2021 Volume 63 Issue 12 Pages 2460-2466
症例は61歳男性.血液透析中.食思不振ならびに胃病変精査目的に受診された.上部消化管内視鏡検査では胃体部に13mm径の中央陥凹を有する発赤色調の腫瘤と多発する粘膜下腫瘍様隆起を認めた.同時に胃体部優位の慢性萎縮性胃炎(木村・竹本分類O-Ⅲ)を認めた.
内視鏡生検の病理組織は,胃神経内分泌腫瘍(G-NET G2)と診断した.血液検査では壁細胞抗体・内因子抗体は陰性で,Helicobacter pylori(HP)抗体陽性(40.4U/ml),血清ガストリン値16,030pg/mlと高値であった.
Rindi分類Type ⅠのG-NETと診断し,胃全摘出術・リンパ節郭清術を施行した.切除標本の病理組織所見も生検病理組織同様G-NET G2であり,1カ所のリンパ節転移を認めた.腫瘍周辺の粘膜に多数のEndocrine cell micronest(ECM)やEnterochromaffin-like(ECL)細胞の過形成が確認された.
HP慢性胃炎から高ガストリン血症を来し,リンパ節転移を伴うRindi分類Type Ⅰの多発性胃神経内分泌腫瘍を発症した症例は稀である.
胃神経内分泌腫瘍(G-NET)は稀な疾患で,胃腫瘍の0.6%~2% 1)と報告され,RindiらによりType ⅠからⅢに分類されている 2).高ガストリン血症を呈するType Ⅰは自己免疫性胃炎を伴うことが多く,Type ⅡはZollinger-Ellison症候群に伴って発症する.Type Ⅲは高ガストリン血症を認めず,明らかな誘因なく発症する.発症頻度は自己免疫性胃炎を背景に発症するType Ⅰが多いと報告されている 3).
今回,Helicobacter pylori感染慢性胃炎(HP慢性胃炎)を背景にした高ガストリン血症を伴うG-NETを経験したので報告する.
症例:61歳 男性.
主訴:食思不振,胃病変精査.
現病歴:来院1カ月前より食思不振を自覚した.前医で施行された上部消化管内視鏡検査にて胃病変を指摘され紹介となった.なお既往に慢性腎不全があり,20年間にわたり維持透析が行われている.これまでプロトポンプ阻害薬(Proton Pump Inhibitor:PPI)やカリウムイオン競合型酸ブロッカー(Potassium-Competitive Acid Blocker: PCAB)の服用歴はない.
既往歴:慢性腎不全.
内服歴:炭酸カルシウム3,000mg,炭酸ランタン水和物2,250mg.
アレルギー:ヨード造影剤.
嗜好歴:喫煙なし,飲酒なし.
身体所見:身長171cm,体重71kg,血圧123/ 67mmHg 脈拍79回/分 体温36.7℃ 呼吸回数16回/分 SpO2 96%(室内気),眼瞼結膜貧血なし,甲状腺腫大なし,胸部聴打診異常なし.腹部は平坦軟,圧痛なし,腫瘤触知なし.表在リンパ節触知なし.
来院時検査所見
臨床検査成績(Table 1):腎機能障害,電解質異常,軽度の正球性貧血を認めるが,ビタミンB12,甲状腺機能値や腫瘍マーカー値に異常は認めなかった.血清ガストリン値は16,036pg/mlと高値であった.抗胃壁細胞抗体および抗内因子抗体は陰性で,抗ヘリコバクター・ピロリ抗体価は40.4U/mlと陽性を示した.
初診時臨床検査成績.
上部消化管内視鏡検査(Figure 1-a,b):主病変は体下部大彎に存在する発赤陥凹を伴う13mmの隆起性病変で,体中部や上部にも4~5mmの粘膜下腫瘍様隆起性病変が十数個散在していた.背景粘膜は胃体部優位の慢性萎縮性胃炎(木村・竹本分類O-Ⅲ)を認めた.
a:胃体下部大彎に中央陥凹を有する,13mm大の発赤調隆起性病変を認める.
b:胃体中部から上部にかけても,粘膜下腫瘍様隆起が多発している.
c:超音波内視鏡検査では,病変は第2~3層に存在し,均ーな低エコー腫瘤として描出する.
超音波内視鏡検査(Figure 1-c):病変は第2~3層に存在し,均一な低エコー腫瘤として認識される.第4層への明らかな浸潤は認めない.
内視鏡下生検病理組織所見:主病変,多発する小病変とも,異型に乏しい腺窩上皮の間質に,濃染する不揃いな円形核を持つ腫瘍がシート状に発育していた.免疫組織化学染色では,クロモグラニンAgやシナプトフィジン,CD56が陽性で,Ki67指数は16%であったことから,G-NET G2と診断した.HP菌体は確認出来なかったが,上皮好性好中球浸潤を伴う炎症細胞浸潤を認め,慢性活動性胃炎と診断した.
頭部単純CT検査,胸腹部単純CT検査,腹部単純MRI検査,ポジトロン断層法(PET)CT検査を施行したが,いずれも異常所見は認めなかった.
治療経過:自験例は自己免疫性胃炎の合併も疑われたが,内因子抗体ならびに壁細胞抗体ともに陰性であり確診には至らなかった.HP慢性胃炎による高ガストリン血症を背景に発症したRindi分類Type ⅠのG-NETと診断した.「膵・消化管神経内分泌腫瘍(NET)診療ガイドライン 第1版」に従い,外科切除の方針とした.同ガイドラインでは,Rindi分類Type Ⅰで内視鏡による完全切除が困難な場合は胃局所切除と定められている.自験例では最大腫瘍径が10mmを超え,多発性病変であるため,胃全摘および周辺リンパ節郭清を施行した.
切除胃(Figure 2-a)の病理組織学的所見では,隆起性病変はいずれもsynaptophysin染色陽性,Ki67指数は16%で,G-NET G2と診断した(Figure 2-b,c).粘膜病変を確認出来ない部位でもECL 細胞の過形成が見られ,粘膜深層から粘膜筋板を中心にECMの増生を認めた(Figure 2-d).さらにリンパ節転移(#4d)も確認した(Figure 3).周辺胃粘膜は腺頸部を中心に,粘膜全層にリンパ球ならびに形質細胞浸潤が広がっており,上皮好性好中球浸潤やリンパ濾胞を形成していることから慢性活動性胃炎と診断した.胃底腺は変形し,壁細胞の内腔への突出やECMの形成を認めた(Figure 4).
a:胃切除標本肉眼所見.胃体下部大彎の13mmの病変のほか,多数の隆起性病変を認めた.図中1~3のように切片を作成している.
b,c:図a中,それぞれ1,2のラインで標本を作製した.隆起性病変はいずれもsynaptophysinは陽性で,Ki67指数は16%であった.GNET G2と診断した(ルーペ像).
d:図a中,3のラインで標本を作製した.粘膜に明らかな病変が存在しなくとも粘膜下にECL細胞過形成が見られ,粘膜深層から粘膜筋板を中心にECMの増生を認めた(対物レンズ20倍).
1カ所(4d)にリンパ節転移を認めた(対物レンズ20倍).
切除胃病理組織検査所見.
腺頸部を中心にリンパ球,形質細胞浸潤が広がり,一部で上皮好性好中球浸潤や濾胞形成を認め,慢性活動性胃炎と診断した.胃底腺は変形し,壁細胞の内腔への突出やECMの形成が確認された(対物レンズ16倍).
最終診断は,胃原発神経内分泌腫瘍 T1N1M0 pStage Ⅲ(TNM分類)と診断した.
術前16,036pg/mlであったガストリン値は,術後7日目に135pg/ml,術後71日目には39pg/mlと軽快した.
現在術後38カ月目であるが再発は認めていない.
Rindi分類 2)ではType Ⅰ・Type Ⅱは高ガストリン血症を呈し,胃底腺領域に1cmに満たない小病変が多発することが見受けられる.リンパ節転移の頻度はType Ⅰで2-5%,Type Ⅱで10- 20%と,Type ⅠはType Ⅱ,Ⅲに比べ比較的予後が良好とされている.Type Ⅲでは高ガストリン血症を認めず,病変も1cm以上で深部浸潤を来しやすく,リンパ節転移も50%以上の症例に認められ予後は極めて不良である 4).Type Ⅰは胃体部優位の萎縮性胃炎,自己免疫性胃炎に関連した病態と考えらえているが,必ずしも自己免疫性胃炎が合併するわけではないとされている 5).
自験例が高ガストリン血症を来す原因として人工血液透析と併用薬剤,およびHP慢性胃炎の3病態が考えられる.HP慢性胃炎を伴うG-NETの症例は本邦でも報告され 6),7),自験例のように高ガストリン血症やECL細胞の過形成,ECM形成の報告も存在する 8).
HP慢性胃炎に伴う高ガストリン血症は,萎縮性変化による胃酸低分泌状態に反応したG細胞からの分泌亢進により生じる.しかし近年,抗HP抗体が自己抗体として壁細胞を傷害する作用機序 9)~11)に加え,高ガストリン血症はTumor necrosis factor-α(TNF-α),Interleukin-β(IL-β)のup-regulationやSomatostatinのdown-regulationが報告されている.さらにHP慢性胃炎においてはガストリン値が正常でも,炎症性サイトカインによりECL細胞の過形成を来すことも報告されている 10),12).HP慢性胃炎による高ガストリン血症は,G-NET発症のリスク因子であるとの報告が存在する 13).動物実験ではHP感染を伴う自己免疫性胃炎を除菌した場合,Th1/Th2バランスがTh1優位となることで胃体部粘膜が障害される結果,自己免疫性胃炎が顕在化する可能性が指摘されている 14),15).今後,HP除菌治療例に関しては,自己免疫性胃炎の顕在化に留意して観察することが望まれる.
健常者の空腹時ガストリン値は42.4±4.7pg/mlで,慢性腎不全患者では112.8±13.4pg/mlと高値である.また,血液透析患者ではガストリン分画中,分子量の大きいG34分画は透析で除去されず,ガストリン値は110.4±23.1pg/mlと非透析患者と有意差を認めないことが報告されている 16).しかしながら腎不全や血液透析患者では,自験例のように著明な値の報告は確認されない.またHP慢性胃炎では,分子量の小さいG17分画の増加 17)が報告されている.自験例はRIA-PEG法(信頼区間80-160pg/ml,100倍希釈測定)で測定しているため,分画確認は出来ていない.また,自験例は透析による高リン血症改善予防に炭酸カルシウムを内服しているが,この薬剤はアルカリ性で胃酸の反動性分泌や高カルシウム血症を発症することがある.自験例では確認されていないが,高カルシウム血症は前庭部G細胞のカルシウム受容体を刺激し,ガストリン分泌を高めることが指摘されている 18).
自験例の高ガストリン血症は,HP慢性胃炎による体部優位の胃粘膜萎縮に加えて,血液透析により除去出来ないG34分画の停留が推測された.
自験例は,著明な高ガストリン血症を呈したHP慢性胃炎から,リンパ節転移を伴う多発性G-NETを発症した極めて稀な症例と考えられた.
今後,HP慢性胃炎がG-NET発症にどのように関与しているか.さらなる症例の集積や基礎的研究が望まれる.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし