2021 Volume 63 Issue 12 Pages 2486-2494
食道アカラシアは,食道運動障害性疾患の代表的な疾患である.経口内視鏡下筋層切開術(per-oral endoscopic myotomy:POEM)が考案されると,それまで外科的に行われていたHeller筋層切開術に代わりうる低侵襲治療法として世界中に普及した.治療の奏効率も高く,優れた治療である一方で,その新規性からPOEM導入にあたっては様々なハードルが存在する.稀な疾患であるなどといった臨床的問題に加え,保険請求における施設基準など制度的問題も存在するため新規導入は簡単ではない.どちらの問題も決して簡単にクリアできるものではないが,治療により症状が劇的に改善することも多いPOEMは,術者にとってやりがいの大きい治療でもある.また,POEMは様々な新規治療に発展する将来性を持った優れた治療であることから,これらのハードルを乗り越えて新規導入する意義は大きい.
食道アカラシアとは,食道胃接合部にある下部食道括約部(lower esophageal sphincter:LES)の弛緩不全と一次蠕動波の消失により,食道から胃への液体や固形物の通過障害をきたす食道運動障害性疾患の代表的な疾患である.食道固有筋層内のAuerbach神経叢の変性に起因し,背景疾患として自己免疫異常やウイルス感染などが考えられているが,その詳細は不明である.2008年にInoueら 1)によって経口内視鏡下筋層切開術(per-oral endoscopic myotomy:POEM)が考案されると,それまで外科的に行われていたHeller筋層切開術に代わりうる低侵襲治療法として世界中に普及した.内鏡的バルーン拡張術と比較し,治療の奏効率が高く,治療効果も維持される有効な治療法である本法は,他の食道運動障害性疾患にも適応を拡大しており,その治療成績も多く報告されている 2).
優れた治療である一方で,その新規性からPOEM導入にあたっては様々なハードルが存在する.筆者は昭和大学江東豊洲病院に国内留学し,POEMの開発者である井上晴洋教授のもとで国内外の留学生とともに研修したのち,自院に戻り多くの方の助力を得てPOEMを新規導入した.今後POEM導入を検討している施設が効率よく立ち上げるための参考になるよう,遭遇したハードルや注意点,対処法などを経験的要素も踏まえて述べる.なお,POEMの実際の手技における要点などはこれまでにも複数回掲載されており,本稿では割愛する.
POEMの治療が画期的であるのは,粘膜下トンネルを作成し,治療後に閉創することで筋層へのアプローチが可能になったことである.これにより様々な新規治療への応用が急速に進んだ.2012年にはInoueらによって経口内視鏡的腫瘍核出術(per-oral endoscopic tumor resection:POET)が報告 3)され,食道から胃噴門部における粘膜下腫瘍を経口内視鏡により低侵襲に切除することが可能となった.2013年には米国よりG-POEM(Gastric per-oral endoscopic myotomy)が報告 4)され,胃へも応用がなされた.これは,欧米で罹患数の多い胃不全麻痺(Gastroparesis)に対して,胃の幽門輪を粘膜下トンネル内で筋層切開を行う方法であり,現在では米国の様々な施設より良好な治療成績が報告されるに至っている.2016年には初めて成人のHirshsprung病に対する直腸内内視鏡的筋切開術(per-rectal endoscopic myotomy:PREM)がインドより報告 5)され,下部消化管治療への応用もなされた.一方以前より様々な治療法が考案されていたZenker憩室に対する治療もPOEMが応用されたZ/D-POEMが低侵襲かつ治療効果の高い手技として注目されている 6).
2019年には,InoueらによってPOEM後の逆流性食道炎を予防する目的で噴門形成術を付加するPOEM-F(POEM+fundoplication)が報告 7)され,POEM治療から踏み込んだNOTEs(Natural Orifice Translumenal Endoscopic Surgery)への発展もみられた.さらには,Toshimoriらにより純粋な噴門形成術である経口内視鏡的噴門形成術(Per-Oral Endoscopic Fundoplication:POEF)が報告 8)されるに至り,common diseaseである逆流性食道炎まで応用可能であることが示された.また,近年注目を集めている内視鏡的全層切除術(Endoscopic Full Thickness Resection:EFTR)の中にも,POEMの技術が応用され始めている.
このように,POEMのコンセプト・技術がもたらしうる将来性は大きく,また多岐の疾患に及ぶ.したがって,POEMという治療は,単に食道アカラシアという稀な疾患に対する治療にとどまらず,将来の新規治療のベースとなりうる治療法であり,多くのハードルを乗り越えて導入する意義は大きいと言える.
食道アカラシアは,罹患率が年間で10万人に1人程度,有病率が10万人に10人程度と非常に稀な疾患であり,日常臨床ではなかなか遭遇しない.したがって,いかに治療対象患者の拾い上げを行うかは,まずはじめに直面する問題であろう.
新規に食道アカラシア患者を集約するには大きく2通りあげられる.①:食道アカラシアもしくは疑わしい症例を他の医療機関より紹介してもらう,②:「つかえ」をはじめとした症状で受診した未診断の患者を自施設の精査で確定診断する場合である.新規に対象患者を集約していくのであれば,今まで通りではない,何らかの工夫がやはり必要である.
・ 紹介患者を増やす
これまで専門的に食道運動機能障害を診療していた病院でなければ,すぐに紹介患者を増やすことは簡単ではない.また,筆者の施設のように,アクセス可能な距離にPOEM治療のhigh-volume centerが存在するなどといった場合には,大学病院とはいえ紹介していただくことは非常に難しい.そこで,当院では地域の医療連携施設へお知らせを行い,POEM導入の周知と積極的な紹介を依頼する目的で,病院が毎年地域連携病院へ送付する冊子に記載させていただいた(Figure 1).また当院では実施しなかったが,紹介状の返信に新規治療の紹介と患者紹介のお願いをする「お知らせ」を同封することも1つの方法である.一方,すでにPOEMを導入し始めている施設においては,POEM 1例目施行後に地域新聞などのメディアや病院のホームページ上でプレスリリースなどを行っているケースも目にする.
病院から地域連携医療施設に毎年送付している「診療連携のご案内」の中に記載し,近隣医療施設への手技導入の周知と該当患者の紹介を依頼するお知らせを行った.
また,high-volume centerのいくつかの施設では,病院のホームページや一般患者向けの疾患解説などのページを通して,患者の集約を試みている.実臨床では,食道アカラシアの診断に至らず,逆流性食道炎として長年制酸剤の投与をされていたという症例も少なくない.筆者自身も留学中に患者や家族がインターネットを介して食道アカラシアに辿りつき,かかりつけ医にお願いしてようやく紹介受診に至ったという症例も複数経験している.アカラシアが稀な疾患であるという特徴を踏まえると,近隣の連携医療施設の医師あるいは患者自身の目にとまる“宣伝”の工夫はやはり有効であろう.
・ 自施設での発見症例を増やす
自施設での発見症例を増やすためには,診断されずにいる潜在的な症例をもれなく拾い上げることが重要となる.そこで重要となるのが,スクリーニングの上部消化管内視鏡検査(EGD)ではないかと考えている.
食道アカラシアの内視鏡典型像は,“ロゼッタ”や “ピンストライプ”が知られている.また,食道は拡張し,食道胃接合部で管腔が狭まり,スコープの通過に際して抵抗を認めるが,驚くことに約半数の症例では内視鏡所見に異常を認めないと報告されている 9).アカラシアであるならばLESの弛緩不全をきたしているはずで,異常を認めないとされた多くの症例は,内視鏡医が取りこぼしている可能性も高いであろう.実際に欧州におけるアカラシアガイドラインでもEGDは見落としやすいことが指摘されており,EGD単独の診断は勧められないとされている 10).
そこで,当院では拾い上げの工夫として特に若手でも取りこぼさないよう非常に簡単な2つのルールを作った.具体的には,①EGDで扁平円柱状接合部(squamocolumnar junction:SCJ)が見えない(Figure 2),②問診上「水」でもつかえることがある,の2項目に該当する場合は,専門医に相談する形をとった.これは,経験の浅い内視鏡医でも逆流性食道炎の評価のためSCJの写真を一生懸命捉えようとする傾向があり,さらには捉えられなかったら異常かもしれないと伝えると,印象に残ってくれることが多い.当院では実際に複数例の新規食道アカラシア患者を拾い上げられたが,この方法は,他の食道運動機能障害を拾い上げにくく,SCJが見えにくい正常例も拾い上げてしまうデメリットはある.ただ,少なくとも症例数を集めなければならない施設であれば,覚えやすく実践的な拾い上げの工夫は必要であると考える.
・ HRMの必要性と結果の解釈
食道アカラシアあるいはその類縁疾患の診断には,EGDと食道X線造影検査,食道内圧測定検査(High-Resolution Manometry:HRM)(Figure 3)を含めた3つの検査を行うことがPOEM診療ガイドライン 11)でも望ましいとされている.EGDとX線検査は比較的どの施設でも施行可能な検査であるが,HRMを所有している施設はかなり少ない.しかしながら,このHRMは診断において重要な検査に位置づけられている.
HRMの機器本体と圧センサー付きのカテーテル,特にカテーテルは慎重に取り扱いしなければならない.
食道運動機能障害の診断は米国から報告されているシカゴ分類が現在のゴールドスタンダードであり,この中でHRMによる診断項目やフローチャートが細かく記載されている.適宜改訂され,現在はver. 4 12)が最新である.シカゴ分類についての日本語版はないが,日本消化管学会より食道運動機能障害診療指針 13)が発行されており,ver. 3までの詳細は日本語での勉強も可能である.
このHRMの問題の1つは検査結果の解釈が簡単ではないことである.使用機器の問題からシカゴ分類のカットオフ値をそのまま使用できなかったり,シカゴ分類の定義には当てはまらない症例や,臨床的には食道アカラシアであるにもかかわらず,基準値を満たさない症例にも遭遇する.シカゴ分類の数値だけを照らし合わせるのでなく,食道運動障害の病態生理を常に意識した診断が必要で,そのためには一定量のトレーニングが必要となる.
患者にとって非常に“つらい”検査である点も問題である.検査の特性上,内視鏡と同じような鎮静をかけることもできない(水を飲み込んでもらうため).また,LESの弛緩不全でカテーテルが通過しづらい上,食道の蛇行が強い症例では,胃側まで落とし込むことさえ困難となる.さらには,食道内に多量の食残がある症例も多く,嘔吐などのリスクも高い.術者にはできる限り苦しませないよう上手にこなすことが求められる.
このように一筋縄ではいかない困難さを有しているが,早期胃癌で言えば生検病理組織診断にあたり,POEMも全身麻酔下で実施される上,一度切開した筋層は元には戻らないことから,特別な理由がない限りHRMの実施が望まれる.
・ HRM機器購入
もう1つ大きな問題となるのは,HRMの機器購入である.わが国で薬事承認を得ている機器は,現在スターメディカル社から発売されているStarletのみであり,ManoScan (Medtronic社)やINSIGHT G3(Sandhill Scientific社)などの機器は現時点で未承認である.残念ながら,薬事上,使用できる機器に限りがあることも影響してか,機器購入には数百万円規模の「超」が付くほどの高額となるケースが多い.一方で,「食道内圧測定検査」の診療報酬点数はたったの780点であり,機器の購入価格がかなり高額であることからするとかなり低い.また,使用されるカテーテルは圧センサーが複数付いており,非常にデリケートな器具である.洗浄を含めたカテーテルの取り扱いには細心の注意を払っていても,万が一故障した場合には修理費用もかなり高額となる.これらのことから,検査だけで機器購入のコストを賄うことはかなり難しい.そのため,購入に際し,検査対象をどの程度広げることができるか,見込まれる検査件数,また立ち上げるPOEMの治療がもたらす病院へのメリットなどを丁寧に説明し説得していかなければならず,POEM立ち上げの中でも最も骨の折れるプロセスの1つかもしれない.
Ⅲ-3.内視鏡治療技術に関する問題・ 本当に「POEMはESDより簡単」か?
早期胃癌に対する低侵襲治療としてはじまった内視鏡的粘膜下層剝離術(ESD)も,他の早期消化管癌に広がり,現在は一般的治療として普及している.デバイスの進歩と併せ,技術的には完成形に近づいた一方で,難しい症例は依然として存在し,苦汁を飲まされた経験を持つ内視鏡医も多いであろう.一方,POEMは粘膜下トンネルを作成することでスコープが安定し,ESDに比べると出血も少ない.ESDが技術的に定着しにくい欧米でもPOEMは定着しており,POEMという治療法の優れている点でもある.しかしながら,POEMにはESDにない良性疾患としての難しさも存在する点に注意したい.
・ 良性疾患治療の難しさ
ESDは合併症なく,病理学的評価が可能な検体を断端陰性で一括切除できれば成功と言える.極端な言い方をすれば,切除断端が多少ギザギザに切れてしまったとしても,黒く焼けてしまった部分があったとしても病理学的評価に支障がなければ大きな問題とはならない.一方,POEMは合併症なく筋層切開を終えることができたとしても,必ずしもclinicalな成功ではない.つまり,術者が上手くできたと思っていても,治療後の患者が「つかえ」の改善を感じることができなければ失敗にもなりうる.ここにPOEMという良性疾患治療の難しさが存在すると感じている.
このような場合,術者としては「胃側の筋層切開が足りなかったか」,「内輪筋がわずかに残ってしまったかもしれない」,などといった技術的な精度に対する原因追求(ギザギザでは許容されない)にはじまり,そもそもPOEMの適応であったのか,患者がPOEM治療後の状況をきちんと理解できていたかなど,様々なことに気を配らなければならない.実際POEMでは一次蠕動波は回復しえず,どんなに上手く行ったとしても発症前の状態には戻らない.治療後の予想される経過については十分伝えておかなければ「思っていたのと違う」となりかねない.極端に言えば,インフォームドコンセントの仕方次第でも,成功にも失敗にもなりうる.
このようにESDではあまり経験しなかった,良性疾患(特に機能疾患)なりの治療の難しさも存在する.ESDよりtechnicalに簡単だからといって簡単に実施できるものではないことはしっかりと理解しておくことが大切である.
・ トラブルシューティングと高難度のPOEM
POEMは低侵襲で安全に行える手術であるが,それでも合併症は起こりうる.術中に気腹状態になった場合には穿刺を行いコンパートメント症候群を回避したり,術後の疼痛を軽減したりする.術後にはエントリー部の離開,血腫形成,縦隔炎・膿瘍形成など稀ながら起きうる合併症である.その際の対応などは,事前に想定しておくべきである.
また,POEMにも技術的に高難度の症例が存在する.再治療例(Heller-Dor術後,あるいはPOEM後の再増悪),瘢痕化している症例,憩室を合併した症例,高度炎症により粘膜下層のfibrosisが強く出現する症例などである.また食道が大きく蛇行するシグモイド型食道アカラシアも合併症率が高いことが報告されており 14),ガイドラインでも,十分な経験のもとに行うことが勧められている 11).
上記を踏まえると,POEMを新規導入するにあたっては,一定量のトレーニングが必要である.POEMのトレーニングには,エキスパートのPOEMの見学,ドライラボ,ex vivoモデル,もしくは生体動物でのトレーニングを経て,最初の数例はエキスパートの監視のもと POEM を行うことが推奨されている 11).POEMのlearning curve に関する研究では,7~40症例が必要ともされており 15),ESDに自信があるからといっていきなり1例目から1人で開始するというのは勧められない.また,あくまでも,件数を稼ぐ目的で,立ち上げの時期から無理をして高難度のPOEMにも手を出すようなことも勧められず,必要に応じてhigh-volumeセンターに紹介するという判断も必要である.
2008年にわが国で誕生したPOEMは,2012年に先進医療として認定された.先進医療申請時において,既存の医療技術(Heller筋層切開術)に比較して,大幅に効率的であるとされたものの,手技の新規性から技術的成熟度の基準となる様々な条件が設定された.それが現在の保険請求時における施設基準として引き継がれている.この基準をどのようにクリアするかという問題もPOEM立ち上げにおける大きなハードルの1つである.この施設基準をクリアできれば規定の施設基準に関わる届出書類(Figure 4)を提出し,晴れて保険診療としてのPOEMが施行できる.ぜひクリアしたい.
地方厚生局のホームページ内,「施設基準の届出等」よりダウンロードが可能である.この項目を記載する必要があり,事前によく確認しておくことが必要である.
POEM施行にあたっての条件について,ガイドライン上では,『世界的にコンセンサスの得られた施行条件の報告はないが,わが国では,「平成28年3月4日保医発0304第2号特掲診療料の施設基準等及びその届出に関する手続きの取扱いについて」により,施設基準が義務付けられている.』と述べられている 11).施設基準の具体的な項目を以下に記載する.
(1)消化器内科または消化器外科及び麻酔科を標榜している病院であること.
(2)当該医療機関において,当該手術が10例以上実施されていること.
(3)消化器外科または消化器内科について5年以上の経験を有し,視鏡的食道粘膜切開術(早期悪性腫瘍粘膜下層剝離術に限る)について20例以上の経験を有する常勤の医師が1名以上配置されていること.また,当該医師は,当該手術について術者としてまたは補助を行う医師として15例(このうち5例は術者として実施しているものに限る)以上の経験を有していること.
(4)実施診療科において,常勤の医師が3名以上配置されていること.ただし,消化器外科において,医師が1名以上配置されていること.
(5)常勤の麻酔科標榜医が配置されていること.
(6)緊急手術体制が整備されていること.
とされている.
上記を大きく分けると,術者と施設の2つの基準に分けられる.施設として重要な点は,POEM10症例の経験を有すること,術者として重要な点は,食道ESDを20症例以上,POEMを執刀医として5例,助手を10例,合計15例以上を経験している常勤医であることである.おそらく,術者基準の食道ESD20症例はすでに普及している手技であり,クリアすることはさほど高いハードルではないと思われるが,POEM合計15例に関しては簡単にはこなせない.最も簡単で確実な方法は,やはりhigh-volume centerで研修し,実戦経験を積むことであろう.自施設のみで行う場合は,最低15例が必要となるため,施設の基準(10例)以上に保険請求できない症例が増えてしまう.
・ 施設基準にある「最初の10例」をどのように行うか術者の基準を満たす常勤医が在籍していても,現状の保険請求における施設基準では,立ち上げ時にこの基準を満たすことができない仕組みになっており,新規導入施設として「最初の10例」をどのように行うかという問題に直面する.つまり最初の10例は,病院側として保険請求できないため誰がその費用を負担するかという問題である.方法としては,①自費診療として患者自身が治療費用を負担(全額患者負担),②POEM手術時の入院に関する費用すべては,病院が負担する(全額病院負担),③POEMに関する手技のみ保険請求せず(手技に関する費用のみ病院負担),入院一般の費用は通常通り保険診療とする,の3つであろう.
現在すでにPOEM施設基準を満たす病院が全国に点在しているため,自施設での手技件数を確保するために①の患者に全額負担してもらうことは現実的に難しい.②が最も現実的で患者から治療に同意いただける可能性も高い.しかしながら,病院側の全額負担となるため,病院医事課をはじめ事務方との話し合いは必須である.③の手技のみ保険請求しないという判断はややグレーゾーンであり,混合診療と指摘されかねないリスクも有すると思われる.筆者が管轄の厚生局都県事務所に電話にて問い合わせを行った際には,混合診療には該当しないため問題ないとの返事をいただいた.しかしながら,実際に③の方法をとられる場合は,それぞれの地方事務所ごと事前に確認しておくことが勧められる.
なお,当院では,万が一混合診療(不正請求)と指摘されてしまうと保険医療機関の指定取り消しとなりうるため,病院側より②の方向で行うと返答いただいた.なお,次に述べる「高難度新規医療技術」として病院評価部に申請し,必要性と安全性を承認されることが全額病院負担を了承する条件となった.
・ 『高難度新規医療技術などの申請』は必要か?「高難度新規医療技術」とは,「当該病院で実施したことのない医療技術(軽微な術式変更等を除く)であって,その実施により患者の死亡その他重大な影響が想定されるもの」と定義されている.「高難度」及び「新規」の考え方については,厚生労働省科学特別研究班がとりまとめた「高難度新規医療技術の導入における基本的な考え方」で示されており,それを元に作成された術式のリストも公表されている.一方,このリストに掲載されていないまたは保険診療に位置づけられていない医療技術については,高難度新規医療技術に該当するか否かについて,個別かつ慎重に判断する必要がある,とされている.POEMはリストに掲載されていない術式のため,申請を義務付けられてはおらず,病院ごとに個別に判断されることとなる.筆者が知る限りでも,高難度新規医療技術申請を必要と判断された施設と,必要ないとされた施設とに分かれていた.ただし,申請が必要と判断された場合には,術者の技量も評価の対象項目であるため,術者基準を満たした医師がいない状態での申請は難しいかもしれない.
また,内科系に所属している内視鏡医にはあまり馴染みがないと思われるが,高難度新規医療技術として承認された場合には,導入後の事例検証として外部監査などの際には,該当症例が対象となること(当然であるが,カルテ記載にすべて漏れがないことが必要),また有害事象及び不具合等の発生の有無の報告が必要となる.
POEM治療の立ち上げには,臨床的問題と制度的問題の両者が存在する.決して簡単にクリアできるものではないが,治療により症状が劇的に改善することも多いPOEMは,術者にとってやりがいの大きい治療でもある.また,POEMがESDではアプローチできなかった“3rd space”への扉を開き,将来的には,様々な新規治療に発展する可能性を持った優れた方法であることから,様々なハードルを乗り越えて新規導入するメリットは見逃せない.本稿がこれからPOEM治療を立ち上げようと考えている内視鏡医への参考になれば幸いである.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし