2021 Volume 63 Issue 10 Pages 2199-2206
症例は66歳男性.全大腸炎型の潰瘍性大腸炎と診断され,確定診断より9カ月後に大腸全摘術+回腸人工肛門造設術を施行された.術後2日目に人工肛門からの出血を認め,十二指腸と回腸の広範囲に自然出血を伴う潰瘍性大腸炎類似の粗ぞう粘膜を認めた.内科治療に反応せず出血性ショックにより永眠された.病理解剖にて小腸全域にびらん,潰瘍の多発と,病理組織では潰瘍性大腸炎類似の粘膜所見を認めた.腸管感染症やクローン病,腸管虚血を示唆する所見を認めなかった.大腸全摘術後に小腸出血をきたした際には大量出血に移行し致死的な経過をたどる可能性があるため,速やかな内視鏡検査と検査結果に応じた迅速な治療を行うべきと考えられた.
潰瘍性大腸炎(ulcerative colitis:UC)は通常,病変範囲が大腸に限局する疾患と捉えられていたが,大腸内容物が回腸へ逆流することで生じる逆流性回腸炎(backwash ileitis)やUC関連の胃・十二指腸病変をはじめとした大腸外病変の存在が認識され始めている 1),2).さらに,近年ではUC術後の残存小腸にUC類似病変を認めたとする報告が散見されており 3)~6),多量の排液や大量出血に移行し急激な全身状態の悪化による死亡例の報告も見られている.しかし,その病態や治療法は確立されておらず臨床上の大きな問題となっている.今回われわれは,大腸全摘術を施行したUC患者において小腸全域からのコントロール不能な持続出血をきたした症例を経験した.救命が不可能であり,病理解剖による小腸全域の検索が可能であった.自験例のように小腸全域を病理組織学的に検索しえた本邦からの報告は認めず,本病態の解明に寄与すると考えられ報告する.
患者:66歳,男性.
主訴:下痢,血便.
家族歴:妹がUC.
既往歴:高血圧症.
現病歴:20XX年12月(65歳時),近医にて全大腸炎型のUCと診断され経口5-アミノサリチル酸(5-ASA)製剤による治療がされていたが,翌年4月に増悪し当院紹介となった.1日10~15行の粘血便を認め,Lichtiger Clinical Activity Index(Lichtiger CAI) 7)は10点であった.血球成分吸着除去療法(GMA)を計10回施行,同年6月よりプレドニゾロン(PSL)30mg/日の内服を開始するも無効により同年7月に入院となった.入院第13病日よりアザチオプリンを併用し,インフリキシマブ(IFX)を5mg/kgにて投与開始するも無効であった.入院第34病日,Cytomegalovirus(CMV) antigenemia陽性に対してガンシクロビル(GCV)を開始,入院第44病日にタクロリムスを導入するも寛解には至らず,Lichtiger CAI 15点となり内科治療の継続は困難と判断し外科手術の方針となった.手術時までの総ステロイド投与量は1,700mg(PSL換算)であった.術前の下部消化管内視鏡検査では全大腸に血管透見像の消失した粗ぞう粘膜を認め,特に直腸からS状結腸は自然出血を伴い脆弱な粘膜を呈していたが,終末回腸には炎症所見を認めなかった(Figure 1-a,b).また,上部消化管内視鏡検査では十二指腸球部から下行脚にかけて粗ぞう粘膜を認め,UC類似の内視鏡像を呈していた(Figure 1-c).入院第84病日,腹腔鏡補助下大腸全摘術+回腸人工肛門造設術を施行され,摘出標本では病理組織学的に腺管の捻れ,陰窩膿瘍,陰窩底と筋板の乖離,びまん性炎症細胞浸潤を認め,さらに炎症は粘膜層にとどまっていることから,典型的なUCの組織像と考えられた.クローン病を示唆する非乾酪性類上皮細胞肉芽腫の所見は認めなかった(Figure 2).術後第2病日に人工肛門からの出血を認めたため上下部消化管内視鏡検査を施行し,十二指腸球部から下行部,および回腸に自然出血を伴うびまん性の粗ぞう粘膜を認めた(Figure 3-a,b).また,腹部造影CT検査では空腸から回腸の広範囲に造影効果を伴う壁肥厚を認めたが,造影剤の血管外漏出は認めなかった(画像提示なし).同日より粉末の5-ASA製剤 500mg内服を追加し,さらに術後第7病日より3日間メチルプレドニゾロン1gによるパルス療法を施行するも反応は不良であり,術後第10病日に当科転科となった.
術前の上下部消化管内視鏡検査所見.
a:全大腸に血管透見像の消失した粗ぞう粘膜を認め,直腸からS状結腸には自然出血を認めた(Figureは直腸).
b:終末回腸には炎症所見を認めなかった.
c:十二指腸球部から下行部に潰瘍性大腸炎類似の粗ぞう粘膜を認めた(Figureは十二指腸下行部).
摘出した大腸の病理組織像(Figureは横行結腸).
腺管の捻れ,陰窩膿瘍,陰窩底と筋板の乖離,びまん性炎症細胞浸潤を認めた(HE染色,×100).
大腸全摘術後の上下部消化管内視鏡検査所見.
a:十二指腸球部から下行部に多発するびらん,易出血性粘膜を認めた(Figureは十二指腸下行部).
b:回腸に自然出血を伴うびまん性の粗ぞう粘膜を認めた.
転科時臨床検査成績(Table 1):白血球数増加,軽度の貧血,低アルブミン血症と膵酵素上昇.CRP値の上昇を認めた.CMV antigenemiaはC7- HRP法,C10/C11法のいずれも陽性であった.
当科転科時検査成績.
転科時現症:身長165.2cm,体重57.6kg,体温36.8度,脈拍61回/分,血圧128/80mmHg,眼瞼血膜に貧血あり,眼球結膜に黄疸なし.体表リンパ節を触知せず.腹部は平坦,軟であり下腹部に軽度の圧痛を認めた.
臨床経過(Figure 4):転科時の血液検査にて薬剤性の膵酵素上昇が疑われ5-ASA製剤の内服を中止し,さらにCMV antigenemia陽性に対してGCV開始となった.便培養では細菌・真菌は検出されなかった.その後も血便は持続したため術後第14病日よりシクロスポリン持続静注を追加,術後第20病日よりPSLを20mg/日に増量するも反応は見られず,連日4~6単位の赤血球濃厚液による輸血を必要としていた.血液検査では凝固異常はなく,播種性血管内凝固症候群の所見は認めなかった.その後,輸血時に血圧低下の副作用が出現するようになり,術後第25病日に出血性ショックのため死亡された.同日ご家族の同意のもと病理解剖が行われ,十二指腸から回腸までの小腸全域に連続性にびらん,潰瘍が認められ,粘膜上皮残存部では陰窩の捻れ,杯細胞の減少,高度のリンパ球・形質細胞浸潤などUC類似の組織像を呈していた.非乾酪性類上皮細胞肉芽腫や核内封入体は認めず,CMV免疫染色,抗酸菌染色はいずれも陰性であり,クローン病や感染症,腸管虚血を示唆する所見は認められなかった(Figure 5).
大腸全摘術後の臨床経過.
病理解剖による回腸病理組織像.
粘膜上皮の残存部では陰窩の捻れ,杯細胞の減少,陰窩底と粘膜筋板の乖離が見られ,粘膜から粘膜下層に高度の形質細胞・リンパ球浸潤,一部好中球浸潤を認める(HE染色,×100).
自験例は十二指腸にUC類似病変を認めた全大腸炎型UCに対し大腸全摘術を施行し,術後早期に小腸全域からのコントロール不能な持続出血をきたした症例である.術前の内視鏡検査では回腸に炎症所見を認めておらず,自験例の空腸・回腸病変は術後に出現したものと考えられる.便培養からは感染性腸炎は否定的であり,手術前後での非ステロイド性抗炎症剤(NSAIDs)投与歴もないためNSAIDs起因性の小腸炎も考え難く,病理解剖による組織像からはクローン病や血管炎,虚血性小腸炎も否定的であった.CMV antigenemia陽性に対してGCVを投与されており,その後の陰性化は確認できていないが,組織像では核内封入体は認めず,CMV免疫染色においてもCMV陽性細胞は確認できなかったことから,自験例の小腸病変にCMVは関与していないと考えている.
自験例は術前より十二指腸にUC類似の内視鏡所見を呈していたが,上部消化管にUC類似病変を合併する頻度は久部 1),Horiら 2)によるとそれぞれ5.1%,7.6%と報告されており,UCの大腸外病変の報告は近年増加傾向にある.さらに中島ら 4)は1960年から2006年における潰瘍性大腸炎の上部消化管病変(胃・十二指腸・空腸・回腸)の報告39例を解析し,空腸・回腸病変のおよそ90%が大腸全摘術後に認められ,一方で胃・十二指腸病変のみが大腸全摘術後に初めて認められた割合はおよそ36%と比較的少なく,UCにおける小腸病変と大腸全摘術との関連の深さが示唆されている.他にも,Rubensteinら 5)はUC類似の浅い潰瘍が小腸に生じた12例をulcerative colitis associated enteritis(UCAE)と定義し,12例中8例が大腸全摘術後に生じていることを報告しているが,その中の6例は術後1カ月以内に小腸病変が出現しており,小腸病変が術後早期に生じやすい可能性を指摘している.UC術後の小腸病変の原因としてCorporaalら 8)は手術による機械的ストレスや腸内細菌叢の変化,炎症性メディエーターやインヒビターの急激な変化等を推察しており,Bellら 9)は病変を認めた回腸では大腸型のムチンが産生されていたことを報告し,小腸粘膜の大腸型への変化と小腸病変との関連を指摘している.その他にも,黒田ら 10)は腸閉塞を契機に腸管拡張や内圧亢進による腸管粘膜への障害,あるいは腸内細菌の異常増殖を原因として指摘しているが,その病態の詳細は不明である.
このような報告の増加を受けて,本邦において厚生労働省難治性炎症性腸管障害に関する調査研究班により「UC術後小腸炎・小腸出血」に関する後ろ向きアンケート調査が行われ,その集計結果が報告された 11).全国41施設を対象として,発生頻度は5,284手術症例中42例(0.8%)であり,死亡例が42例中5例(12.0%)に認められ,死因は肺炎2例,出血性ショック1例,敗血症性ショック1例,不明1例であった.積極的な治療を要しない症例は集計されていないため,実際のUC術後小腸病変の頻度はさらに高いものと考えられるが,ときに重症化して死亡例も見られる症例が存在することが明らかとなった.
自験例のように,UC術後の小腸病変において出血を主症状とした報告は1989年から2019年までの「Pubmed(keyword:ulcerative colitis,colectomy,enteritis)」および「医学中央雑誌(キーワード:潰瘍性大腸炎,大腸全摘,小腸病変)」の文献検索では自験例を含め14例 3)~6),10),12),13)であった(会議録と胃・十二指腸病変のみ,さらに出血を伴わない症例は除外した)(Table 2).術前の罹患範囲は全大腸炎型が13例(92.9%)と最も多く,また術後1カ月以内の発症が10例(71.4%)と多かった.治療はPSLが12例(85.7%)と最も多く,他に経皮的血管塞栓術やIFX,カルシニューリン阻害薬,GCV等が用いられていた.これらの報告の中で,Uchinoら 13)は急激な状態の悪化により大量出血から循環血液量減少性ショックをきたす症例の存在を指摘しており,実際に同文献内では7例中すべてにPSLが用いられるも6例でショックに至り,5例でIFX,4例で経皮的血管塞栓術が併用されるなど集学的治療を要する症例が多く含まれていた.自験例の治療に関しては,術前のIFXが無効であり,カルシニューリン阻害剤の治療反応性が他の薬剤と比較して少ないながらも認められていたことと,メチルプレドニゾロンパルスの反応が不良であったこと,さらに腸管局所ではなく小腸の広範囲からの出血であったことを考慮して,IFXやステロイド高用量投与,経皮的血管塞栓術は行わずシクロスポリン持続静注を優先した.術前の治療薬剤と術後小腸出血に対する治療の反応性を検討した報告は少ないが,術前にステロイド抵抗性であったにも関わらず小腸出血にステロイドが有効と判断された報告 6)や,IFX使用歴のある症例の術後小腸出血に再投与され有効であった報告 13)も認められているように,術前の大腸病変に無効であった治療法であっても術後小腸出血に有効である可能性も否定できない.さらに今回検索した報告例(Table 2)において死亡例を除く11例は症状が改善した後は再燃なく経過しており,特にIFXを使用した報告 13)では寛解導入に用いたのみで維持治療を必要としていなかったとされており,UCの大腸病変に対する治療概念とは異なる可能性が考えられる.
潰瘍性大腸炎大腸全摘術後の小腸出血報告例(1989年~2019年).
自験例では輸血時の副作用により血行動態の維持が困難となり救命が不可能であったが,今回検索した中でも自験例を除くと2例に死亡例を認めているように(いずれも播種性血管内凝固症候群による多臓器不全が原因であった),急激な状態の変化には特に注意を要すると考えられる.なお,検索した死亡例の2例はいずれも病理解剖を施行されているが,自験例と同様に十二指腸から空腸,回腸の全域に潰瘍性病変が多発し,高度の形質細胞浸潤や絨毛の萎縮などを認めるも炎症は粘膜層から粘膜下層にとどまっており,いずれもUCの病理所見に類似したものであった.また,自験例では術前の内視鏡検査にて十二指腸にUC類似病変を認めているが,術前にUC関連上部消化管病変を有する症例で大腸全摘術後に空腸あるいは回腸に病変を認めた報告は検索しえた範囲では認められなかった.術前に上部消化管病変を検索されていない報告が多いため,術後の病態にどの程度影響したかは不明である.UC術後小腸病変の報告は近年増加傾向であるものの依然としてその病態は不明であり,内科治療も確立されていない.通常のUC治療が奏効する報告が多いが,維持治療を必要とする症例が稀であるなど,UCの大腸病変に対する治療概念と異なる可能性が考えられ,その病態解明は今後の重要な課題である.治療が遅れることで致死的な経過をたどる可能性もあることを広く啓蒙する必要があり,今後のさらなる症例の蓄積が必要と考えられた.
大腸全摘術後の小腸全域にUC類似病変を認め,コントロール不能の持続出血をきたしたUCの1例を経験した.UCの術後早期に排液量の増加や出血をきたす際には速やかな内視鏡評価を行い,UC類似の小腸病変を認める際には大量出血に移行する可能性を念頭に置き,集学的な治療介入も考慮すべきである.自験例のように小腸全域を病理組織学的に検索しえた報告は稀であり,今後の病態解明に寄与しうると考えられ報告する.
本論文内容に関連する著者の利益相反:田中浩紀(株式会社JIMRO,アッヴィ合同会社,EAファーマ株式会社,杏林製薬株式会社,持田製薬株式会社),本谷 聡(田辺三菱製薬株式会社,アッヴィ合同会社,武田薬品工業株式会社,ヤンセンファーマ株式会社,持田製薬株式会社,EAファーマ株式会社,ファイザー株式会社,日本イーライリリー株式会社),那須野正尚(株式会社JIMRO)