2021 Volume 63 Issue 3 Pages 300-312
消化管出血に対する緊急内視鏡や,内視鏡治療中の出血では,視野確保が難しい.送気や吸引で視野が確保できない場合は,水を注入しての浸水観察が試みられるが,出血の勢いが強いと流れ出た血液と水が混ざり合って,濁った視野になる.水の代わりに透明なgelを注入するgel immersion endoscopyを用いれば,水や血液とすぐには混じり合わず,血液や凝血塊等を押しのけて透明な空間を作り出して視野確保でき,直視下で処置が可能になる.この方法のために開発した電解質を含まない専用gelを用いれば,gelの中でもモノポーラー高周波処置具が使用可能である.腸準備不良時の大腸内視鏡や,腸管内圧を低圧に保って内視鏡を行いたい場合など,様々な場面に応用できる.今後,送気と送水に続く第3の視野確保方法として,gel immersion endoscopyが普及していくことを期待している.
消化管出血に対する緊急内視鏡や,内視鏡治療中の出血では,血性胃液・腸液や凝血塊が視野の妨げになる.特に比較的管腔が狭い臓器では,内腔が血液で埋まり視野確保が困難となりやすい.吸引を試みても,凝血塊や食物残渣,便塊が鉗子口に詰まって充分な吸引ができず,体位変換も部位によっては効果が限定的である.
送気や吸引で出血点が直視できない場合には,水を注入しての浸水観察が試みられるが,出血の勢いが強いと流れ出た血液と水が混ざり合って,濁った視野になる.
従来の送気・吸引・浸水による視野確保が困難な場合に,透明なgelを注入すれば水や血液とすぐには混じり合わず,血液や凝血塊等を押しのけて透明な空間を作り出して視野確保できる(Figure 1).さらに,その透明な空間の中で出血点を直視しながら止血処置を行うことができる.
従来の視野確保方法とgel immersion endoscopyの比較.
添付の動画(電子動画 1) 1)では,プラスチックカップに入れたgelと水の中にインジゴカルミンを等速で注入した際の拡がり方の比較と,ビニールチューブの中にインジゴカルミンを注入する消化管出血モデルでのgelによる視野確保の効果を見ることができる.
電子動画1
われわれはこの方法をgel immersion endoscopy(GIE)として報告してきた 1)が,全く新しい方法であるため,効果的に用いるにはその原理とgelの特性を理解して,適切に使用する必要がある.本項では有用な部位,用意する物品や基本的な使用方法,止血法別,部位別のコツについて解説する.
従来の送気・洗浄・吸引による視野確保の方法では,血液・腸液が溜まる部位や,内腔が狭い部位,吸引困難な凝血塊等が存在する部位での視野確保が困難である.逆に,これらの部位はGIEが有用な部位になる.具体的には,内腔が狭い食道,小腸,大腸の他,胃内でも噴門部周辺,体部大彎などで有用である.また,大きな十二指腸憩室の中や,Pocket creation methodを用いた粘膜下層剝離術(endoscopic submucosal dissection;ESD)中のポケットの中での出血 2)に対しても大変有用である.
また,gelであれば水よりも少量で視野確保できるため,内視鏡中の消化管内圧を低く抑えることができる.このため大腸癌による大腸閉塞や,S状結腸軸捻転など,腸管内圧を上げずに視野確保したい場合にも有用である.
この方法に使うgelの性質について,その粘性が高すぎれば鉗子口からの注入が困難となり,逆にその粘性が低すぎれば視野確保が困難になる.そのため,操作性と視野確保性能を両立できる適度な粘性をもつことが要求される.当初は経口補水液OS-1ゼリー(大塚製薬工場)を用いていたが,脱水状態に対する水・電解質の補正を目的とする食品のため,多量の電解質を含んでおり,モノポーラーの高周波処置具,特に止血鉗子が効果的に使えないという問題があった.
水に増粘剤を加えたり,潤滑用gelを希釈したりしてgelを自作することも不可能ではないが,均一で適切な粘度のgelを気泡が入らぬように安定して作ることは容易ではない.
そのため,電解質を含まないGIE専用gelを「医療機器」としてメーカーと共同開発し,2020年6月に自然開口向け内視鏡用視野確保ゲルとしてビスコクリアⓇ(VISCOCLEARⓇ)(大塚製薬工場)(Figure 2)の製造販売承認を取得した.このビスコクリアⓇは,OS-1ゼリーと同等の視野確保性能を保ちつつ,より注入しやすいよう操作性が良くなっている.また,導電性が低いためgel中でもモノポーラーの高周波処置具が問題なく使用できる.
管理医療機器 自然開口向け内視鏡用視野確保ゲル ビスコクリアⓇ(VISCOCLEARⓇ)(大塚製薬工場).
粘性のある流体が細長い円管を一定時間内に流れる量は,ハーゲン−ポアズイユの法則に従い,円管の半径の4乗(断面積の2乗)に比例し,圧力勾配に比例し,長さに反比例する.つまり,スコープの鉗子口径が大きいほどgelを注入しやすく,スコープの有効長が長いほど注入しにくくなる.特に鉗子口に処置具を挿入した状態では,残りの隙間を通してgelを注入することになるため,鉗子口径の大きさが重要である.そのため,スコープの有効長や使用する処置具の太さにもよるが,最低でも鉗子口径が2.8mm,できれば3.2mm以上のスコープが望ましい.
洗浄機能付き鉗子栓Gelの注入によって視野確保し,出血点を同定したら,処置具を挿入して止血処置を行うことになる.注入したgel中では,その粘性により出血速度が低下するが,血液が出血点の上を漂うため,gelを適宜追加注入して押しのける必要がある.
処置具を鉗子口に挿入するときには,鉗子口内のgelを処置具が押し出すことになってgelが注入され続けるが,処置具がスコープ先端に出た瞬間からgelの注入が止まってしまう.
処置具を鉗子口内に挿入してある状態でもgelを追加注入できるように,BioShield irrigator(US endoscopy(富士フイルムメディカルが販売))(Figure 3)のような洗浄機能付き鉗子栓を必ず用意しておく.
洗浄機能付き鉗子栓BioShield irrigator(US endoscopy, Ohio, USA)を用いれば,処置具を鉗子口内に入れたままでもgelを追加注入できる.
円筒型フードをスコープ先端に装着(Figure 4)すると,腸管壁や病変との適切な距離を維持しやすくなる他,フードの側面を用いた圧迫止血が可能になる.また,止血クリップ等の処置具を展開した状態でフード内に納められるため,腸管壁を処置具で傷つけることなく,安全にスコープ操作ができる.
円筒形フード(先端アタッチメントD201-10704,オリンパス)を装着したダブルバルーン内視鏡.
GIEでは,スコープの手前側ではなく前方に透明なgelが占める空間を作り出す必要がある.円筒型フードを装着していれば,鉗子口から出たgelが散逸せず,スコープ前方に透明な空間を拡げやすくなり,フード内の空間にgelが留まるため,少量のgelで視野を維持しやすくなる(Figure 5)ため,できるかぎり装着する.
円筒形フードはgelによる透明な空間をスコープ前方に拡げていく効果がある.
ダブルバルーン内視鏡(double-balloon endoscopy;DBE)は,スコープ先端とオーバーチューブ先端のバルーンを利用して腸管を内側から把持し,スコープの撓みを抑制することで深部小腸での操作性を確保し,オーバーチューブ上に腸管を畳み込んで短縮することでスコープの有効長を越える長さまで挿入できる内視鏡である.主に小腸病変の診断・治療に用いられているが,小腸以外でも有用である.
前述の通り,GIEでは,スコープの手前側ではなく前方に透明なgelが占める空間を作り出す必要がある.注入されたgelは全方向に拡がるが,DBEのスコープ先端バルーンを拡張しておけば,スコープ手前側にはgelが拡がらず,スコープ前方にgelが占める空間を拡げていくことができる.特にスコープ前方に腸管の屈曲など通過しにくい部位がある場合のgelの逆流を抑えることができる(Figure 6).また,手前側から血性腸液が流入することも抑えられる.
ダブルバルーン内視鏡の先端バルーンを拡張するとgelの逆流を抑制できる.
スコープ先端バルーンを拡張したままでは腸管壁に固定され,安定はするものの操作性に制限がかかるため,完全に拡張させた状態から一瞬だけ収縮させたところで一時停止(バルーンコントローラーのPAUSEボタンを押す)させて半拡張の状態で維持すると良い.
スコープ先端バルーンの効果を利用するだけであれば,バルーン付きオーバーチューブを併用する必要はない.食道や十二指腸球部などオーバーチューブが不要な部位では,先端バルーンのみを装着して使用する.この使い方で用いるスコープとしては,有効長155cmと比較的短く,鉗子口径3.2mmで,挿入部の手前側が硬く作られているEI-580BT(富士フイルム)が2020年夏の時点では最適と考えられる.
30〜50mlのシリンジ透明なgelを注入して透明な空間を作り出した後も,視野の妨げとなる血液や凝血塊等を押し流すために,適宜gelを追加注入する.容量の小さな20ml等のシリンジでは頻繁にシリンジの交換が必要となり,交換作業中は追加注入できないため,視野が悪化する上行もありうる.
そのため,比較的大容量の30〜50mlのシリンジの使用が望ましく,シリンジ内に空気を含まないようにgelを吸って用意しておく.
送水ポンプシリンジを使ってgelを注入する人員が確保しにくい場合,内視鏡用送水ポンプでgelを注入することもできる.ただし,細く長いチューブを通過することでgelの粘度が低下するため,できるだけ太いチューブを使用し,副送水路ではなく鉗子口からgelを注入する必要がある.
送気で拡張した内腔をgelで満たすには多量のgelが必要になる.また,腸管内にガスが残った状態でgelを注入すると,泡立ちや液面形成により,良好な視野を維持しにくい.以上の理由より,腸管内の残存ガスを吸引して内腔を虚脱させてから,gelを注入すると良い(Figure 7).これは,超音波内視鏡で,残存するガスを吸引してから脱気水を注入する手順と同様である.
管腔内の残存ガスを吸引して内腔を虚脱させてからgelを注入する.
当然のことながら,出血点は管腔の中央ではなく,腸管壁に存在する.そのため,スコープ先端を腸管壁に近づけて,血性腸液と腸管壁の間に割り込ませるようにgelを注入すると良い(Figure 8).特に出血点に凝血塊が付着している場合には,凝血塊の下に潜り込んでgelを注入する.
管腔の中央ではなく,腸管壁の近くで,血性腸液と腸管壁の間に割り込ませるようにgelを注入する.
特に,血性胃液や腸液で視野を失った状態からGIEを行う場合は,まずスコープを壁に向けて,円筒形フードを壁に押し当てた状態でgelを注入する.円筒形フードの中がgelで満たされて視野が回復したら,壁への角度を浅くしていき,gelを適宜注入しつつ壁に沿ってスコープを操作する.
最初に充分量を注入透明なgelで満たされた作業空間の広さは,gelの注入量に比例する.最初のgelの注入量が少ないと小さな作業空間になり,スコープ先端を少し移動させただけで作業空間から外れ,視野を失ってしまう.そこでさらにgelを少量ずつ注入することを繰り返すと,細切れに透明な空間ができてしまう.最初に充分量のgelを注入して広めの作業空間を作っておき,その作業空間を押し広げながらスコープ先端を移動させると,視野を失いにくい.
気泡を作らない透明なgelの中に気泡が入ってしまうと,粘性により気泡が出て行かない.そのため,容器を移す際やシリンジに吸う際に気泡が入らぬよう注意する.また,gelを注入後にスコープから送気をしてしまうと,大きく泡立てることになるため,送気しないように注意する.
処置具によってはシース内のガスを持ち込んで,気泡を生じてしまう場合がある.気泡のない視野を徹底して維持したい場合は,水を入れた袋などで,処置具を水に浸けておくと良い.
消泡剤を注入しない注入したgelの中に泡ができてしまったからといって,消泡剤入りの水を注入しても,泡は消えない.それどころか消泡剤で白く濁った水が雲のようにスコープの前に出てきて視野を遮ることになる.透明な水であれば,視野の妨げにならない.
止血できるまで吸引しないGIEでは,透明なgelを注入して血性腸液や凝血塊を押しのけて透明な空間を作り出す.しかし,内視鏡で吸引すると,せっかく遠くに押しのけた血性腸液や凝血塊が戻ってきてしまい,視野の妨げになってしまう.Gelを注入後は,止血術等の目的が達成できるまでは吸引しないようにする.
処置具は急に抜去しない処置具を鉗子口に挿入するときには,鉗子口内のgelを処置具が押し出していく.逆に処置具を鉗子口から抜くときには,吸引するのと同様の現象が起きて,せっかく遠くに押しのけた血性腸液や凝血塊が戻ってきてしまう.そのため,洗浄機能付き鉗子栓からgelを追加注入して相殺しつつ,処置具をゆっくり抜去すると良い.
局注針を用いて純エタノールやエピネフリン加高張食塩水,ポリドカノール,ヒストアクリル(N-butyl-2-cyanoacrylate)等を注射する方法があるが,いずれもgel中で使用できる.
刺入直前にgel中で薬液を通すと,局注針内の空気がgel中に押し出されて泡立ってしまう.局注針を鉗子口に入れる前に,生理食塩水や薬液を通しておくと良い.
送気での視野確保では管腔内圧が高く消化管壁が緊張していて局注針が刺さりやすいが,GIEでは管腔内圧が低圧で消化管壁が軟らかく逃げやすいため局注針がやや刺さりにくい.この点を留意して局注針を操作する.
止血クリップ出血の原因となっている病変の供血路を物理的に遮断する方法で,小さな出血点から多量の出血を来すような病変に有効である.供血路を遮断するためには,出血点をピンポイントで同定する必要があり,そのためにはGIEが大変有効である.
バンド結紮フード先端に取り付けたゴムバンドを使って,フード内に引き込んだ組織を結紮する方法で,食道静脈瘤に対する治療法として広く用いられてきたが,近年は大腸憩室出血に対しても用いられている.確実にゴムバンドをかけるためには,フード内に充分な量の組織を引き込む必要がある.フード内への引き込みが不充分だと,ゴムバンドが脱落してしまう.
引き込みが不充分になる原因として,フードを押し当てる角度や,組織の硬さが挙げられるが,吸引の強さも影響する.GIEを用いて視野確保している最中にそのまま吸引をかけて組織を引き込もうとすると,鉗子口内に残っているgelの粘性によって吸引速度が遅くなり,フード内への引き込みが不充分となる可能性がある.吸引をかけて引き込む前に,水か空気(泡立ちを避けるためには水のほうが良い)をシリンジで注入して鉗子口内に残っているgelを押し流しておけば,より確実にフード内に引き込むことができる(Figure 9).
a:Gel immersion endoscopyを使えば食道静脈瘤の出血点を見つけやすくなる.
b:吸引での引き込み時に,鉗子口内に残るgelは低速で吸引されるため,静脈瘤の引き込みが不充分になりやすい.
c:吸引での引き込み直前に,水(または空気)を注入して鉗子口内に残るgelを押し出しておく.
d:鉗子口内の水(または空気)はgelよりも急速に吸引されるため,静脈瘤を充分に引き込むことができる.
有茎性ポリープの茎部にかけて血流を遮断する方法として広く用いられ,gel中でも使用可能である.また13mm径の留置スネアは静脈瘤に対して用いられてきたが,近年は大腸憩室出血に対しても用いられている.フード内に展開した留置スネアに吸引で組織を引き込んで結紮する場合には,バンド結紮と同様に鉗子口内のgelを押し流してから吸引をかけたほうが確実である.
OTSCOTSC(Over-The-Scope Clip, Ovesco Endoscopy AG(センチュリーメディカルが販売))スコープ先端に装着した専用フード内に引き込んだ組織に,内視鏡の外径を上回るサイズの金属製クリップをかける強力な止血方法である.GIEとの併用も可能だが,フード内への組織の引き込みに吸引を使う場合には,バンド結紮や留置スネアと同様に鉗子口内のgelを水か空気で押し流してから吸引をかけたほうが確実である.
高周波止血鉗子鉗子で掴んだ組織に高周波電流をかけて焼灼する方法である.バイポーラー止血鉗子とモノポーラー止血鉗子がある.前者は止血鉗子先端の電極間で高周波電流が流れるのに対して,後者は止血鉗子先端の電極と体表の対極板との間で高周波電流が流れる点で大きく異なる.
前述の通り,GIEに用いるgelとしてOS-1ゼリーを用いた場合は,電解質を多く含んでいるために導電性が高い.バイポーラー止血鉗子は問題なく使用できる 3)が,モノポーラー止血鉗子ではOS-1ゼリー中に高周波電流が散逸してしまい,目的とする組織が充分に焼灼されない.通電する前に送気するか水を注入してOS-1ゼリーを置換し,止血鉗子先端の周囲を絶縁すれば焼灼できる.GIE専用gelであるビスコクリアを使用すれば,導電性が低いためモノポーラー止血鉗子でもgelを置換することなく焼灼できる.
APCAPC(argon plasma coagulation)は,非接触型プローブを用いて広く浅く焼灼できる方法である.ガスボンベから供給されるアルゴンガスをプローブ先端から吹き出し,高周波電流を結合させることで,アルゴンガスがイオン化されプラズマ状態を維持する.このプラズマは電気伝導性があり,その中を通電させることで,非接触のまま焼灼できる.
APCではアルゴンガスをプローブから吹き出してgelの中に泡を作ってしまうため,GIEでの使用には適さない.
食道は内腔が狭いため,血液で内腔がすぐに埋まって視野を確保しにくいが,gelで内腔を満たしやすく,GIEが有効な部位でもある.
ただし,食道の遠位側に狭窄がある場合や,食道入口部近くでgelを急速に注入した場合には,gelが逆流・嘔吐して誤嚥するリスクがあり,注意が必要である.DBE用スコープでスコープ先端バルーンを拡張して使用すれば,透明な空間を維持しやすいだけでなく,gelの逆流・嘔吐の防止にも役立つと考えられる.
胃胃は内腔が広く,食物残渣や凝血塊が溜まった状態で緊急内視鏡を行うことも珍しくない.血性胃液の吸引を試みても,食物残渣や凝血塊が鉗子口を塞いでしまい,容易には吸引できないことが多い.出血点が血性胃液で覆われにくい胃体部小彎や前庭部大彎であれば送気での視野確保でも出血点を視認できる.しかし,出血点が胃体部大彎にあると溜まった血性胃液で覆われて見えなくなる.噴門部周辺,前庭部小彎も血性胃液の量や胃の形状によっては血性胃液で見えなくなる.このような場合には胃壁と血性胃液の間にgelを注入して透明な空間を作れば良い.Gelを注入する前に胃内のガスを吸引して虚脱させておくとgelで内腔を満たせる範囲が広くなり,視野がさらに安定する(Figure 10).また,胃内圧の上昇による突然の嘔吐や誤嚥性肺炎のリスク低減も期待できる.
a:胃の小彎からの出血で,多量の血性胃液により視野確保が困難な場合がある.
b:胃内の残存ガスを吸引して内腔を虚脱させる.
c:胃体部は血性胃液で満たされ,出血点は血性胃液に浸かることになる.
d:胃壁と血性胃液の間にgelを注入して透明な空間を安定して作り出すことができる.
胃は内腔が広いため,胃の全体像が見えないgelの中で闇雲にスコープを動かすと迷子になる.噴門近くの壁際からgelを注入しつつ血性胃液の下に潜り込んで,襞の方向を確認しながらスコープ先端を短軸方向に動かしては長軸方向に少し進むことを繰り返して,出血点を探すと良い(Figure 11)(電子動画 2).
a:胃の大彎からの出血でも,胃内の残存ガスを吸引して内腔を虚脱させておく.
b:噴門近くの壁際から,gelを注入しつつ血性腸液の下に潜り込む.
c:胃の襞の方向を確認しつつ,スコープ先端を短軸方向に動かしては長軸方向に少し進むことを繰り返す.
d:出血点を見つけたら,gelによる透明な空間の中で止血処置を行う.
電子動画2
十二指腸十二指腸は内腔が狭く,屈曲もあり,視野確保が難しいだけでなく,スコープの操作性も安定しないため,内視鏡的止血術に難渋することが多い.十二指腸球部までは通常スコープでも問題ないが,上十二指腸角や下行部ではスコープ先端バルーンのみ装着したDBE用スコープ,下十二指腸角より遠位ではDBEの使用が望ましい.通常スコープではスコープ先端の向きが制限される状況でも,DBEのスコープ先端バルーンを拡張すれば,そこを支点としてスコープ先端の向きを変えることができる.
十二指腸球部から下行部までの出血では,gel注入後に胃内のガスが流入してこないように,幽門手前で胃内のガスをすべて吸引してから幽門を越えるようにする.
十二指腸水平部から上行部の出血では,注入したgelが溜まりやすい一方で,十二指腸空腸曲の屈曲でgelが堰き止められて,手前側に逆流してくることがある.DBEのスコープ先端バルーンを拡張して手前側を塞いでおけば手前側への逆流を防ぎ,血性腸液を肛門側に押し流しやすくなる(Figure 6).
十二指腸憩室出血は,狭い空間に血液が溜まりやすく,視野確保が困難になりやすい.GIEを用いれば視野確保しやすくなり,出血点を視認できればクリップ止血が可能になる.
直腸出血性直腸潰瘍からの出血は,長期臥床中の高齢者や全身状態不良な患者に多い出血である.腸管前処置や体位変換が充分にできず,視野確保に難渋することが多い.直腸でGIEを用いる場合は,肛門近くからgelを注入しはじめると,gelが肛門で堰き止められ,便塊や凝血塊を口側に押しやりやすい(Figure 12).
直腸出血では肛門の近くからgelを注入すると,肛門でgelが堰き止められて,便塊や凝血塊を口側に押しやりやすい.
大腸憩室出血は近年の消化管出血の大きな課題である.持続出血していれば,腸管前処置を行っても血性腸液の中を挿入していくことになる.凝血塊や便塊で吸引も難しく,視野確保のために送気過多となって,平時より挿入が困難となる.Water exchange法での挿入は,水と血性腸液が混ざり合って視野確保が難しいが,GIEであれば少量のgelで視野確保でき,送気過多による挿入困難にも陥らない.円筒型フードの内部をgelで満たして腸壁に沿って挿入していけば,襞の形状で管腔の方向がわかりやすい.円筒形フードと腸壁との間にのみgelが存在すれば良いため,少量ずつgelを適宜追加していくだけで視野が維持できる.ただし,送気していて途中からGIEに切り替える場合は,残存ガスを可能なかぎり吸引して内腔を虚脱させてからgelを注入する工夫が必要である.
大腸憩室出血では,救急外来受診時の造影CTでextravasationを認めていても,スコープが到達した際には出血が止まっていて,多発する憩室の中から出血源を同定することが難しいことは珍しくない.これには送気過多による消化管内圧上昇も影響している可能性が考えられるが,GIEであれば消化管内圧を低く保つことができる.
出血源の憩室を同定できたら,憩室内部のどこから出血しているか観察する.憩室の真正面から開口部全体にフードを押し当てると,憩室に蓋をする形になり,内部に溜まった血液が出て行かないため憩室内部を観察できない.憩室開口部の半分ほどにフードがかかるようにすると,注入したgelが憩室内でUターンして残りの半分から出て行くため,憩室内部を見ることができる(Figure 13)(電子動画 3).出血点が憩室の辺縁であれば,クリップの片方の歯のみを憩室内に差し入れて出血点を結紮する.出血点が憩室の底にある場合,憩室開口部が広ければクリップの両方の歯を憩室内に入れて,出血点となっている露出血管を結紮する.それが難しい場合には,憩室を翻転させてのバンド結紮や留置スネアによる止血術を試みる.
大腸憩室出血では,フードで憩室開口部の全体を覆わずに,フードが半分だけかかるようにすると憩室内にgelの流れが生まれる.
電子動画3
空腸・回腸空腸・回腸で出血が持続している場合には,出血点が遠位回腸である場合を除いて,経口挿入でのバルーン内視鏡を選択する.経口挿入中にwater exchange法を用いると挿入効率が高い一方で,注入した水で血性腸液を肛門側に洗い流して出血部位の同定が難しくなるという問題がある.そのため,最小限の送気で挿入し,血性腸液を認めたら近くに出血点があると考え,クリップをかけてランドマークとしておく.DBEであれば,スコープ先端バルーンを拡張させて水を注入し,出血点周辺の血性腸液と凝血塊を肛門側に押し流すことができる.持続出血していれば,出血点近くの水が赤く濁るため,その近傍でGIEに切り替えて視野確保する.
出血点が遠位回腸の場合は,経口挿入では遠いため,経肛門挿入を選択することが多い.経肛門挿入中に送気で視野確保すると,送気による内圧上昇で血性腸液を口側に逆流させてしまい,出血点がわかりにくくなる.大腸からGIEを用いて挿入すれば腸管内圧が上がらず,血性腸液を口側に逆流させにくい.
回腸に挿入していき血性腸液がなくなったら,最深部としてクリップでマーキングし,スコープを抜いてきながら出血点を検索する.このとき,DBEのスコープ先端バルーンを半拡張状態にしておけば,手前からの流れ込みを遮断でき,より出血点を見つけやすい.浸水法で内腔を洗浄しながら抜いてきて,水で洗浄してもすぐに赤く濁る部位があれば,そこに出血点がある.ここでGIEに切り替えれば,赤く濁った視野が透明になり,出血点を見つけることができる.
腸準備不良の大腸内視鏡でも有用である.上述の通り,円筒形フードを付けて,腸管壁に沿って挿入していけば回盲部まで到達できる.戻りの観察では,適宜gelを追加しつつスコープ先端が管腔内を螺旋状に動くように操作して抜いてくる.腸内に残った便塊は管腔の中央に浮いた状態となり,本来観察すべき腸管壁は充分に観察可能である.
内圧を上げない内視鏡送気による視野確保よりも浸水法のほうが内圧を低く保つことができるが,gelは水よりも少ない量で視野確保できるため,内圧をさらに低く保つことができる.
大腸癌による大腸閉塞に対するステント留置もしくは経肛門減圧チューブ挿入では,血液混じりの便汁が流れてきて視野確保に難渋する.送気での視野確保では拡張した大腸の内圧を上昇させてしまう.GIEを用いれば内圧を低く保ったまま,安全に視野確保できる.
S状結腸軸捻転では,大きく拡張した捻転部とその口側に多量のガスと便汁が溜まっている.軸捻転を解除するためには捻転部の口側までスコープを挿入してループ解除する必要がある.このとき捻転部が拡張したままだとループ解除が困難なため,貯留したガスをできるだけ吸引して虚脱さておく.虚脱すると内腔が不透明な便汁で埋まってしまうが,GIEを用いれば少量のgelで視野確保でき,目的部位まで挿入できる.
胃軸捻転でも同様で,胃内に残渣が残る状況で胃内のガスを吸引して虚脱させた後もGIEを用いれば視野確保できるため,そのまま十二指腸までスコープを進めて胃軸捻転を整復すれば良い.
Gel immersion ESDこれまでも浸水法でのESDは報告されてきたが,動脈出血時には水が赤く濁って視野が悪化するため,送気に切り替えて止血処置が行われていた 4).
GIEを用いてESDを行えば,この問題は解決する.バイポーラーの高周波処置具を用いてOS-1ゼリーの中でESDを4例で行ったという報告 3)が既にある.導電性の低いビスコクリアを使用すれば,モノポーラーの高周波処置具を使ったgel immersion ESDも可能になることが期待される.
胃のESDにおいては術中出血のコントロールが非常に重要である.特に体部大彎の水没する領域で剝離中に予期せぬ出血を起こしてしまうと,出血点を同定することすら困難な状況に陥ることを経験する.前述したように,このような水没する領域でこそGIEによる出血点の同定・止血術が容易になる.われわれはPocket-creation methodでのESDの有用性を多く報告 5),6)してきた.同方法は,粘膜の小切開で粘膜下層に潜り込み,あたかもポケットを作製するように病変直下を先に剝離する方法である.このような特異な状況を利用することで,Pocket-creation methodを用いたESD中の出血に対してはGIEが有用である.すなわち,ポケット内は狭い空間でgelを満たしやすいため,大彎側だけでなく胃内のどの部位でもGIEが術中出血の対処に非常に有用である 2).
易出血性病変の詳細観察易出血性病変はスコープの接触,内圧変化などの軽い刺激で出血し,表面が血液に覆われてしまうため,詳細観察が難しい.GIEで観察すれば,出血しても血液が拡がりにくく,容易に詳細観察できる.
複数の狙撃生検の精度改善病変から狙撃生検を複数個行う場合,一個目は正確な部位から採取しやすいが,二個目以降は病変表面が流れ出た血液で覆われてしまい,正確な狙撃生検が難しくなる.GIEではgelが病変表面を覆うため血液が拡がりにくく,二個目以降の生検も正確な狙撃生検が可能となる.
超音波内視鏡で水の代わりに使用超音波内視鏡を行うために水を溜めようとすると重力等の影響ですぐに流れてしまう部位がある.注入するのを水ではなくgelにすればその粘性によりその場に留まりやすい.
GIEの原理は非常に単純であり,これまで行われてこなかったのが不思議なくらいである.内視鏡における透明なgelの効果に気づいたきっかけは,経皮胆道鏡で瘻孔開口部に塗布した局所麻酔ゼリーがスコープの前に残っている間は透明な視野が維持されるが,送水での視野確保となった瞬間に胆汁で濁った視野になるという初期研修医時代の経験である.局所麻酔ゼリーは多量に使えず,20年以上たってOS-1ゼリーの存在に気づき,内視鏡で使いはじめたのがGIEの最初である.
消化管内は液体成分で満たされている状態が生理的である.送気では腹腔内圧を上回る圧力で内腔を拡げる必要があり非生理的な状態となるが,水やgelでは内圧を上げずに視野確保できる.近年,大腸内視鏡挿入時の視野確保に水を使う方法が普及し,浸水下での粘膜切除術 7)やESD 4),8),9)も試みられている.今後,送気と送水に続く第3の視野確保方法として,GIEが普及していくことを期待している.
本論文内容に関連する著者の利益相反:矢野智則(大塚製薬工場,富士フイルム)
補足資料
電子動画 1 1) プラスチックカップに入れた水とgelの中にインジゴカルミンを等速で注入すると,水の中では急速に拡がるが,gelの中では拡がっていかない.ビニールチューブの中にインジゴカルミンを注入する消化管出血モデルでは送気でも注水でも視野確保できないが,gelを注入すれば透明な空間を作り出して視野確保できる.
電子動画 2 胃体部大彎からの出血では凝血塊と残渣混じりの胃液の吸引が困難で,出血点を視認しにくいが,噴門近くの壁際からgelを注入しつつ血性胃液の下に潜り込んで,出血点を探すと良い.
電子動画 3 憩室出血では出血している憩室の開口部全体をフードで覆うのではなく,少しずらしてフードをあてると憩室内部にgelの流れを作り出し,憩室内部を観察できる.憩室の辺縁に出血点があれば,クリップの片方の歯のみを憩室内に差し入れて出血点を結紮する.