2021 Volume 63 Issue 9 Pages 1630-1638
消化管腫瘍に対するESDでは,粘膜下層剝離を補助するための様々なトラクション法が考案されている.食道ESDは穿孔のリスクが高い治療であり,粘膜下層の視認性を向上させ安全に治療を行うためにトラクション法が特に有効である.このトラクション法のなかで糸付きクリップトラクション法は最も簡便で使いやすい方法である.われわれは市販のデンタルフロスを牽引糸としてトラクション法を行っている.全周切開後に切除粘膜の口側を,デンタルフロスを結び付けたクリップで牽引するだけで,粘膜下層の視認性とテンションが向上し剝離を効率的に進めることができる.また,糸付きクリップトラクション法は線維化や全周性の病変などの治療困難例に対しても有効である.糸付きクリップトラクション法は食道ESDに必須の補助手法と考えられる.
食道表在癌に対する内視鏡的粘膜下層剝離術(endoscopic submucosal dissection:ESD)は,2008年に保険収載され,現在では日常臨床でも広く行われている.食道は,胃や大腸と比較して固有筋層が薄くその外層に強固な漿膜を欠くためにESD時の穿孔のリスクが他の臓器よりも高く,また周囲に心臓や肺などの臓器が存在しているために穿孔した場合には縦隔炎や気胸を併発して重篤化することもある.したがって,食道ESDではより安全に治療を行うための工夫が必要である.
食道に限らず胃や大腸においてもESDをより安全かつ効率的に行う工夫として,様々なトラクション法が考案されている.本稿では,ESDに用いられるトラクション法を紹介するとともに,われわれが施行しているデンタルフロスと内視鏡クリップを用いたトラクション法の実際について解説する.
ESDでは,粘膜下層剝離時に病変粘膜が覆いかぶさることによる粘膜下層の視認性低下と,剝離部位の不十分なテンションが手技を難しくする大きな要因である.特に,粘膜下層組織のテンションの不足は,切除粘膜がブラブラと浮動する治療後半により顕著となる.トラクション法は,粘膜下層剝離時に切除粘膜を引っ張ることでこのような切除粘膜のぶらつきを抑え,スコープ先端の透明フードの効果を最大化することで粘膜下層のテンションと視認性を向上させるものである(Figure 1).
食道ESDにおける糸付きクリップトラクション法のシェーマ.
a:トラクション法を用いないESD.切除粘膜の重みで粘膜下層が潰れるため剝離部位は十分に視認できない.
b:糸付きクリップで切除粘膜を牽引すると,スコープは切除粘膜の下に容易に潜り込み,先端フードの効果で切除粘膜を押し上げ粘膜下層の視認性とテンションが向上する.
ESDで使用されているトラクション法をTable 1に示す.ESDにおけるトラクション法は,大きく2つに分けられる.一つは,切除粘膜を経口的(大腸の場合は経肛門的)に体外に牽引する方法で,もう一つは消化管内で病変の対側に牽引する方法である.糸付きクリップトラクション法 1)~3),把持鉗子またはスネアによるトラクション法 4),5),ダブルスコープ法 6),7)は,体外に牽引する方法である.体外に牽引する方法の長所は,牽引力(トラクションの強さ)を任意に調整できることであり,一方で短所は準備と装着のためにスコープを一度抜去して再度挿入する必要があることである.リング糸またはバネ付きクリップ法 8),9)は,切除粘膜と対側の消化管壁をリング状の糸や輪ゴム,バネなどの弾性のあるもので繋いで病変を牽引する方法である.消化管内で対側に牽引する方法は,スコープを抜去する必要はないが,牽引力はデバイスに付属した弾性物の張力や送気量に規定されるため治療中に細かく調整することはできない.そのため治療途中でトラクションが不足した場合にはデバイスの追加が必要になることもある.ダブルスコープ法以外のトラクション法では,専用のデバイスも市販されている.
ESDで使用されているトラクション法.
食道ESDでは,治療中にもスコープの抜去と再挿入が容易であるため,体外に牽引する方法の短所を感じることは少ない.この体外に牽引する方法のなかで,糸付きクリップトラクション法は,安価で簡便であるため食道ESDに最適な方法である.この糸付きクリップトラクション法は,本邦では小山ら 10)が2002年に,海外ではJeonら 11)が2009年に報告した方法で,手術用の絹糸をクリップに結び付けて施行していた.われわれは,この牽引用の糸を市販のデンタルフロスに変更し,デンタルフロスと内視鏡クリップを用いたトラクション法として施行している 12),13).
デンタルフロス
市販のロール式のデンタルフロスを用意する(Figure 2).デンタルフロスは,絹糸やナイロン糸とは異なり平打ち麺のような形状をしていることが特徴である.このため,結び目の締まりが良くほどけにくく,接着剤を使用することなくクリップに装着可能である.また,牽引時に咽頭や口腔粘膜と接触しても平面状の形状から粘膜を損傷しにくいことが牽引用具として優れた点であると思われる.さらには,ロール式のデンタルフロスは使用する長さの調整が可能であること,コンビニエンスストアやドラッグストアで販売されおり安価で入手が容易であることも利点である.食道ESDではデンタルフロスを約1mの長さに切って使用する.
ロール式のデンタルフロス.
ロール式のデンタルフロスを任意の長さに切って使用する.食道ESDでは1m程度の長さで使用する.
クリップ先端の角度が90°のような把持力が強いクリップを使用する.例えば先端の角度が135°のような把持力の弱いクリップを使用した場合には,強く牽引した際や患者の体動などで突発的にデンタルフロスが強く引っ張られたときに装着したクリップが切除粘膜から外れやすい.また,つかみ直しができるクリップがこのトラクション法にはさらに適している.切除粘膜をクリップで把持する際に誤って筋層も把持すると剝離処置を大きく妨げ,また把持したクリップを筋層から外す際に穿孔する危険性もある.つかみ直し可能なクリップを使用することで,切除粘膜を一旦把持してトラクションの方向と筋層を把持していないことを確認し,必要なときは把持し直してからクリップを装着することができクリップ装着の確実性が高まる.
・牽引前の全周切開と粘膜フラップの作成標準的な食道ESDと糸付きクリップトラクション法の手順をFigure 3に示す.病変周囲の粘膜を全周に切開し,粘膜下層の深切りを行う.特に,粘膜下層剝離のゴールとなる肛門側の深切りをしっかりと行っておく.糸付きクリップを切除粘膜に装着するタイミングは,施行医の好みによって異なるが,われわれは全周切開終了後の早い段階で装着するようにしている.施行医のレベルや好みによっては,粘膜下層剝離を進め粘膜下層の視認性やテンションが不足した後にトラクション法を使用しても良い.糸付きクリップを切除粘膜に装着した後は,クリップやデンタルフロスが粘膜切開の処置を制限してしまうため,装着後に粘膜切開を追加することは困難である.糸付きクリップは,必ず粘膜全周切開と深切りを終えてから装着する.粘膜全周切開と深切り後に切除粘膜の口側の粘膜下層剝離を進め,クリップを装着する粘膜フラップを作成する.粘膜フラップは,最低5mm程度あればクリップを装着可能である(Figure 3-b).
糸付きクリップトラクション法を併用した食道ESDの実際の症例.
a:20mm大の0-Ⅱc病変.
b:マーキング後に全周切開を行い,口側にクリップを装着する粘膜フラップを作成する.
c:デンタルフロスを装着したクリップと共に病変へアプローチ.
d:口側の粘膜フラップをクリップで把持し,筋層を巻き込んでいないことを確認してクリップを装着する.
e:切除粘膜の口側縁にデンタルフロス付きクリップが装着された.
f:クリップと粘膜フラップの下に潜り込み,患者の口から出たデンタルフロスを軽く牽引すると,張った状態の粘膜下層が良く視認できる.
g:適宜デンタルフロスを牽引し,粘膜下層組織のテンションが最大となる部分を切開し続けることで,粘膜下層剝離が効率的に進む.
h:切除後の潰瘍底.最小限の通電で剝離でき,筋層への熱損傷もなく切除できた.
全周切開と粘膜フラップを作成したところで一旦スコープを抜去する.クリップをスコープ鉗子孔に挿入し,クリップの根元に約1m長に切ったデンタルフロスを外科結びでしっかりと結び付ける(Figure 4-a).もしくは,事前にクリップにデンタルフロスを結び付けておき,クリップにデンタルフロスが装着された状態で鉗子孔に挿入し,その後にデンタルフロスを鉗子孔から引き抜いても良い.デンタルフロスを結わえたクリップを鉗子孔内に再収納し,デンタルフロスはスコープの外側に出た状態として,スコープを食道内に再び挿入する(Figure 4-b).
デンタルフロスのクリップへの装着.
a:内視鏡クリップをスコープの鉗子孔から出し,クリップの片方のアームの根本にデンタルフロスを外科結びで結わえ付ける.
b:デンタルフロスを装着したクリップをスコープの鉗子孔内に収納し,デンタルフロスがスコープの外側にある状態で食道内に再挿入する.
スコープで病変に近接した後にクリップを開き(Figure 3-c),最口側の切除粘膜を挟むようにクリップを装着する(Figure 3-d).この際に筋層をクリップで把持していないことをしっかりと確認してから装着する.クリップの歯による病変粘膜の損傷を避けるために,切除粘膜の裏や粘膜下層にクリップを装着する方法もあるが,その場合にはクリップが装着部から外れやすくまた筋層を把持しやすくなるため注意を要する.食道粘膜は扁平上皮で他の消化管粘膜に比較して厚く強固であるため切除粘膜自体をクリップで把持しても検体の損傷は少ないことから,特に初学者には切除粘膜を挟むようにクリップを装着することを推奨している.
・トラクションの強さと粘膜下層剝離切除粘膜にクリップを装着した後に,口から出ているもう一方のデンタルフロスの端を牽引することでトラクションをかける.当院では,デンタルフロスの端に洗濯バサミや数枚のガーゼを結び付け患者ベッドから垂らすことでトラクションをかけている.その後,スコープ先端の透明フードを用いて,当初はクリップフラップ法のようにクリップの下にスコープを潜り込ませるようにして粘膜下層を視認してクリップ装着部の真下を剝離し,剝離が進んだところで切除粘膜の下に入り粘膜下層のテンションが最大となっている部分(粘膜下層組織がピンと張っている部分)を切開する(Figure 3-f).この組織のテンションが最大となる部分を切開し続けることで,粘膜下層剝離が効率的に進む(Figure 3-g).剝離が進むにつれて切除粘膜が肛門側に移動してしまい粘膜下層のテンションが不足しやすい.その場合には,適宜口から出ているデンタルフロスを用手的に牽引してトラクションを調整する.粘膜下層のテンションが向上することで最小限の通電で剝離できるようになり,筋層や潰瘍底への熱損傷もなく切除を完了できる(Figure 3-h).糸付きクリップトラクション法を用いても,ESD用の高周波ナイフに制限はなく,IT型,ニードル型,ハサミ型のいずれのデバイスでもトラクション法の手順と効果は同じである.
・滑車式への応用胃や大腸のESDでは,切除粘膜に装着されたデンタルフロスを追加のクリップで病変の対側壁に固定し,滑車の要領で切除粘膜を対側に持ち上げるトラクション法が提唱されている 14),15).この滑車式糸付きクリップトラクション法では,スコープ先端の透明フードを用いなくとも切除粘膜が対側に持ち上げられるため,やや遠景からでも良好な粘膜下層の視認性とテンションが得られる.食道ESDでも滑車式トラクション法を行うことは可能であるが,いくつか食道固有の注意点がある.それは,①食道では異時多発病変が多く,対側に留置したクリップ周囲に病変が発生した場合にクリップが将来の内視鏡治療を妨げる可能性があること,②頸部食道または胸部上部食道の治療では追加のクリップが頸胸部の違和感を生じる可能性があることである.食道ESDで滑車式トラクション法を用いる場合には,この2つの点を慎重に考慮する必要がある.
われわれは,食道ESDにおける糸付きクリップトラクション法の有効性と安全性を国内多施設共同研究(CONNECT-E trial)で検証した 16).このCONNECT-E trialは,国内の7施設が参加し,病変サイズが20mm以上の食道表在癌241例を対象に糸付きクリップトラクション法を用いてESDを行う群(TA-ESD群)とDFC法を用いずにESDを行う群(Conventional ESD群)の2群に無作為割付し,治療成績を比較した試験である.この結果,治療時間は,TA-ESD群が中央値45分,Conventional ESD群が中央値61分で,TA-ESD群で有意に短かった(p<0.001).術中穿孔は,Conventional ESD群では4.3%であったのに対しTA-ESD群では0%であり糸付きクリップトラクション法は食道ESDの安全性にも寄与することが示された.
また,動物モデルを用いて食道ESD困難例への糸付きクリップトラクション法の効果を検証した報告もある 17).この研究は,ブタ食道を用いて粘膜下層の線維化モデルを作成し,線維化を有する病変に対してESDを行いトラクション法の有無で治療成績を比較したものである.その結果,粘膜下層に線維化がある状態でもトラクション法を用いることで治療時間が有意に短縮したと報告している.
これらの研究結果から,糸付きクリップトラクション法は食道ESDを体感的に楽にするだけではなく,客観的にも治療時間を短縮し安全性も向上させることが示されている.
化学放射線療法後または内視鏡治療後の再発病変は,粘膜下層に高度の線維化を生じていることがある(Figure 5-a).このような病変では,可能であれば線維化が予想される瘢痕部から離れた口側に粘膜切開し,周囲に線維化のない領域を広めに確保することが重要である.手技としては線維化のない病変と同様に全周切開と深切りを行い,トラクション法のクリップを装着する粘膜フラップを作製する.クリップと線維化部分が近い場合には,粘膜下層への潜り込みが困難となり,また線維化部分を切除する際に近傍に装着したクリップに通電し粘膜下層以外の組織を熱損傷する恐れもある.このため,線維化のない病変よりも広めに粘膜フラップを作成した後にクリップを装着する(Figure 5-b).適度なトラクションは,線維化部分の視認性と剝離部位のテンションを改善させるが(Figure 5-c,d),過度なトラクションは,粘膜下層だけではなく筋層をも食道管腔側に引き上げてしまうため,剝離するラインを誤認させることがある.筋層は引き上げないように,切除粘膜を一定の位置に保持する(口側に移動しない)ようなイメージで過度に牽引しないよう心掛ける.
化学放射線治療後の線維化を伴う病変のESD.
a:化学放射線治療後に再発した亜全周性の病変.
b:線維化が予想される部から離れて口側に粘膜切開し,やや広めに粘膜フラップを作成し,糸付きクリップを装着した.
c,d:糸付きクリップで切除粘膜を牽引すると,粘膜下層の視認性とテンションが改善し,線維化周囲の剝離するラインが同定できた.
周在が大きい病変,特に全周性の病変に対しても糸付きクリップトラクション法は有効である(Figure 6-a).全周性の病変でも,まず肛門側の粘膜切開と深切りを行い,続いて口側の粘膜切開を行う(Figure 6-b).口側の粘膜を全周に切開しフラップを作るまでは標準的な症例と同様である.粘膜フラップを作成した後にクリップを切除粘膜の口側に装着し,粘膜下トンネルを1本もしくは2本作製する(Figure 6-c).粘膜下トンネル作成後には病変の固定が不安定になるため,残りの粘膜下層剝離時には糸付きクリップを適宜追加する(Figure 6-d).一つ目のクリップとはやや離れた位置に追加のクリップを装着し牽引する.このようにトラクション法を2~3個使用することで,概ね全周に渡って粘膜下層のテンションを維持でき,全周の剝離を容易にする(Figure 6-e,f).
全周性の病変のESD.
a:全周性の病変.
b:まず口側,肛門側ともに粘膜全周切開と深切りを行った.
c:粘膜下層に口側と肛門側を繋ぐトンネルを作成した.
d:粘膜下トンネル作成後には切除粘膜の固定が不安定となるため,糸付きクリップを装着し牽引した.
e:糸付きクリップで切除粘膜を牽引すると,残りの粘膜下層のテンションも維持された.
f:全周に渡り切除した.
デンタルフロスを用いた糸付きクリップトラクション法のトラブルは,クリップからデンタルフロスが外れる,またはクリップが切除粘膜から外れるといったクリップまたはデンタルフロスの脱落に関連するものがほとんどである.装着したクリップまたはデンタルフロスが脱落する主な原因は過度な牽引である.糸付きクリップトラクション法を含む多くのトラクション法は,切除粘膜のぶらつきを抑えて固定し,スコープ先端の透明フードの効果を最大化することで粘膜下層のテンションと視認性を向上させるものであり,過度な牽引は不要である.切除粘膜を一定の位置に保持するようなイメージで最小限の牽引に留めること,また上述したように先端90°の把持力のあるクリップを使用し,デンタルフロスを外科結びで結わえることで,脱落のトラブルは低減できる.また,Table 1に示したICHIGANⓇ(カネカメディックス)などの市販されているデバイスを用いることでも脱落のトラブルを低減できる.
本稿では,食道ESDにおけるデンタルフロスを用いた糸付きクリップトラクション法の具体的な使用方法について解説した.このトラクション法は,多施設共同無作為化比較試験でも有効性が示された食道ESDをより簡単・安全にする優れた補助手法である.また,使用する物品も安価で準備も容易であるため,どの施設でもすぐに導入することができる方法である.本稿が,食道ESDで糸付きクリップトラクション法を行う際の参考となり,先生方の診療の一助になることを願っている.
本論文内容に関連する著者の利益相反:後藤田卓志(富士フイルム株式会社)