2021 Volume 63 Issue 10 Pages 2173-2182
胃十二指腸潰瘍は古くから出血や疼痛などの症状とともに難治性病変の恐ろしさが知られてきた.しかし潰瘍治療の歴史は,H2受容体拮抗薬の開発と潰瘍の主原因であったヘリコバクター・ピロリ菌の発見によって大きく変化し,従来難治性で外科的手術の適応とされたものも内科的治療で治癒せしめることが可能となった.また潰瘍の診断と治療のいずれにおいても内視鏡の存在を欠かすことはできず,現在特に潰瘍出血の治療の中心は多彩な内視鏡的止血術にあるといえる.完全に克服されたと思われた胃十二指腸潰瘍であるが,本邦の超高齢社会において,併存疾患の存在や抗血栓薬ならびに非ステロイド性抗炎症薬内服患者の増加によって,患者背景が少しずつ変化していることに注意しなければならない.出血症例では今日においても内視鏡止血困難で血管内治療(IVR:Interventional Radiology)や手術への移行症例は存在し,ハイリスクな高齢症例では慎重な対応が求められる.本稿では主にこの四半世紀における胃十二指腸潰瘍治療の歴史を振り返るとともに,患者背景の変化と注意点についても概説する.
初めて潰瘍という疾患を報告したのはCruveilhierで1830年代のことである 1),2)が,吐血について初めに歴史に登場したのは,古くヒポクラテス(BC460頃~BC337頃)による記載までさかのぼる 3).そこには,現在の吐血について「動物の血のような匂いのある黒色の吐物を吐く病気」:Morbus nigarと記され,食事をとると胸と背中に刺したような痛みがあるため,甘いものや油ものを避け,ホエーやミルクを与えるのがよいとされていた.紀元前ではあるが,すでにその後の潰瘍治療に通じる治療が行われていた.また本邦では,文豪である夏目漱石が度々胃潰瘍出血に苦しんだことは有名である.漱石は,明治43年伊豆修善寺温泉で療養中に,大量吐血をして生死をさまよっている.その様子は,著書『思い出す事など』に「徹頭徹尾明瞭な意識を有して注射を受けたとのみ考えていた余は,実に30分の長い間死んでいたのであった.」と書かれている 4).一命を取りとめた漱石はその後も度々胃潰瘍に苦しみ,小説『明暗』執筆中に49歳の若さで亡くなった.
このように,出血が時に致死的となる胃・十二指腸潰瘍の歴史は,H2受容体拮抗薬(H2RA:H2 receptor antagonist)やプロトンポンプ阻害薬(PPI:Proton pump inhibitor)などの「治療薬の開発」と,Helicobacter pylori(H. pylori)の発見という「原因の解明」によって大きく変化した.その重要性と影響力の大きさは,それぞれシメチジンの開発に成功したジェムス・ブラック(1988年),またH. pyloriの発見者であるロビン・ウォレンとバリー・マーシャル(2005年)がいずれもノーベル生理学・医学賞を受賞した功績でも明らかである.もしも漱石の時代に,H2RAが存在していたら『明暗』が絶筆とはならなかったかもしれない.
また,消化器内視鏡の開発,導入の歴史も胃・十二指腸潰瘍の歴史に欠かすことはできない.本邦では1952年にガストロカメラⅠ型が市販された後,田坂および丹羽らによって実用化と改良に尽力が注がれた 5),6).1964年にオリンパス社よりファイバースコープ付き胃カメラGTFが発表されると,内視鏡検査がより一般的検査として広まり,胃・十二指腸潰瘍の診断と治療が加速することとなった.
胃・十二指腸潰瘍に関連する事象の変遷を示す(Table 1).今回は,大きく変貌を遂げてきた胃・十二指腸潰瘍出血の歴史の中で主に治療に関して,直近四半世紀における変化にスポットをあてて振り返りたい.

胃・十二指腸潰瘍に関連する事象の変遷.
上述の通り,潰瘍治療の歴史はシメチジンの登場を境に大きく変化したといってよい.1970年代までは,潰瘍の治療としては,食事療法や酸中和薬,抗コリン薬などの内科的治療が行われ,難治例や穿孔例,出血例などでは外科的治療(広範囲胃切除術や胃空腸吻合術,迷走神経切離術など)が行われてきた.
しかしシメチジンが登場し使用されるようになると,外科的治療が行われる胃十二指腸潰瘍症例は大きく減少した.Wyllieら 7)によると,イギリスでは1976年11月のシメチジンの販売以降,潰瘍の関連手術が39.2%減少したとされる.また米国においても,Penn 8)はシメチジンの登場以来潰瘍治療における外科医の役割が減少したと報告した.
本邦では,シメチジンとして1982年にタガメットⓇが初めて発売された.谷口ら 9)は,シメチジン登場後,消化性潰瘍の待機手術件数が69%減少したとし,その理由として難治例や出血例が減少し,穿孔例や幽門狭窄症例に手術適応が限定されるようになったことを挙げている.H2受容体拮抗薬は,シメチジンの後もラニチジン,ファモチジン,ロキサチジン酢酸エステル塩酸塩などが相次いで登場し,従来の潰瘍治療は一変した.
2)緊急内視鏡検査と内視鏡的止血術の発展今日では当たり前となった上部消化管出血例に対する緊急内視鏡検査であるが,出血例に内視鏡検査を行うという概念が定着するまでには,多くの内視鏡医の勇気と努力があった.
本邦では,1964年に川井が出血胃に対して出血後7日以内に施行した内視鏡検査結果について報告しており 10),この中には出血後24時間以内の症例も含まれていた.いわゆる消化管出血症例への緊急内視鏡検査の本邦初めての報告といわれている.また,平塚は早くから出血性胃潰瘍に対して積極的な緊急内視鏡検査を行い,内視鏡検査の安全性を示すとともに,潰瘍の内視鏡所見が緊急手術の判断や,食事療法の判断に用いることができ有用であることを示した 11).一方で,緊急内視鏡検査には内視鏡設備などの機器的制約や,緊急時に対応できる総合的な医療体制の構築といった課題をクリアする必要があり,出血例に対し広く実施されるまでには時間を要した.
Palmerにより“Vigorous Diagnostic Approach” 12)として,上部消化管出血例に対する緊急内視鏡検査が提唱されると,徐々に診断における緊急内視鏡検査の意義が広く認識されるようになる.当時内科医は,このまま保存的治療を継続すべきかに悩み,また外科医は出血部位と出血源が不明なまま手術を行うことに対する不安が大きかったと思われるが,Palmerの提唱は,そこに大きな風穴を通すものであった.
1970年代になると,上部消化管出血に対する内視鏡の役割は,観察・診断から治療へと広がりを見せるようになる.河内,並木ら 13)による難治性胃潰瘍に対するAllantoin,Rinderon,Cortocin局所療法などの直視下注射は,この後に登場する内視鏡的治療の基礎となるものであった.
1980年代に入ると,様々な内視鏡的止血法が開発され,内視鏡は治療としてさらに大きな役割を果たすようになっていく.純エタノール局注止血法 14)や高張Na-エピネフリン液局注療法(HSE法) 15),クリップ止血法 16)や高周波電気凝固療法 17)など,現在も用いられている多くの内視鏡的止血法がこの時期に登場している.既述の薬物治療に加えて,上述の内視鏡的止血法が治療法の第一選択として広く普及したことで,緊急手術率はさらに低下したといわれる 18).以下に1980年代以降の各年代における内視鏡的止血術について述べる.
●1980~1990年代
緊急内視鏡検査および内視鏡的止血法が有効な治療として普及し始め,良好な治療成績が得られる一方で,まだ多施設の報告は少なく単一施設からの報告が目立つ.またHSE法,純エタノール局注法などの局注療法が第一選択で用いられている報告が多く,高周波電気凝固療法を第一選択として使用している報告はまだ少ない.
伊吹ら 18)の68例の内視鏡止血例の検討では,HSE法,純エタノール局注法,bipolar electrocoagulation法が単独もしくは併用で用いられ,中でもHSEが最も多く用いられていた.86.8%で永久止血が得られた一方で,緊急手術が4例(5.8%)で行われ,死亡例は5例(7.4%)であった.また患者背景であるが,胃潰瘍の平均年齢は57.2歳,十二指腸潰瘍の平均年齢は44.8歳と若く,胃潰瘍の男女比は男性224例,女性77例と男性に多く見られたと報告している.
山口ら 19)の226例の検討では,止血法はクリップ止血法,ヒータープローブ法,純エタノール局注法が単独もしくは併用で用いられており,単独の止血法において90%以上の高い止血効果を得られるが,初回治療から機序の異なる複数の治療法を併用することでさらに高い止血効果が期待できることを報告している.
●2000年代
2000年代は早期癌に対する内視鏡治療が革新的な変化を遂げた.これとともに胃・十二指腸潰瘍出血に対する止血術も大きく様変わりした.早期癌に対する内視鏡治療は,多田ら 20)によって開発されたStrip biopsy法を原点とした内視鏡的粘膜切除術(EMR:Endoscopic mucosal resection)が広く行われてきた.2006年4月に胃の早期悪性腫瘍に対する内視鏡的粘膜下層剝離術(ESD:Endoscopic submucosal dissection)が保険収載されると,これまで技術的に困難であった大きさの腫瘍に対しても内視鏡治療が行われるようになった.このため,ESDによる比較的大きな人工潰瘍に接する機会が増えるとともに,潰瘍底の露出血管が細かく同定され,高周波電気凝固療法による止血術が行われるようになった.
藤城ら 21)は,2008年の1年間に9施設で行われた消化性潰瘍およびESD後潰瘍出血の治療成績を報告している.その中で,消化性潰瘍に対して内視鏡的止血術が行われた229例の初回治療として選択されたのは,クリップ止血法77例,凝固止血法66例の順に多く,純エタノール局注法が選択されたのは25例であった.また初回止血が困難であった1例は血管内治療(IVR:Interventional Radiology)に,またもう1例と2回目の内視鏡止血後も再出血をきたした5例の計6例は外科的治療への移行を要していた.興味深いことに先述の伊吹らが報告した1980~1990年代と比較し,藤城らの検討では患者背景が異なっており,胃十二指腸を併せた平均年齢であるが67歳(17~93歳)と伊吹らの報告よりもすでに患者層の高齢化が進んでいる.
また藤城らは高周波電気凝固止血法としてソフト凝固止血の安全性についても報告しており,消化性潰瘍における初回止血成功率は98.4%であり,内視鏡治療単独での止血成功率は96.8%であり,ソフト凝固止血法の安全性と有効性を示した 22).
また,1991年に本邦ではプロトンポンプ阻害薬(PPI:Proton pump inhibitor)としてオメプラゾールが登場し,その後ランソプラゾール,ラベプラゾールが登場した.急速にPPIの使用が拡大した背景を受け,藤城らの検討において併用されていた薬剤は,内視鏡的止血術後には86.8%でPPIの静脈投与が使用されており,H2受容体拮抗薬の使用は10.1%にとどまっていた.このように,PPIの登場によって胃十二指腸潰瘍は治癒可能な疾患へさらに一歩近づくこととなるが,これを後押ししたのが後述するH. pylori除菌治療である.
●2010年代
2010年代は既述のTable 1の通り,消化性潰瘍の大きな原因であった 23) H. pyloriの除菌治療が急速に広まった時代といえる.WarrenとMarshallによるH. pyloriの分離培養成功は,その後消化性潰瘍や胃炎,胃癌の研究発展につながり,H. pylori除菌による消化性潰瘍の再発抑制に大きく寄与した.
H. pylori除菌治療は,まず2000年に消化性潰瘍に対して保険適応となった後,2007年に2次除菌治療が承認され,2009年にはEMR後,MALTリンパ腫,血小板減少性紫斑病が保険適応となった.さらに,2013年にはH. pylori感染胃炎に対する除菌治療が承認され,H. pylori感染者に対する全除菌時代が到来した.また,胃・十二指腸潰瘍治療薬として2015年にカリウムイオン競合型アシッドブロッカーであるボノプラザンが発売され,潰瘍治療の新たな薬物治療の選択肢が広がることとなった.ボノプラザンについては,三輪らによる胃潰瘍症例における検討によって,ボノプラザン20mgのランソプラゾール30mgに対する非劣性が示されている 24).ESD後潰瘍については,完治率と遅発性出血に関してPPIと比較したシステマティックレビューにおいて,4週間後の潰瘍治癒率が有意に高い一方で,8週間後の潰瘍治癒率と遅発性出血についての差は認められていない 25).
一方,胃・十二指腸潰瘍出血に対する内視鏡的止血術については,2010年以降は高周波電気凝固療法による止血術がさらに増加し,鉗子を用いたソフト凝固止血法と他の止血法を比較した検討が多く目立つ.ESDの普及により,剝離時に必要な血管の処理に精通した内視鏡医が増えていることが一因であろう.有馬らは,ソフト凝固止血法とクリップ止血法を比較し,ソフト凝固止血法の方が短時間で処置可能であり,止血効果も有効であることを示している 26).活動性出血に対するソフト凝固止血法と他の止血法を比較したシステマティックレビューでは,初回止血成功と再出血の予防においてソフト凝固止血が優れており,手技時間や入院期間が短縮するとされている 27).
またバイポーラ止血についても検証されており,片岡らは止血鉗子を用いた39例の止血成績を検討し,一次止血成功率は92.3%と高く有効性の高い治療であることを示している 28).
3)超高齢社会における胃・十二指腸潰瘍出血
胃潰瘍および十二指腸潰瘍の推定患者数(厚生労働省による患者調査・疾病別年次推移より)は,1999年には96.5万人であったが,20年間で急激に減少し2017年には22.6万人と1/4以下となっている(Figure 1).また,胃潰瘍および十二指腸潰瘍の死亡者数も1999年には約4,000人であったが,現在は約4割減少し,2019年には約2,500人を初めて下回った.潰瘍による死亡原因が出血によるものであるのか,また穿孔によるものであるのかなどの詳細は不明であるが,罹患数の急激な減少に対して死亡者数の減少がやや乏しい印象がある.この背景には,筆者は患者層全体の高齢化と背景疾患の増加があるのではないかと考えている.周知の通り,本邦における人口に占める65歳以上の高齢者の割合は増加傾向にあり,2007年に21.5%となり超高齢社会となった.高齢者の割合はさらに増加し,2020年8月時点で28.7%と30 %を目前にしている 29).また,平均寿命は1995年には女性82.85歳,男性76.38歳であったが,2019年には女性87.45歳,男性81.41歳と,それぞれ4.60歳,5.03歳上昇した.

胃・十二指腸潰瘍患者数.
胃・十二指腸潰瘍の主原因であったH. pyloriの感染者は,除菌治療が広く行われているため現感染者数が減少しており,また若年者のH. pylori感染率も低下傾向にある.一方で,脳血管疾患や虚血性心疾患,慢性心房細動などの併存疾患を多く抱え,低用量アスピリンを含む非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)や抗凝固薬などを使用している割合の多い高齢者は増加していると考えられ,これらのリスクの高い患者においては,潰瘍は未だに重症化や死亡の要因となる可能性がある.
併存疾患例として心房細動を挙げると,全国で実施された健康診断の結果から有病者数は71.6万人といわれ,2050年には本邦の心房細動をもつ人口は103万人で,総人口の1.09%を占めると推定されている 30).非弁膜症性心房細動患者ではCHADS2スコアによって血栓塞栓症のリスク評価が行われ 31),2点以上で抗凝固療法を積極的に検討すべきとされているが,スコアには年齢が含まれており,75歳以上の症例ですでに1点がつく.近年ではこれまでのワルファリンの作用機序とは異なり,凝固因子やトロンビンを直接阻害する直接作用型経口抗凝固薬(DOAC:Direct oral anticoaglant)が次々と登場し,これらの薬剤は2011年以降「非弁膜症性心房細動患者における虚血性脳卒中および全身性塞栓症の発症抑制」の適応を順次得ており,服用患者数が増加する可能性がある.一方で,DOACは消化管に滞留する薬剤の局所作用が出血傾向に加味されて,ワルファリンと比較し消化管出血の頻度が高いことが懸念されている 32),33).
上記を踏まえ,超高齢社会となった日本の胃・十二指腸潰瘍出血の現状と変化を把握するため,胃・十二指腸潰瘍出血で止血術を施行した当院の症例を検証することにした.かつて当教室では,1994年1月~2004年9月に内視鏡止血術を行った消化性潰瘍症例676例について,70歳以上の高齢者群と70歳未満の非高齢者群の2群に分類し,両群の止血成績について報告していた 34).今回は同報告の70歳以上の高齢者200例を前期(1994~2005年)症例とし,当時から25年が経過した2015年7月~2019年10月に胃・十二指腸潰瘍で止血術を要した120例のうち70歳以上の高齢者76例を後期症例として,患者背景や内視鏡的止血法の変遷について比較することとした.
患者背景因子として性別,内服薬(NSAIDs,抗血小板薬,抗凝固薬)の有無,ショックバイタルの有無,6単位以上の輸血の有無,来院時血液生化学的検査(血液ヘモグロビン,血清アルブミン),併存疾患の有無について検討した.内視鏡関連因子としてForrest分類,内視鏡的止血法,また止血成績として内視鏡的止血率,IVRおよび手術移行率,死亡の有無について検討した.死亡例は潰瘍発生時の入院期間中に他疾患などで死亡したもの,潰瘍によって死亡したものをすべて含め,後者は潰瘍死としてその内訳に記した.
結果をTable 2に示す.対象期間と対象数は,前期が10年間で200例,後期が5年間で76例と期間は異なるものの症例数は減少していた.年齢は,前期では70歳以上の高齢者は全676例中200例と少数派であったのに対して,後期は全120例中76例と過半数を占めていた.性別に関しては,前期では男性が多かったが,後期では女性が多い結果であった.

高齢者(70歳以上)の出血性消化性潰瘍例の年代別比較.
内服薬については,抗凝固薬の内服頻度は後期でやや低下した一方で,NSAIDsの内服頻度は増加していた.既報 34)と同様に,後期において女性の比率が高いことはNSAIDs潰瘍の関与を示唆するものと考えられた.また来院時ショックバイタルであった割合,6単位以上の輸血を施行された割合は後期で減少傾向にあったが,来院時血液生化学的検査(血液ヘモグロビン,血清アルブミン)には,大きな傾向の変化は認められなかった.
併存疾患に関して,前期と比較し後期では糖尿病の併存頻度が大きく上昇したのが特徴であった.これは糖尿病自体の患者数の増加と,糖尿病患者の高齢化の影響を受けていると考えられる.また半数で何らかの併存疾患をもっており,さらにこれらを重複して抱えていることが分かる.
内視鏡所見の比較をFigure 2に示す.前期ではForrest分類ⅠaまたはⅠbの活動性出血をきたしている病変の比率が多い一方,後期ではⅡbに対しても責任血管を同定し止血を施行している例が見られる点が特徴であった.なお,米国消化器病学会ガイドラインではリスクの高い患者(高齢・基礎疾患を有するもの,入院中の発症)では,洗浄しても落ちない血餅がついている患者でも積極的に内視鏡的な止血を推奨するとしており,日本高齢消化器病学会による「高齢者胃潰瘍止血ガイドライン」 35)では,「血餅付着例に対しても極力責任血管を同定し内視鏡処置を行うことについて弱く推奨する」としている.

高齢者(70歳以上)の出血性消化性潰瘍 ―Forrest分類―.
内視鏡的止血法に関しては,後期のみの検討であるが,約1/3が焼灼凝固法を選択されていた.当院でのESD件数の増加とともに止血鉗子に触れる機会が多くなっていることが主な要因と考えられた(Figure 3).

高齢者(70歳以上)の出血性消化性潰瘍に対する内視鏡的止血法.
内視鏡治療成績をTable 2に示す.内視鏡的止血率に関しては,前期後期のいずれも90%以上の高い止血率を得ていた.一方で後期においても3例(3.9%)でIVRへ移行し,死亡例は4例(5.3%)存在した.このうち2例は潰瘍死であり,いずれも内視鏡検査前および検査中に全身状態不良となり,IVRへ移行することが困難であった事例であった.高齢者は短時間で全身状態が変化し,タイミングを逸すると次の治療選択肢へ移行できない状況に容易に陥る可能性があると考えられた.
昭和56年以降今日に至るまで,日本人の死亡原因のトップを占めてきたのは悪性新生物である.しかし人口動態調査で,年齢別に死亡原因の割合を比較してみると,悪性新生物が死因に占める割合が最も高い年齢層は65~69歳であり,70歳以降はその割合が徐々に低下していくことが分かる(Figure 4).70歳以降は心疾患や肺炎,脳血管障害が死亡原因に占める割合が徐々に増加し,さらに高齢層では老衰と肺炎がそのほとんどを占めるようになる.つまり高齢になるほど,死亡の主原因は悪性新生物以外が増えてくるということである.このような高齢者においては,胃・十二指腸潰瘍出血などをきっかけとして,思わぬ形で全身状態が低下することもあり得るであろう.今回のわれわれの施設での検討では,この四半世紀の間に出血性消化性潰瘍症例の症例数は減少していた一方で,70歳以上の高齢者においてはNSAIDs内服や脳血管疾患および糖尿病などの併存疾患例の割合が増加していた.現在,出血性潰瘍には数多くの治療選択枝があり,内視鏡的止血率も良好であったが,高齢者ではその入院中に上記併存疾患の悪化を引き起こし死亡に至った症例や,出血などによる潰瘍死が未だに認められる.

年齢別死因において悪性新生物が占める割合.
このように患者背景が変化していることに留意し,良性疾患で命が脅かされることのないよう,胃・十二指腸潰瘍出血について,われわれはひきつづき注意すべき疾患として扱う必要がある.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし