GASTROENTEROLOGICAL ENDOSCOPY
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EVIDENCE-BASED THERAPY FOR PEPTIC ULCER DISEASE
Masanori ITO Kiichi SATOH
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2021 Volume 63 Issue 12 Pages 2433-2440

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要旨

本邦における消化性潰瘍の2大要因は,H. pylori感染,およびNSAIDsなどの薬剤服用である.従って,前者に対してはH. pylori除菌治療が,後者に対しては薬剤服用中止が根本的な治療法になる.薬物治療ではプロトンポンプ阻害薬などの酸分泌抑制が重要な役割を演じることに異論の余地はないが,近年多くの臨床的エビデンスが蓄積されてきた.とりわけ,抗血栓薬服用者に対しての出血性潰瘍予防について多くの臨床研究結果が示されており,それらに基づく効果的な治療戦略の再構築が求められる.一方,特発性消化性潰瘍は近年報告例が増えており,有効な治療法確立が急務となっている.

Ⅰ はじめに

消化性潰瘍とは,胃粘膜および十二指腸粘膜に生じた良性の上皮欠損と定義され,一般臨床においては,胃潰瘍ならびに十二指腸潰瘍を包括する用語である.組織学的には,粘膜筋板を超える上皮欠損を「潰瘍」と定義しているが,内視鏡診断などでは正確な欠損深度を判定することは困難な場合もあるため,直径3mm以上(ないし5mm以上)の粘膜欠損が認められた場合を「潰瘍」と定義している 1.なお,本稿においては,腫瘍性疾患に伴う潰瘍性病変や,内視鏡治療などの医原性潰瘍は対象に含めない.

本邦における消化性潰瘍の2大要因は,Helicobacter pyloriH. pylori)感染ならびにnon-steroidal anti-inflammatory drugs(NSAIDs)や低用量アスピリン(LDA)などの薬剤使用である.本邦における消化性潰瘍の患者数は漸減傾向にあり,その死亡者数は1970年には年間約8,000人であったが,2017年には約2,500人と著しく減少している 2.これは,プロトンポンプ阻害薬(Proton Pump Inhibitor:PPI)などの酸分泌抑制薬の開発や,H. pylori除菌治療による初期治療法,再発予防法が確立したことに加え,出血性潰瘍に対する内視鏡的止血術など,多くの治療法の進歩による.一方で,医療人口の高齢化に伴うNSAIDsやLDAの使用量増加は,消化性潰瘍に関する新しい臨床的課題を提起している.さらには,H. pylori,NSAIDs/LDAいずれにも起因しない消化性潰瘍(いわゆる特発性消化性潰瘍)が増加しており,その対応も新しい臨床課題となってきた.

これらを背景に,日本消化器病学会消化性潰瘍診療ガイドライン作成委員会(佐藤貴一委員長)は,昨年「消化性潰瘍診療ガイドライン2020 改定第3版」を発刊した 3),4.本稿では,紙面の制約上ガイドライン記載内容のすべてを網羅することはできないが,消化性潰瘍治療のフローチャートについてポイントを概説する.さらに近年増加している抗血栓薬使用症例への対応,特発性消化性潰瘍を中心に詳記する.その他の項目については,ガイドラインをご参照いただきたい.

Ⅱ エビデンスに基づく消化性潰瘍治療フローチャート

日本消化器病学会消化性潰瘍診療ガイドライン作成委員会が示した消化性潰瘍の治療フローチャートをFigure 1に示す.出血性消化性潰瘍に対しては止血術を施行し,NSAIDs起因性潰瘍であれば,原因薬剤を中止する.その後に,H. pylori感染診断を行い,現感染であれば除菌治療を行う.H. pylori診療について注意すべき点は,感染診断法の選択と結果解釈である.現在本邦では6種類の感染診断法が保険収載されているが,広く実施されている抗体法は,必ずしも測定時の感染状態を示すものではない 5.除菌治療の前提となるH. pylori現感染の診断においては,現感染診断に適した検査法を実施し 6,内視鏡的胃炎診断 7を含めた総合的な診断を行う必要がある.

Figure 1 

消化性潰瘍治療のフローチャート.

除菌治療については,保険診療の規定に基づき実施するが,一次治療においては,ボノプラザン(VPZ),アモキシシリン(AMPC),クラリスロマイシン(CAM)を用いた3剤併用療法が推奨される 3.二次除菌において,VPZとPPIを比較したランダム化試験はないが,VPZを用いた除菌治療においては,CAM耐性菌に対しての高い有効率が報告されている 8)~10.なお,3次除菌について本邦で保険診療として実施できるものはないが,シタフロキサシンを用いた除菌治療法の有用性が複数の本邦施設より報告されている 11)~13

除菌治療適応がない,もしくは除菌不成功の場合,PPI(オメプラゾール,ランソプラゾール,ラベプラゾールナトリウム,エソメプラゾールマグネシウム水和物)ないしP-CAB(ボノプラザンフマル酸塩)のいずれかを使用する.H2受容体拮抗薬(H2RA)に対してのPPIの優位性は,複数のメタ解析で示されている 14)~17.なお,本邦で実施されたPPI(ランソプラゾール)とVPZの比較試験においては,両者の潰瘍治癒率に差は示されていない 18

Ⅲ 抗血栓薬服薬中の出血性消化性潰瘍

近年の著しい高齢化に伴い,実地臨床における抗血栓薬(抗血小板薬,抗凝固薬)の使用頻度は増加の一途をたどっている.消化管出血への対応としては,抗血栓薬の服用中止が原則であるが,一方で抗血栓薬中止による血栓症発症のリスクを考慮する必要がある.血栓症発症についてのリスク因子についてはTable 1のごとく複数の患者側因子が同定されている 19.実臨床においては,血栓症発症リスクと消化管出血リスクの両方を勘案し,抗血栓薬休薬の是非を決定する.

Table 1 

抗凝固薬・抗血小板薬の休薬による血栓症イベント発症高リスク群.

LDA服用中の出血性潰瘍症例において,血栓症発症高リスク症例においては,LDA継続服用した場合,再出血リスクは高い傾向にあるが,死亡率は低下することが報告されている 20.すなわち,このようなケースではLDAは中止すべきではない.アスピリン以外の抗血小板薬服用者は,LDAへの置換が推奨され,血栓症発症リスクが低い症例では,抗血小板薬は中止可能とされている 20

ワルファリンについては,内視鏡的に止血が確認されたのち早期に使用を再開することで死亡率が低下することが報告されている 21.直接経口凝固薬(direct oral anticoagulants:DOAC)に関しても,できるだけ早期に服薬を再開することが推奨されている 22.ちなみに,日本消化器内視鏡学会の「抗血栓薬服用者に対する消化器内視鏡診療ガイドライン 直接経口抗凝固薬(DOAC)を含めた抗凝固薬に関する追補2017」では,出血高危険度の消化器内視鏡において,アスピリンは継続,ワルファリンは治療域を保持した状態で継続を考慮すると記載されている 23

Ⅳ 抗血栓薬使用者の出血性潰瘍の予防

抗血栓薬服用例は,ひとたび消化性潰瘍が発生すれば重篤な消化管出血を合併する危険性が高い.そのため,抗血栓薬服用症例に対しては,より有効な消化性潰瘍発生予防策を講じる必要がある.とりわけ,経皮的冠動脈インターベンション後に用いられる2剤抗血小板療法(dual antiplatelet therapy:DAPT)は,重大な出血イベントを併発することも少なくないため,その対策は実臨床における大きな課題である 24.実際,冠動脈疾患などの心血管疾患を有している症例では,消化管出血併発が死亡率を有意に上昇させることが複数の研究で示されている 25)~27

DAPT症例を対象にPPI併用の有効性を検討した3つのRCT 28)~30を用いた新たなメタアナリシスでは,PPI使用は上部消化管出血の発生頻度を有意に減少させたが,主要有害心血管イベントの発生率には差を認めなかった 3.このことより,DAPT施行例にはPPI併用が強く推奨される.ただし本邦の保険診療において,PPIは「低用量アスピリン投与時における胃潰瘍または十二指腸潰瘍の再発抑制」として使用可能であり,ランソプラゾール15mg,ラベプラゾール5,10mg,エソメプラゾール20mg,ボノプラザン10mgが使用可能である.

クロピトグレル単独使用例に関しては,エソメプラゾール併用による上部消化管出血についてのRCTがあるが,エソメプラゾール使用の有無で上部消化管出血,心血管イベントの発生率に差はなかったことが報告されている 31

なお,患者側の出血リスクは一様ではない.近年,日本循環器学会による「2020年JCSガイドラインフォーカスアップデート版冠動脈疾患患者における抗血栓療法」には「日本版High Bleeding Risk評価基準」が発表され 24,抗血栓薬使用時の出血リスク因子が明示されている(Figure 2).将来的には個々の出血リスクを定量化し,それに応じた効率の良い予防治療を実施することが望まれる.

Figure 2 

PCI施行時に考慮すべき高出血リスク(HBR)の因子.

Ⅴ 出血性潰瘍に対する内視鏡的止血治療

内視鏡的止血術の進歩は,出血性消化性潰瘍の予後改善に大きく貢献したことは言うまでもない.内視鏡的止血術は,再出血率,手術移行率,死亡率のいずれにおいても,薬物治療より優れていることが実証されている 32),33.内視鏡的止血治療法は,出血性潰瘍(Forrest Ⅰa,Ⅰb)のみならず,Forrest Ⅱaの露出血管を有する非出血性潰瘍が適応となる.実際の臨床で比較的多く遭遇する血餅付着潰瘍(Forrest Ⅱb)に対しては,手術移行率や死亡率に差を認めないとする報告もあるため 34)~36,積極的な治療適応とはされていない.また,内視鏡的止血術必要性の予測スコアとして,Glasgow-Blatchfold Scoreの有用性が示されており,治療適応選別への応用が期待されている 37

内視鏡的止血法には,機械的止血法,薬剤局注法,凝固法があるが,最近のメタ解析では,クリップ法と凝固法で,再出血率や手術移行率における有効性が示されている 38.内視鏡止血術を行った後のセカンドルックについては,再出血高危険度例(止血不十分例,NSAIDs使用例,治療輸血後例)において有用性が報告されている 39

Ⅵ 非H. pylori,非NSAIDs潰瘍(いわゆる特発性潰瘍)

消化性潰瘍の2大要因であるH. pylori感染症,NSAIDs・LDA使用,このいずれも関与しない消化性潰瘍も存在する.上記以外の病因としては,Zollonger-Ellison症候群,Crohn病,好酸球性胃腸炎,消化管虚血性疾患などがある.しかし,それらを含めても病因が特定できないものは,特発性潰瘍(idiopathic peptic ulcer;IPU)と呼称される.IPUは従来稀な疾患と考えられてきたが,近年の本邦の報告では,胃潰瘍の12%,十二指腸潰瘍の11%を占めると報告されている 40

IPUに対する治療法については,未だ確立したものはない.本邦のコホート研究では,PPIの有効性が報告されているが,H. pylori感染に起因する消化性潰瘍に比し,有効率が低いことが報告されている 41.最近報告された国内多施設観察研究において,VPZの有用性が報告されてはいるものの,PPIの場合と同様にH. pylori起因性潰瘍の治癒率(93.5%)に比し,治癒率が低い(81.2%) 42

VPZ抵抗性IPU症例をFigure 3に示す.H. pylori除菌後の若年者難治性十二指腸潰瘍症例である.VPZ使用で改善傾向を認めず,好酸球性胃腸炎を想定して副腎皮質ステロイドを使用したが全く反応しなかった.ところが,ミソプロストール内服(適用外使用について院内承認および患者同意あり)で劇的な改善をみた(Figure 3).今後同様の症例が複数報告されれば,IPUに対する新規治療法としての選択肢となり得るかもしれない.なお,IPUの再発予防に関しては,H2RAとPPIを比較したRCTがあるが,両者の予防効果には差がなかったことが報告されている 43

Figure 3 

症例は23歳,男性.H. pylori除菌治療成功後.NSAIDs服用なし.十二指腸球部前壁にA2ステージ潰瘍を認めた.VPZ 20mgやPSL20mg服用後も全く治癒傾向を示さなかったが(a),Misoprostol(600 microgram)を使用したところ,潰瘍は劇的に改善した(b).

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

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