2021 Volume 63 Issue 11 Pages 2330-2336
症例は80代女性の胃瘻造設患者.栄養剤投与後に二度嘔吐したため胃瘻チューブを解放したところ,血液成分の流出が確認され老健施設から搬送となった.EGDにより,食道に多発する空気封入を伴った血腫を認めた.すでに自壊した血腫も存在し内視鏡との接触でも容易に破裂したが,止血処置が不要の静脈性出血であった.腹部CT検査では門脈内にガス像を確認した.翌日施行したEGDでは血腫はほぼ自壊していた.第3病日から胃瘻使用を再開し,第4病日のCT検査で門脈ガスの消失を確認した.第5病日のEGDで血腫の消失を確認し,第6病日で退院となった.第19病日に行ったEGDでは食道に異常所見を認めなかった.
1957年にWilliams 1)がOesophageal laceration following remote traumaとして初めて食道血腫を報告したとされている.その後,食道血腫のほか,食道粘膜下血腫,食道壁内血腫,食道粘膜下剝離の一部などで様ざまな呼称で報告されてきたが,いずれも保存的加療で良好な経過をたどることが多く,発症機序からもこれらは同一の疾患概念であると認識されている.一方,門脈ガス血症は重篤かつ予後不良の徴候とされ,腸管壊死や敗血症の存在を疑うべき所見のひとつである.今回われわれは門脈ガスとともに,食道粘膜下血腫内にも気泡を伴った多発食道粘膜下気泡封入血腫の1例を経験したため,文献的考察も加え報告する.
患者:80代後半女性.
主訴:胃瘻チューブからの出血.
既往歴:20XX―15年脳梗塞発症.20XX―2年に特別養護老人ホームへ入所.20XX―1年に胃瘻造設術を施行した.
家族歴:特記事項なし.
現病歴:20XX年某月某日16時頃に嘔吐が見られた.内容物は経腸栄養剤のみであったため経過観察されていたが,19時過ぎに二度目の経腸栄養剤の嘔吐が見られたため胃瘻チューブを解放.胃瘻チューブから血液成分の流出を認めたため救急搬送となった.
入院時現症:血圧178/99mmHg.心拍73回/分.呼吸数18回/分.体温36.2度.眼瞼結膜に貧血なし.左上腹部に胃瘻留置.触診で皮下気腫などなし.ジギタールでは黄色便の付着を認めた.
血液検査:WBC 8,320/μl,RBC 409万/μl,Hb 13.0g/dl,Ht 38.4%万/μl,PLT 22.9/μl,TP 6.6 Lg/dl,Alb 3.7g/dl,Na 135mEq/l,K 3.8mEq/l,Cl 101mEq/l,BUN 24.9mg/dl,CRE 0.6mg/dl,T-Bil 0.5mg/dl,GOT 69IU/l,GPT 25mg/dl,LDH 298IU/l,ALP 366IU/l,AMY 109IU/l,CRP 0.1mg/dl,PT-INR 0.88,APTT 24.8秒,Fib 304.8 mg/dl.
胸部レントゲン検査:異常所見なし.
腹部レントゲン検査:左上腹部に胃瘻造設具陰影.少量の小腸ガス貯留像.
上部消化管内視鏡(EGD)所見:切歯より25cmの中部から下部食道の全周性に,内部に空気封入を伴う敷石状に形成された血豆様血腫を認めた(Figure 1-a~c).血腫は一部自壊しており(Figure 1-b),内視鏡との接触でも容易に破裂した.出血は湧出性で止血処置は不要と判断し,血腫破裂助長を避けるため下部食道までの観察で検査を終了した(Figure 1-d).

初診時EGD所見.
食道に発生した大小不同の多発粘膜下血腫.多数の血腫で内部に空気封入を伴っていた(白矢印).
すでに自壊した血腫も見られたが,内視鏡との接触でも容易に破裂した(黄矢印).
a:中部食道病変上端.
b:中部食道.
c:下部食道.
d:下部食道胃接合部近傍.
胸腹部CT検査:食道内腔の壁肥厚と壁在気腫(Figure 2-a)および肝臓内に門脈ガス像を認めた(Figure 2-b).

初診時胸腹部CT検査.
a:食道内腔の壁肥厚と壁在気腫(白矢印).
b:肝臓内の門脈ガス像(黄矢印).
経過:入院管理とし経過確認を目的に翌日EGDを施行した.血腫発生部口側上端では一部気泡が残存する血腫を確認しえた(Figure 3-a~c).前日と比較し血腫は縮小または自壊しその数は減少していた(Figure 3-a~d).滲出性の出血をわずかに認めたが止血処置は要さなかった.胃内には非特異的なびらん性胃炎を認めたが,その他胃瘻留置部を含め,血腫形成などの異常所見は認めなかった.第3病日より胃瘻からの経腸栄養を再開したが嘔吐を認めずに経過した.第4病日の腹部CT検査では門脈ガス像の消失を確認した.第5病日のEGDで血腫は消失し,食道粘膜も一部のびらんを残すのみまで改善したため,第6病日で退院となった.退院後は再び施設で生活.胃瘻使用は従来通り使用可能だが,栄養剤の投与をさらに緩やかに行うよう施設へ申し送りを行った.その後嘔吐などなく経過し第19病日に外来受診.EGDで完治を確認し(Figure 4-a,b)終診とした.

第2病日EGD所見.
血腫は縮小または自壊しその数は減少していたが,気泡が残存する血腫を確認しえた(白矢印).
a:中部食道病変上端.
b:中部食.
c:下部食道.
d:食道胃接合部.

第19病日EGD所見.
食道に病変を認めず完治を確認した.
a:中下部食道.
b:食道胃接合部.
食道粘膜下血腫は本邦では1994年に銭谷ら 2)が初めて報告しているが,それ以前の1984年には島ら 3)が食道壁内血腫を報告している.以降,食道粘膜下血腫,食道壁内血腫のほか,食道粘膜下剝離,食道血腫などの呼称で報告されているが,現在これらは同一の疾患概念として議論されることが多い.多様な呼称のある理由として,角崎ら 4)は内視鏡検査施行のタイミングにより血腫が明らかであったり,血腫が自壊した後で剝離した粘膜が目立ったりすることがあるなど,様相が短時間で変化することが一因と推察している.まれな疾患とされながらも報告症例は年数を経るにつれ増加しており,今後は診断基準の整備と用語の統一も重要になると考えられる.
食道粘膜下血腫は成因から身体への衝撃や内視鏡治療,異物誤飲などに伴った機械的損傷による外傷性と,嘔吐や食事等に関連した食道内圧の上昇が原因となる特発性に分けられるが 5),本症例は外傷を受ける転機はなかったことや,嘔吐後に胃瘻からの出血所見が見られたことから特発性に属すると考えられた.食道粘膜下血腫の内視鏡所見は,食道の内腔側に突出した暗赤色から赤紫色の色調を呈した表面平滑で,長軸方向に連続した隆起として報告されることが多いが,医学中央雑誌で食道粘膜下血腫,食道血腫,食道壁内血腫をキーワードに,2020年8月以前の期間で各々検索したところ,非連続性の多発食道粘膜下血腫の報告は北川 6)と中沢ら 7)の計2例のみで,さらには本症例のように少なくとも20個以上の非連続性血腫を内視鏡画像を示して報告した症例は認めなかった.また,同検索で血腫内に気泡を有する報告症例も確認しえなかった.一般的に特発性食道粘膜下血腫の形成機序は,急激な食道内圧の亢進に伴って空気が粘膜下層にずれを生じさせ,同部の血管が破綻し血腫が形成されると考えられている.過去の症例報告も参考に本症例が血腫内に気泡を含有し,さらに多発した機序を以下に推察する.まず嘔吐により食道内圧が上昇する(Figure 5-①)ことで食道内の空気が食道粘膜下に裂孔を形成し,同部から食道内の空気が食道静脈内に侵入する(Figure 5-②).上昇した食道内圧は静脈内に逆流を生じさせるため(Figure 5-③),侵入した空気は粘膜面の微小血管に細分割され,粘膜下の細静脈各所で血管を破綻させ多発血腫の形成に至った(Figure 5-④)と考えた.さらに血腫内の気泡は細分割された空気が再び合流し血腫内に認められたものであると推察した.嘔吐に伴い発生した食道静脈内圧は胃側食道で最も高く,口側の静脈に進むにつれ分散減圧されたとすれば,上部食道でほぼ血腫を認めなかったことも説明が可能であると考えた.

食道粘膜下気泡封入血腫の発生機序.
Liebmanら 8)は門脈ガス血症の原因として①消化管粘膜の損傷や潰瘍からの流入,②過度の腸管拡張や内圧上昇,③ガス産生菌による門脈内侵入を挙げているが,①と②は特発性食道粘膜下血腫の発生原因と共通する機序を含むと考えられた.門脈圧の亢進する疾患では時に側副血行路である食道静脈が発達することから,生理的には食道静脈は門脈へ流入する.これを踏まえ本症例で門脈ガスが発生した機序を推察すると,1)食道内圧亢進により微小血管に入った空気が門脈に流れた.2)損傷した食道粘膜から食道静脈内に流入した.3)血腫内の気泡が生理的に静脈に吸収され門脈に流れた.などが推察された.門脈ガス血症は腸管壊死や敗血症の存在を疑う所見のひとつで,その疾患の重篤性を反映するものとされていたが,昨今その認識は改められている.吉川ら 9)は非腸管壊死性の門脈ガス血症106例のうち死亡例は5例(4.7%)で,うち2例は他因死であったと報告している.特発性食道粘膜下血腫は粘膜下層までにとどまる病変であり,食道内圧の上昇によって形成される病態である.虚血や壊死が原因ではないことも一般的に予後が良好な疾患である一因と考えられた.本症例では門脈ガス像を伴っていたが,バイタルサインに異常を認めなかったこと,診察で蜂窩織炎など感染の原因となりえる身体所見を認めなかったこと,CT検査で腸管壊死像等,門脈ガス像以外にガス産生菌の存在を示唆する所見がなかったこと等から,重篤な感染症の存在は否定的と考えた.抗生剤の投与は行わずバイタルサインを中心に注意深い入院経過観察を行い,第5病日まで補液内へのカルバゾクロムスルホン酸ナトリウム水和物100mg/日の混注と第19病日のEGDで治癒を確認するまでプロトポンプ阻害薬(Proton Pump Inhibitor;PPI)の静注もしくは内服を行った.経管栄養再開までは胃瘻を常時開放し消化管内圧の再上昇を予防した.経管栄養再開後は200ml/時間以下の緩やかな栄養剤投与を心掛け,帰院した施設へも同経管栄養投与を推奨し申し送りを行ったところ,再発を認めず一般的な食道粘膜下血腫と同様良好な経過を辿った.
胃瘻造設患者に発症した食道粘膜下血腫症例は,前出の検索条件で検索しえなかったが,眞部ら 10)は小腸瘻からの経管栄養投与中に生じた門脈ガス血症の1例で,腸管気腫の合併も認めた症例を報告している.栄養剤投与経路は腸瘻チューブであること,出血を認めなかったこと,気腫発症部位が小腸であること等は本症例とは異なるものの,発症原因のひとつに腸管内圧の上昇を挙げており,予後も良好であったことは本症例と共通していた.経管栄養注入は半強制的に消化管内に流される状況となってしまうため,時に過度な消化管内圧の亢進や嘔吐を誘発することがあることを認識すべきと考えられた.
本症例において特徴的な所見は血腫内に気泡を含んでいたこと,血腫が多発していたこと,門脈ガスを認めたことである.特発性食道粘膜下血腫の発生機序を説明する上でも重要な所見を含む症例と考え報告した.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし