2021 Volume 63 Issue 6 Pages 1281-1293
さらなる内視鏡的粘膜下層剝離術(ESD:Endoscopic Submucosal Dissection)の操作安定化を目指し,Stag Beetleナイフ(SBナイフ)(住友ベークライト社製)は世界初の内視鏡治療用ハサミ型ナイフとして,2013年に実用化された.内視鏡を大きく動かすことなく先端ブレードを開閉させて対象部分を把持し,これを視認しながら通電することで安全性を確保した切離操作が行えた.
スタンダードタイプは胃病変の粘膜下層剝離操作,ショートタイプは食道病変の粘膜下層剝離操作,JrタイプとJr2タイプは大腸ESD,GXタイプは胃ESDや腹腔鏡・内視鏡合同手術(LECS:Laparoscopy and Endoscopy Cooperative Surgery)を,それぞれ安定化させるよう念頭に置いて設計された.
安全性を保つために細かな操作を要求される大腸ESDや食道ESD,安定した鋭利な切離が必要な潰瘍瘢痕を伴う病変のESDなどにおいて,特に有用性が高かった.また,本ナイフは切離の際に大きな内視鏡先端の動きを必要としないため,初心者にも扱いやすく,国内外におけるESDの普及にも寄与できると考えた.
内視鏡的粘膜下層剝離術(Endoscopic Submucosal Dissection:ESD)は,内視鏡的粘膜切除術(Endoscopic Mucosal Resection:EMR)で不可能だった大型病変の一括切除とその切除標本の詳細な病理学的検討を可能とした.一方,状況によっては安全性を確保しながら効率よい操作を行う点において難しさも指摘され,様々な工夫が検討・報告されてきた.
ハサミ型ナイフもそのような問題点を克服するため開発が進められ(Figure 1),多くの方々の協力をもとに様々な検討が加えられた 1)~3).東北6県各施設を中心とした多施設検討では,ハサミ型ナイフを用いることで当時先進施設のESD治療成績と同等以上の結果を得ることができ,開発方向の正しさが確認された 4).
SBナイフの開発試作.
a:止血鉗子を切削自作し開発を依頼.
b:エポキシ樹脂で表面をコート.
c:ホットバイオプシー鉗子を切削.
d:バイポーラ止血鉗子を切削.
e:ブレードをテフロンコート.
f:ブレード先端にフック増設.
g:基部を耐熱性樹脂で試作.
h:基部もテフロンコート.
2013年,初の内視鏡処置用ハサミ型ナイフとしてStag Beetleナイフ(SBナイフ)(住友ベークライト社製)(Figure 2)が実用化された.ナイフ先端部分を開閉させながら高周波電流を通電して手前から奥へと対象部分を切離するため,切離に際して内視鏡の大きな動きが必要なく,簡便に安定した操作が行えるようになった.なお,組み合わせる高周波装置の推奨設定はTable 1の様に検討されたが,筆者はESG-100(オリンパスメディカルシステムズ社製)を好んで使用している.
SBナイフ.
a:Jrタイプ.
b:Jr2タイプ.
c:ショートタイプ.
d:c 先端のフック内側.
e:スタンダードタイプ.
f:e 先端のフック内側.
g:GXタイプ.
h:Picoタイプ(左)とJrタイプ(右).
SBナイフの高周波装置推奨出力設定.
本稿では,SBナイフの各タイプについて,その特徴と操作におけるコツを解説する.
Jrタイプ(Figure 2-a)は,先端ブレード長3.5mm,開き幅4.5mmの小型ブレードが交差するハサミ型ナイフである.特に大腸での使用を念頭に,内視鏡の動きが制限される中でも安定した切離操作が行える様開発を進め 4),5),特に安全性へ配慮した設計を行った.左右のブレードを閉じてくる際に不用意に深部を把持して損傷を加えない様,滑り止め用の小突起を最先端から0.4mm手元側に設けるとともに,ブレード先端部にも丸みをつけ,電極刃はブレードの内側のみに設置した.この構造により,対象部分をやや深めに把持しても,通電前にナイフを軽く引き上げることで先端付近の固めの組織は自動的に滑り落ち,筋層を外してその直上だけを切離していくことが可能であった.
なお,すべてのSBナイフブレード外表にはテフロンコーティングが施されている.このコーティングは,刃へ電流を集中させるために周囲の電気抵抗を高くする手段のものであり,完全な絶縁を期待はできない.コーティングされた領域であっても,不用意な強い力をかけて通電がなされると組織損傷をきたす場合がありえた.動物切除臓器の実験では,筋層直上の粘膜下層を把持し,押し込みながら通電を行ったところ穿孔を発症した(電子動画 1-a)が,内視鏡アングルとナイフを引き上げる操作を加え筋層から先端を遠ざけながら(先端を青く着色された粘膜下層に向けてから)通電を加えると,筋層直上が露出する形で切離できた(電子動画 1-b).アングル操作とナイフを引き上げる操作で先端を筋層から引き離してから通電する癖をつけておくことは,安全性確保の観点からSBナイフすべてに重要な基本操作であると考えた.
電子動画 1-a
電子動画 1-b
Jr2タイプ(Figure 2-b)はコーティングの絶縁性と耐久性を強化することによって,この組織損傷の問題を小さくした 6).豚切除食道の粘膜筋板へ先端を押し付けて高周波電流を通電したところ,Jrタイプで粘膜損傷をきたした(電子動画 2-a)が,Jr2タイプではこれを認めなかった(電子動画 2-b).さらに,絶縁性の強化は周囲への凝固影響を最小化するとともに,切離完了までの通電時間が縮小し,全操作時間の短縮にも寄与した.耐久性の強化によって操作終盤までこの機能性が低下せず,最後まで安定した操作性が保持された.また本タイプには,刃内に滑り止めの小突起がもう一つ追加設計された.Jrタイプで把持する際に遠方へ組織が押し出される傾向があったため,内視鏡の視認性がよいナイフ基部でさらにしっかり把持ができるようこれを追加した.一度に切離できる量が増加し,これも術時間の短縮に寄与した.
電子動画 2-a
電子動画 2-b
これらのナイフは回転性能に優れ,細かな止血操作にも対応できた.出血点を把持して圧迫止血を確認した後,1秒間程度のソフト凝固波電流を断続的に数回通電することで止血操作を加えることができた.この間,ウォータージェットを併用することで組織温度を低下させ,周囲への凝固影響を最小限とする工夫も加えた.なお,太さ0.3mm程度を超える静脈やこれに並走する動脈などは,切開波電流のみで止血状態を保った切離が難しいため,切離前に凝固処置を加えておくことが望ましかった.筋層直上の血管を把持して前述止血操作同様にソフト凝固波電流を通電し,さらにその血管の粘膜下層側を把持しなおして同様に凝固処置してから切開波電流を通電すると,筋層側に凝固シールされた血管端を残して切離しえた.筋層表面にその血管端が突出するため,万が一再出血をきたした場合でも,筋層損傷を最小限に抑制して再止血の操作が行えた.上部に比べて長めの内視鏡を用いることの多い下部消化管のESD操作においては,処置具の交換は術時間の延長にもつながる.同一ナイフで切離・止血操作を進めていけることは効率性の向上に有用であった.
ブレードが交差するハサミ形状はせん断力を持った強い切離能も有し,強固な線維化を伴う粘膜下層の剝離操作にも有効性を発揮した.従来,潰瘍瘢痕を伴う病変に対するESDなどでは,密で硬い粘膜下層線維組織に対してしっかりと安定性を確保して切離を加えることが難しかった.しかし,強い切離能を持つ本タイプを用いると,刃内のわずかな突起をくいこませたブレードが硬い線維を把持し,その把持した部分のみが比較的焦げ付き少なく安全に切離された.
2)ショートタイプショートタイプ(Figure 2-c)は,バナナ形状をした2つの先端ブレードを有する合わせ型高周波ナイフである.食道ESDにおける粘膜下層剝離操作を容易にする目的で開発を進めた.先端のブレード長6mm,開き幅6mmと後述のスタンダードタイプに比してやや小型とした一方,内視鏡の操作性が制限される食道で取り回ししやすかった.その湾曲した形状は,常に先端が消化管内腔中心側を向いて筋層深部に不用意な力がかからないよう設計された.厚みを持たせたブレードで粘膜下層を押し挟むと,硬さを持った粘膜と筋層は自然に上下に押しやられ,多少のブラインド操作であっても深部の安全性を確保して把持・切離できた 7)~10).
湾曲したブレードの先が上方に向くようナイフのハンドルを回転させて調整すると,把持する際の滑り止めフックが内視鏡画面上ブレード左側の先端に認識できた.開発途中で左右にフックを設けたものも検討されたが,しっかり深部を把持できる一方で,不用意に筋層を把持してしまった場合にこれが抜け落ちないという問題が懸念された.このため,硬い組織があれば先端部から自動的に抜け落ちるように,片側のみにフックを設ける設計とした.上部消化管内視鏡では内視鏡画面左下寄りからナイフが突出する場合が多く,画面中心部の視野を確保して右上方に向けた操作が行いやすいよう,湾曲した先端が上方を向いた際にフックが左側へ来る設計とした.また,食道の粘膜下層血管は胃に比して細いものが多い一方,筋層は胃に比して薄く穿孔を発症した場合により大きな偶発症へ進展することが危惧された.食道においては,ナイフの止血能よりも先端部分の安全性確保が優先されると考え,先端フックの内部には露出した刃を設けない設定とした(Figure 2-d).
小型の合わせ型ブレードは,対象を把持・切離する力も比較的大きかった.胃においては,刃先が粘膜下層に入り込む程度の軽~中等度の線維を把持する際,左右ブレードの圧迫によって自動的に筋層から分離把持し,これを鋭利に切離することが可能であった.特に残胃の縫合線付近を切離していくような場合は,せん定鋏で硬い枝を切り落とすように,線維組織を焦げ付き少なく切り落としていくことができた.
3)スタンダードタイプスタンダードタイプ(Figure 2-e)は,ショートタイプを大型化した,先端ブレード長7mm,開き幅8mmの合わせ型ナイフである.胃ESDにおいて,従来ナイフで操作が難しい部分の粘膜下層を効率よくスムーズに剝離操作できるよう開発された 11).ショートタイプと同様に,ブレードを粘膜下層に挿入,切離対象部分を把持,アングル操作やナイフの引き上げで筋層から引き離し,切開波電流を通電して小気味よく切離できた.また,フックはショートタイプと同側に設けられた.フック側ブレードを先に粘膜下層へ挿入し,フック先端の向く方向に軽くアングル操作を加えてブレード内部に組織を引き込みながら把持すると,正面から押し当てて把持するよりも多くの粘膜下層が一度に切離でき効率的であった.なお,胃の粘膜下層には比較的他臓器と比べて太めの血管が存在するため,ショートタイプよりも止血能を強められるよう,先端フックの内側にまで電極刃を露出させた(Figure 2-f).把持された粘膜下層組織の中で硬さを有するものは先端へと押しやられていくが,先端のフック内部付近に収まった血管にもきちんと通電処理して切離できるように意図されたものであり,細かな血管であれば切開波電流の通電のみで止血状態を保ち粘膜下層を切離できた.
しかし,太さ0.3mm程度を超えるような静脈や動脈については前述の操作を加えても出血してしまう場合があった.このような血管は把持した後に直接切開波電流を通電せず,ソフト凝固波電流を断続的に通電し血管凝固処置を加えてから切離した.1秒間程度の通電を断続的に加えていくと把持した血管が収縮し,凝固処置されていく様子が内視鏡下に確認できた.途中,ウォータージェットを併用すると周囲への熱の波及も抑制できた.しっかり血管凝固処置ができたところで切開波電流を通電し切離した.なお,把持する際に開いた左右ブレードの中心部へ血管を位置させないと,閉じる際にうまくここへ圧力を加えにくかった.スタンダードタイプは大型のブレードであるためにピンポイントで血管端を把持しにくいため,数回止血操作を加えて完全な止血が得られない場合は止血鉗子に変更してこれを行った.
4)GXタイプGXタイプ(Figure 2-g)は,胃内での操作を粘膜切開から剝離操作まで1本で行うことができ,さらに瘢痕組織なども効率よく鋭利に切離できるよう開発されたハサミ型ナイフである 12).Jrタイプ同様せん断力を持った鋭利な切離機能を持たせ,内腔の大きな胃内での操作を想定してブレード長6mm,開き幅7.5mmと大型化した.把持の際の滑りを抑制させるため,内視鏡の視認性が良好で安全性を確保しやすいブレード内側基部に細かな凹凸を設けた.また,ブレードを大型化した一方,ショートタイプ,スタンダードタイプ同様にブレードは湾曲したバナナ形状とし,不用意に深部へ先端圧力が向かわないよう安全性に配慮した.
食いつきのよいブレードはしっかりと対象を把持し,鋭利に切り込むことができた.線維化の強い粘膜下層に対してもしっかりした把持力で組織をつかみ,ハサミ型ナイフのせん断力により焦げ付き少なく鋭利に切離を加えることができた.湾曲した先端は,ブラインドになりやすい深部の安全性を保つためにも有効であった.トンネル法を用いると,内視鏡先端を大きく左右に振ることなく奥へ奥へと剝離操作を加えることができた.これらの特徴から,特に胃内の潰瘍瘢痕を伴う病変,密な粘膜下層の線維組織に悩まされやすい体部大彎病変や胃底部病変 13),腹腔鏡・内視鏡合同手術(LECS:Laparoscopy and Endoscopy Cooperative Surgery)などで操作の安定化に有用性が大きく術時間の短縮に効果が期待できた 14).
止血操作については,Jrタイプ・Jr2タイプと同様に,血管の筋層直上とその粘膜側を凝固処置した後切離する手法を用いた.一方で,大きな開き幅からスタンダードタイプと同じくピンポイントの血管把持が難しかった.数回のソフト凝固波電流の通電で止血が得られない場合は,筋層の損傷を懸念して躊躇せずに止血鉗子へ交換した.
5)Picoタイプ上市はされていないが,さらに細かな操作にも対応できるように細径内視鏡でも使用できる,Jrタイプ,Jr2タイプよりもさらに小型なPicoタイプ(Figure 2-h)が検討された 15).ブレード長3mm,開き幅4mmと極小のハサミ型ナイフで,シャフト径は他の2.4mmより細い1.8mmで設計された.通常内視鏡でも吸引機能を残しながらナイフ操作を加えることが可能であった.細小化に伴う耐久性の低下など今後克服するべき問題はあるものの,食道や咽喉頭での使用を念頭に開発が進められている.
中部食道の0’-Ⅱc病変に対し,ITナイフ2(オリンパスメディカルシステムズ社製)で全周の粘膜切開を加えたのち,ショートタイプを用いて口側から剝離操作を加えた(電子動画 3-a).内視鏡先端のフードを粘膜下層に押し当ててテンションを形成し,粘膜下層線維を把持して切離を加えた.フックのある左方手前からやや右奥方向へ剝離操作を繰り返すと,把持の際に滑りも小さく効率よく切離できた.深部の粘膜下層を一層残し均一な深さで剝離でき,左右に大きく動かす内視鏡操作も不要で,短時間にストレスなく操作し終えた.
電子動画 3-a
残胃の縫合線領域に認められた0’-Ⅱa病変に対し,ショートタイプを用いて剝離操作を加えた(電子動画 3-b).縫合線の粘膜下層に認められた強い線維組織を,左右からブレードで挟み込み切離した.挟む圧力を加えながら切開波電流を通電すると,焦げ付きなく一定の深さを保ち安定して切離できた.
電子動画 3-b
2)スタンダードタイプを用いた胃ESDの剝離操作胃底部大彎の0’-Ⅱa病変に対し,ITナイフ2を用いて全周粘膜切開を加えた後,肛門側から剝離操作を行った.内視鏡が近接しにくく粘膜下層の線維化も密となったところでスタンダードタイプに交換した.粘膜下層を把持して引き寄せ,視認しながら通電することで安全性を確保しながら切離しえた(Figure 3-a).切離に内視鏡先端を大きく動かす必要がないため,内視鏡操作に制限が加わる状況で術者のストレスは小さく,場面に応じたナイフの交換で操作の効率性を維持できた.
スタンダードタイプによる胃粘膜下層剝離操作.
a:粘膜下層を把持して手前に引き通電切離(画面上方が粘膜側,下方が筋層側).
b:動脈を含む血管を凝固処理し止血を保って切離(画面下方が粘膜側,上方が筋層側).
胃体上部前壁の0’-Ⅱa病変に対し,ITナイフ2を用いて胃底部寄り,大わん側,噴門部から肛門側の順に粘膜切開を加えた.その後,スタンダードタイプを用いて噴門側から見下ろし,大わん方向に剝離を進めた.同部の操作は内視鏡が近接しにくく他のナイフでは難渋しやすい領域であるが,胃底部寄りを見下ろしで前壁筋層側へ向けてアングルをかけると,粘膜下層線維にテンションがかかりスタンダードタイプによる把持がしやすかった.内視鏡先端を大きく振る必要がないため,噴門側から大わん方向へ向け安定して剝離操作が進められた.血管処理も前述の通りに行い(Figure 3-b),止血状態を保って胃底部寄りの剝離操作を進められた.その後,肛門側から剝離操作を加えてESDを完遂した.
3)GXタイプを用いた胃潰瘍瘢痕を伴う病変の剝離操作胃角部小彎の潰瘍瘢痕を伴う0’-Ⅱc病変に対して,GXタイプを用いて剝離操作を加えた(Figure 4-a).粘膜下層に強固な線維化を認め,内視鏡の先端も近接しにくい状況で微細なナイフコントロールが難しい状況でもあった.湾曲したブレード先端を内腔側に向けて安全性を確保し,筋層と平行になる様線維化した粘膜下層を把持した.刃内の凹凸が硬い線維をしっかりとらえ,滑り落ちない程度に軽くナイフを引き上げながら通電すると,焦げ付くことなく切離できた.
GXタイプによる胃病変に対するESD.
a:胃角部小彎の潰瘍瘢痕を伴う病変の剝離操作.
b:体下部大彎前壁より病変のトンネル法によるESD.
また,体下部大の0’-Ⅱa病変をトンネル法で切除した(Figure 4-b).粘膜下層に潜り込み,先端を粘膜側に向けて安全性に配慮しながら口側から肛門側へトンネルを形成した.内視鏡先端を大きく動かさずに奥へと剝離操作を加え,密な粘膜下層線維も焦げ付かずに切離しえた.
4)Jrタイプを用いた十二指腸ESD十二腸下行脚の0’-Ⅱa病変に対して,Jrタイプを用いたトンネル法(Figure 5)によるESDを施行した(Figure 6).
SBナイフを用いたトンネル法による大腸ESD.
a:遠位側・近位側の横方向粘膜切開.
b:近位側から粘膜下層へ潜り込み.
c:近位側から奥へ粘膜下層を剝離.
d:重力下方向の粘膜切開.
e:重力上方向の粘膜切開.
f:病変の切離完了.
Jrタイプによる十二指腸病変に対するESD.
a:十二指腸下行脚0’-Ⅱa病変.
b-e:口側から筋板直下を剝離操作.
f-h:穿通枝から再出血し止血操作.
i:粘膜下層にトンネル形成.
j:脱落予防の糸付きクリップ.
k:切除後潰瘍.
l:創部のクリップ縫縮.
病変の肛門側にトンネルのエンドポイントとなる横方向の粘膜切開を置き,口側から粘膜下層のトンネル形成を行った.全操作Jrタイプを用いて行い,粘膜下層は粘膜筋板直下の浅い部位を狙って切離した.粘膜筋板直下の細かな血管は凝固シールしながら切離できるJrタイプが有用で,穿通枝も処置具交換することなく凝固処置ができ操作が効率的であった.また,粘膜下層が開きにくくとも筋板直下を把持してナイフを引くことで筋層が把持されてないことを視認でき,安全性も確保しやすかった.
5)Jr2タイプを用いた大腸ESD筆者らは,大腸の大型病変をほぼ全例Jrタイプ,Jr2タイプを用いたESDで切除しその安定性を報告してきた 16).基本的にトンネル法(Figure 5)を選択したが,病変径20mm程度までの病変は,粘膜下層へのトンネル形成幅を確保できないこともあり,フラップ法(Figure 7)やハイブリッドESD 17)を用いて切除した.
SBナイフを用いたフラップ法による大腸ESD.
電子動画 4に,上行結腸の側方発育型腫瘍に対するトンネル法を用いたESDを示した.
電子動画 4
内視鏡先端にはSBソフトフード(住友ベークライト社製)を装着した(Figure 8).本フードは,粘膜下層に潜り込みやすくなる様内視鏡画面上方を斜形に,下方を処置具に干渉しない様円筒状に設計された.また,組織損傷を抑制できる様に圧排で変形する程度の軟性とし,視認性を確保できる様透明度を高くした.
SBソフトフード(フード上方が斜形).
a:アンダーカットタイプ.
b:ストレートタイプ.
トンネル形成時の剝離操作は,筋層と粘膜下層の境界を視認して粘膜下層深部を把持し,アングル操作で筋層からナイフを軽く引き上げながら通電して行った.特にSBソフトフードのアンダーカットタイプは,内視鏡画面下方のフード面が一部カットされており,ダウン操作が消化管壁面に干渉しにくく有用であった.また,テンションはフード先端部で内視鏡の押し込みとアングル操作で形成するため,過度の送気はあまり必要としなかった.内視鏡先端部の大きな左右の動きを必要とせずに,近位側から遠位側へ剝離操作を加えて粘膜下層トンネルを形成した.
血管の凝固処置は,筋層近くの基部を把持した後,筋層からナイフ先端を離すように軽く粘膜側に引き上げ,1秒間隔で断続的に通電した.周囲の熱変性を抑制するため,ウォータージェットによる冷却も併用した.その後,血管の粘膜側寄りを把持しなおして改めて凝固波電流を通電,その後切開波電流を通電して切離した.凝固シールされた血管断端は筋層内に潜り込まずわずかに突出するため,その後に内視鏡のこすれなどで再出血した場合なども再止血操作を加えやすかった.切離操作,血管処置,止血操作を処置具変更することなく行うことができ,効率よく操作を進められた.
切除潰瘍部は,先端部の引っ掛かりがよく,閉じなおし操作も可能なSBクリップ(住友ベークライト社製)を用いて縫縮し,全操作を終了した.
1990年代後半にEMRの亜型として切開剝離法が報告された当時は,針状ナイフ程度のデバイスしかなく安全性が不安視されることも少なくなかった.その後,様々なデバイスや工夫の検討が報告されるようになり,治療成績は飛躍的に向上,現在では消化管腫瘍性病変の一般的な内視鏡的切除法として定着し,難易度の高い十二指腸病変 18),19)へも適応が広がっている.さらに,小腸病変の切除 20),瘢痕狭窄の解除 21),LECS 12),経口内視鏡的筋層切開術(Per-oral Endoscopic Myotomy:POEM) 22)~24)や,Zencker憩室の内視鏡治療 25)~27)などにもESDの技術が応用され,内視鏡先端を大きく動かさなくとも鋭利に切離操作を加えられ止血操作も共に行えるSBナイフは,これらの新たな分野を切り開く有用なデバイスとなりうることが報告された.
また,単純な内視鏡操作で狙った部位を確実に切離できるSBナイフは,ESDの初心者でも安心して操作できるデバイスであった.筆者が訪れたブラジルで開催されたハンズオンセミナーで,従来は20分以内にESDを完遂できた参加者は全体の約1/3程度とのことであった.しかしSBナイフを用いてもらったところ,全員が穿孔なく20分以内に完遂しえ大変驚かれた(Figure 9).また,アジア圏では胃ESD件数が多く,ここで練度を向上させて難病変を扱うようになることが多いが,胃病変が少なく大腸病変が主体となるような地域ではこの手法は選択できない.しかし,SBナイフを用いた大腸ESDのラーニングカーブは胃ESDを介したものともそん色ないことが報告された 28).SBナイフは海外におけるESDの普及にも寄与できる有効なツールと考えられた 29),30).
海外のSBナイフハンズオンセミナー.
a:サンパウロ(ブラジル,2016年).
b:瀋陽(中国,2019年).
このようにSBナイフは,初心者から上級者まで,様々な場面で難局を超えるための一つの有効な選択肢となりえ,今後も多くの場面で一助となることを期待している.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし
補足資料
電子動画 1 SBナイフJrタイプによる豚切除胃モデル内の剝離操作.
a:把持後に押し当てたまま通電し筋層に穿孔を形成.
b:把持後に先端を筋層から引き上げ通電し損傷なく剝離.
電子動画 2 豚切除食道モデル内の押し当て通電実験.
a:Jrタイプ(押し当てた粘膜部に穿孔を形成).
b:Jr2タイプ(同操作で損傷を認めなかった).
電子動画 3 ショートタイプによる粘膜下層剝離操作.
a:食道粘膜下層を口側から肛門側に向けて剝離(画面上方が粘膜側,下方が筋層側).
b:残胃縫合線の線維化領域を鋭利に安定して切離(画面左下方が粘膜側,右上方が筋層側).
電子動画 4 大腸病変に対するJr2タイプを用いたESD.