GASTROENTEROLOGICAL ENDOSCOPY
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A CASE OF ACQUIRED HEMOPHILIA A WITH REPEATED BLEEDING AFTER ENDOSCOPIC SUBMUCOSAL DISSECTION
Takanobu IWADARETadanobu NAGAYA Yugo IWAYATomoaki SUGATakeji UMEMURA
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2021 Volume 63 Issue 12 Pages 2474-2480

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要旨

症例は62歳の男性.60歳時に後天性血友病Aと診断され,ステロイドとリツキシマブの併用療法によって寛解を得た.ステロイド中止後に第Ⅷ因子インヒビターの再陽転化を認め,ステロイドが再開された.同時期より認めた血便に対する大腸内視鏡検査で直腸に60mm大の側方発育型大腸腫瘍を認めた.出血傾向が存在したが,治療適応病変と判断し,血液凝固因子製剤補充下での内視鏡的粘膜下層剝離術(ESD)を行った.ESD後に連日の血便と貧血の進行を認め,切除部位からの出血を繰り返したが,血液凝固因子製剤補充,輸血および計9回の内視鏡的止血術を繰り返し,約3週間の経過で完全止血に成功した.

Ⅰ 緒  言

後天性血友病Aは,非血友病患者において後天的に生じた第Ⅷ因子インヒビターにより重篤な出血症状を呈する難治性の出血性疾患である.悪性腫瘍や分娩,自己免疫性疾患などを背景に発症する稀な疾患とされてきた 1が,近年報告数が増えている.

先天性血友病Aとは異なり,後天性血友病Aは成人以降に発症することが多く,観血的処置が必要とされる併存疾患を有する症例も存在する.そのような患者における観血的処置の可否や周術期の管理方法などについては一定の見解は得られていない.

今回,われわれは後天性血友病Aの患者に対し,大腸腫瘍の内視鏡的粘膜下層剝離術(ESD)を行い,ESD後潰瘍からの出血を繰り返したものの,病変の根治的な切除に成功した症例を経験した.後天性血友病Aにおいて第Ⅷ因子インヒビターが陽性でESDを行った症例は,検索し得た範囲内では報告がなく貴重な症例と考えられ,文献的考察を加えて報告する.

Ⅱ 症  例

患者:62歳,男性.

主訴:血便.

既往歴:30歳時にネフローゼ症候群(詳細不明).手術歴なし.

家族歴:特記事項なし.

生活歴:喫煙1本/日(20-23歳),機会飲酒.

現病歴:X-2年4月に腰痛に対して行われた硬膜外ブロック後に右臀部に血腫が見られ,血液検査でAPTT 54秒と延長を認めた.精査の結果,クロスミキシング試験でインヒビターパターン,第Ⅷ因子活性<1%,第Ⅷ因子インヒビター14.0 BU/mL(正常値<1BU/mL)であり,後天性血友病Aと診断された.血液凝固因子製剤補充およびプレドニゾロン(PSL)65mg/日が開始されたが,効果に乏しかった.PSLとシクロフォスファミド併用での免疫抑制による感染症のリスクを考慮し,リツキシマブでの加療を開始した.リツキシマブ640mg(375mg/m2,weekly計4回)による追加治療によって第Ⅷ因子活性の上昇および第Ⅷ因子インヒビターの陰転化が見られた.以降,PSLは漸減中止された.

X-1年10月に第Ⅷ因子インヒビターの再陽転化を認めた.再燃例の治療指針に一定の見解はなく,PSLを5mg/日から再開・増量したが,第Ⅷ因子インヒビターの陰転化は得られなかった.リツキシマブやシクロフォスファミドなどの二次治療を検討中のX年2月頃より下痢・血便が認められるようになり,下部消化管内視鏡検査で直腸Rbに60mm大の0-Ⅱa+Ⅰs病変(結節混在型側方発育型大腸腫瘍:LST-G nodular mixed type)(Figure 1)を認めた.Ⅱa部分は比較的均一な構造よりなり,隆起内の陥凹や無構造な部位は認めず,腺腫を主体とした病変と考えた.Ⅰs部分も同様に表面は比較的均一な構造よりなり,陥凹局面や緊満感は認めなかった.腫瘍の大きさより腺腫内癌の可能性を疑うが,内視鏡的には粘膜下層浸潤を疑う所見はなく,腺腫・絨毛腺腫を主体とした病変と考え,病変に対するESD目的で4月に当科入院となった.

Figure 1 

治療前内視鏡画像.

a:白色光で直腸Rbに境界明瞭な大きさ60mm大の0-Ⅰ+Ⅱa病変(結節混在型側方発育型大腸腫瘍:LST-G Nodular mixed)を認める.

b:インジゴカルミン散布で病変の凹凸・境界が明瞭に認識できる.Ⅱa部分は比較的均一な構造よりなり,隆起内の陥凹や無構造な部位は認めず,腺腫を主体とした病変と考える.Ⅰs部分も同様に表面は比較的均一な構造よりなり,陥凹局面や緊満感は認めていない.

現症:身長 164cm,体重 68kg,血圧 125/94 mmHg,脈拍93/分・整,体温36.4℃,右大腿の腫脹と広範囲の皮下出血を認める.

臨床検査成績(Table 1):貧血(Hb 10.4g/dL)とAPTT延長(56.8sec)を認めた.第Ⅷ因子活性が低値(2.7%)であり,第Ⅷ因子インヒビターは高値(19.2BU/mL)であった.

Table 1 

臨床検査成績.

経過(Figure 2):第0病日,PSL 15mg/日を継続し,遺伝子組換え活性型血液凝固第Ⅶ因子製剤(rFⅦa;ノボセブン)投与下(術前 89.9μg/kg,2時間後・4時間後 74.9μg/kg)にESDを行った.小血管からの出血が多く,290分の時間を要した.病変を一括切除し,止血鉗子による十分な凝固止血を加えて処置を終了した(Figure 3-a).第1病日から活性型プロトロンビン複合体製剤(APCC; ファイバ)の投与(4,000U×3/day)を開始したが,血便が出現した.内視鏡では潰瘍底からの拍動性出血数カ所に加え,様々な部位からの漏出性出血を認め,止血鉗子による凝固止血を追加した(Figure 3-b).第2病日にも血便を認め第3病日の内視鏡所見では潰瘍部からの出血を認めた.凝固止血処置に加え,出血予防に吸収性組織保護剤(ネオベール)を潰瘍底に貼布し,フィブリン糊(ベリプラストPコンビセット)で被覆した.しかし,第6病日には多量の血便に加え出血性ショック状態(収縮期血圧60mmHg)となり,昇圧剤の投与,赤血球輸血,新鮮凍結血漿輸血を行った.血液凝固因子製剤補充および輸血療法によって循環動態を維持できたが,第7病日にも血便を認め(Figure 3-c),再度内視鏡的止血と吸収性組織保護剤による創部の被覆を行った.第11病日にも多量の血便から出血性ショックとなり輸血と昇圧剤を使用し,内視鏡的止血処置を追加した.その後も血便は持続していたが,保存的加療で対応可能であった.第22病日の内視鏡においても直腸内の血液,および潰瘍面の再生上皮からの出血を認め止血処置を追加した(Figure 4).その後は出血のコントロールが可能となり第25病日以降に多量の血便は認めなかった.腫瘍切除後も第Ⅷ因子インヒビターの陰転化は得られず,第36病日に血液内科へ転科した.切除病理所見はRb,0-Ⅱa+Ⅰs,65×44mm,carcinoma in adenoma,Ly0,V0,pTis(M),pHM0,pVM0(大腸癌取扱い規約第9版)と腫瘍は完全一括切除であった.

Figure 2 

臨床経過図.

Figure 3 

治療後内視鏡画像.

a:第0病日.ESD直後の潰瘍底.

b:第1病日.潰瘍底からの拍動性出血を認める.

c:第7病日.潰瘍底からの漏出性出血を認める.

Figure 4 

第22病日内視鏡画像.

潰瘍面の大部分で上皮化を認める.

Ⅲ 考  察

後天性血友病Aは第Ⅷ因子インヒビターにより出血傾向を示す疾患であり,頻度は100万人に1.48人と非常に稀な疾患である.症例の半数以上が特発性であり,悪性腫瘍や自己免疫疾患,感染症,薬物などが原因として挙げられる 2

後天性血友病Aの診断の契機としては,自然出血や術後の出血が挙げられる.後天性血友病Aのスクリーニング検査として,APTT延長の有無を確認することが有効である.APTT延長を認める場合,クロスミキシング試験でインヒビターパターンを確認し,第Ⅷ因子インヒビターを検出,第Ⅷ因子活性低下を認めることで診断に至る 3.本例も出血傾向を契機に行われた検査で特徴的な所見を呈しており,幼少期の出血傾向がないことから後天性血友病Aと診断された.

後天性血友病Aの出血コントロールとして,血液凝固因子製剤である活性型プロトロンビン複合体製剤(ファイバ 4と遺伝子組換え活性型血液凝固第Ⅶ因子製剤(ノボセブン)を用いる 5.また,第Ⅷ因子インヒビター除去療法としてはステロイド単独療法,ステロイドとシクロフォスファミドの併用療法,リツキシマブが選択肢となる 6.また,血漿交換療法が有効との報告もある 7.悪性腫瘍の外科的治療後に後天性血友病Aが改善した報告例もある 8が,本例では腫瘍切除による第Ⅷ因子インヒビターの陰転化は得られなかった.

本例のように後天性血友病A患者において併存疾患に対する観血的処置が必要となる場合があるが,処置の可否や治療戦略については決まった見解は得られていない.後天性血友病Aと術前診断がつき観血的処置が行われた症例は,2000年〜2020年の間に医学中央雑誌で「後天性血友病A」「手術」または「第Ⅷ因子インヒビター」「手術」,「後天性血友病A」「内視鏡」,PubMedで「acquired hemophilia A」「surgical procedure」または「acquired hemophilia A」「endoscopy」をキーワードで検索したところ,計14例の報告を認めた(Table 2 8)~21が,内視鏡治療例の報告はなかった.5例は術前に第Ⅷ因子インヒビターが陰転化し,術後出血は認めなかった.5例では術前の第Ⅷ因子インヒビターが高値であり,その内2例においては術後の止血までそれぞれ20日間・42日間と長期間を要した.4例は術前の第Ⅷ因子インヒビターが陽性であるものの低値であり,1例に術後出血を認めたが止血確認まで7日間と短期間であった.これらの報告からは,第Ⅷ因子インヒビターが消失した際は観血的処置は通常通り可能であると考えられる.また,後天性血友病Aにおいて,活性型プロトロンビン複合体製剤使用により91.8%,遺伝子組換え活性型血液凝固第Ⅶ因子製剤使用により93.3%の高い出血コントロール率が報告されており 22,十分な血液凝固因子製剤補充が観血的処置にも効果的である可能性が高いと考える.本例は術前の第Ⅷ因子インヒビターが高値であったが,1)後天性血友病Aが難治性で早急な改善が期待できないこと,2)消化管腫瘍の存在が血友病の原因となる可能性があること,3)腫瘍が直腸下部に位置しているため,腫瘍の進行により外科的切除+人工肛門造設になる可能性が高いこと,から血液内科と相談の上,血液凝固因子製剤補充下で内視鏡切除を行う方針とした.

Table 2 

後天性血友病A患者に対する観血的処置の症例報告.

本例は術後の止血までに23日間を要し,頻回な輸血に加え高額な血液凝固因子製剤を多量に使用せざるを得ず,医療経済的にも問題であったと思われる.幸いにも本例は繰り返し止血処置が可能な直腸の病変であったことから止血には難渋したものの可能であった.しかし,腹部手術後の腹腔内出血など,容易に止血処置ができない場合,第Ⅷ因子インヒビター高値の際の観血的処置は危険と考える.悪性腫瘍を原因とする後天性血友病Aにおいて,腫瘍進行に伴い予後不良となる報告例もあり 23),24,後天性血友病Aと診断がついた時点で,上下部消化管内視鏡検査やCT検査で全身スクリーニングを事前に行うことが必要である.

Ⅳ 結  論

第Ⅷ因子インヒビター高値でのESDは出血のリスクが高いことから,ESDの際にはインヒビターの陰性化での治療もしくはインヒビター低値の場合に十分な血液凝固因子製剤補充下での治療が望ましい.

本例の要旨は,第16回日本消化管学会総会学術集会で報告した.

謝 辞

本例の診療に携わっていただいた信州大学医学部血液内科 川上史裕先生,酒井均先生,中澤英之先生に御礼申し上げます.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
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