GASTROENTEROLOGICAL ENDOSCOPY
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RISK FACTORS ASSOCIATED WITH ASPIRATION PNEUMONIA DURING THE PERIOPERATIVE PERIOD FOLLOWING ESD FOR GASTRIC TUMOR
Akiko SASAKI Chikamasa ICHITAChihiro SUMIDAJun KUBOTAKaren KIMURATakashi NISHINOJunichi TASAKISakue MASUDAKazuya KOIZUMIJun KAWACHIMakoto KAKO
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2021 Volume 63 Issue 11 Pages 2322-2329

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要旨

【目的】胃腫瘍に対するESDの周術期に誤嚥性肺炎(Aspiration Pneumonia;AP)を発症した症例を検討し,そのリスク因子を明らかにした.

【方法】2014年から2017年までに当院で胃腫瘍に対するESDを施行した393例422病変を対象に,ESDの周術期にAPを起こした15例(A群)と起こさなかった378例(B群)について,背景と経過を後ろ向きに比較検討した.

【結果】A群で噴門開大所見のある症例が有意に多かった.年齢や既往歴,治療時間や抗生剤予防投与,オーバーチューブ使用の有無では差を認めなかった.肺炎で治療を中断した症例はなく,入院期間にも有意差はなかった.

【結論】胃ESD周術期のAPのリスク因子は噴門開大所見であった.上記リスクを有する症例では周術期のAP発症に注意した治療環境の工夫が必要である.

Ⅰ 緒  言

消化管腫瘍に対する内視鏡的粘膜下層剝離術(ESD)では,通常内視鏡検査と比較して所用時間が長く,深い鎮静下にあるため誤嚥性肺炎(Aspiration Pneumonia;AP)の併発が多いことが予想される.APのリスク因子としては,75歳以上,脳血管疾患や慢性閉塞性肺疾患(Chronic obstructive pulmonary disease;COPD)の既往,残胃や胃管病変,術後せん妄の症例,治療時間等が報告されている 1),2.しかし実際にAPを起こす症例ではこれらの因子を有さない症例もしばしば経験され,先述の条件以外のリスク因子の存在が示唆された.胃腫瘍ESDの周術期にAPを発症した症例を検討し,そのリスク因子,ESD及びその後の経過に及ぼす影響を既報のリスク因子との比較とともに明らかにすることを目的とした.

Ⅱ 対象と方法

2014年1月から2017年12月までに,当院で胃腫瘍に対するESDを施行した393症例422病変を対象に,肺炎を発症した15例17病変(A群),肺炎を発症しなかった378例405病変(B群)についてその背景と経過を後ろ向きに比較検討した.期間中に複数回の治療を施行した症例は,今回の検討から除外した.誤嚥性肺炎は,以下のように定義した.①新規に発症した咳嗽,膿性痰と発熱,②胸部X線/胸部CTにおける肺野の浸潤影,のいずれかをESD後1日以内に認めたもの 3とした.治療後には原則的に全例で胸部X線を施行し,必要時に胸部CTを追加した.治療時間が短いなど,治療医の判断で胸部X線を施行しなかった症例については,①の所見がみられた時点で画像検査を行った.肺炎の重症度にはJCOG術後合併症規準(Clavien-Dindo分類)を用いて評価した 4.肺炎例には抗生物質の経口的または経静脈的投与を行った.内視鏡所見による食道裂孔ヘルニアの分類としては幕内分類 5,噴門開大については反転像による草野分類 6とHill分類 7が知られている.仮説として噴門開大を誤嚥のリスクと考えたので,内視鏡反転像でスコープ1本以上を噴門開大ありと定義した.その根拠は草野らの報告により内視鏡反転像でスコープ1本以上の開大があった場合,逆流性食道炎の有病率,重症化率が高いと報告されており,後ろ向き研究で容易に評価できるためである(Figure 1 6.ESDのデバイスは,フラッシュナイフBT-S(富士フイルム社)を用い,鎮静にはプロポフォールの持続投与とペンタゾシンの静脈注射を併用した.全例でモニター下に0.5-2.0mg/kgを導入として静注し,持続投与を治療終了まで継続した.中等度鎮静が得られない場合には,ハロペリドールの静脈注射も追加した.統計学的解析はFisherの直接法,Mann-Whitney U検定及びロジスティック回帰分析を使用し,いずれの検定においてもP<0.05を有意差ありとした.

Figure 1 

反転像による草野分類 6

胃内からの反転(Jターン)像による分類で,内視鏡軸脇の空隙の大きさに従い評価する.幕内分類,逆流性食道炎のLos Angeles分類と相関があるとされる.

a:空隙なし.

b:シャフト1本未満.

c:シャフト1本以上.

Ⅲ 結  果

393症例422病変の患者背景を示した(Table 1).全体の平均年齢は74.46±8.49歳,男女比は7:3で,平均体重指数(BMI)は22.44±3.13であった.既往歴は呼吸器疾患が49例(12.5%),循環器疾患が118例(30.0%),脳血管疾患が33例(8.4%)であった.治療病変は癌が324例(76.8%),一括切除例は414例(98.1%)であった.周術期偶発症としての誤嚥性肺炎は15例(3.81%)に認め(Figure 23),出血を53例(13.5%),穿孔を3例(0.8%)に認めた.肺炎評価のための胸部X線は339例(86.3%)に施行され,A群の肺炎重症度は全例がClavien-Dindo分類gradeⅡであり,Ⅲ以上の重症例はみられなかった.次に,肺炎を発症したA群15例と発症しなかったB群378例の患者背景について解析した(Table 2).A群はB群に比較して平均年齢に有意差はなく(A群:78.0±5.68歳,B群:74.3±8.56歳,p=0.10),BMIが有意に低かった(A群:20.86±2.91,B群: 22.58±3.12,p=0.046).治療中のプロポフォール総使用量に有意差はなく(A群:669.0±220.0mg,B群:749.0±428.0mg,p=0.39),ハロペリドール併用の有無による差も認めなかった(p=0.53).病変のサイズ,部位,治療時間,抗生剤予防投与やオーバーチューブ使用の有無による有意差は認めなかったが,反転像分類でシャフト1本以上の噴門開大所見を認める症例が有意に多かった(A群:6例(40%),B群:30例(7.93%)p=0.001)(Table 3).単変量解析で有意差のあった噴門開大所見について,APの症例数が少ないため2段階の多変量解析を行った.まず交絡因子の補正として単変量解析で同じく有意であったBMIとの多変量解析を行った(OR 8.23(95%C.I 2.60-26.02))(Table 4).次に,既報でリスクとされる年齢,脳血管障害の既往,呼吸器疾患の既往,検査時間による補正を行ったところ(Table 5),噴門開大所見のAPへの影響は,同程度で持されていた.A群の経過については,治療中に肺炎を起こした6例(40%)では治療の中断はあるものの延期を要した症例はなく,全体で平均入院期間はA群で長い傾向があるものの,B群との有意差はなかった(A群:8.80±2.65日,B群:7.77±3.5日,p=0.26).

Table 1 

患者背景.

Figure 2 

ESD後に肺炎を来した症例1.

上段左が入院時,右がESD後の胸部レントゲン写真で,左肺炎と診断した.下段2枚が反転像による噴門開大所見.シャフト1本以上の空隙ありと判断した.

Figure 3 

ESD後に肺炎を来した症例2.

上段左が入院時,右がESD後の胸部レントゲン写真で,左下葉の肺炎と診断した.下段1枚が反転像による噴門開大所見.噴門部小彎の早期胃癌症例であり,シャフト1本以上の空隙ありと判断した.

Table 2 

ESD後肺炎のリスク因子(患者背景).

Table 3 

ESD後肺炎のリスク因子(治療関連因子).

Table 4 

ESD後肺炎のリスク因子:ロジスティック回帰分析.

Table 5 

ESD後肺炎のリスク因子:ロジスティック回帰分析(既報リスクによる補正).

Ⅳ 考  察

早期胃癌を主とする胃腫瘍に対するESDは,低侵襲かつ高い一括切除率を得られる治療であり,高齢者であっても比較的安全にESDが施行できるという報告が散見される 8)~10.一方で,ESDの一般的な偶発症である出血,穿孔に加え,高齢者特有の偶発症として誤嚥性肺炎や術後せん妄なども報告されている 1.胃癌に対するESD/EMRガイドライン 11において,肺炎は‘頻度は低いが留意すべき偶発症’とされている.治療関連肺炎の因子として,75歳以上の高齢,処置時間,潰瘍形成 12,認知症,COPD 13,脳血管疾患,せん妄 1などが報告されているが,本検討ではBMI低値と噴門開大所見に有意差を認めた.BMIは栄養評価の指標の1つであり18.5から25.0が全年齢における普通体重群とされるが,70歳以上の高齢者においては,フレイル(虚弱)予防のため理想BMI値が21.5〜25.0とされている 14.本検討ではAP群で平均BMIが20.86と理想値をわずかに下回ったが,臨床的に低栄養のスクリーニングを要するのはBMI 20以下とされ,実臨床において肺炎に影響するとは考えにくい.

内視鏡的な噴門開大は食道裂孔ヘルニアを間接的に評価しており,特に酸逆流の指標となるGERDはBMI高値や腹囲との関連が報告されている 15.一方で,加齢による横隔膜括約筋の筋力低下,円背による裂孔開大による要素も報告されており 16本検討では対象者の平均年齢が70歳代と高く,加齢による要因のほうが大きいと考えられた.対策としては,治療前に内視鏡的な噴門開大所見の評価を行い,誤嚥性肺炎のリスクが高いと判断した症例では,食道内胃酸逆流予防に有用とされるファーラー位での治療を行うこと,逆流を誘発しやすい右側臥位での治療を避けることなどが肺炎の予防に有用と考えられる 17),18

本研究の限界として,ESDの対象となった症例が痩せ型で平均年齢70歳代の高齢者である点が挙げられる.若年者や肥満症例には一般化できないリスク因子である可能性があり,対象を広げた更なる検討を要する.

Ⅴ 結  語

胃腫瘍ESDの周術期誤嚥性肺炎のリスク因子は内視鏡的な噴門開大所見であり,術前に確認した上での内視鏡治療の環境整備が肺炎予防に有用と考えられた.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

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