2021 Volume 63 Issue 12 Pages 2467-2473
症例は80歳代女性.上部消化管内視鏡検査で,噴門部直下に丈の高い乳頭状隆起と周囲に裾野を広げるような平坦隆起を伴った巨大な腫瘍を認めた.幽門腺腺腫と考えられたが,担癌の可能性が否定できないため外科的切除を選択した.病理組織学的には,隆起部分は幽門腺腺腫の領域と乳頭管状構築を示す胃腸混合型の高分化型腺癌から構成されていた.丈の低い領域は,表層は腺窩上皮に,中層付近は幽門腺・粘液細胞への分化を示す幽門腺腺腫であった.以上より,幽門腺腺腫から発生した高分化型腺癌と診断した.幽門腺腺腫から発生した胃腸混合型腺癌の報告は少なく,また,本例は特異な肉眼形態を呈しており貴重な症例と考えられた.
2019年のWHO分類では,胃腺腫は腸型と胃型に分けられ,さらに胃型は腺窩上皮型と幽門腺型に類別されている 1).一方,本邦の胃癌取り扱い規約第15版では,胃型腺腫は幽門腺腺腫に限定されている 2).幽門腺腺腫は高率に癌化することが報告されているが,一方で進行癌への進展は少ないとされている 3).今回,病変内部に高分化型粘膜内癌を伴った長径170mmを超える幽門腺腺腫を経験した.内視鏡的,組織学的にも多彩な像を呈しており,貴重な症例と考えられた.
患者:80歳代,女性.
主訴:特になし.
既往歴:慢性心房細動,高血圧症,甲状腺機能亢進症.
家族歴・生活歴:特記事項なし.
現病歴:かかりつけの医療機関で貧血の進行を指摘された.上部消化管内視鏡検査を施行されたところ,胃噴門部から胃体中部にかけて巨大な隆起性病変を指摘され,精査加療目的に当院へ紹介となった.
現症:身長145cm,体重44kg.頸部正中に手術痕を認めた.その他,特記所見はみられなかった.
当院初診時血液検査所見:Hb 13.2g/dl(前医で鉄剤内服を開始).血清抗Helicobacter pylori(H. pylori) IgG抗体陰性.その他,腫瘍マーカーを含め明らかな異常所見なし.
上部消化管内視鏡検査
白色光観察(Figure 1):胃噴門部を取り囲むように胃穹窿部から胃体上部にかけて周囲粘膜と同色調ないし一部発赤調を呈する粗大な隆起性病変を認めた(Figure 1-a).胃穹窿部大彎では隆起は乳頭状に増生し,豊富な粘液付着がみられた(Figure 1-a).また,粗大隆起の周囲には胃体上部小彎を中心に前後壁にまたがるように平坦隆起が広がっていた(Figure 1-b).なお,背景粘膜には明らかな粘膜萎縮は認めなかった.
上部消化管内視鏡検査.
a:胃噴門部を取り囲むように胃穹窿部から胃体上部にかけて乳頭状に隆起する病変を認める.
b:胃体上部~中部小彎を中心に,平坦隆起性病変が進展している.
狭帯域光(Blue Laser Imaging:BLI)併用拡大観察(Figure 2):丈の高い乳頭状隆起部は,円弧状で癒合した表面構造を呈しており,単純な閉鎖性ループ状の血管構造を認めた(Figure 2-b).また,隆起の一部では白色不透明物質(white opaque substance:WOS)と考えられる白色物質の付着を伴い,複雑な円弧状から多角形の表面構造と,不規則な血管構造を有する部分が観察された(Figure 2-c).
乳頭状隆起部の内視鏡像.
a:通常光観察.
b:黄枠領域のBLI併用拡大内視鏡像.
円弧状で癒合した表面構造と,単純な閉鎖性ループ状の血管構造を認めた.
c:赤枠領域のBLI併用拡大内視鏡像.
周囲粘膜(黄矢印)と比較して,複雑な円弧状から多角形の表面構造を呈する領域を認める(赤矢印).同部位では,WOS様の付着物がみられた.
一方,胃体上部から体中部に広がる平坦隆起部には,ループ状の血管構造を認める領域や,円形上皮内血管(vessels within epithelial circle:VEC) patternを有し乳頭状構造の存在が示唆される領域も観察された.
治療経過:胃噴門部直下の乳頭状隆起からの生検組織では,頸部粘液腺に類似した細胞からなる腺管の密な管状増殖や乳頭状増殖を認めた.核異型は軽度であるものの,構造異型がみられることから胃型胃癌が示唆された.腫瘍の大部分は腺腫と考えられたが,胃穹窿部から胃体中部にまたがる巨大な病変であり,丈の高い隆起部では,腫瘍の大きさから粘膜下層浸潤も否定できなかったため,腹腔鏡下胃全摘術が施行された.
切除標本病理組織学的所見:切除固定標本では胃噴門部に乳頭状増殖を示す丈の高い隆起性病変を認めた.また,同隆起周囲には,丈の低い顆粒状平坦隆起が広がっていた(Figure 3).腫瘍内部には明らかな潰瘍形成は認めなかった.
切除検体の肉眼像とマッピング.
噴門部に乳頭状増殖を示す丈の高い隆起性病変を認める(黄破線).赤破線内に高分化型腺癌を認めた.
体上部小彎から前後壁にかけて,丈の低い顆粒状の平坦隆起を認める(緑破線).
内視鏡像との対比 黄枠内:Figure 2-b,4-a(幽門腺腺腫:乳頭状隆起部),赤枠内:Figure 2-c(腺癌)に相当.
病理組織像との対比 紫枠内:Figure 4-b(腺腫と腺癌の移行部),緑枠内:Figure 4-c(幽門腺腺腫:平坦隆起部)に相当.
HE染色では,丈の高い隆起部は幽門腺腺腫の組織像を示す領域と乳頭状構築を示す高分化型腺癌の領域で構成され(Figure 4-a,5-a),幽門腺腺腫から高分化型腺癌への移行像も確認された(Figure 4-b).幽門腺腺腫領域のKi-67 labeling index(LI)は3-5%程度,腺癌領域のKi-67 LIは40%程度であった.免疫染色では,幽門腺腺腫領域はMUC5ACとMUC6に陽性で,しばしば両者に陽性であった(Figure 5-b,c).一方,腺癌領域ではMUC2とMUC5ACに陽性を示し,胃腸混合型の粘液形質を示した(Figure 5-b,d).
幽門腺腺腫と高分化型腺癌への移行像.
a:幽門腺腺腫(乳頭状隆起部)の病理組織像. 類円形の核と好酸性の細胞質を有する立方細胞からなる腺管の増殖を認める.腺管の拡張や蛇行を伴っている.
b:幽門腺腺腫(黄矢印)から,核が偽重層化し乳頭状増殖を示す高分化型腺癌(赤矢印)への移行を認める.
c:幽門腺腺腫(平坦隆起部)の病理組織像. 腫瘍腺管が,粘膜全層または表層2/3を置換するように増殖している.丈の高い領域と比較して,構造異型は軽度であった.
幽門腺腺腫と高分化型腺癌の免疫染色.
a:H.E.染色.幽門腺腺腫の組織像を示す領域と乳頭管状構築を示す高分化型腺癌の領域から構成されている.
b:MUC5AC.幽門腺腺腫および高分化型腺癌に陽性.
c:MUC6.幽門腺腺腫に陽性.
d:MUC2.高分化型腺癌に陽性.
丈の低い顆粒状平坦隆起部では,胃粘膜全層または表層2/3を腫瘍細胞が置換するように増殖していた(Figure 4-c).免疫染色では,表層の腫瘍細胞はMUC5ACに陽性を示し,中層の腫瘍細胞はMUC6とMUC5ACに陽性であり,それぞれ腺窩上皮,幽門腺・粘液細胞への分化が確認された.Ki-67陽性細胞は表層優位に分布していた.したがって,丈の低い平坦隆起部も幽門腺腺腫と診断した.
以上より,病理組織学的には,丈の低い平坦隆起ならびに丈の高い隆起部は,構造異型の程度に差異がみられるものの,腫瘍を構成する細胞は類似しており,いずれも一連の幽門腺腺腫と考えられた.また,丈の高い隆起の一部には癌化巣を伴っていたが,粘膜下層への浸潤を示している部分はなかった.
最終診断:Well differentiated adenocarcinoma with pyloric gland adenoma component,U,177×128mm,pT1a(M),tub1(papillo-tubular)+pyloric gland adenoma component,ly0,v0,pUL0,pPM(10mm),pDM(150mm),pN0.
従来より胃型形質を発現する腺腫とその類縁疾患が存在することが指摘されていたが,稀な腫瘍と考えられていた.しかし,H. pylori感染率の低下によりH. pylori未感染胃に主に発生する胃底腺型胃癌が注目されるとともに,胃型腺腫も近年注目されている.胃型腺腫である幽門腺腺腫は高齢女性の胃上部に発生し,内視鏡的には①丈の高い絨毛状隆起,②比較的表面平滑でくびれを持つ隆起,③中央に陥凹を持つ丈の低い隆起(内反性隆起),④結節集簇様で大腸のLST-Gに類似した隆起,の4型に大きく分類されることが報告されている 3).自験例では丈の高い領域とLST-G様の領域がみられ,①と④の両方の内視鏡的特徴を有する形態を呈していた.
2010年から2020年6月までの期間に,医学中央雑誌で「幽門腺腺腫」および「胃型腺腫」をキーワードに検索したところ,詳細な臨床病理学的特徴が検討可能であった幽門腺腺腫由来と考えられる腺癌の報告は10例 4)~13)であった.これら10例に自験例を加えた11例の臨床病理学的特徴をTable 1に示す.性別は女性:男性=7:4と女性に多く,60歳以上の高齢者に多くみられた.11例中8例で腫瘍径は30mm以上に達し,噴門部,穹窿部,体上部などの胃高位に多く発生していた.癌化を伴う幽門腺腺腫に特徴的な肉眼型は明らかではなかったが,上述した九嶋ら 3)の分類に準ずれば①丈の高い絨毛状隆起,ないし④結節集簇様で大腸のLST-Gに類似した隆起,に分類されるものが多かった.また,腫瘍径が大きいにも関わらず癌は粘膜内にとどまる症例が大半を占めていた.
幽門腺腺腫から発生した腺癌の本邦報告例のまとめ(自験例を含む).
幽門腺腺腫は,頸部粘液腺から表層に向かって幽門腺への分化を示す細胞が主体をなすことから,免疫組織学的には中層でMUC6,表層ではMUC5ACの発現がみられる 3),14).自験例では,丈の低いLST-G様の形態を呈した領域では,同様の発現パターンを認めた.一方,胃噴門部直下の粗大結節隆起部分では,MUC6発現に加えて腺腫部分ではMUC5AC陽性を呈していたが,BLI併用拡大観察でWOSを伴い不整な表面構造を呈した腺癌部分ではMUC2陽性を呈し,胃腸混合型の粘液形質を呈していた.これまでの報告では,幽門腺腺腫の癌化例における腺癌部分の粘液形質はMUC6とMUC5ACの共発現,あるいはMUC6のみに陽性であり,いずれも胃型形質の低異型度腺癌であった(Table 1) 4)~13).すなわち,自験例のように胃腸混合型の粘液形質を有した幽門腺腺腫の癌化例は稀と考えられた.また自験例では,癌化部分ではWOSを伴った不整な表面構造が拡大内視鏡下に観察されており,幽門腺腺腫内にこれらの表面構造を認めた場合には腸型形質の腺癌合併の可能性を念頭に置く必要があると考えられた.
自験例では,背景病変を幽門腺腺腫と診断したが,同部位を低異型度の胃型腺癌とするかは意見が分かれるところであり,一定のコンセンサスは得られていない.今回の検討では,丈の低い平坦隆起部ならびに丈の高い隆起部,それぞれを構成する腫瘍細胞は類似しており,いずれも幽門腺腺腫の範疇と考えた.
自験例は,幽門腺腺腫自体は170mmを超える大きな腫瘍であったにも関わらず,癌化部分は粘膜内にとどまっており,深部浸潤は認めなかった.実際,これまでの報告でも幽門腺腺腫は30- 40%程度に癌化が認められるにも関わらず進行癌への進展は少ないとされている 3).Matsubaraらは,幽門腺腺腫における遺伝子変異を解析し,KRAS/GNAS変異が幽門腺腺腫に特徴的な遺伝子異常であることを報告している 15).一方,胃癌におけるKRAS変異は稀であることに加え,GNAS変異陽性進行胃癌の報告はみられないとされている 3),15).幽門腺腺腫の癌化あるいは癌進展におけるKRAS/GNAS変異の関与については未だ不明な点が多い.10cmを超える幽門腺腺腫の過去報告例 3)もあること,自験例のように巨大な幽門腺腺腫であったにも関わらず癌は粘膜内にとどまっていたことを考慮すると,幽門腺腺腫の癌化・癌進展にはKRAS/GNAS変異以外の因子が関与しているかもしれない.自験例は,患者が他病死されたため,KRAS/GNASを含む遺伝子変異の評価が実施できなかった.遺伝子解析を加えた今後の症例集積が望まれる.
九嶋ら 3)は,幽門腺腺腫はH. pylori感染に伴う慢性活動性胃炎を背景に認めることが多いと報告している.一方,欧米を中心とした研究では,正常粘膜あるいは自己免疫性胃炎を背景に発生したものが多いと報告されている 16).自験例は血清抗H. pylori IgG抗体陰性であり,病理組織学的にも背景粘膜に萎縮を認めなかったことから,H. pylori未感染胃に発生した幽門腺腺腫の癌化例と診断した.癌化を伴った幽門腺腺腫例では,Table 1に示すように背景粘膜に萎縮を伴うものと伴わないものの両者が存在していたが,幽門腺腺腫に胃腸混合型の腺癌を合併した報告はなかった.
幽門腺腺腫から発生したと考えられる高分化型腺癌の1例を報告した.多彩な内視鏡所見に加えて,組織学的にも胃腸混合型を呈した稀な症例と考えられた.幽門腺腺腫の癌化例の報告は少なく,その臨床病理学的特徴を明らかにするためにも,さらなる症例の集積が望まれる.
謝 辞
拡大内視鏡所見のご指導を頂いた福岡大学筑紫病院 八尾建史先生に深謝いたします.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし