GASTROENTEROLOGICAL ENDOSCOPY
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ENDOSCOPIC DIAGNOSIS OF ESOPHAGEAL MOTILITY DISORDERS
Katsuhiko IWAKIRI Noriyuki KAWAMIMitsuru KAISE
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2021 Volume 63 Issue 11 Pages 2308-2321

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要旨

本邦では内視鏡検査は広く行われ,器質的疾患の診断に大きく貢献している.一方,機能性疾患に関しては,内視鏡検査の役割は器質的疾患の除外にとどまっているのが現状である.近年,食道運動異常症の代表的疾患であるアカラシアに関しては,新たな内視鏡所見(“Esophageal Rosette”,“Gingko-Leaf sign”,“Champagne Glass sign”,“Pinstripe Pattern”)が報告され,内視鏡検査によりアカラシアを強く疑うことが可能になってきている.食道体部運動異常を有する疾患に関しても,嚥下障害を認め,内視鏡検査においてらせん状収縮波,多発同期性収縮波,食道の狭小化(伸展不良)を認める場合には,食道運動異常症を有する可能性がある.内視鏡的に体部運動異常を見るためには食道中部でのスコープを固定し食道を観察することが重要である.アカラシア診断のgold standardはHigh-Resolution Manometry(HRM)であるが,HRMによる診断も絶対的なものではない.嚥下障害を有する患者に対しては,常に食道運動異常症を念頭に置き,内視鏡,食道造影,HRMによる総合的な評価をし,診断することが重要である.

Ⅰ はじめに

胃癌は長年にわたり本邦の死亡原因の1位を占め,胃癌による死亡を減少させることが本邦での消化器病学の中心的な課題であった.早期胃癌を発見することが,胃癌による死亡を減少させる重要なポイントであることが明らかとなり,早期胃癌の発見のため胃透視,胃内視鏡検査による早期胃癌の診断学が確立されていった.現在では胃癌の半数以上は早期胃癌として診断されている.また診断法の確立とともに胃癌の内視鏡治療法の開発も進み,多くの早期胃癌症例には内視鏡治療が行われている.このように胃癌の早期診断,治療のための内視鏡の貢献は計り知れないものがある.

上部消化管内視鏡検査は胃癌を中心とする器質的疾患の診断のために行われるが,前胸部症状(つかえ感,胸痛),上腹部症状を有するにもかかわらず器質的疾患(癌,潰瘍等)を含め病変を認めないことも多い.明らかな器質的疾患を認めない場合には,「気のせい」として経過観察される場合も多いが,患者自身の症状は継続している.これらの原因として,食道疾患としてはアカラシアを中心とする食道運動異常症,逆流過敏症,機能性胸やけが存在する.胃疾患としては機能性ディスペプシア等が存在する.これらの「つかえ感」や「胸痛」を有する患者に対して食道内圧検査を施行すると,約75%の患者に何らかの食道運動障害が認められる 1),2ことから,「つかえ感」や「胸痛」を訴える患者においては常に食道運動異常症の存在を念頭に置いて診療を行う必要がある.アカラシア診断のGold standardはHigh-Resolution Manometry(HRM)であり,下部食道括約筋(lower esophageal sphincter:LES)弛緩不全の指標としてintegrated relaxation pressure(IRP)値が広く使用されている.しかし,本邦で広く使用されているHRM(Starlet,Star Medical社製)検査の結果では,アカラシア患者の約40%のIRP値は基準を下回る値であったことが報告 3され,HRMもアカラシア診断に対する絶対的なものではなく,アカラシアの診断に関しては内視鏡,食道造影,HRMによる総合的な評価が重要である.

食道運動異常症の代表的疾患であるアカラシアに関しては,近年,新たな内視鏡所見が報告され,内視鏡検査によりアカラシアを強く疑うことが可能になってきている.本総説ではLES弛緩不全を特徴とするアカラシアの内視鏡診断を中心に,食道運動異常症の内視鏡診断についても症例を提示し紹介する.

Ⅱ LES弛緩不全を認めない健常者の下部食道内視鏡像

アカラシアの特徴的な下部食道の内視鏡を理解するためには,LES機能が正常である健常者の内視鏡所見を理解することが重要である.食道を送気しながら深吸気時に下部食道を観察すると下部食道は伸展され柵状血管下端を含めた柵状血管の全体像が観察され,一部胃粘膜(滑脱型ヘルニア様)も観察される(Figure 1 4.日本食道学会では柵状血管下端を胃食道接合部(Esophago-Gastric Junction:EGJ)と定義していることを考えると,柵状血管部位がLESに相当する.深吸気時に柵状血管下端を含めた胃粘膜が観察されるのは,深吸気時に横隔膜が2cm前後下方に移動する 5ことから,多くの場合には横隔膜の上方にEGJが存在することになるからである.LESの弛緩は嚥下後または食道内の伸展(固形物,液体,空気逆流による伸展)により起こることから,内視鏡時には送気による食道内伸展によりLESは弛緩した状態である.大きなヘルニアが存在しない場合には,深吸気での横隔膜の収縮により裂孔部は閉塞した状態となり,弛緩したLESに相当する柵状血管部位は送気により食道内側から外側に凸形状となり,下部食道の縦断像を想定するとU字形を呈することが多い(Figure 1).また,深吸気による胸腔内圧が陰圧に傾くことにより,食道内腔は外側に牽引されることも深吸気時に食道の観察が容易になる原因であると思われる.

Figure 1 

健常者の深吸気後の下部食道内視鏡像.

Ⅲ アカラシアの一古典的な内視鏡所見

日本食道学会のアカラシア取扱い規約 6におけるアカラシア内視鏡所見記載基準の項目として,食道内腔の拡張の程度,長軸屈曲の程度,異常運動の有無,狭窄部の性状(通過性,通過時疼痛),噴門部の「まきつき」,「めくれこみ」,食道粘膜像,合併病変(食道炎,食道癌,憩室)がある.内腔の拡張,長軸方向の屈曲の判定は容易であるが,異常運動の判定は容易ではない.アカラシア症例のLES狭小部の通過に際しては疼痛を伴うこともあるが,通過は比較的容易であり,大きな抵抗がある場合にはアカラシアの鑑別診断として重要である食道胃接合部領域の悪性腫瘍を疑うべきである.噴門部の「まきつき」はスコープの反転操作にて観察され,スコープに強くまきついているような所見であり,典型的なアカラシア進行例において観察される.「めくれこみ」は反転操作時にスコープを出し入れすることにより噴門部の粘膜がめくれこむ現象であり,やはり典型的なアカラシア進行例において観察される.その他の所見としては,食道内腔の拡張,残渣・液体の貯留,食道粘膜面の泡沫状唾液貯留も重要な所見である.以上のような所見を有する場合にはアカラシアの診断は決して困難ではないが,食道内腔の拡張が明らかでなく,食道内に残渣,液体の貯留を認めないアカラシア患者では内視鏡検査が施行されているにもかかわらず診断がなされず放置されていることも多い.

Ⅳ 近年明らかとなったアカラシア(LES弛緩不全)を疑う下部食道の内視鏡所見

■“Esophageal Rosette”

“Esophageal Rosette” 7はアカラシアを疑う内視鏡所見の一つであり,その定義は,①深吸気時に観察される下部食道狭小部への全周性の襞像(“rosette”は中央から円周に向かって放射状に伸びることを意味するフランス語),②深吸気時に柵状血管の全体像は観察されず,観察できても一部のみ,③柵状血管下端は確認できない(Figure 2)ことである.“Esophageal Rosette”はアカラシア患者の多くに見られる内視鏡所見である.

Figure 2 

アカラシア患者の深吸気後の下部食道の内視鏡像(“Esophageal Rosette”).

“Esophageal Rosette”の発生機序として,われわれは以下のことを考えている.LES弛緩不全を認めない症例では,食道内に空気を送気しない状態では食道内には全周性に襞が存在している.送気により食道は伸展され襞は消失するが,アカラシア患者ではLES弛緩不全が存在するため,LES口側の襞は消失するがLES部位は収縮した状態であることから,LESへの移行部の襞が残存し全周性の放射状の襞像が観察されると考えられる.

この所見はLES部位の障害範囲が広範囲に及ぶ症例において見られると考えられる.“Esophageal Rosette”は経口内視鏡的筋層切開術(Per-Oral Endoscopic Myotomy:POEM)治療により筋層を切開し,LES弛緩不全を開放することにより消失(Figure 3)し,全周の柵状血管が下端まで観察されるようになることからも“Esophageal Rosette”はLES弛緩不全を示す所見であると考えられる.“Esophageal Rosette”は食道拡張の有無にかかわらず,アカラシアの多くの症例で観察されるが,鎮静剤使用時には深吸気を行うことができないため,“Esophageal Rosette”の有無の判定はできない.

Figure 3 

Per-oral Endoscopic Myotomy(POEM)前後の下部食道の内視鏡像.POEM後には“Esophageal Rosette”は消失.

a:POEM前.

b:POEM後.

■“Gingko-Leaf sign”

“Gingko-Leaf sign” 8はアカラシアを疑う内視鏡所見の一つであるが,その頻度は稀である.“Gingko-Leaf sign”の定義は“Esophageal Rosette”は観察されないが,①深吸気時にも全周の柵状血管下端が観察できない,②下部食道に狭小部の存在,③下部食道の縦断像を想定すると食道外側から凸形状(銀杏の葉【Gingko-Leaf】様)(Figure 4)を呈することである.この所見を有する症例のLES障害範囲はLESの一部分(多くは下端)であると考えられる.“Gingko-Leaf sign”も深吸気時に見られる所見であり,鎮静時には評価はできない.

Figure 4 

アカラシア患者の深吸気後の下部食道内視鏡像(“Gingko-Leaf sign”).

“Gingko-Leaf sign”を呈した症例を提示する.症例は42歳の女性で,「つかえ感」を主訴に来院した.Figure 5-aには下部食道の内視鏡所見を示す.深吸気時にも“Esophageal Rosette”は観察されない.柵状血管は観察できるが柵状血管下端を含めた全体像は観察できず,下部食道に強く収縮した狭小部が観察される.狭小部への移行部の縦断像は食道外側から凸形状を呈していると想定される.食道造影(Figure 5-b)では下部食道は“Gingko-Leaf”形状となっている(食道造影時にも深吸気時の撮影が重要).Figure 5-cにはHRM所見を示すがLES弛緩はなく嚥下後に均一な食道体部の内圧の上昇を認めType-2のアカラシアであることがわかる.食道内圧の上昇はないことから,LES弛緩不全は存在するものの,それなりの固形物,液体はEGJを通過しているものと考えられる.“Gingko-Leaf sign”を有するアカラシア患者の多くの「つかえ感」は軽度であり,POEM等の治療を必要とせず,経過観察できる患者も多い.またLES障害部位はLES全体ではなく,LESの狭い範囲の障害(多くは下端)であり,“Gingko-Leaf sign”はアカラシアの初期像であると予想される.LES弛緩異常が存在しない場合には,全周性の柵状血管下端は深吸気時に容易に観察されることから,深吸気時に全周性の柵状血管の下端が観察されない場合には,LES弛緩不全を有する可能性を考える必要があるかもしれない.

Figure 5 

“Gingko-Leaf sign”を認めたアカラシア患者の各検査所見.

a:深吸気後の内視鏡像(“Gingko-Leaf sign”).

b:食道造影像,下部食道は“Gingko-Leaf”形状である.

c:High-Resolution Manometry所見,Type 2のアカラシアと診断.

■“Champagne Glass sign”

“Champagne Glass sign” 9はアカラシアの一部患者において胃からの反転操作時のEGJに観察される内視鏡所見である.胃内の反転操作にてEGJを観察すると,狭小部(LES収縮部)が柵状血管の下端ではなく口側に位置しており,EGJが弛緩しているように観察される内視鏡所見であり,下部食道の縦断像ではChampagne Glass 様(Figure 6,文献より引用)の形状を呈することが想定され,この所見を“Champagne Glass sign”と呼んでいる.食道裂孔ヘルニア症例でも類似した内視鏡像が得られるが,“Champagne Glass sign”との違いは狭小部の締め付けの程度と狭小部肛門側の粘膜が胃粘膜であることである.アカラシアであっても,反転像にてEGJが開大しているアカラシア症例が存在することを念頭に置くことが重要であるとともに,下部食道の見下ろし像の所見を加味し判定することが重要である.“Champagne Glass sign”を有するアカラシア患者のLES弛緩障害範囲はLES全体ではなく,LESの下方部位を除くLESの中部から上方部位の障害が存在すると想定される.

Figure 6 

アカラシア患者の胃内反転操作時の胃食道接合部内視鏡所見,“Champagne Glass sign”(文献より許可引用).

われわれが経験した“Champagne Glass sign”を認めた症例を提示する.患者は数年前から「つかえ感」を認め,HRMによりLES弛緩不全を有するEGJ Outflow Obstruction(EGJOO)と診断された72歳の女性である.「つかえ感」はあるが体重減少はない.内視鏡検査では食道内に液体貯留(Figure 7-a)あり,何らかの通過障害が疑われる.下部食道には柵状血管の一部は観察されるが,柵状血管下端の視認はできない“Gingko-Leaf sign”を有する狭小部(Figure 7-b)を認める.この狭小部を超えたわずか先に開大したEGJが確認でき柵状血管下端も観察できる(Figure 7-c).反転しEGJを観察すると,狭小部(LES収縮部)が柵状血管の下端ではなく口側に位置し,狭小部の肛門側にも柵状血管が観察されていることから,“Champagne Glass sign”(Figure 7-d)である.

Figure 7 

“Champagne Glass sign”を認めた下部食道括約筋弛緩不全を有するEsophago-Gastric Junction Outflow Obstruction患者の内視鏡像.

a:食道体中部の内視鏡像.液体貯留を認める.

b:深吸気後の下部食道内視鏡像,“Gingko-Leaf sign”を認める.

c:“Gingko-Leaf sign”の狭小部をわずかに超えた内視鏡像,柵状血管下端を確認できる.

d:胃内反転操作時の胃食道接合部内視鏡像,“Champagne Glass sign”を認める.

これらのアカラシア(LES弛緩不全)を疑う内視鏡所見(“Esophageal Rosette”,“Gingko-Leaf sign”,“Champagne Glass sign”)からアカラシアのLES障害部位は一様でないことがわかる.また,これらの内視鏡所見はLES障害部位の範囲による違いを示している可能性がある.すなわち,LES障害部位が広範囲である“Esophageal Rosette”,LESの狭い範囲の障害(主にLES下端)の障害である“Gingko-Leaf sign”, LES中部から上方部位の障害である“Champagne Glass sign”に分類される(Figure 8).

Figure 8 

アカラシアを疑う各内視鏡所見(“Esophageal Rosette”,“Gingko-Leaf sign”,“Champagne Glass sign”)の予想される下部食道括約筋(lower esophageal sphincter:LES)の障害部位(赤色).

これらのアカラシア(LES弛緩不全)を疑う内視鏡所見を理解しておけば,HRM診断を上回るアカラシアの診断ができるのではないかと考えているが,これらの所見は後ろ向き検討から得られた所見であり,今後は前向きに検討し,これらの所見の感度,特異度を検討していく必要がある.

また,これらのLES弛緩不全を疑う内視鏡所見によりほとんどのアカラシア診断は可能であると考えているが,当施設では下部食道の送気下の観察においてEGJは開大し柵状血管下端を含めた柵状血管の全体が観察されたにもかかわらず「つかえ感」を有するアカラシア患者を2例経験(アカラシア全体の1%未満)している.その1例を示す.症例は24歳の女性.中学生頃から「つかえ感」を認め,内視鏡検査を複数回施行するも異常を指摘されなかった.精査のため当科紹介.Figure 9-aには当院での食道下部内視鏡写真を示す.本人の希望によりsedation下での内視鏡検査ではあり,深吸気は行えなかったがほぼ全周の柵状血管下端を観察することができアカラシアは否定的であると考えた.HRM検査(Figure 9-b)ではLES弛緩はなく,体部には同期性収縮(distal latency 3.3秒【正常4.5秒以上】)を認めType-3のアカラシアと診断した.このような症例も存在するが,現状ではほとんどのアカラシアは内視鏡により疑うことが可能となっていると考える.「つかえ感」を有する患者に対しては,常にアカラシアを含む食道運動異常症の可能性を念頭に置き,内視鏡検査,HRMにより精査を行うことが重要である.

Figure 9 

アカラシア患者の下部食道内視鏡像,High-Resolution Manometry所見.

a:下部食道の内視鏡像,胃食道接合部は開大している.

b:HRM所見,Type 3のアカラシアと診断.

Ⅴ 食道体部運動異常を疑う内視鏡所見

■“Pinstripe Pattern”

Minamiらは,食道粘膜表層のごく細い縦走する全周性の襞を“Pinstripe Pattern”(Figure 10)として報告している 10.この所見は客観的な所見に乏しい初期アカラシア患者の約60%に観察され,鎮静剤使用時にも観察される 10.POEMでの筋層切開後には消失傾向にあることから,内輪筋の収縮に関連したものと考えられている.

Figure 10 

アカラシア患者の食道体部の内視鏡像,“Pinstripe Pattern”.

■多発輪状(数珠状)収縮波,多発片側性収縮波,らせん状収縮波

Figure 11には「つかえ感」を主訴として来院した72歳の女性の食道内視鏡像(Figure 11-a)を示す.多発輪状(数珠状)収縮波が観察される.同症例のHRM所見(Figure 11-b)では,LES弛緩不全に加え下部食道に同期性収縮波が観察され,Type-3のアカラシアと診断した.同期性収縮を示した点線部位の内圧トレースを図の右側に示しているが,内圧波形は波状を呈し内視鏡所見に類似している.

Figure 11 

アカラシア患者の内視鏡像(a),High-Resolution Manometry所見(b).

a:食道体部内視鏡像,多発輪状収縮波(数珠状)を認める.

b:HRM所見,Type 3のアカラシアと診断.同期性収縮を示した赤矢印先の点線部位の内圧トレースを図の右側に示している.

Figure 12も「つかえ感」を主訴で来院した67歳の男性である.食道内視鏡像では,食道体部に多発する片側性の収縮波(Figure 12-a),下部食道にらせん状の収縮波(Figure 12-b)が観察される.Figure 12-cは食道造影所見であるが,内視鏡所見を連想させる波状の食道壁が観察される.同症例のHRM所見をFigure 12-dに示すが,LES弛緩は見られず,下部食道の同期性収縮が観察されることから,Type-3のアカラシアと診断した.Figure 12-eFigure 12-dのwater swallow(WS)4のHRM所見を拡大したものである.同期性収縮内の最も圧が高値であった赤色矢印先の点線部位の内圧トレースを右側に示しているが,内圧波形は波状であり内視鏡所見に一致する所見であると考えられる.以上より,同期性収縮波に対応する内視鏡所見としては,多発輪状(数珠状)収縮波,多発片側性収縮波またはらせん状収縮波が存在すると考えられる.

Figure 12 

アカラシア患者の内視鏡像,High-Resolution Manometry(HRM)所見,食道造影検査所見.

a:食道体部内視鏡像,多発片側性の収縮波を認める.

b:食道体部下部内視鏡,らせん状収縮波が観察される.

c:食道造影所見.

d:HRM所見,Type 3のアカラシアと診断.

e:(d)のwater swallow(WS)4のHRM拡大所見.点線部位の内圧トレースを図の右側に示している.

Figure 13には「つかえ感」で来院した72歳の男性の食道内視鏡所見を示す.下部食道にらせん状の収縮波(Figure 13-a)が観察されるが,EGJの内視鏡像は柵状血管下端も含め観察(Figure 13-b)されることから,LES弛緩は異常なしと考えアカラシア以外の食道運動異常症を疑った.HRMではFigure 13-cに示すようにLES弛緩は見られるものの,強い食道収縮波(distal contractile integral【DCI:収縮力の指標】40,000mmHg-s-cm以上)を頻回に認め,Jackhammer Esophagus(診断基準:本邦で使用されているHRM【Starlet ver. 8.1-19.8】では,嚥下波の20%以上のDCIが10,000mmHg-s-cmを超えるもの)と診断した.強収縮波の立ち上がりは同期性であるが,収縮波の終了は時間差があり下部食道ほど収縮時間は長い.Figure 13-dには強収縮波の中で最も高い圧を示した点線部位の内圧所見を示すが,高低差の強い波状収縮が見られる.Figure 13-eには食道造影所見を示すが,コルクスクリュー様の所見が観察され,内視鏡所見に一致するものと考えられる.

Figure 13 

アカラシア患者の内視鏡像,High-Resolution Manometry(HRM)所見,食道造影検査所見.

a:食道体中部内視鏡像,らせん状の収縮波を認める.

b:胃食道接合部の内視鏡像.柵状血管下端が観察できる.

c:HRM所見,強い食道収縮波(distal contractile integral(DCI)が40,000mmHg-s-cm以上)を認め,Jackhammer Esophagusと診断.

d:HRM所見,(c)のwater swallow(WS)1の拡大所見.強収縮波の中で最も圧が高値であった点線部位の内圧トレースを右側に示す.

e:食道造影所見.

これらの多発輪状(数珠状)収縮波,多発片側性収縮波,らせん収縮波はアカラシア患者,遠位食道痙攣(distal esophageal spasm),Jackhammer Esophagus(食道体部の強収縮)で見られることがあり,つかえ感や胸痛等の症状を認め,これらの所見を有するときには食道運動異常症を疑う必要がある.これらの内視鏡所見を捉えるためには,食道中部でスコープをしばらく固定し食道の動きを観察することが重要である.

その他,食道運動異常を疑う所見として,Matsubaraら 11は,HRMで診断された食道運動異常症の内視鏡所見を検討し,食道運動異常症の特徴的な食道体部内視鏡所見として,EGJ通過時の抵抗,食道内腔の残留物,食道拡張,痙攣性収縮(われわれの輪状収縮波),食道内腔を閉塞させない収縮波を挙げている.食道内腔を閉塞しない収縮波は弱い収縮を意味しDCIが低値を来すineffective esophageal motility(IEM)を示す指標になると思われる.IEMは最も頻度の多いminorな食道運動異常症であるが,LES弛緩不全を有する場合とは異なり,弱い収縮波のみの場合にはゆっくりした食事摂取法により,臨床上問題とならないことも多い食道運動異常症の一つである.正常な食道運動の定義は,シカゴ分類v3.0では一次性食道運動障害(アカラシア,EGJOO,absent contractility,distal esophageal spasm,hypercontractile esophagus【Jackhammer Esophagus】)の除外に加え,蠕動波の50%以上がIEMまたは5cm以上の蠕動欠損を有する症例を除いた場合に正常な食道運動であると判断される 12.この定義に従えば,弱い蠕動波を含め,正常蠕動波でない同期性収縮,蠕動欠損が少数回存在しても,食道体部運動としては正常になる.すなわち,同期性収縮波や強収縮との関連が考えられる多発輪状(数珠状)収縮波やらせん状収縮波,IEMとの関連が考えられる閉塞をさせない収縮波が出現しても,それだけで異常との診断はできない.これらの内視鏡所見は患者が「つかえ感」等の症状を有し,それらの所見が頻回に観察される場合に食道運動異常症を疑う所見となる.実際,通常の食道の内視鏡観察でもスコープを中部食道で固定し観察していると,嚥下困難を疑う症状がなくても多発輪状(数珠状)収縮波は観察されることがある.また,らせん状収縮波も稀に観察される.以前はこれらの所見を有する無症状の患者に対してHRMを施行したこともあったが,多くの場合には問題となる食道運動異常症は見られなかった.今後はこれらの所見を前向きに検討し,これらの所見の感度,特異度を評価する必要がある.

その他,送気時の食道の伸展不良・狭小化(特に遠位食道)は食道壁肥厚の可能性を示す所見である.この所見はHRMでは同期性収縮(distal esophageal spasm)や強収縮(Jackhammer Esophagus)を示すことがある.下部食道の伸展不良・狭小化を認めた症例を提示する.38歳の男性で「胸痛,嚥下困難」を主訴来院した.仕事ができない程の強い症状が24時間持続することもあり,著しいQOL低下を認めていた.以前に内視鏡検査を受けているが,異常なしとのことで紹介されている.内視鏡所見(Figure 14-a)で遠位食道に粘膜面性状に異常は見られないものの伸展不良・狭小部位を認めた.この所見は食道粘膜性状のみに注視観察していると見落とす可能性がある.食道造影検査(Figure 14-b)では中部から下部食道に狭小化した部位が認められ,胸部CT検査(Figure 14-c)では同部位の食道壁の肥厚が見られた.HRM(Manoscan)検査では,10,000mmHg-s-cmを超えるDCIを認めJackhammer Esophagusと診断した.この強収縮が症状の原因と考え,胸腔鏡での筋層切開術(16cm)を行い症状は消失した.Jackhammer Esophagus症例では,内科的治療において経過観察可能である患者がいる一方,筋層切開による治療を必要とする患者もいる.Kawamiら 13は,Jackhammer Esophagus症例においての筋層切開術(POEM or 腹腔鏡下手術)を必要としたグループの最大のDCI値(Starlet ver. 8.1-19.8)は筋層切開術を必要とする群で32,651 mmHg-s-cm(中央値)であるのに対して,筋層切開術を必要としない群では17,926mmHg-s-cmであり有意な違いがあることを報告し,DCI値が筋層切開術施行の指標になる可能性を報告している.

Figure 14 

Jackhammer Esophagus患者の内視鏡像,食道造影検査所見.

a:食道体下部の内視鏡像.送気時にも伸展不良な狭小部を認める.

b:食道造影.食道中部から下部の狭小部(点線部)を認める.

c:CT像.食道壁の全周性の肥厚を認める.

Ⅵ おわりに

LES弛緩不全を来すアカラシアの内視鏡診断に関しては,初期または拡張のない軽度アカラシアであっても“Esophageal Rosette”,“Gingko-Leaf sign”,“Champagne Glass sign”を理解することにより,多くの症例ではアカラシアを疑うことは可能となってきた.食道体部運動異常を疑ういくつかの所見があるが,これらは健常者でも見られることがあり,これらの所見のみで食道体部運動異常を疑うことはできない.嚥下障害を来すような症状があり,また体部運動異常を疑う所見が頻回に観察されるときに食道運動異常症を疑うことができる.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
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