔と縦隔気腫の消失,ならびに縦隔膿瘍がないことを確認し,胃管を抜去し,CEZの投与を終了した.第13病日に食道造影により漏出がないことを確認して,飲水を再開し,第14病日にEGDで食道穿孔部の閉鎖を確認した(Figure 4).第15病日には白血球5,200/μL,CRP 0.2mg/dLと炎症反応の正常化を確認し,食事を再開した.第20病日に退院となった.
上部消化管内視鏡検査所見(第14病日).
食道穿孔部の閉鎖を確認した.
現在,術後7カ月が経過しているが,下行大動脈周囲に明らかな異常所見は認められず,経過良好である.
今回われわれは食道壁両側に穿孔した4cm長の鶏骨を内視鏡的に摘出後に経鼻胃管の間歇的陰圧吸引により,手術を回避し得た1例を経験した.
臨床の場において異物誤飲や食物停滞の頻度は低くない.異物はそのほとんどは自然に排泄されるが,10~20%が摘出術を受け,1%以下の頻度で手術を必要とすると報告されている 1).したがって,適切な内視鏡処置によって手術を回避することができれば緊急内視鏡検査の意義は大きい.
河毛らは,本邦では鶏骨による食道異物は非常に稀であるが,鶏骨は特異的な構造のため,誤飲した場合に消化管を損傷する危険があると述べている 2).本邦での鶏骨による食道穿孔の報告は,1943年~2020年3月までの期間中,医学中央雑誌で「食道異物」,「鶏骨」を索引用語として検索したところ,自験例を含め5例の報告 2)~5)がみられた(Table 1).そのうち,2例 2),3)は手術が選択されていた.食道穿孔の予後は発症後24時間以内に治療が開始されると合併症が少ないと報告されている 6).詳細な内訳は記載されていないが,24時間以内では10.5%,24時間以降では50%以上の合併症とされている 6).
鶏骨による食道穿孔(本邦報告例のまとめ).
誤飲した異物の種類や受診までの時間にも依存するところであるが,本例は鶏骨を誤飲した24時間後の比較的早期に治療を開始することができた.
本例の内視鏡的異物除去術に際しては,摘出不可能な場合や気管支や動脈損傷が生じた場合は直ちに手術に切り替える方針で,外科医のバックアップの下,治療を開始した.結果として内視鏡的に異物は摘出でき,穿孔部も小さく,縦隔内の炎症も最小限に留めることができた.CT検査では縦隔炎が顕在化しなかったこともあり,保存的治療により治癒し得た.
保存的治療を行う条件は明確に記載されている報告はないが,バイタルサインが安定していること,縦隔内にairのみであることが条件と考える.膿瘍が生じていた場合は縦隔内であっても穿孔部近傍に限局している場合は保存的治療が奏効する可能性がある.しかし,症状や血液検査での炎症反応が増悪した場合やCTにより膿瘍の範囲やその程度が増悪した場合は保存的治療の限界であり,外科的治療の適応となる.何よりも外科のバックアップは必須である.
術式としては,単純な穿孔であった場合は大網充填術,血管損傷を生じた場合は大動脈の場合は金属ステント留置,下大静脈の場合も同様に金属ステントを留置した後,食道切除術に加えて大動脈グラフト置換術と人工血管周囲に大網被覆術を二期的に行う必要がある.下大静脈損傷に対しては損傷部の修復を行う.さらに,三期的に結腸を用いた食道再建術を行うことになる.手術侵襲が大きくなるが,食道切除術に加えて大動脈グラフト置換術のみが長期予後が得られることが明らかとなっている 7).
食道穿通あるいは穿孔した鶏骨を内視鏡で摘出する際には工夫を要する.上原らは鋭的異物に対して内視鏡的摘出術を行う際には粘膜損傷防止のために内視鏡先端アタッチメントやオーバーチューブを装着することでほぼ安全に摘出できたと報告している 8).本邦で鶏骨を内視鏡的に摘出した報告は,自験例の他は伊藤らが報告した1例のみであった 5).伊藤らは切歯より25cmの胸部中部食道の6時と12時方向に深く刺入した26×3mm大の棒状鶏骨片を把持鉗子により内視鏡的に摘出し,保存的加療で改善し得たと報告している.
一方,海外の報告では,1974年~2020年3月までの期間中,PubMedにより,「esophageal foreign body」,「chicken bone」を索引用語として検索したところ,症例報告を主体として多数の報告があった.そのうち,内視鏡で摘出した報告,かつ詳細が記載してあった報告では処置具は鉗子が6例(種類未記載の2例を含む),スネアが2例であった.鉗子を用いた例の中には事前に異物の口側でバルーンを拡張させ,食道壁を損傷させないようにして摘出した報告 9)やはさみ鉗子で鶏骨を切断して摘出した例 10)などの工夫もみられていた.スネアで摘出後にover-the-scope clip system(OTSC)を施行した例 11)といった特殊な報告例も認められていた.本例は異物の大きさと硬度より,はさみ鉗子による切断は困難と判断した.また,クリップやOTSCなどによる穿孔部の閉鎖は膿瘍を併発した際にはドレナージ不良となることや食道の短軸方向に穿孔部が位置していたため,食道内腔へのドレナージとした.今後,さらなる症例の集積により内腔へのドレナージあるいは穿孔部の閉鎖のいずれかが良いのかが明らかとなることが期待される.
本例では事前のCTで異物が4cm長の鋭利な鶏骨であり,胸部下部食道に位置していることを確認した上で先端アタッチメントを装着して手技を施行した.オーバーチューブを挿入した報告は1例 5)のみであった.また,本例では内視鏡処置前にCTで鶏骨と周辺臓器との位置関係を把握しており,近接していた下行大動脈を損傷しないよう,骨片端を抜去する際には下行大動脈の対側に軽く押し込むようにするなど慎重な操作を行ったことで摘出し得た.なお,オーバーチューブの挿入は行わなかった.これはオーバーチューブを挿入する際に胃内まで内視鏡を十分に挿入する必要があり,異物を避けて内視鏡の挿入を行うことが困難であったこと,オーバーチューブの盲目的挿入は異物を押し込んで穿孔を増悪させるだけでなく,嘔吐反射を誘発し,さらなる合併症を生じさせないようにする必要があると判断したためである.
鋭利な食道異物の場合,摘出操作中に粘膜損傷をきたし,気道への穿孔や血管損傷による大出血を生じる可能性もある.異物誤飲から1週間後に遅発性仮性動脈瘤 12),8~30日後に食道大動脈瘻の合併 13),14)などが報告されている.内視鏡下で摘出する場合は細心の注意を払う必要がある.そのためには事前のCTで異物の位置はもちろん,異物と周囲臓器との関係や併存する合併症の有無を確認し,内視鏡治療の適応について慎重に判断する必要がある.また,外科医のバックアップは必須であり,内視鏡を行う際にはX線透視室下で行うことで食道造影を行えるように準備しておくこと,鎮静剤や鎮痛剤の適切な使用により体動を抑え,手技が安全に行えるようにすること,先端アタッチメントを装着して食道損傷を生じないようにすること,などの工夫が肝要である.また,異物摘出後も動脈への炎症波及により,遅発性に仮性動脈瘤が出現する可能性もある.これまでの異物誤飲から合併症が生じるまでの最長期間は50日間であり 15),異物摘出後であっても少なくとも2カ月後までは慎重に経過観察を行う必要がある.
食道壁両側に穿孔した4cm長の鶏骨を内視鏡下に摘出し,手術を回避し得た1例を経験した.鶏骨は特異的な構造のため消化管を損傷しやすい.穿孔した異物の解剖学的位置関係を十分に理解すること,内視鏡処置施行時には先端アタッチメントを装着すること,処置中に穿孔の増悪や縦隔気腫の出現に注意して観察,管理することが重要である.
謝 辞
本例の病棟管理を行っていただいた当院のメディカルスタッフや外科学講座の鈴木康人先生,池ノ上実先生に深謝致します.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし