2021 Volume 63 Issue 9 Pages 1616-1622
42歳男性.肛門痛を主訴に近医を受診し,直腸診と経肛門エコーで腫瘍性病変を指摘され当院紹介となった.CT,MRIでは下部直腸を圧排する65×55mmの骨盤腔由来の腫瘍を認めた.大腸内視鏡検査では腫瘍の一部が直腸粘膜面に露出していたが,鉗子生検で出血を合併したため1個しか検体採取できなかった.また検体は少量で壊死成分が多く,組織診での鑑別は困難だった.後日EUS-FNAを施行すると壊死成分の少ない検体が得られ,HE染色でN/C比が高い小円形の腫瘍細胞を認めた.免疫組織染色ではNSE・CD99が陽性で,遺伝子解析ではEWS/FLI-1の融合遺伝子を検出しEwing肉腫と診断した.骨盤腔由来のEwing肉腫を内視鏡検査で診断した症例は他に報告がなく貴重である.
超音波内視鏡下穿刺吸引法(Endoscopic Ultrasound-guided fine needle aspiration:EUS-FNA)はわが国において2010年に保険収載がなされ,手技の普及とともに腫瘍の鑑別診断に必要不可欠な検査となった.骨盤内病変に対してのEUS-FNAもその例外ではなく,近年は直腸粘膜下腫瘍を中心に症例報告が数多くみられる.
また,Ewing肉腫は小児や若年者の骨軟部組織に好発する小円形細胞肉腫である.骨外性のEwing肉腫は全身の筋肉などの軟部組織に発症し,全体の5%以下の頻度とされる.内視鏡検査での診断例の報告はなく,多くは手術標本やCTガイド下生検,開腹もしくは腹腔鏡下生検にて診断がなされている.
今回われわれは,骨盤腔の軟部組織由来の腫瘍に対し大腸内視鏡検査およびEUS-FNAを施行し,免疫組織染色・遺伝子検索でEwing肉腫の診断を確定し得た1例を経験したため報告する.
患者:42歳,男性.
主訴:肛門痛.
既往歴:2型糖尿病,高血圧症.
現病歴:201X年2月頃より肛門痛の自覚あり.次第に増強を認めたため同年3月に近医を受診した.直腸指診および経直腸エコーで腫瘍性病変を指摘され,精査目的で当院紹介となった.
検査所見:初診時の血液検査では軽度の貧血所見を認めた.腫瘍マーカーはCEA,CA19-9ともに正常であった(Table 1).
初診時 血液・尿検査所見.
腹部造影CTでは,下部直腸背側の骨盤腔内に早期相で不均一な濃染を呈する約6cmの腫瘍を認めた(Figure 1-a).その近傍には同様の濃染を呈する小結節が散見された.これらの濃染は後期相にかけて持続しwash outは認めなかった.
a:腹部造影CT像(矢状断).
b:MRI T2強調像(矢状断・軸位断).
骨盤内の腫瘍部を▲,圧排を受けた直腸の走行を▲で示す.直腸壁は腫瘍により強い圧排を受けていた.また,その直腸壁の一部分は腫瘍浸潤によって連続性が破綻していた(→).MRI T2強調像においては,腫瘍が多結節性であることが明瞭だった.
骨盤部MRIでは,腫瘍はT1強調像では筋組織とほぼ同等の低信号,T2強調像では多結節多信号で,いわゆる“bowl fruit appearance”を呈した(Figure 1-b).また,ガドリウム造影を行うと,腫瘍内部はひび割れ状の濃染を呈した.これらの所見は粘膜下腫瘍の典型像とは異なり,直腸壁外の軟部組織由来の腫瘍ないし高度の壁外進展を伴う直腸癌の可能性が考えられた.
大腸内視鏡検査では下部直腸背側に強い壁外圧迫を認め,直腸粘膜面の一部に腫瘍が露出していた(Figure 2-a).鉗子生検を施行すると,1回目の検体採取時に湧出性出血を合併し熱凝固止血術を要したため,それ以上の検体採取は不可であった.ヘマトキシリン・エオジン(HE)染色ではN/C比の高い小型~中型の腫瘍細胞の増殖を認めたが壊死成分が多く(Figure 2-b),組織型の断定は困難だった.免疫染色ではKi-67陽性率は50%程度,c-kit・DOG-1・synaptophysin・chromogranin A・CD56は弱陽性だったが,上皮系マーカーのCK・CAM5.2・AE1/AE3や造血系マーカーのCD3・CD20・CD34はいずれも陰性だった.また,検体量が少なく,これ以上の免疫染色はできなかった.
a:直視鏡による大腸内視鏡検査.
b:鉗子生検組織 HE染色(強拡大).
下部直腸は強く圧排され,一部に腫瘍の露出を認めた.
HE染色ではN/C比の高い小型~中型の腫瘍細胞の増殖を認めたが,壊死成分も多くみられた.
診断確定には十分な組織検体量が必要であったが,鉗子生検の追加施行は出血のリスクが高いと考え,経肛門的にConvex型EUSスコープ(OLYMPUS GF-UCT260)を挿入してEUS-FNAを施行した.検査前の前処置は通常の大腸内視鏡検査と同様に経口腸管洗浄剤の内服で行った.穿刺前のEUS観察では,病変は66.2×64.0mmの充実性腫瘍として描出され(Figure 3),内部には血流シグナルが散見された.腫瘍露出部は他部位に比して低エコー像を呈した.鉗子生検の結果からも,この部分は壊死成分が多いと考え,穿刺針のストローク範囲外になるように工夫してEUS-FNAを施行した.また,穿刺針はランセット形状の22G針を用い,細胞検査士の協力を得てRapid on-site evaluation(ROSE)を行った.多血性腫瘍は穿刺による微量の腫瘍内出血の回避は難しく,その影響が少ない1回目の穿刺時は,Door-Knocking methodで20回のストロークを行い検体を採取した.その際,Fanning techniqueを用いて同一箇所でのストロークを避けたほか,手際よくストロークを行い手技時間が短時間で済むようにした.また,シリンジでの陰圧は5mlに留めた.初回穿刺で採取した検体の一部でROSEを行うと上皮性腫瘍や間葉系腫瘍は否定され,腫瘍の鑑別には免疫染色などの詳細な検討が必要と判断した.十分量の検体を得るため,穿刺針の刺入位置を変えてさらに2回の穿刺を追加し,検体採取を行った.なお,組織検体は現場にて速やかにホルマリン固定を行った.
Convex型EUS画像.
経直腸的に腫瘍は観察可能で,辺縁は結節状不整・内部はやや不均一な充実性腫瘍として描出された.但し,直腸壁近傍はその他の部分と比べると低エコー・内部不均一像が目立つことから壊死化が疑われた(→).
EUS-FNAで採取した検体は,鉗子生検時の検体よりも壊死成分が少なく十分な組織診断が可能であった.HE染色ではN/C比が大きく,小型で核小体不明瞭な異型細胞が増生を認めたが,形態像からは腫瘍の分化傾向ははっきりしなかった(Figure 4-a,b).免疫染色ではKi-67陽性率は50 %,neuron-specific enolase(NSE)は陽性,c-kit・CD4・CD56・chromogranin Aは一部に陽性所見を認めた.また,円形細胞腫瘍の鑑別目的でCD99を検索すると陽性所見を認めた(Figure 4-c).上皮系マーカーのCAM5.2・AE1/AE3・EMAや筋原性マーカーのdesmin・MyoD1,造血系マーカーのCD3・CD123・MPOは陰性だった.以上よりEwing肉腫の可能性が高いと考え,大阪大学病態病理学講座の協力を得て遺伝子検索を行った.当症例では組織のパラフィンブロックからBoom法 1)でRNAを抽出してcDNAを合成し,PCR法で遺伝子検索を行った.その結果,EWS/FLI-1の融合遺伝子が検出され,Ewing肉腫の確定診断をし得た.
EUS-FNA検体.
a:HE染色 弱拡大.
b:HE染色 強拡大.
c:CD99 免疫染色.
HE染色においては,鉗子生検での標本と比して壊死成分が少なかった.N/Cが大きく,小型で核小体不明瞭な円形の異型細胞が増殖し,核分裂像が散見された.
当症例は腫瘍が骨盤内に広く進展しており,根治手術の適応外とされたため,全身化学療法目的で専門施設へ紹介とした.
Ewing肉腫は若年者に好発し,未分化で悪性度の高い腫瘍である.主として小児や若年者の骨組織に由来するが,5%以下の頻度で筋肉などの軟部組織に由来した骨外発生がみられる.骨外性Ewing肉腫の原発は体幹(32%),四肢(26%),頭頸部(18%),後腹膜(16%)の順で多く,当症例のような骨盤腔原発は数%である 2),3). 確定診断には腫瘍部位の生検は必須であるが,Ewing肉腫を含めた多血性腫瘍は鉗子生検で出血を合併することが多い.一方で,EUS-FNAはドップラーを用いることで血管を避けての穿刺が可能なため,多量の出血を合併するリスクを軽減できる.但し,多血性腫瘍は穿刺時に微量の腫瘍内出血を来すため,穿刺回数を重ねる毎に検体中の凝血塊が増加して組織検体が得られにくくなる.当症例では腫瘍径が大きく,穿刺針の刺入位置・方向が重複しなかったため,2・3回目の穿刺時においても検体中の凝血塊の増加は少量のみで多くの組織検体を得ることができた.また初回穿刺で得た検体の一部でROSEを施行し適正検体を確認できたため,初回穿刺時の残検体と2・3回目の穿刺で得たすべての検体を組織診に用いることができた.
Ewing肉腫の診断には,免疫組織学的染色と細胞遺伝子学的検査が強く推奨されている 4).免疫組織学的染色においてMIC2遺伝子産物で表面膜蛋白の一つであるCD99陽性所見は有用だが,CD99陽性となる円形細胞腫瘍は,Ewing肉腫以外に線維形成性小細胞腫瘍(DSRCT)や胞巣型横紋筋肉腫(ARMS),リンパ芽球性リンパ腫(LBL),芽球型形質細胞様樹状細胞性腫瘍,間葉系軟骨肉腫,Merkel細胞腫瘍などがある.また,Ewing肉腫ではCD99以外にvimentin 5)・NSE・S-100蛋白・CD57(Leu-7)・synaptophysin 6)が陽性で,上皮系マーカーや筋原性マーカーは陰性である点が,先に挙げた腫瘍との鑑別に重要である.さらに,遺伝子解析でEwing肉腫の融合遺伝子であるEWS/FLI-1,EWS/ERG,EWS/ETV-1,EWS/FEVなどの検出にて診断確定となり 4),当症例ではEWS/FLI-1の検出を以って確定診断し得た.
今回施行した遺伝子検索はターゲットシーケンス解析で,EUS-FNA検体で作成したホルマリン固定パラフィン包埋標本(FFPE)のブロックを用いて施行した.ターゲットシーケンス解析は,全ゲノム領域のうち特定の領域に絞り込んで解析する方法 7)のため,少量のDNA量で解析可能なことが多い.但し,2019年に日本病理学会で策定された「ゲノム診療用病理組織検体取扱い規程 8)」において,FFPEの作成時は,生検検体は速やかに固定液に浸漬し固定することや,微小生検検体の場合は固定時間を6~24時間に短縮化するように推奨されており,当症例では固定時間を6時間程度とした.近年,内視鏡下生検組織での遺伝子検索の機会は増加しており,われわれ内視鏡医は,これらの事柄を留意する必要がある.
医学中央雑誌で“Ewing肉腫”と“骨外性” “腹部”“骨盤腔”を各々key wordにして検索すると,骨外性Ewing肉腫のうち腹部原発は40例,骨盤腔原発は21例の報告があり,若年発症例が多かった(Table 2).生検方法は,腹部原発症例の多くはCTガイド下生検や開腹・腹腔鏡下生検,骨盤腔原発症例はTable 2の如くで,EUS-FNAで確定診断し得たのは当症例のみだった.また,骨盤腔原発例のうち軟部組織由来は6例,婦人科臓器由来は7例,膀胱由来は5例,直腸由来・外陰部由来・ダグラス窩由来は各1例だった.そのうち,直腸由来の1例 9)は,大腸内視鏡下の生検における組織診ではgroup1で,外科的切除での摘出標本で確定診断していた.また,標本内の病変は直腸壁内に留まっており,腫瘍の局在中心が直腸壁外である当症例とは異なっていた.
骨盤腔原発のEwing肉腫 報告例.
当院では,当症例の他に直腸原発GISTの1例でも鉗子生検での出血合併にて検体不十分で診断できず,その後EUS-FNAで確定診断し得た経験がある.直視鏡下では腫瘍辺縁の血管走行を視認できないため,多血性腫瘍に対する鉗子生検は出血のリスクを伴う.直腸へのConvex型EUSスコープの挿入は容易であり,特に多血性腫瘍に対する検体採取には安全性の面からEUS-FNAを優先して良いと思われる.
骨盤腔軟部組織を原発とした骨外性Ewing肉腫の確定診断に際し,免疫組織学的染色と遺伝子検索に必要な組織検体の採取に経直腸的EUS-FNAが有用だった1例を経験した.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし