2021 Volume 63 Issue 11 Pages 2337-2342
症例は82歳男性.既往歴に食道癌に対し下部食道および噴門側胃切除(ダブルトラクト再建),他に右腎癌・膀胱癌手術歴あり.吐血を主訴に当院を受診した.心電図で下壁誘導ST上昇,前壁誘導ST低下を認め,ST上昇型心筋梗塞の診断となったが,吐血が続くため内視鏡的止血術を先行した.空腸残胃吻合部の空腸側に潰瘍を認め,露出血管にクリップをかけ止血した.次に経皮的冠動脈インターベンションを施行.右冠動脈#4AVの完全閉塞を認め,#4AVを拡張すると内視鏡止血クリップ付近から造影剤が消化管へ流れ出たため,潰瘍の露出血管が#4AVであると判断し,#4AVを閉塞するようにカバードステントを留置し止血した.吻合部潰瘍が右冠動脈に穿通した,非常に稀有な症例と考えられた.
薬物治療,内視鏡治療の進歩に伴い,消化管手術後の吻合部潰瘍の止血に難渋する症例は少なくなった 1).今回,空腸残胃吻合部潰瘍出血の責任血管が右冠動脈と同定でき,かつ経皮的冠動脈インターベンション(percutaneous coronary intervention以下PCI)にて止血を得ることができた稀な症例を経験したので,文献的考察を加えて報告する.
82歳 男性.
既往歴:60年前 虫垂炎・C型肝炎・結核の病歴あり.
14年前 他院にて下部食道癌の診断のもと,左開胸開腹,下部食道および噴門側胃切除術(ダブルトラクト再建)を施行された.病理結果はpoorly differentiated adenocarcinoma p T3(AD) N2(3/41)M0 StageⅢの診断となった.術後,食道空腸吻合部の縫合不全を併発し,保存的療法を施行された.
7年前 右腎癌 右腎摘出術を施行.
3年前 膀胱癌に対し手術施行.
内服薬:オランザピンOD7.5mg夕食後,酸化マグネシウム2g分3毎食後.
主訴:吐血.
現病歴:2年前よりアルツハイマー型認知症にて近医精神科に入院中,2019年2月X日吐血を認めた.翌日再度の吐血に加え,意識レベル低下を認めたため,当院救急外来へ救急搬送された.
来院時身体所見:BP 56/39mmHg,HR 90bpm,BT 35.1℃,SpO2 91%(O2 10L),JCS 300,顔面蒼白,眼瞼結膜白色,努力様呼吸,末梢冷汗を認めた.
臨床検査成績(Table 1):ヘモグロビン濃度が6.0g/dlと高度の貧血を認めた.尿素窒素優位で尿素窒素と血清クレアチニンの上昇を認め,上部消化管出血が示唆された.また心筋逸脱酵素の上昇とトロポニンT陽性となり急性心筋梗塞も示唆された.

臨床検査成績.
心電図所見(Figure 1):ⅡⅢ aVFでST上昇あり,浅いq波もあり,V1-5にST低下を認め,急性下壁梗塞の診断となった.

来院時心電図.
ⅡⅢ aVFでST上昇認め,浅いq波も認められる.
入院後経過:当院到着後にも吐血が継続していたため,まず上部消化管内視鏡検査を施行した.拳上空腸と残胃との吻合部の空腸側に巨大な露出血管を伴うA1潰瘍(Figure 2)を認め,露出血管に対しクリッピングで止血した(Figure 3).その後PCIを施行した.右冠動脈造影にて#4AVの100%閉塞(電子動画 1)と#4PDの75%の狭窄を認めた.血栓吸引カテーテル(ThrombusterⓇⅢ GR)にて血栓を吸引し,血管内超音波検査(IVUS)施行後,PTCA拡張カテーテル(Hiryu plusⓇ)2.0×15mmで病変を拡張した.血流は回復したが,内視鏡で潰瘍に対し止血したクリップ付近から造影剤が消化管へ流出したため(電子動画 2),止血した潰瘍から再出血していると判断した.そこで潰瘍の露出血管が#4AVであることが判明した.潰瘍出血を止血するために,カバードステント(GraftmasterⓇ)2.75×16mmを#3-#4PDにかけて留置し(Figure 4),造影にて#4AVに血流がないことを確認した(電子動画 3).X+1日,誤嚥性肺炎を併発し,一時ショック状態に陥ったが,ノルアドレナリンとドパミン投与および照射赤血球8単位と新鮮凍結血漿4単位の輸血を含めた全身管理で回復した.X+3日上部消化管内視鏡検査施行し,潰瘍部からの出血がないことを確認した.CK/CK-MBはX+1日18時の1,494/290IU/を最高値とし,その後徐々に低下した.心嚢液貯留や心不全の併発はなく,クロピドグレル硫酸塩の内服を開始し,X+4日より経管栄養を開始し,X+19日よりミキサー粥の経口摂取を開始した.X+27日に紹介元に転院となった.

上部消化管内視鏡検査写真.
挙上空腸と残胃との吻合部の空腸側にA1潰瘍あり.

上部消化管内視鏡検査写真.
露出血管(→)に対してクリッピングにて止血施行.クリッピング途中噴出性出血あり,止血に難渋した.
電子動画 1
電子動画 2

本症例の冠動脈シェーマ.
潰瘍出血を止血するために,カバードステント(GraftmasterⓇ)2.75×16mmを#3-#4PDにかけて留置した.
電子動画 3
本症例は,胃切除後の空腸残胃吻合部潰瘍が冠動脈系に穿通し消化管出血をきたした極めて稀な症例である.医学中央雑誌Webにて「出血性吻合部潰瘍」と「原因血管」をキーワードとして検索した結果,出血性吻合部潰瘍の原因血管が明らかとなった報告は,幽門側胃切除術BillrothⅠ法の吻合部から十二指腸側にできた潰瘍の露出血管が胃十二指腸動脈であった例 2)と,食道癌術後の再建胃管に発生した出血性潰瘍が奇静脈弓の高さで胸壁に穿通し,肋間動脈からの拍動性出血がみられた例 3)の2例のみであった.2例とも手術にて判明しており,PCIで証明された点でも本症例は稀である.
次に,吻合部潰瘍が右冠動脈に穿通した機序について考察する.本症例は左開胸開腹,下部食道および噴門側胃切除術(ダブルトラクト再建)術後であった.手術時には腹腔内に位置していた拳上空腸と残胃の吻合部が,手術操作で大きく開大した食道裂孔を通じて胸腔内に移動しており,一種の横隔膜ヘルニアの状態になっていたと考えられる.食道切除術後横隔膜ヘルニアは,手術操作で開大した食道裂孔や,腫瘍浸潤のため部分切除した横隔膜の脆弱化した部位から,腹腔内臓器が胸腔内に脱出することにより発症する 4).発症率は開胸開腹手術で4% 5),経裂孔的手術で5% 6),内視鏡外科手術で2.7~8% 7),8)と報告されている.本症例はダブルトラクト法再建のため,食道吻合部から残胃吻合部までの空腸は長く,可動性がありかつ径が細く縦隔内に拳上しやすかったと推測される.空腸が心臓の背側に位置しており(Figure 5),吻合部潰瘍の炎症により潰瘍部が心膜と癒着して,心膜・右冠動脈#4AVに穿通し,潰瘍の露出血管が右冠動脈となったと推測される.本症例の食道・噴門側胃切除術後の再建と心臓の関係をシェーマで示す(Figure 6).消化管潰瘍が冠動脈に穿通した報告例はなかったが,食道胃接合部癌術後で術後1年目に食道胃吻合部と心嚢が強固に癒着し食道心嚢廔を形成し,食道に出血を伴うびらんと心嚢内に液体貯留と遊離ガスを認めた症例報告 9)があった.本症例の場合,心嚢を超えて右冠動脈が潰瘍の露出血管となるためには穿通という病態があったと推定する.

単純CT画像.
空腸(→)が手術操作で開大した食道裂孔から縦隔内に入り込んでいる.

食道・噴門側胃切除術後の再建シェーマ.
下部食道および噴門側胃切除術後の再建形態と吻合部潰瘍,心臓との位置関係を示す.再建はダブルトラクト法で,潰瘍は残胃と空腸吻合部の口側空腸にできていた.
次に吻合部潰瘍について考察する.本症例では拳上空腸と残胃の吻合部の空腸側に潰瘍ができており,吻合部潰瘍であった.吻合部潰瘍は「胃切除後あるいは胃空腸吻合術後に吻合口近くの十二指腸,もしくは空腸側に発生した潰瘍」と定義されている 10).胃切除後吻合部潰瘍の頻度は0.4~2.7%で 11),12),術後5年以内に約2/3が発症するが術後10年が経過しても起こりうる 13).噴門側胃切除術(単管式空腸間置再建)107例のうち,空腸残胃吻合部潰瘍を9例に認めたとの報告もあった 14).吻合部潰瘍の成因については,不適切な胃切除範囲または選択した術式の過誤による減酸効果の不十分さ,十二指腸側の幽門洞遺残,高ガストリン血症を呈する疾患の存在(Zollinger-Ellison症候群,その他の内分泌腫瘍),過長輸入脚などがあげられる 15).本症例の場合,残胃が幽門側であったにもかかわらずプロトンポンプインヒビター(Proton Pump Inhibitor以下PPI)やH2レセプター阻害薬(以下H2-RA)を使用していなかったこと,そして吻合部が胸腔内にあることで胃酸が逆流しやすかったことが推測される.また,吻合部潰瘍は通常の消化性潰瘍と比較して出血,穿孔,狭窄などの重篤な合併症が約30%と高率であると報告されており 16),本症例の場合吻合部潰瘍でかつ,潰瘍出血の原因血管が右冠動脈であったことが大量出血・心筋梗塞を起こしたと推測される.
吻合部潰瘍の治療には保存的療法と外科的療法がある.従来,吻合部潰瘍は難治性で内科的治療に抵抗するとされてきた.しかし,H2-RAおよびPPIの登場により,通常の潰瘍と同様に高い治癒率が得られるようになった 17).吻合部潰瘍による治療効果はH2-RAで80-94%,PPIでは88-100%と極めて優れた治療成績が報告されている 18),19).出血をきたした場合には内視鏡的にクリップ法や薬剤局注止血法,ソフト凝固療法などにより止血を行う.吻合部は管腔が狭く,Kerckring皺襞に隠れて観察が困難な場合もあるため,透明フードの装着が有用である 20).内視鏡的止血術が不可能な出血や穿孔,廔孔などの合併症を有する症例は,緊急手術の適応である.しかし手術はリスクが高いうえ初回術式が不明なことも多く,安全性を重視すべきであるため,再発防止のための理想的な外科治療の施行が困難であることが多い.出血部縫合,大網充填,廔孔切除などの可及的低侵襲手術にとどめ,その後は内科的治療にゆだねるべきであろう 17).
次に本症例の吻合部潰瘍と心筋梗塞の関係について述べる.潰瘍が右冠動脈に穿通したことで,右冠動脈は狭窄するとともに,空腸内に向かって血流が流れ,本来の心筋への血流はなくなり,心筋梗塞を起こしたと考える.心筋梗塞を併発していなければPCIは施行しなかったであろう.PCIの手技により潰瘍の露出血管が右冠動脈と同定でき,出血性吻合部潰瘍の完全止血を得られたことは,偶然でもあり必然でもあったのではないだろうか.
止血を得られたPCI手技について述べる.本症例では,PTPE膜カバードステントであるGraftmasterⓇを用いて責任血管の血流を遮断して止血することができた.GraftmasterⓇは本来,冠動脈または伏在静脈グラフトに穿孔が生じ,心膜内への止血困難な血液漏出のある患者に対する救命のための緊急処置に使用されるステントで,脛骨動脈破裂に対し用いられた報告がある 21)が,出血性潰瘍に対し用いられた報告はなかった.本来のステントの適応外使用となるが,このステントで止血そして救命できた事実から,非常に有用な手技であったと言えよう.
今回,左開胸開腹,下部食道および噴門側胃切除術(ダブルトラクト再建)後の空腸残胃吻合部潰瘍が右冠動脈に穿通した1例を経験した.冠動脈が出血性潰瘍の露出血管となった報告はなく,供覧すべき症例と考えられたので報告した.
謝 辞
本症例のPCIを担当して頂きました熊本大学病院循環器内科の山永健之先生に深謝いたします.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし
補足資料
電子動画 1 右冠動脈造影にて#4AVの100%閉塞を確認.
電子動画 2 ThrombusterⓇⅢ GRにて血栓吸引.IVUS施行し,Hiryu plusⓇ2.0×15mmで病変拡張.血流回復するも,クリッピングで止血した潰瘍より出血を認めた.
電子動画 3 潰瘍出血を止血するために,GraftmasterⓇ2.75×16mmを#3-#4PDにかけて留置し,造影にて#4AVに血流がないことを確認.