2021 Volume 63 Issue 4 Pages 377-390
従来消化器内視鏡を介した様々な感染事故が報告され,近年欧米やわが国の学会より感染防止のためのガイドラインが作成・改訂されてきた.内視鏡機器の再生処理は標準予防策に従い,スコープは1回使用毎に高水準消毒を行い,内視鏡処置具は滅菌ないしディスポーザブル処置具を用いる.内視鏡従事者は内視鏡室が被検者の体液や血液が飛び交う不潔な環境下にあることをよく認識し,患者間の感染防止だけでなく自分自身への感染予防にも配慮して常に個人用防護具を着用して内視鏡診療に当たる.また,内視鏡従事者自身が汚染源にならないように,「清潔」と「不潔」の区別をいつも意識して行動するように努める.感染症対策を適切に実行するためには内視鏡室の責任医師が感染管理のリーダーとなり,内視鏡機器の再生処理がガイドラインを遵守してできる体制を積極的に整えるとともに,スタッフへの啓発と教育を継続して行う必要がある.
近年内視鏡はきわめて有用な医療機器として,消化器科領域だけでなく,呼吸器科領域,耳鼻科領域,泌尿器科領域,婦人科領域など,様々な領域における診断や治療に広く使用されている.消化器内視鏡はその中でもっとも歴史が古く,シンドラーが開発した硬性鏡に始まり,1950年代に開発された軟性鏡(胃カメラ),ファイバースコープ,現在使用されているビデオスコープと大きな技術革新があった.しかし,被検者の血液や体液が付着した内視鏡機器を繰り返し使用することから,被検者間(patient-to-patient)の感染防止のために内視鏡機器の適切な再生処理は重要な課題である.また,被検者から内視鏡従事者(patient-to-stuff)への感染予防も大切である.内視鏡を介した感染事故の報告は内視鏡件数全体に比べて頻度は低いが,不顕性感染であったり感染が証明されない症例が多数存在することが推測され,これまで報告されている感染事故の件数は「氷山の一角」に過ぎないと考えられる.

消化器内視鏡における感染管理の歴史(○は日本).
1970年以前は,内視鏡における感染症対策という概念はなく,スコープや内視鏡処置具の再生処理は,アルコール綿による清拭や水洗いが中心であった.
消化器内視鏡による初めての感染事故の報告は,1974年にGreeneら 1)がERCP後に緑膿菌による敗血症で死亡した3例の急性白血病患者の事例である.その後内視鏡に関係した感染事例の報告が相次ぎ,1976年に米国でSilvisら 2),1978年に英国でCollin-Jonesら 3)が内視鏡を介した感染事故の実態を報告した.これをきっかけに内視鏡による感染防止の機運が高まり,1988年に欧米で内視鏡機器の再生処理に関するガイドラインが作成された 4),5).その主な内容は,内視鏡機器はSpauldingの分類 6)に従って,①スコープは,1回使用毎にチャンネル内のブラッシングを含む十分な用手洗浄とグルタラールを用いた高水準消毒を行うこと,②内視鏡処置具は1回使用毎に十分な洗浄と滅菌を行うという推奨であった.さらに1993年にSpachら 7)は内視鏡の感染管理に関する総説を発表した.
一方,わが国では,日本消化器内視鏡学会の第一次消毒委員会が中心となって,消化器内視鏡を介した感染事故の実態を1977年から1979年の間にB型肝炎ウイルス(HBV)の抗原と抗体をマーカーとして内視鏡検査前後に被検者の血液を採取して調査した.その結果,スコープの再生処理を用手洗浄を中心に行った場合には189例中16例(8.5%)に感染を認めたと報告した 8).さらに同委員会は1982年から1983年の間に内視鏡検査を受けた193例を受けなかった124例をコントロールとして同様の方法で調査した.そしてスコープの再生処理を使用毎にグルタラールを用いて消毒したところ内視鏡検査を受けた193例はコントロール群と同様に全例感染を認めなかったことを報告し,グルタラールによる消毒がHBV感染の防止に有用であることを証明した 9).このようにわが国でも比較的早くからスコープの再生処理にグルタラールによる消毒が必要であることが認識されていた.しかし,グルタラールを用いたスコープの再生処理には長時間を要するため,大勢の被検者を限られた本数のスコープで内視鏡診療を行うことは不可能であった.そこで1日の検査終了後にはグルタラールを用いて消毒するものの,検査間は従来通り用手洗浄のみで行うという「悪習」がその後も長期に渡って続いた.上部消化管内視鏡検査後に急性胃粘膜病変(acute gastric mucosal lesion:AGML)が稀ならず発生することはかなり以前より知られていたが(西元寺ら,仲ら) 10),11),1990年代になってその原因がHelicobacter pylori(H. pylori)の急性感染であることが判明した 12),13).これを契機に日本消化器内視鏡学会は第二次消毒委員会を発足させ,1998年に内視鏡機器の洗浄・消毒に関するガイドラインを発表した 14).その内容はほぼ欧米のガイドラインに準拠し,スコープや内視鏡処置具を標準予防策に従って1回使用毎に洗浄・消毒あるいは滅菌を行うことが推奨された.すなわち,わが国の内視鏡機器の再生処理は,欧米に比べて10年遅れたことになる.2002年に第二次消毒委員会が行った全国の指導施設を対象としたアンケート調査 15)では,「ガイドラインの内容が厳しすぎる」といった批判が一部にあり,実際にガイドラインの遵守が困難な時期があった.しかし,グルタラールに比べて短時間で消毒が可能な新しい高水準消毒薬(過酢酸,フタラール) 16),17)や自動洗浄機の登場,保有するスコープの増加,洗浄・消毒を専門に行うスタッフの増員,内視鏡室の改築など,各施設の努力により現在は多くの施設でガイドラインを遵守した内視鏡機器の再生処理が行われている.

内視鏡診療に伴い感染しうる主な病原微生物.
a.H. pylori
1988年にGrahamら 25)が初めて内視鏡を介したH. pyloriの感染例を報告した.1992年にSugiyamaら 12)はfinger printing methodを用いてEGD後に発生するAGML(post endoscopy AGML:PE-AGML)がH. pyloriの被検者間による感染であることを証明し,1993年佐藤ら 13)はEGD前後のH. pylori抗体の変化によってPE-AGMLの原因がH. pyloriの初感染であると報告した.H. pyloriは胃の粘液内に多量に存在し(Figure 1),スコープの鉗子チャンネル内に残存した粘液を介して感染すると考えられる 26).

ヒト胃粘液の顕微鏡像(ギムザ染色).
無数の細菌(Helicobacter pylori)を認める.右下はその拡大像.文献51)より転載.
b.サルモネラ菌(Salmonella)
1976年Tuffnel 27)はEGDでSalmonella oranienburgが感染した事例を報告し,1977年Dean 28)は同じくEGDによってSalmonerall typhi(チフス菌)が感染した症例を発表したが,いずれの報告も内視鏡機器の不十分な再生処理がその原因であったと述べている.大腸内視鏡では,1987年にDwyerら 29)は生検鉗子の汚染が原因と考えられたSalmonella newportの感染事故を報告している.
c.緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)
緑膿菌は,前述したように1974年のGreeneら 1)の感染事例が最初の報告であるが,その後もERCP関連の感染事故の報告が多い 30),31).原因は不適切な内視鏡機器の再生処理の他,自動洗浄機内の汚染,鉗子起上装置の不十分な洗浄・消毒,スコープの乾燥不良などが挙げられる 32).また,膵胆道系は閉鎖腔であるため,消化管に比べてより感染が起こりやすいと考えられる.
d.病原性大腸菌(Pathogenic Escherichia coli)
病原性大腸菌のうちベロ毒素を有する腸管出血性病原性大腸菌O-157が内視鏡を介して感染した事例が,2003年にわが国(水戸市)で発生した.スコープの洗浄を流水下ではなくバケツ内で行っていたことなど,スコープの再生処理に問題があったと報じられた.
e.結核菌(Mycobacteruim tuberculosis)
1983年Nelsonら 33)は気管支鏡を介した結核菌の感染事例を報告した.また,1997年Agertonら 34)はfinger printing methodと疫学的検討により,気管支鏡を介して多剤耐性結核菌が院内感染したと考えられた4例を報告し,スコープの再生処置に問題があったと述べている.消化器内視鏡を介した結核菌の報告例はこれまでないが,活動性結核の患者に消化器内視鏡を行った場合でも気管支鏡と同様にスコープや内視鏡処置具が汚染され,内視鏡機器の再生処理が不十分な場合には結核菌の感染事故が起こる可能性がある.
f.Clostridioides difficile(CD)
CDは抗菌薬投与時の菌交代現象による偽膜性大腸炎の起炎菌としてよく知られているが,近年院内感染の問題が指摘されている.これまでCDの内視鏡を介した感染が証明された事例はないが,芽胞形成菌の一種であるため消毒薬に対する抵抗性が高く,内視鏡機器の再生処理が不十分な場合には感染が起こりうる.グルタラールやフタラールは過酢酸に比べて芽胞に対する殺菌効果が一般に低いが,CDの芽胞に関しては殺滅が可能である 35).フタラールは芽胞に対する殺菌効果が低いため,スコープの再生処理において浸漬時間はメーカーが推奨する5分ではなく10分とすることが推奨されている 22),24).
2)ウイルスa.B型肝炎ウイルス
B型肝炎ウイルスの内視鏡を介した感染は,前述した通り,スコープの消毒を行わずに水洗いだけで行った場合には8.5%ときわめて高い 8).また,食道静脈瘤破裂に対する緊急内視鏡に用いたスコープで感染が起きた報告がある 36).
b.C型肝炎ウイルス
C型肝炎ウイルスの内視鏡を介した感染事故の報告は少ないが,RNAのヌクレオチド配列で証明された大腸内視鏡による2例の感染事例が報告されている 37).感染の原因としてスコープはグルタラールで消毒されていたものの,吸引・鉗子チャンネル内がブラッシングされていなかったこと,生検鉗子やスネアの再生処理が不十分であったことが挙げられている 37).
c.エイズウイルス
エイズウイルスが被検者間で感染した事例の報告はないが,患者から医療従事者への感染事例がある 38).血液中のウイルス量はHBVに比べて少なく,HCVと同程度であるため感染力はHCVとほぼ同じ程度と考えられる.内視鏡機器の再生処理をガイドラインを遵守して行えば被検者間の感染防止には問題ない.
3)その他プリオンに対しては現在の技術では殺滅する方法がなく,プリオンに感染した症例に用いた内視鏡機器はすべて焼却処分する必要がある.これまで内視鏡を介したプリオンの感染事例の報告はないが,プリオンの感染が判明している症例に内視鏡検査が必要な場合にはディスポーザブルであるカプセル内視鏡が有用と考えられる.
その他原虫や真菌に対しては,ガイドラインに従った通常の再生処理を行えばよい.
内視鏡室は閉鎖空間であり,被検者の体液や血液が飛び交う不潔な環境下にあることを認識しておく必要がある.特に緊急内視鏡では十分な前処置なしで施行するため,内視鏡室全体が汚染される危険性がある.また,1日に大勢の被検者に対して限られた内視鏡機器(特にスコープ)を用いて内視鏡診療を行うため同じスコープを繰り返し再生処理して使用する必要があり,再生処理に時間的な制約がある.
2.感染経路(Figure 2)
消化器内視鏡における感染経路(接触型).文献39)より引用,一部改変.
感染経路に2つのルートがあり 7),1つは被検者の体液や血液が内視鏡機器を汚染し,汚染した体液や血液に含まれる病原微生物が次の被検者へ感染する「patient-to-patient」である.もう1つは汚染された周辺環境(水回りやベッドなど)に存在する病原微生物が内視鏡機器を汚染し,被検者へ感染する「environment-to-patient」である.これらの感染を防止するために内視鏡機器の再生処理を行う必要がある.しかし,不潔なゴム手袋をつけたままパーソナル・コンピュータ(PC)やドアの取っ手に触れて内視鏡室内を汚染したり,再生処理が終了した清潔なスコープを汚すといった行動をとる不心得な内視鏡従事者をしばしば見かける 39).このような医療従事者に対しては「清潔」と「不潔」の区別を常に意識して行動するように繰り返し注意する必要がある.またそれ以外の感染ルートとしてCOVID19や結核では呼気やエアロゾルなどで空気感染する場合がある(非接触型).
3.消毒薬に対する病原微生物の抵抗性(Figure 3)
病原微生物の消毒に対する抵抗性の違い.文献7)より引用,一部改変.
プリオンを除くと,消毒薬に対する抵抗性がもっとも高いのは芽胞で,次いで結核菌などの抗酸菌である 7).一方,ウイルスや一般細菌は消毒薬に対する抵抗性が低い 7).芽胞以下すべての病原微生物を殺滅することを「滅菌」,芽胞を除く抗酸菌以下の病原微生物を殺滅することを「高水準消毒」,それ以外を「中ないし低水準消毒」という 14).
4.Spauldingの分類と内視鏡機器(Table 3,4)
Spauldingの分類と内視鏡機器.

Spauldingの分類に基づいた内視鏡機器の再生処理法.
Spaulding 6)は医療機器の感染危険度を「危険」「やや危険」「危険でない」の3つに分類した.すなわち,「危険」な医療機器とは無菌の組織や血管内に直接接触するもので,内視鏡機器では生検鉗子,局注針,スネア,ナイフ,パピロトームなど内視鏡処置具の大部分がこれに相当する.再使用する場合は「滅菌」,ないしはディスポーザブル使用が必要である.「やや危険」な医療機器とは粘膜に接触するもので,スコープ,マウスピース,超音波プローブなどが相当し,「高水準消毒」を行う必要がある.「危険でない」医療機器とはそれ以外のものを指し,皮膚に接触する可能性のある光源装置,モニター,高周波発生装置,PC,ベッド,床などが相当し,「中ないし低水準消毒」を行う.「危険でない」医療機器に対して「高水準消毒」を行う必要はない 22).
5.標準予防策(Standard precaution)標準予防策とは,すべての被検者が感染症を有する可能性があるという前提のもとに,一律の方法で感染予防策を行うことを指す.すなわち,内視鏡ではSpauldingの分類に従って内視鏡機器を適切に再生処理したり,内視鏡従事者が個人用防護具(personal protective equipment:PPE)をいつも身につけて内視鏡診療に当たることをいう.以前行われていたように術前に感染症の一部(HBV,HCV,梅毒など)の検査を行い,陽性例に使用した内視鏡機器のみ時間をかけて内視鏡機器を再生処理したり,内視鏡検査の順番を陽性者は後に回すといったやり方は標準予防策の原則に反する.
内視鏡機器の再生処理は,内視鏡を行う部屋とは別に独立した空間(洗浄室)で行う 19),22).その際,スコープの運搬の動線について配慮する必要がある 19),22).
1.スコープの再生処理(Figure 4)
スコープの再生処理方法.文献24)より引用,一部改変.
1)スコープの洗浄
使用後のスコープは,前洗浄としてベッドサイドでチャンネル内の吸引とスコープ表面の清拭を行い,その後洗浄室へ運んでシンク内で流水による用手洗浄を行う.洗浄の目的は,スコープ表面とチャンネル内に付着した体液や血液を洗い落とすことにある.体液や血液が付着したまま消毒薬に浸漬するとそれらが固化して「バイオフィルム」となり,その部位には消毒薬が十分に浸透しないため十分な消毒効果が得られない.従ってスコープを消毒する前に適切に洗浄することが大切である 19),22),24).
スコープの洗浄においてはスコープの複雑な内部構造(Figure 5)をよく理解することが重要で,特に吸引・鉗子チャンネル内のブラッシングが必須である.矢野ら 40)は潜血反応を用いて,吸引のみで一旦潜血反応が陰性となった吸引・鉗子チャンネル内にブラッシングを行うと再び陽性となることを報告した.また,茅野ら 41)は極細内視鏡を用いて吸引・鉗子チャンネル内を観察し,吸引のみではチャンネル内の表面に粘液や血液の付着が残っているが,ブラッシングを行った後は消失することを証明した(Figure 6).さらに,沖村ら 17)は細菌の定量培養を用いて,スコープを適切に洗浄すると菌数が大幅に減少または消失し,加えて高水準消毒を行うことによって菌がすべて検出されなくなることを報告した.

スコープの内部構造.
スコープ内には3つの管路系が存在し,さらに副送水管路を加えたスコープもある.吸引管路と鉗子チャンネルは共有部分があり,吸引・鉗子チャンネルという.送気管路と送液管路にも一部共有部分があり,送気・送水チャンネルという.文献52)より転載.

極細内視鏡を用いた吸引・鉗子チャンネル内の写真.
検査終了直後は血液や粘液と考えられる付着物を認める(矢印).水を100ml吸引した後で観察すると付着していた血液や粘液は小さくなっているが依然として残存している(矢頭).チャンネル内をブラッシングした後は付着物は消失している.文献41)より引用,一部改変.
一方,十二指腸スコープのような側視鏡には複雑な構造をした鉗子起上装置があり,吸引・鉗子チャンネルと同様にこの部位の洗浄にも注意が必要である.米国で問題となった十二指腸スコープによるカルバペネム耐性腸球菌のアウトブレイクは,鉗子起上装置の洗浄不良が原因と考えられる 24).欧米で使用されている十二指腸スコープは,先端キャップが外れない構造になっており,鉗子起上装置を露出させてブラッシングできないことが主な要因である.これに対してわが国で普及している十二指腸スコープは,先端キャップが外れる構造になっており,再生処理する際にはキャップを外して行うことが推奨されている 24).
2)スコープの消毒
a.消毒薬の種類(Table 5)

各高水準消毒薬の比較.
現在わが国で高水準消毒薬として認められているのは,グルタラール,フタラール,過酢酸の3種類である 22),24).それぞれ長所と欠点があり,各施設の検査体制に応じて選択する必要がある.
強酸性電解水をはじめとする機能水は,安価で使いやすいことから実地医家を中心に使用している施設がある.しかし,安定性が低いことや抗酸菌に対する消毒効果が十分でないことから,「高水準消毒」とはいえない.但し,「機能水による消化器内視鏡洗浄消毒器の使用手引き」 42)に従って正しく使用すれば,一般細菌やウイルスに対する殺菌効果は認められており,機能水は各施設の責任において使用するように提言されている 22),24).
b.自動洗浄機の使用
スコープの消毒は自動洗浄機を用いて行うことが望ましい.その理由として自動洗浄機を用いた消毒は用手による消毒に比べて①消毒作業の軽減,②消毒効果の均一性,③消毒薬への曝露の減少,④消毒薬の残留がないことなどが挙げられる 14),22),24).
用手による消毒では,これまで消毒薬への曝露による医療従事者の健康被害 43),44)や,消毒薬の残留による被検者への影響 45)が報告されている.また,自動洗浄機では消毒とすすぎの後でアルコールリンスが自動的に行われるが,用手で消毒する場合には最後にチャンネル内にアルコールを通して十分に乾燥させる必要がある.アルコールリンスは単に乾燥させるだけでなく,消毒効果を高めるという報告がある 46).
c.履歴管理
万一感染事故が発生した場合の対応のため,「どの」スコープを「誰が」「いつ」「どの」洗浄機を用いて再生処理し,再生処理する前後に使用した「被検者名」を記録する履歴管理を行うことが望ましい 19),22),24).履歴管理を手作業で行うとかなり煩わしいが,近年スコープや自動洗浄機にタグをつけて自動で履歴管理ができるシステムが普及しつつある.
2.内視鏡処置具の再生処理(Figure 7)
内視鏡処置具の再生処理方法.文献53)より引用,一部改変.
リユーザブル処置具を再生処理する場合,分解できる処置具は分解してパーツに分け,用手で洗浄した後で洗浄液に浸漬する.その後超音波洗浄を行った後に流水下でよくすすぎ,潤滑剤を塗布する.滅菌パックに入れてオートクレーブまたはエチレンオキサイドガス滅菌を行う.耐熱性のある処置具はオートクレーブを用いる.なお,オートクレーブにはプレバキューム方式と重力置換方式があり,プレバキューム方式の方がより確実に滅菌を行うことができる 22).
近年ディスポーザブル処置具が普及しているが,リユーザブル処置具に比べてTable 6に示すような長所と欠点がある.一般にディスポーザブル処置具を用いる方が材料費がかさむと考えられているが,Yangら 47)は生検鉗子の価格と再生処理に必要なコストを計算し,リユーザブル生検鉗子を20回を超えて使用すれば1回当たりのコストはディスポーザブル生検鉗子よりも低いが,劣化や故障のために20回未満で廃棄した場合はリユーザブル生検鉗子の方が高くなると報告している(Figure 8).

ディスポーザブル処置具の長所と短所.

ディスポーザブル生検鉗子とリユーザブル生検鉗子の1回使用当たりのコストの変化.
ディスポーザブル生検鉗子は1本38ドル.リユーザブル生検鉗子は1本415ドル.1回の再生処理にかかる費用は16.56ドル.文献47)より引用,一部改変.
なお,ディスポーザブル処置具は再使用することを前提として設計されていないため,再生処理が不十分になる.従って,ディスポーザブル処置具を再使用してはならない 22),24),48).
3.内視鏡機器の保管1)スコープの保管
再生処理したスコープは,十分乾燥(特にチャンネル内)させた後でボタンやキャップなどの付属品を外し,保管庫内に1本ずつ垂直に吊るして保管する 22),24).スコープを丸めたり,水平にして保管してはいけない.保管したスコープは使用する前にもう一度再生処理を行うことを推奨する意見がある 20).しかし筆者らの検討では,再生処理したスコープ10本(上部5本,下部5本)を保管庫に吊るし,9日間保管した後10日目にスコープの細菌検査を行ったところ,いずれのスコープからも細菌は検出されなかった 49).従って適切に保管すれば,1週間程度はスコープを使用する前にあらためて再生処理をする必要はないと考えられる.但し,長期間保管したスコープや保管が適切に行われなかったスコープは,使用する前にあらてめて再生処理を行うべきであろう.
2)内視鏡処置具の保管
リユーザブル処置具は滅菌パックに入れたまま保管する.ディスポーザブル処置具は開封せずに保管するが,使用期限が過ぎないように注意する.
前述したように,内視鏡室は被検者の体液や血液が飛び交う不潔な環境にあり,内視鏡従事者は被検者からの感染(patient-to-stuff)を防止するように努める必要がある.そのためには,内視鏡医や介助する内視鏡技師(ないし看護師)は,ゴーグル,マスク,ゴム手袋,アイソレーションガウン,帽子といったPPE(Figure 9)を身につけることが大切である 22),24).筆者らが長野県内で行った調査では,ゴム手袋の着用はほとんどの施設で行われていたが,マスクをつけずに内視鏡を行ったり,布製の術衣や白衣のまま施行している施設がかなり多く認められた.特に内視鏡施行中に鉗子を引き抜く際に被検者の粘液や血液が飛沫することがあるので,マスクやゴーグルは必ず身につけるべきである.内視鏡医は一般の医師に比べてH. pylori感染率が高いという報告があり 50),飛沫した粘液による経口感染の可能性が高い.

内視鏡診療時の服装.
個人用防護具(ゴーグル,マスク,ゴム手袋,アイソレーションガウン,帽子)を着用し,ゴム手袋とアイソレーションガウンは1回検査毎に交換する.文献54)より転載.
内視鏡施行前の感染症検査の必要性については議論がある.通常の内視鏡検査の場合は標準予防策とPPEの着用を行えば術前の感染症検査は必要ないが 22),観血的な内視鏡治療を行う場合は外科手術と同様に術前に感染症検査を行って医療従事者間でその情報を共有することが望ましい 22).
内視鏡施行時に被検者の体液や血液でベッドや床が汚染されることがある.特に緊急内視鏡時にはその傾向が強い.汚染したベッドや床は清拭と中ないし低水準消毒薬を用いて消毒し,清潔を保つ.また,内視鏡室のトイレ,洗面所,待合室などの衛生にも配慮する.
内視鏡の感染症対策を適切に実行するためには,内視鏡室の責任医師が感染管理のリーダーとなり 24),内視鏡機器の再生処理がガイドラインを遵守してできるような体制を構築するとともに,スタッフへの啓発と教育を継続的に行う必要がある.

通常時とCOVID19蔓延期における内視鏡診療の対応の違い.
最近問題となっている新型コロナ感染症(COVID19)について.日本消化器内視鏡学会のホームページで様々な提言が行われている.COVID19蔓延期には検診などの不急な内視鏡診療は避けることが基本である.問診などで感染リスクが低いと判断した症例であれば,内視鏡施行医や介助者は通常のPPEを身につけて内視鏡診療を行う.また,1回検査毎に内視鏡室内の換気を行う必要がある.一方,COVID19感染が確定していたり,問診などで感染リスクが高いと判断した症例に対しては,消化管出血,急性胆管炎,早急に摘出が必要な消化管異物など,緊急性を要する場合に限って内視鏡診療を行う.通常のPPEだけでは不十分であり,フェイスシールド,N95マスク,二重のゴム手袋の着用などレベルの高い感染対策を行って内視鏡診療に望む必要がある.また,通常の内視鏡室ではなくヘパフィルターが設置された陰圧の部屋で行い,終了後は部屋全体を消毒する必要がある.使用後のスコープや内視鏡処置具の取り扱いにも注意が必要であるが,再生処理は通常通り行えばよい.
排菌している可能性のある結核症例を含めて,ⅠからⅢ類感染症患者に対しても同様の対応を行う.
内視鏡機器をガイドラインを遵守して再生処理するためには,スコープや自動洗浄機などの内視鏡機器の増設,洗浄・消毒を専門に行うスタッフの増員,内視鏡室の改築などが必要である.しかし,内視鏡の感染症対策は単にガイドラインを遵守した内視鏡機器の再生処理だけでは不十分であり,内視鏡従事者全員が常に「清潔操作」を意識して内視鏡診療に当たる必要がある.不適切な行動をとる内視鏡従事者に対しては繰り返し注意し,特に研修医や新人スタッフへの教育が大切である.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし