GASTROENTEROLOGICAL ENDOSCOPY
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A CASE OF WELL-DIFFERENTIATED TUBULAR ADENOCARCINOMA WITH A PREDOMINANTLY INTESTINAL PHENOTYPE PATTERN IN A PATIENT WITHOUT HELICOBACTER PYLORI INFECTION
Arata SATOI Toshiaki OHARAZEKITakahito TOBAYoshimasa HORIETakayoshi BABATakahiro MURAKAMIDaisuke HIHARAYuki YOSHIDAKenji TOMINAGAIruru MAETANI
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2022 Volume 64 Issue 1 Pages 43-49

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要旨

症例は70歳,女性.近医で行ったEGDで前庭部大彎に10mm大の陥凹を伴った表面隆起性病変を認め,精査目的に当院紹介となった.Helicobacter pylori(以下H. pylori)の除菌歴はなく,H. pylori-IgG抗体は3U/ml未満であった.EGDで背景粘膜に萎縮はなく,H. pylori未感染と診断した.生検では管状腺腫,Group3の診断であったが,内視鏡所見では胃癌が疑われたため内視鏡的粘膜下層剝離術を施行した.病理組織学的には高分化型管状腺癌であり,免疫組織化学染色ではCD10,CDX2は陽性,MUC2,MUC5AC,MUC6は一部陽性であり,腸型優位の粘液形質を有していた.H. pylori未感染で背景に萎縮や腸上皮化生を伴わない粘膜から生じた腸型優位の高分化型管状腺癌はまれであり,報告する.

Ⅰ 緒  言

近年H. pylori未感染で,背景に炎症性変化のない胃粘膜に生じる,H. pylori未感染胃癌が報告されるようになった.H. pylori未感染胃癌の定義は定まっておらず,頻度は報告により様々であるが,複数の基準で厳密に評価した報告では1%以下 1),2と非常にまれとされている.

今回われわれは,H. pylori未感染で背景に萎縮や腸上皮化生を伴わない粘膜に生じた腸型優位の高分化型管状腺癌の1例を経験したため,文献的考察を含めて報告する.

Ⅱ 症  例

症例:70歳,女性.

主訴:特記事項なし.

既往歴:左乳癌,関節リウマチ,間質性肺炎,Cushing症候群,高血圧症,脂質異常症,逆流性食道炎.

家族歴:特記事項なし(胃癌・乳癌・子宮体癌・大腸癌含む).

生活歴:喫煙歴なし,飲酒歴なし.

現病歴:近医にてスクリーニングの上部消化管内視鏡(esophagogastroduodenoscopy;EGD)で前庭部大彎に10mm大の陥凹を伴った表面隆起性病変を認めた.生検で管状腺腫,Group3であり,精査加療目的に当院紹介となった.H. pylori除菌歴はなかった.

当院でEGDを施行したところ,胃粘膜には萎縮性変化は認めず,体下部から胃角小彎にregular arrangement of collecting venules(RAC)を認め,胃体部には胃底腺ポリープが散在しており,H. pylori-IgG抗体は3U/ml未満と合わせて,H. pylori未感染と診断した.前庭部大彎に10mm大の軽度発赤調の陥凹を伴った表面隆起性病変を認めた(Figure 1-a).インジゴカルミン散布像では辺縁はなだらかに立ち上がり,頂部に不整な陥凹面を認めた.狭帯域光観察(narrow band imaging;NBI)拡大観察では,demarcation line(DL)は全周に同定され,表面微細構造(microsurface pattern;MS)および微小血管構築像(microvascular pattern;MV)はともに不整であり,vessel plus surface(VS) classification system 3より早期胃癌が疑われた(Figure 1-b,c).

Figure 1 

上部消化管内視鏡検査.

a:通常観察像.前庭部大彎に10mm大の陥凹を伴った表面隆起性病変を認める.

b,c:NBI観察像.全周に明瞭なdemarcation lineを認め,内部の表面微細構造と微小血管構築像はともに不整であった.

陥凹面からの生検組織診では管状腺腫,Group 3の診断であったが,内視鏡所見上は癌が疑われたため,十分なインフォームドコンセントの上で内視鏡的粘膜下層剝離術(Endoscopic submucosal dissection;ESD)施行の方針となった.

入院時現症:身長149.1cm,体重38.9kg,BMI 17.5kg/m2.意識清明,体温35.7℃,血圧118/62 mmHg,脈拍78回/分,整,眼球結膜は黄染なし,眼瞼結膜は貧血なし.表在リンパ節は触知せず.胸部に心雑音・肺雑音なし.腹部は平坦軟,自発痛なし,圧痛なし.肝脾や腫瘤を触知せず.四肢は浮腫なし.

入院時血液検査所見:全血球計算,生化学検査ともに異常所見は認めなかった.

ヘリコバクター・ピロリ検査:血清H. pylori-IgG抗体は3U/m1未満であった.また,生検組織の鏡検法でも菌体は認めなかった.

 胸腹部CT検査所見:明らかなリンパ節転移,遠隔転移は認めなかった.

入院後経過:第2病日にESDを施行した.術後は偶発症なく経過し退院となった.

病理組織学的所見:肉眼的には6×6mmの0-Ⅱa+Ⅱc病変であった.組織学的には延長や屈曲,蛇行を示す管状腺管が密に配列していた.上皮細胞は高円柱状であり,腫大した楕円形から類円形の濃染核を有していた.一部に管状腺腫との鑑別を要する異型の軽度な部分が混在していたが,高分化型の管状腺癌と診断とされた(Figure 2-a,b).免疫組織化学染色ではCD10は腫瘍腺管の内腔面に一致して線状の陽性所見を呈し,刷子縁に一致すると考えられ,陽性割合は80-90%であった.CDX2の陽性割合は95%以上であり,Mucin core protein (MUC)2は細胞質に一致する陽性所見を呈し,陽性細胞は比較的均一に癌全体で見られ,陽性割合は20-30%であった.MUC5ACの陽性割合は5%未満,MUC6の陽性割合は40-50%であった(Figure 3-a~d).腫瘍部においてKi67陽性細胞は粘膜全層で認められた.以上より病理組織学的診断の結果はType0-Ⅱa+Ⅱc 6×6mm,tub1,pT1a,pUL0,Ly0,V0,HM0,VM0であり,Tsukashitaら 4の報告に則り,腸型優位の高分化型管状腺癌と診断した.一方,非腫瘍部の粘膜では固有腺の萎縮や腸上皮化生は認められなかった.EBV-encoded small RNA in situ hybridization(EBER-ISH)を施行したが,癌部・非癌部ともに陽性所見を認めなかった.

Figure 2 

ESD検体の病理肉眼所見・組織像(HE染色).

病変辺縁の低隆起を伴う表面陥凹型病変.辺縁隆起の一部まで粘膜内癌を認める.腫大した楕円形から類円形の濃染核を有する高円柱状の異型円柱上皮が明瞭な管腔を形成しており,高分化型の管状腺癌と診断された.

a:マッピング像.

b:HE染色,×200.

Figure 3 

腫瘍部の免疫組織化学染色,×20.

a:CD10.腺管内腔面(刷子縁)に一致して線状に陽性.陽性割合は80-90%.

b:CDX2.陽性割合は95%以上.

c:MUC5AC.陽性割合は5%未満.強陽性を示すのは非腫瘍性腺管.

d:MUC6.陽性割合は40-50%.

Ⅲ 考  察

近年H. pylori未感染で,炎症のない背景胃粘膜に生じる,H. pylori未感染胃癌が報告されている.H. pylori未感染の定まった定義はないが,Onoら 1や藤崎ら 2の厳密な診断基準では「内視鏡所見で萎縮がないこと」,「病理所見で萎縮がないこと」,「2つ以上の臨床検査所見(血清IgG抗体,尿素呼気試験,迅速ウレアーゼ試験など)でH. pylori陰性」,「血清ペプシノーゲン(PG)法陰性」,「除菌歴がないこと」を満たすものとしている.山本ら 5の必要最小限の診断基準では「内視鏡所見で萎縮がないこと」,「病理所見で萎縮がないこと」,「血清PG法陰性」の2つ以上を満たし,「血清IgG抗体または尿素呼気試験でH. pylori陰性」,かつ「除菌歴がないこと」を満たすものとしている.以上のようにH. pylori未感染の診断基準で確立されたものはないが,H. pylori未感染の証明には,既感染例や自然除菌例などを除外するために,複数の検査により複合的に判断する必要がある.本症例は内視鏡所見にてRACを有し胃粘膜に萎縮がないこと,病理学的に萎縮がなく検鏡法でH. pyloriが陰性であること,血清IgG抗体が陰性であること,そして除菌歴がないことよりH. pylori未感染と診断した.

H. pylori未感染胃癌の多くは未分化型胃癌や,腺窩上皮型,胃底腺型を含む胃型分化型胃癌であり,腸型優位の高分化型管状腺癌の報告は比較的まれである.

未分化型胃癌は腺境界部付近に発生する褪色調,平坦もしくは表面陥凹型病変であり,病理組織学的には印環細胞癌が特徴的である.

腺窩上皮型胃癌は体部から穹窿部に好発する発赤隆起(ラズベリー様)もしくは白色扁平隆起型の病変であり,胃底腺型胃癌は体上部から体中部に好発する白色から発赤調の粘膜下腫瘍様の病変であり,樹枝状血管が特徴である.本症例は内視鏡所見,病理学的所見から上記とは異なった性質を持つと考えられる.

他のH. pylori未感染胃癌としてはA型胃炎関連胃癌やEBウィルス関連胃癌,遺伝性胃癌(遺伝性びまん型胃癌やLynch症候群等)が挙げられる.背景粘膜に萎縮がない点,切除検体の癌部・非癌部のいずれにおいてもEBER-ISH法は陽性所見を認めない点からA型胃炎関連胃癌やEBウィルス関連胃癌は否定的であった.乳癌の既往はあるが片側性であり,胃癌・乳癌・子宮体癌・大腸癌含む家族歴は認めない点から,CDH1遺伝子等の病的バリアントは検索できていないが,遺伝性胃癌も積極的に疑われなかった.

医学中央雑誌(会議録は除く)で「H. pylori未感染」,「胃癌」,「腸型」を,Pub Medにて「Helicobacter pylori negative」,「gastric adenocarcinoma」,「intestinal」をkey wordに1959年から2021年2月の期間で検索を行ったところ,腸型優位の高分化型管状腺癌の症例報告は7例 6)~12検出された.それらに自験例を加え臨床的特徴について記載したものを示す(Table 1).

Table 1 

H. pylori未感染胃に発生した腸型優位高分化型管状腺癌の報告例.

H. pylori未感染腸型優位の高分化型管状腺癌の特徴としては,いずれの症例も前庭部に位置し,肉眼型は0-Ⅱaが2例,0-Ⅱa+Ⅱcが3例,そして0-Ⅱcが3例であった.肉眼的に前庭部に好発する良性びらんと類似した所見を呈することがあり,注意が必要である.拡大内視鏡観察ではVS classification systemで7例中6例で癌の診断に至っており,背景粘膜に萎縮がないことからも,拡大内視鏡観察が診断に有用である可能性がある.

内視鏡治療前の生検結果では半数の症例でgroup3もしくは4の診断となっている.このことはH. pylori未感染に生じる腸型優位の高分化型管状腺癌は組織学的異型度が低い腫瘍であることが特徴で,生検検体では腸型腺腫と癌との鑑別が困難であると考えられる.他の腸型胃癌同様に,病理学的に腸型分化型癌と腸型腺腫の鑑別に苦慮する症例では完全生検目的にESDによる一括切除も検討するべきと考える.

胃癌の発癌機序としてH. pyloriの持続感染によるゲノム異常 13やDNAのメチル化異常 14,そして胆汁酸による腸上皮化生の促進からの発癌 15)~19などが示唆されているが,H. pylori未感染腸型優位の高分化型管状腺癌ではいずれの症例でも背景粘膜に内視鏡的および組織学的に腸上皮化生は認められず,これまで知られている発癌経路とは異なった発癌様式の可能性がある.

すべての症例報告 6)~12において周囲の粘膜に腸上皮化生は見られていない.粘膜内癌と粘膜下層以深に進展した腺癌で形質発現を比較すると,後者では有意に腸型が多くなる 20ことから,腸型の形質発現は腫瘍の進展に伴う変化と考えられているが,このタイプの腫瘍では粘膜内癌にも関わらず腸型形質を有している点から腸型形質への強い分化傾向が特徴と示唆される.一般的に腫瘍は発生母地の形態・機能を模倣する 21とされており,背景粘膜に腸上皮化生がなく,名和田ら 22によってH. pylori未感染胃の前庭部に発生した胃型分化型胃癌が報告されていることからも,腸上皮化生のない背景粘膜から胃型の腫瘍が発生し,腫瘍の進展に伴い腸型への強い分化傾向を示すため,粘膜内癌でも症例により完全胃型,混合型そして完全腸型といった種々の粘液形質を有していると推察される.発症機序に関してはH. pylori未感染腸型優位の高分化型管状腺癌は前庭部に好発することから胆汁酸や蠕動に機械的刺激の関与も疑われるが,現時点では報告数も少なく,詳細な機序の解明が困難であり,病態の解明にさらなる症例の蓄積が必要と考える.

Ⅳ 結  語

H. pylori未感染で背景に萎縮や腸上皮化生を伴わない粘膜から発生した腸優位型の高分化管状腺癌の1例を経験し,報告した.近年H. pylori未感染の胃粘膜において胃型腫瘍が注目されているが,腸型分化型胃癌も発生する.肉眼的にはH. pylori未感染の胃粘膜に生じる良性びらんと類似した所見を呈することがあり,今後H. pylori未感染が増える中で注意を要する.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
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