2022 Volume 64 Issue 11 Pages 2391-2411
Precutは本邦では選択的胆管挿管困難例に対して施行されることが多く,エキスパートのみが行うサルベージ手技として位置づけられている.近年,エキスパートの術者が行うearly precutの有用性が欧米から報告され,最近ではdirectすなわちprimary precutの有用性がアジア(韓国,インド)から報告された.トレイニーが習得するにはハードルが高い手技の1つであるが,今後はその有用性からエキスパートのみではなく,エキスパートの監督下であればトレイニーも行うべき手技の1つとなる大きな転換期を迎える可能性がある.しかし,precutは用語を始め,手技に至るまでその詳細は確立していない.
そこで,本稿ではprecutの用語の整理,現時点での動向などを解説する.また,precut施行時の観察ポイントや処置具の選択,具体的な手技の解説を行う.
Precut is performed in patients with difficult transpapillary biliary cannulation and is regarded as a salvage procedure performed only by expert endoscopists. Recently, the efficacy of early precut was reported from Europe, and more recently, the utility of direct (namely “primary”) precut was reported from Asia (Korea and India). Precut is recognized as a highly skilled technique for trainees; however, in near future, its utility may lead to a major turning point based on the results of these studies. Due to its highly skilled technique, precut training under expert endoscopists during endoscopic retrograde cholangiopancreatography may be provided to trainees to achieve early selective biliary cannulation. However, the details about precut, including terminology and technique have not been established. Therefore, this study defined precut-related terminology and described the related trends, selection of devices, and technique in detail.
本邦では選択的胆管挿管法として,造影剤を使用する通常法に加え,ガイドワイヤを使用するwire-guided cannulationや通常法にガイドワイヤを挿入し,造影法とガイドワイヤを併用するwire-loaded cannulationがルーチン手技として広く普及している.選択的胆管挿管が困難な場合のサルベージ手技として膵管ガイドワイヤ法(ダブルガイドワイヤ法を含む)などを行っても,なお困難な例に対してprecut法が行われる.Precut法はもっとも汎用されているサルベージ手技である.近年,超音波内視鏡(EUS)ランデブー法も行われているが,内視鏡の入れ替えが不要なことや安全性などより,precut法の方が普及している.
様々な呼称があるが,以下の3種類に分けて考えると良い 1).
1.Precut papillotomy(PP)十二指腸乳頭開口部から切開を加える方法である.膵管へのガイドワイヤ留置に引き続いて膵管ステントを留置してから行う方法(needle knife over the pancreatic stent:NKOP or over-the-stent papillotomy)と膵管へのガイドワイヤ留置やステント留置が困難な例に行う方法がある.
Needle knife precut papillotomy(NKPP),needle knife papillotomyとも呼称されている.
2.Precut fistulotomy(PF)PPと異なり,十二指腸乳頭部の開口部に接触せずに,膨大部や口側隆起(腫大部)を切開する方法である.膵管ステントを留置した後でも開口部に接触せずに行う方法である.
(Needle knife or precut or suprapapillary)fistulotomy,(needle knife or precut or suprapapillary)infundibulotomy,precut sphincterotomy,suprapapillary punctureとも呼称されている.
3.Transpancreatic sphincterotomy(TPS)膵管に留置されたガイドワイヤ誘導下にパピロトームを挿入し,膵管口より胆管方向へ切開する方法である.
Transpancreatic precut papillotomy,pancreatic sphincter precutting(PSP),transpancreatic septotomy,transpancreatic biliary sphincterotomyとも呼称されている.
選択的胆管挿管困難例である.この具体的な定義は,術者や施設によってコンセンサスは得られていない.一般的には十二指腸乳頭部の正面視から選択的胆管挿管までの時間や十二指腸乳頭部への接触回数で規定されていることが多い.
欧州消化器内視鏡学会のclinical guideline 2)では,選択的胆管挿管困難の定義は,1)5回を超える乳頭部への接触,2)胆管挿管を開始して5分後,3)2回以上の膵管誤挿管,のいずれかを満たす場合としている.なお,本邦では10~30分経過しても選択的胆管挿管が困難であった例を指すことが多い.日本消化器内視鏡学会や米国消化器内視鏡学会では特に定義はない.
本邦では通常の選択的胆管挿管法によって挿管困難な場合には,まず,膵管ガイドワイヤ法(内視鏡的逆行性膵胆管造影法(ERCP)カテーテルによるアプローチ)やダブルガイドワイヤ法(ガイドワイヤによるアプローチ)が試みられることが多いと思われる.膵管へのアプローチが可能となった場合,膵管にガイドワイヤを留置しながら十二指腸乳頭部を安定させ,偏位を修正することができる.また,ガイドワイヤを下方に,すなわち膵管口を押し下げることにより,胆管口も同様に押し下げられ,胆管の遠位端を直線化することができることがある.この操作によっても選択的胆管挿管が困難な場合はnarrow distal segment(NDS)が長いあるいは屈曲している例であり,これらに対してprecutが行われている.
近年の臨床研究により早期の導入(early precut) 3)~9)やdirect(=primary)precut 10),11)の良好な成績が報告されている.これらの臨床研究は,エキスパートのみが行った結果ではあるが,今後,precutはトレイニーであってもエキスパートの監督下で習得するべき手技の1つに位置づけられるようになる可能性がある.
十二指腸乳頭部の形状による適応は術者や施設により異なるが,PFは総胆管結石の嵌頓例に対して良い適応となることはコンセンサスが得られている.その詳細については手技の実際で後述する.
当科では選択的胆管挿管開始5分後に挿管不能であった場合は積極的にprecutを導入している.Direct(=primary)に関しては口側隆起が著明に腫大している例としている.
2.適応外,慎重適応十二指腸穿孔のリスクが高いため平坦乳頭例,傍乳頭憩室や憩室内乳頭などのハチマキヒダが認識しづらい例,口側隆起が存在しない例では適応外となる.口側隆起が小さい例に対する適応は慎重になるべきであるが,このような例に対してprecutを行う場合はPPやPFは適応とはなりづらい.膵管へのアプローチが可能であればTPSが良い適応となる.また,出血リスクから抗血栓薬内服症例や高度の血小板減少や凝固能異常を認める症例では適応外または慎重な適応が求められる.その他,乳頭部への腫瘍浸潤例では腫瘍血管を損傷し,予期せぬ出血を生じることがあるため適応は慎重になるべきである.
3.術者EST診療ガイドライン 12)ではprecutに関する提言はされていない.しかし,precutは有害事象と関連する可能性があるため,術者に関しては,十分な技量を有する術者が施行するべきである,と提言されている.欧州消化器内視鏡学会では80%以上の選択的胆管挿管に成功する内視鏡医が行うべきである,とされている.なお,米国消化器内視鏡学会では特に提言されていない.近年のearlyやdirect precutの臨床成績より,将来的にはトレイニーも施行するべき手技の1つとなる可能性がある.
当科においてはトレイニーも行うべき手技として,口側隆起の大きい例に対するPFを積極的に導入している.また,TPSはESTの手技の延長で行えることより,トレイニーでも行っても良いと考えており,積極的にearly precutを導入しており,症例によってはdirect precutを行っている.
これまでのearly precutの報告 3)~9)のなかで,タイミングの定義に関しては,十二指腸乳頭部への接触回数,試行回数,膵管誤挿管回数,などについてコンセンサスは得られていないが,通常よりも早期であることは間違いない.既報 3)~9)では5~12分,膵管誤挿管は2~4回でprecutが行われている.これらの結果をまとめると,early precutでは通常法と比較して,胆管挿管成功率は高く,有害事象も少ない,との結果が示されている.さらに最近ではその流れは加速しつつあり,direct(=primary)precutの報告も散見されるようになった.ERCP高危険群に対するdirect(=primary)PFとwire-guide cannulation(WGC)の無作為化比較試験(randomized controlled trial:RCT)では,direct(=primary)PFはWGCと比較して,選択的胆管挿管率が高率でERCP後膵炎(Post-ERCP pancreatitis:PEP)は少ない(0%(0/120) vs 9.2%(8/87);P<0.001),と報告されている 10).Direct(=primary)PFとearly PFを比較したRCTではdirect(=primary)PFはearly PFと比較して,PEPが少なく(0.7%(1/151) vs 5.3%(8/152);P=0.04),選択的胆管挿管に要する時間が短い(7.2±1.7 vs 13.8±2.2minutes;P=0.001),と報告されている 11).なお,この報告では全体の選択的胆管挿管の成功率には有意差はない,と報告されている.
PFはこれまでのサルベージ手技としてではなく,direct(=primary)PFとして推奨される結果は決して無視できない.膵管ガイドワイヤ法やダブルガイドワイヤ法を行わないことに対する反対意見やエキスパートのみが行った結果であることに対しては慎重になるべきであるとの意見もあると思われる.しかし,PEPが少ないといったクリニカルインパクトは大きい.今後は欧米においても検証されると思われるが,本邦においても同様に検証が必要であろう.
現時点では質の高い,サンプルサイズが十分な研究はなく,コンセンサスは得られていない 13).内視鏡医の習熟度や好みによって使い分けられているのが現状である.
欧州消化器内視鏡学会のclinical guideline 2)では膵炎のリスク軽減からはPF,膵管誤挿管となった例では膵管ステント留置後のPFが勧められている.しかし,PPとPFを直接比較した研究はない,などの問題点があり,今後はPPとPFの直接的な比較が求められる.また,このガイドラインの発表以降,PFとTPSを比較したメタ解析 14)が報告され,選択的胆管挿管率はTPSが高率であり,有害事象は全体では有意差はないものの,出血はPFで高率との結果が報告されており,全体としてTPSの有用性が報告されている.一方で,2004年以降の大規模プール解析 1)では,PFとTPSは選択的胆管挿管成功率と有害事象(ERCP後膵炎,出血,その他)はほぼ同等と報告されている.
これまでの報告ではいずれの方法を用いても良いということになる.手技の難易度はPPやPFがTPSよりも高い.各種方法で共通していることは,膵管誤挿管となった場合は最終的に膵管ステントを留置することで膵管への影響を最低限に努めることが求められる.もちろん,膵管に対するガイドワイヤの刺激やガイドワイヤによる膵管分枝損傷が膵管ステントで予防できる訳ではないが,ERCP後膵炎予防には可能な限り最善と思われる方法を選択するべきである.膵管にガイドワイヤが挿管されない場合は,膵管へのアプローチに固執しないことも重要である.この場合はPPやPFの適応となる.PPでは開口部からの切開となるため,膵管口へ焼灼が加わる影響が懸念されるが,十分な切開により開放するため,問題ないとの意見もある 15).また,膵管ステントが留置されていれば,膵管口はステントにより保護されているため焼灼の影響は最小限かもしれないが,膵管(口)への焼灼の影響は予測不能かつコントロール不能 13)であり,膵管口への焼灼は可能な限り避けるべきである.
ERCP関連手技のすべてに共通ではあるが,precutにおいても手技の開始に際してもっとも重要なこととして位置づけられる.十二指腸乳頭部の開口部と十二指腸小帯を結んだ仮想線をイメージして,12時方向が口側隆起,6時方向が十二指腸小帯と意識することが重要である.切開の際には起上装置を介して処置具の出る位置も意識しておく.処置具は起上装置を下げた状態では内視鏡画面の5時方向から出て,上げた状態では1時方向から出ることを想定しておく.十二指腸乳頭部を正面視した後でも,十二指腸乳頭部は反時計軸方向に傾いていることが多く 16),偏位が生じていることもある.また,口側隆起の観察も重要である.口側隆起は共通管(Ac),乳頭部胆管(Ab)領域の括約筋で構成されていると報告されているが 15),周囲の結合組織やOddi括約筋の分布が疎で低形成の例や拡張した胆管末端部例(胆管末端部の固有筋層は伴うが非常に薄い)のこともある.切開前は胆管挿管試行時と同様に送気や内視鏡の出し入れ(押し引き),内視鏡の捻じり,上下・左右アングル,処置具の出し入れ,パピロトームの刃(撓みや張り),などの細かな調整を駆使する必要がある.
2.Precut後の観察―十二指腸乳頭部周囲の解剖(Figure 1,2,3)外科摘出後の生標本におけるOddi括約筋.
a:十二指腸乳頭部とその周囲の外観.
b:粘膜切除により膨隆した白色のOddi括約筋の外縁が観察できる.
c:Oddi括約筋の切開により,やや黄色調を帯びたOddi括約筋壁(矢印)と皺のある胆管粘膜が観察できる.
Precut後の粘膜下層.
粘膜下層は粘膜より白色あるいは黄白色を呈する.
Precut後のOddi括約筋.
a:横走する膜状組織として認識できる.
b・c:淡赤色調部分として認識できる.
d:淡赤色調の縞状部分として認識できる.
十二指腸乳頭部周囲の切開後の解剖はParkらの報告 17)が参考になる.この報告では十二指腸乳頭部を先端絶縁ボールチップ付きのパピロトームで切開した後の内視鏡像の解説をしている.すなわち,十二指腸粘膜に引き続いて粘膜下層は白色調を呈し,少し切開を加えると,切開深度が適切であった場合はピンク色の粘膜が観察できる,と報告している.
外科摘出後の生標本では粘膜と粘膜下層を切開した後のOddi括約筋は白い結合組織として認識される(Figure 1).Oddi括約筋は粘膜下層より緻密な結合組織として存在する.
実際にprecutによる切開をした後の粘膜下層は粘膜より白色あるいは脂肪組織を含んでいるため黄白色を呈する(Figure 2).内視鏡ではOddi括約筋は周囲結合組織と色調は同様で,切開深度が適切な場合は周囲の結合組織と異なり,横走する膜状や索状組織として認識できる(Figure 3-a).淡赤色調(Figure 3-b,c)~赤(褐)色調部分(Figure 3-d)がOddi括約筋や胆管・膵管括約筋と周囲の結合組織として観察される.これらは胆管開口部が近傍にあることが示唆される重要な所見である.他にOddi括約筋は白色の索状物 15)や輪状・線状に観察されるとも報告されている 18),19).なお,PPやPFにおいても切開深度が浅い場合やOddi括約筋の低形成例では認識できないことがあり,注意が必要である.PPやPFではわずかな切開を繰り返していく操作でOddi括約筋は“面”で観察され得るのに対して,TPSでは切開後の“線”としか認識できない.つまり,内視鏡的には観察できないことが多い.TPSで十分な深度が得られた場合はOddi括約筋が露出することをしばしば経験する.
3.Precut後の観察―胆管開口部(Figure 4)Precut後の胆管開口部.
a:切開面の中心にスリット状に認識できる.
b・c・d:スリットの中心部に点状に認識できる.
e:淡い赤色の輪状部分として認識できる.
f:胆管括約筋が突出して認識できる.
様々な報告があるが,これは切開の程度が一定ではないことや胆管開口部が個人差により一定の見え方をしていないだけと考えられる.すなわち,1)Oddi括約筋を露出した後に,胆汁が流出している部位として認識できる場合,2)切開面にスリット状(Figure 4-a),あるいは,3)スリットの中心部に点状の(微小)開口部(Figure 4-b~d),として認識できる場合,4)白色や淡赤色~赤色の輪状部分として胆管粘膜が直接認識できる場合(Figure 4-e),5)開口部からOddi括約筋や胆管括約筋が突出して観察される場合(Figure 4-f),が挙げられる.また,6)結石嵌頓例では嵌頓結石を除去することで広い胆管開口部が観察される,7)周囲と比較してわずかに隆起している切開面が観察された場合はその深部に開口部が存在する可能性が高いとの報告 19)がある.Oddi括約筋を露出させた際に切開面をよく観察していると,わずかな隆起がみられることがある.さらに,この部位に対して切開を加えることで胆管括約筋が露出してくることがある.隆起はこの変化の一部を観察しているものと思われる.
輪状の(淡)赤色調と白色調粘膜の混在(縞状粘膜)が確認されれば胆管開口部であることが容易に判定できる.上述した1)~3)は切開深度が浅い場合と考えられる.本来の胆管粘膜は白色調~淡黄色調を呈することより,淡赤色~赤色調を呈している場合は括約筋とともに開口部が観察されているか,開口部の充血やうっ滞による変化を観察していると考えられる.しかし,これらの所見に注目していたとしても,しばしば開口部の認識は困難なことがある.また,閉塞性黄疸例では胆汁の流出は認められず,1)としてのメルクマールにはならないことが多い.切開面では開口部の認識が困難であってもERCPカテーテルやガイドワイヤが抵抗なく胆管内へ挿管されることもあり,結果的にそれ以上深部への切開を必要としないため,本来の胆管開口部の性状を確認することを必要としない例も経験する.
開口部あるいは開口部と思われる部位へのアプローチはERCPカテーテルやprecutナイフあるいはガイドワイヤによる先行のいずれもが選択され得る.いずれにせよ,先端部が切開面に対して過度な力が伝わらないように愛護的に操作をする.開口部が認識できた場合の挿管は容易であるが,開口部の認識が困難な場合は開口部を推定してカテーテル類やガイドワイヤの挿入を試みる.抵抗がなくなった部位が開口部であることが多い.その際には,切開面は脆弱であり,穿通あるいは穿孔の可能性があるため処置具は愛護的に操作するべきである.なお,癌浸潤例では抵抗がなくなった部位が開口部とは限らず,腫瘍そのもののこともあるため,注意を要する.
当科では,切開面が小さいことがあること,NDSの内腔のヒダが遠位胆管内にまで及んでいることよりERCPカテーテルの先端がヒダに引っ掛かり挿入困難になることを想定し,ガイドワイヤを用いて開口部を探っている.ガイドワイヤはERCPカテーテルやprecutナイフカテーテルのガイドワイヤルーメン対応径より細く,X線不透過性が良好で,親水性で柔らかく,回転性が良好な短いアングル型のガイドワイヤ(Radifocus,0.032インチ,260cm,テルモ社)を用いている.これはコスト面でも優れている(11,850円/ 5本入り).
a:Precut ナイフ(ニードルナイフ,針状メス).
左から,KD10Q-1(オリンパス),KD-V441M,KD-V451M(オリンパス),Needleknife XLTM(ボストンサイエンテフィック)を示す.KD-V451Mはナイフの近位側に被覆部(矢印)が確認できる.
b:Precutナイフ(ニードルナイフ,針状メス).
左から,KD10Q-1(オリンパス),KD-V441M,KD-V451M(オリンパス),Needleknife XLTM(ボストンサイエンテフィック)を示す.KD10Q-1はナイフが太い.
PP,PFで用いられる.ナイフルーメンとは別にガイドワイヤ誘導用のルーメンが存在しているか否かで2種類に大別される.
KD10Q-1(オリンパス社)はシャフトが細く,針は太い.突出長は短く固定されており,操作性に優れる.ガイドワイヤ専用ルーメンはないが,ナイフを抜去した後,0.025インチのガイドワイヤが挿入できる.リユース製品である.
KD-V441M(ナイフ露出最大長5mm,オリンパス),KD-V451M(ナイフ露出最大長2mm,フッ素樹脂による絶縁コーティング長3mm,オリンパス)やRX Needleknife XLTM(ナイフ露出最大長7mm,ボストンサイエンティフィック社)はシャフトが太く,やや操作性に劣る.針は細く,突出長は長い.長さは調整できるが,呼吸変動の影響を受けるため,細かな調整を必要とする.これらの針は細いため,コントロール性はやや不良である.ガイドワイヤ専用ルーメンを有し,このルーメンは洗浄用に使用できる.これらはディスポーザブル製品である.KD-V441MやKD-V451Mはトリプルルーメン構造であり,造影ルーメンやガイドワイヤルーメンを有しているため,切開後直ちにガイドワイヤ操作が同時にできる.また,出血時には造影ルーメンより洗浄ができることが利点である.術者の好みによって使い分けをすれば良いとの報告がある 15).
当科ではメスの手元部が絶縁されていることによる安全面やトリプルルーメン構造による操作性,切開中も洗浄可能な点よりKD-V451M(オリンパス)を使用している.
2.パピロトームTPSで用いられる.通常のESTで用いている種類で良いが,後述するように弧を描くように刃を撓ませて(逆張り)切開を開始するため,ナイフの撓み(逆張り)操作が可能なものが良い.
本邦ではCleverCut3V(KD-V411M-0725,先端長7mm,ナイフ長25mm,オリンパス)が頻用されている.先端からナイフが装着されているEllipsotome(MTW Endoskopie社,ドイツ)は先端長0mm(ナイフ長20mm)であり,膵管口に挿入不能あるいは困難な例に対しても使用可能である.ナイフの先端に絶縁ボールチップが付いたISO-TomeやAngulo-Tome(MTW Endoskopie)はPPとして使用する.開口部がある程度の大きさがあれば良いが,開口部が小さい場合はボールチップが挿入できないため,切開は困難となる.また,切開が可能であったとしても,深部切開はしばしば困難である.ボール径やナイフ径は太く,適切とは言えない.今後の改良が望まれる.パピロトームが膵管口に挿入不能あるいは困難な例に対してはPFの適応となる.
当科ではCleverCut3V(KD-V411M-0720,先端長7mm,ナイフ長20mm,オリンパス)や先端長が短いパピロトーム(KD-V411M-0320,先端長3mm,ナイフ長20mm,KD-VC412Q-0215 20),先端長2mm,ナイフ長15mm,オリンパス)を用いている.撓み(逆張り)が調整できない場合には膵管内に挿入した後,開口部まで引いている最中あるいは開口部からナイフが出る直前に引き操作を止め,パピロトームを開口部へ押し付ける操作を行うことにより刃の向きが最適になることがある.KD-VC412Q-0215はナイフの撓みが利用できるように改良したが,撓みが不十分なときはナイフの手元部を左右に大きく振ることにより改善できることがある.
3.高周波発生装置EST用に汎用されている高周波装置を用いる.これらはいずれも切開波と凝固波を自動的に制御するエンドカットモード(VIO300D/200D,VIO300S/200S:エルベ社,PSD-60:オリンパス)あるいはパルスカットモード(ESG-100,オリンパス)が搭載されており,ESTでは出血が少ないと報告されている 3).Precutに関しては特に報告はない.
PrecutではPPやPFでは連続切開をすることが少ない.エンドカットモードであっても単発切開の場合は混合波形で通電が開始された後,純粋な凝固モードに移行せずに切開終了となるため,連続切開より止血効果に乏しい可能性があることには注意する必要がある.
設定は術者や施設で異なる.当科ではVIO 300D/200D,VIO300S/200SではエンドカットはモードI,Effect 2,Cut duration 3,Cut interval 1,ESG-100ではパルスカットモードは60W,パルスカットスローの設定としている.
十二指腸乳頭部の開口部と十二指腸小帯を結んだ仮想線を12時方向が口側隆起,6時方向が十二指腸小帯とすると,PPやTPSでは開口部から12時方向を切開する.PFでは開口部より上部の口側隆起を切開の開始点として12時方向を切開する.つまり,切開長はPPやTPSと比較してPFが短い.
口側隆起の大きい例では胆管開口部を露出させるために長い切開を必要とし,切開上縁に胆管開口部が存在し 21),小さい例では切開上縁より下方に胆管開口部が存在する 16)と報告されているが,必ずしもそうとは限らない.切開長は口側隆起の12時で頂部までが良い 22)とされている.しかし,解剖による個人差により必ずしも一定の傾向がある訳ではなく,頂部に至るまでに胆管開口部が露出する場合もある.小さい例では十二指腸固有筋層より内腔側に括約筋がないか発達していないため,切開長は長くできず,少しずつ切開を加えるべきである.
選択的胆管挿管が得られない場合は切開範囲や切開方向が不適切である.なお,ハチマキヒダが認識できない例では十二指腸乳頭部の隆起の2/3程度の切開とすると良いと報告されている 16),23).
口側隆起が確認しづらい例に対してはパピロトームを一旦,十二指腸乳頭部から主膵管内に挿管した後,ナイフを張りながら出し入れを繰り返すことで口側隆起が認識しやすくなることがある.
当科ではいずれの方法においてもEST中切開に準じた切開長としている.
十二指腸固有筋層に切開を加えると穿孔を生じる.このため,固有筋層に及ばないよう,周囲の十二指腸粘膜をよく観察し,切開部位や方向,深度を意識することが重要である.
PPやPFでは切開前に遠景~中間景で繰り返し観察を行い,括約筋と固有筋層を見誤らないように注意する.切開中も深度を遠景~中間景で繰り返し観察を行うことで十二指腸乳頭部の奥行きを観察し,深く固有筋層に切り込まないように注意する.口側隆起内であれば十二指腸粘膜内であり穿孔することはない.
TPSでは深度の調整は困難なことが多いが,切開方向が問題なければ穿孔することはない.
基本的には口側隆起正中の6~12時方向を切開したと仮定すれば,11~12時方向が胆管方向である.通常のERCPと同様である.
Oddi括約筋を開放しても膵管に挿管される場合は共通管が長い例,Oddi括約筋が十分に開放されていない例,膵管あるいは胆管括約筋が発達している例や胆管走行に偏位がある例が考えられる.膵管に挿管される場合はもう少し口側の12時方向に切開を加えると開口部が認識できることが多い.なお,膵管に誤挿管される場合はガイドワイヤを留置したまま,あるいは,膵管ステントを留置して,胆管方向を推定しながら胆管挿管を試行する.一般的に胆管開口部は膵管開口部よりも口側,やや左側(解剖学的には後壁側)に位置する.切開面に胆管開口部が同定できない場合は解剖学的偏位により1~2時方向に存在している例も経験する.
5Frの両側フラップ付きが汎用されている.フラップが切開の妨げとなることがある.片側フラップ付きの自然逸脱型は操作中あるいは切開中に脱落するため勧められない.片側pig-tail型は通常,3~5cm長の留置時には開口部から口側に先端が向いてしまうことが多いため,肛門側に向けるように留置すると良い.一方で,この操作はステントが逸脱しやすいため注意を要する.片側フラップ付きや片側pig-tail型は5cm長でも膵体部の主膵管走行に沿わずに押し上げているような留置となることがある.このため,膵管ステントを留置する際には膵体部膵管を跨ぐような留置とすれば手技中の逸脱は避けられる.したがって,7cm長を用いると良い.なお,膵頭部や膵体部癌では膵管狭窄や閉塞の存在により,膵管ステントを膵体部主膵管側へ留置することが困難なことがある.このような場合には3cm長を選択せざるを得ないこともある.膵実質が萎縮しているようであれば,あえて膵管ステントを留置しないことも選択肢の1つである.
Precut fistulotomy(膵管ステント留置後例).
a:開口部より上方の予定線の上・下端の2点にマーキングを行う.
b:粘膜を少しずつ切開する.
c:カテーテルを用いて切開面を鈍的に剝離し,淡赤色調のスリット状の胆管開口部が認識できる.
d:カテーテル先端をわずかにあてがい,ガイドワイヤにより選択的胆管挿管に成功した.
Precut fistulotomy(膵管ステント留置後例).
a:開口部より上方の予定線の上・下端の2点にマーキングを行う.
b:2点間の粘膜を少しずつ切開する.
c・d:カテーテルを用いて切開面を鈍的に剝離する.
e:剝離した切開面を観察する.
f:追加切開により剝離面より括約筋層を露出し,スリット状の胆管開口部を確認した.
g:カテーテル先端をわずかにあてがい,ガイドワイヤにより選択的胆管挿管に成功した.
h:カテーテル挿管後の切開面.
十二指腸乳頭開口部不明例に対するprecut fistulotomy.
a:12時と6時方向の2点をマーキングする.
b:プレカットナイフで浅く切開する.
c:粘膜下が膜状に観察され,切開面をカテーテル先端で鈍的に剝離する.
d:胆管括約筋が赤色調の縞状部分が観察できる.
e:胆管括約筋に浅い切開を加える.
f:選択的胆管挿管に成功した.
Precut fistulotomy(胆管結石嵌頓例).
a:総胆管結石の嵌頓により口側隆起の著明な腫大がみられる.
b:粘膜と粘膜下切開により結石が排石された.
c:切開面には胆管括約筋が認識できる.
d:追加切開することなく結石を排石し得た.
電子動画 1
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両法ともにprecutナイフ(ニードルナイフ,針状メス)により十二指腸粘膜を切開して,Oddi括約筋や胆管括約筋を視認し,胆管を露出させる手技である.なかでもPFは開口部に接触させずに口側隆起の途中から胆管に挿管する方法である.
切開深度が深い場合はOddi括約筋や胆管括約筋を視認できずに切り開く場合も考えられるが可能な限り,少しずつ,かつ,浅く切開するべきである.
PPやPFはTPSと比較して切開方向をコントロールできることや切開深度の調整が可能であることが利点である.
切開方向は上述した十二指腸乳頭部の開口部と十二指腸小帯を結んだ仮想線の12時方向に切開する.その際,口側隆起を十分に開放させる.上方(6時から12時方向)に切り上げる方法や下方(12時から6時方向)に切り下げる方法はいずれを用いても良い.これらを組み合わせるのも現実的な方法である.いずれにおいても切開方向を見失わないように注意する.切開予定線の上端へのマーキングの有用性が報告されているが 24),特にPFでは切開予定線の上端のみでなく下端への追加による2点マーキングが切開方向の見極めに有用である(Figure 6-a,7-a,8-a).2点マーキングにより蠕動運動中でも切開方向の見極めに有用である.
メス先端は十二指腸乳頭部に軽く接触させて通電する.呼吸変動や腸管の蠕動運動により十二指腸乳頭部が動くときには静止してから通電するように心掛ける.また,この際には切開方向がぶれやすいため注意を要する.
切開深度に際してはlayer-by-layer 25)~30)により少しずつ浅い切開を繰り返す(Figure 6-b,7-e,8-b).針状メスでは思わぬ深部が切開されていることもあり,切開時はナイフの長さを短くする,あるいは,深くならないように調整することが重要である.特に,KD-V441M,KD-V451M(オリンパス)やRX Needleknife XLTM(ボストンサイエンティフィック)では,呼吸運動によりスコープ内やデバイス内に力が伝わることでナイフの突出長が変化することがあり,深度には注意を要する.粘膜や粘膜下の切開した後は針状メスのナイフを収納し,先端をカテーテルとして利用する.これを用いて切開面を左右に鈍的に剝離する操作(Figure 6-c,7-c,d,8-c,d)が推奨される.ナイフを短くして切開を行っているつもりでも思わぬ深部に切開が加わっていることがあるため,この剝離操作で切開深度を確認する.剝離操作で横走するOddi括約筋が認識できた場合はさらに小さな切開を加えて,胆管開口部を認識できるようにする.点状~スリット状~輪状の白色あるいは淡赤色~赤色調の胆管開口部が認識される(Figure 6-c,7-f,8-e).
深部への切開は十二指腸固有筋層の切開による穿孔の危険性を伴うため細心の注意が必要である.膵管ステント留置後でも切開方法は同様である.
当科では,膵管ステント留置後であっても十二指腸乳頭部の開口部への刺激は既に生じており,開口部から膵管へのさらなる刺激を避けるため,開口部より口側を切開の開始点とするPFを積極的に施行している.
PP・PFの適応と避けるべき例十二指腸乳頭部が腫大している例,口側隆起が発達している例(括約筋が発達している例,拡張した胆管末端部による例)が良い適応となる.造影剤の粘膜下注入例やERCPカテーテルやガイドワイヤの接触により粘膜下浮腫が生じた例も良い適応である.まれに開口部が同定できない例も存在し,このような例も適応となる.もっとも良い適応例は胆管末端部に結石が嵌頓した例である(Figure 9).Precutナイフの先端が結石に当たり,切開が不用意に深くなることはなく比較的安全に施行することができる.膵管内へガイドワイヤを留置する際にガイドワイヤの硬性部が膵頭部までしか留置できない例ではパピロトームは安定しないため,TPSは適応とはならない.副膵管にガイドワイヤを留置させることができれば良いが,困難なようであればPP・PFの適応となる.
逆に避けるべき例は,口側隆起が小さい例,平坦乳頭例,傍乳頭憩室や憩室内乳頭などのハチマキヒダが認識しづらい例である.これらはPP・PFよりTPSの適応となる.
2.TPS(Figure 10,11,電子動画 5,6)Transpancreatic sphincterotomy(TPS)後の胆管開口部.
a:切開面にスリット状として認識できる.
b・c・d:切開面に点状として認識できる.
e・f:切開面に胆管括約筋が突出して認識できる.
c~eではガイドワイヤ周囲に通電されていない赤色調のnarrow distal segment粘膜が露出している.
TPS後の胆管開口部.
a:ナイフを撓ませて12時方向に切開し,切開面には粘膜,粘膜下層が認識できる.
b:観察中に赤色調の縞状の胆管括約筋が突出して認識できる.
電子動画 5
電子動画 6
膵管口を起点として十二指腸乳頭部を開放し,共通管部分を切り開いて膵管と胆管開口部を開放する方法である.
当初は膵管にパピロトームを直接挿入して行われていたが,現在ではガイドワイヤ誘導式のパピロトームが汎用されている.
膵管ステント留置後はパピロトームの挿入が困難となるため,切開後に膵管ステントを留置することが多い.施設によっては膵管括約筋が十分に切開されていることから,留置せずに手技を終了させる場合もある.
PPやPFと比較してガイドワイヤで乳頭部が固定されていることが利点でもあり欠点でもある.利点は処置具が安定して挿入されていることで,比較的安全に切開ができる点,膵管に留置したガイドワイヤ誘導下に膵管ステントが留置できる点,である.欠点は切開方向に制限があることである.また,ナイフの挿入長である程度のコントロールは可能であるものの,切開深度がコントロールしにくい点である.切開部はハチマキヒダ上縁まで,つまり,ESTにおける中切開を目標とする.ときに,パピロトーム先端が開口部に挿管することが困難なことがある.膵管内に挿入できない,あるいは十分に刃が挿入できない場合は先端長が短いパピロトームや針状メスへの変更を必要とする 31).
切開方向は12時方向へ切開する.TPSでは膵管ガイドワイヤの存在によりパピロトームのナイフが1~2時方向に誘導されやすい.また,切開が進むことで,さらに膵管方向に進みやすくなる.そのため,スコープの捻り操作(特に反時計回転)やナイフの撓み(逆張り)操作を必要とする.パピロトームの刃は弧を描くように刃を撓ませて(逆張り)切開を開始し,最終的には12時方向に切開する.
切開後は通電されていない淡赤調~赤色調のNDS粘膜が露出する(Figure 10).しかし,このNDS粘膜の深部に胆管開口部が存在するため,さらに深部への切開を必要とする.十分な切開が得られた場合はNDS粘膜の口側に粘膜下層が観察され,上述した胆管開口部が1)~5)として観察される(Figure 10,11).ただし,TPSの胆管開口部は上述した1)・4)として観察されることが多く,2)・3)・5)となることは少ない.
TPSの適応膵管にガイドワイヤが留置可能な例に限る.ガイドワイヤは少なくとも膵体部まで留置が可能な例に限る.もちろん,PPやPFの適応例も該当する.特に,口側隆起が小さい例では良い適応となる.造影剤の粘膜下注入例もPPやPF同様に適応となる.その他,平坦乳頭例,傍乳頭憩室や憩室内乳頭などのハチマキヒダが認識しづらい例も適応となり得る.TPSが困難な場合や口側隆起の切開長や切開深度が不十分な場合は手技をクロスオーバーしてPPやPFを追加することにより選択的胆管挿管を目指すと良い.しかし,追加切開を行う際は,より慎重に行う必要がある.無理して行わず,後日ERCPを再検することも念頭に置くと良い.
胆管に挿管できない場合は,切開部位や胆管方向が異なる場合や切開深度が不十分な場合が考えられる.
XIIIで解説した通りに施行しても選択的に胆管挿管できなかった場合は当日の手技にこだわらず,後日ERCPを再検すると良い.粘膜浮腫の改善や粘膜自体や付着物による色調の変化で状況が好転することが期待できる.
切開深度が不十分な場合には追加切開を行う.しかし,十二指腸乳頭部の奥行きの方向の観察が十分に行えないようであれば,追加切開は避けるべきである.
手技を中止するべき時間にコンセンサスは得られていない.Precutを開始した時間に依存すると思われる.長時間の手技はPEPを助長する可能性がある.また,麻酔深度の問題に加えて助手やスタッフの精神的不安が助長される可能性がある.切開開始から30分間までに留めるのが良い.
2.切開中に出血が生じた場合粘膜あるいは粘膜下切開後に出血が生じることがある.大部分は洗浄により止血が得られることが多い.
切開面が観察不良となる出血の場合は冷水による洗浄を行いながら0.1w/v% アドレナリン 1mg(ボスミンⓇ注)あるいはバルーンカテーテルを準備する.アドレナリンは希釈して撒布する.バルーンカテーテルは圧迫止血として用いる.なお,アドレナリンや後述する高張ナトリウムエピネフリン液(hypertonic saline epinephrine:HSE)を使用する場合は切開により固有筋層が露出していないことが重要である.固有筋層が露出していた場合は深い局注を加えることにより腹腔内や後腹膜穿孔の可能性が高くなるため注意を要する.
冷水洗浄やアドレナリン希釈撒布,バルーンカテーテルによる圧迫止血によっても止血困難な場合には挿管手技は中止して,止血操作に注力する.以降の止血法はクリップ法,アルゴンプラズマ凝固(argon plasma coagulation:APC)焼灼やHSE局注療法(0.1w/v% アドレナリン 1mg+補正用NaCl 20mL:濃度約10%),高周波止血鉗子による血管焼灼術を試みる.
クリップは後方斜視鏡では操作性が悪いことが多いが,SureClip(エム・シー・メディカル社,東京)は内視鏡の屈曲や鉗子起上装置下での機能性は比較的保たれる.
APCを使用する場合はアドレナリンやHSE局注時同様に,切開により固有筋層が露出していないことが重要である.固有筋層が露出していた場合は凝固を加えることにより腹腔内や後腹膜穿孔の可能性が高くなるため,慎重な操作が求められる.HSEの使用量についてのコンセンサスは得られていないが,膵実質に与える影響を考慮して,十二指腸潰瘍に対する使用総量よりも少量とする.HSE局注液は0.5mLずつ注入し,総量合計が5mLを超えないように努める.出血点が不明瞭な場合は5% HSEを切開面周囲の正常粘膜に局注することで出血点が同定できることもあるが,総量合計が10mLを超えないようにする.高周波止血鉗子は鉗子起上装置により通常径では十分な操作性が得られない.使用する際は細径の止血鉗子(RAICHO,カネカメディックス社,大阪)を用意すると良い.RAICHO(販売終了予定)はカテーテルに柔軟性があるが,RAICHO2ではシャフトが硬くなり,後方斜視鏡での操作性は不良となった.止血鉗子は通電時間が長くなると穿孔の危険性が高くなるため,最低限の通電に留める.上記により止血が得られた場合は,後日ERCPを再検する.止血困難な場合は,interventional radiology(IVR)の適応となる.
なお,胆管開口部近傍よりの出血の場合,選択的胆管挿管が得られていた場合はフルカバー付き金属ステント留置術による止血も考慮すると良い.
3.穿孔が生じた場合後腹膜穿孔と腹腔穿孔の双方が生じ得る.ガイドワイヤによる穿孔の場合は保存的治療のみで改善することが多い.
後腹膜穿孔が生じた場合,クリッピングが可能であれば施行する.しかし,後方斜視鏡ではクリッピングが困難なときが多く,操作が長時間となることで穿孔部が拡大する可能性もあり,クリッピングにこだわり過ぎない.膵管挿管のみに成功していた場合は経鼻膵管ドレナージ(外瘻)とする.膵管と胆管挿管が共に得られていた場合で安定した手技が継続できるようであれば,膵管ステントの留置(内瘻)を先行する.引き続いて,胆管にフルカバー付きの金属ステントを留置するとともに,経鼻胆道ドレナージチューブ(外瘻)も留置する.安定した手技が行えないようであれば,経鼻胆道ドレナージチューブ(外瘻)は割愛しても良い.膵管挿管が得られていない場合は経鼻胆道ドレナージ(外瘻)あるいはフルカバー付きの金属ステントと経鼻胆道ドレナージ(外瘻)との併用を行う.金属ステントは膵管口を閉塞させる可能性があるが,穿孔部に対する中途半端な処置は損傷部位の閉鎖には至らない.この時点で緊急手術となった場合でも穿孔部の直接閉鎖は不可能であり,可能であれば金属ステントを留置しておきたい.膵管・胆管ともに挿管不能であった場合はそれ以上の手技は無理せず,そのまま手技を中止する.膵管ステントを留置後に切開により穿孔し,かつ,胆管挿管が得られていなかった場合は,外瘻化が容易な状況であれば経鼻膵管ドレナージ(外瘻)への切り替えを行う.切り替えが困難な状況であれば,そのまま手技を中止する.
腹腔内に穿孔が生じた場合,後腹膜穿孔が生じた場合と同様にドレナージを行う.クリッピングが可能であれば施行する.クリッピングが困難な場合には手技を中止する.
いずれの場合においても,術直後にCTを撮像して初期評価を行う.また,同時に胆膵外科医やIVR専門医の意見を仰ぐようにする.経時的なCTの撮像も重要である.
腹痛が生じた場合は合併する可能性のあるPEPと穿孔に伴う症状の鑑別診断が困難である.後腹膜穿孔の場合,穿孔部が大きくなければ術直後に疼痛を訴えることは少ない.疼痛が出現,増悪した場合はPEPの合併の有無について,血液検査やCTによる評価を行う.胆汁瘻や膵液瘻が生じている可能性も考慮しておく.後腹膜穿孔であっても漏出する胆汁や膵液の量によっては腹膜側に漏出することにより腹膜刺激症状が出現し得る.遅発性に胆汁瘻や膵液瘻となった場合は緊急手術の適応となる.漫然とした経過観察は避け,緊急手術は24時間以内に行うべきである.
4.切開面が観察困難となった場合出血の他,蠕動運動や粘膜浮腫が高度になった場合に観察困難となることがある.止血処置は上述したように行う.蠕動運動に対してはブチルスコポラミン臭化物5mg静注を追加投与するが,総量は20mgを超えないようにする.粘膜浮腫が生じた場合は適切な視野確保は困難なことが多い.送気を継続させて視野を確保する以外に方法はない.
これらを行っても改善しない場合は処置困難と判断し,手技を中止する.後日,ERCPを再検すると良い.
5.その他の手技Precutによる手技が不成功となった後,ERCPを何日後に再検するべきかについてのコンセンサスは得られていない.しかし,一般的には数日以降(2~3日後)に行うことが多いと思われる.この時点では経乳頭的アプローチが成功する可能性が高く,他の手技を選択する前にERCPを再検するべきである.切開面の観察が十分に行えない場合は盲目的操作により穿孔を生じる可能性があるため,手技を中止する.
Interventional EUSや経皮経肝的胆道ドレナージ関連手技は2回目以降のアプローチによっても不成功となった場合に考慮すると良い.
ドライモデルが報告 32)されているが,現時点では普及していない.これは,十二指腸乳頭部が十二指腸内腔に対して突出部として再現されているのみであるからである.十二指腸乳頭部のみならず,周辺解剖(特に口側隆起とハチマキヒダ)の再現も望まれる.
実臨床ではエキスパートの監督下で総胆管結石の十二指腸乳頭部の嵌頓例(Figure 9)がもっとも良いトレーニングになると思われる.既述したように切開方向さえ問題なければナイフ先端は結石に邪魔されるため穿孔の危険性はなく,トレイニーによる施行のハードルは低い.しかし,このような例は多くはないため,トレーニングの機会は少ないと思われる.
その他,胆管ステント留置後で口側隆起が大きい例も良い適応となる.胆管ステントに沿ってPPあるいはPFを行うことで,切開方向や切開深度を確認するトレーニングとなる(Figure 12,電子動画 5).切開部位や方向が問題さえなければ,口側隆起内では胆管ステントより深部に切り込まなければ穿孔することはない.結石嵌頓例と比較してトレーニングの機会は多いと思われるが,追加切開をあえて行う是非については議論の余地がある.
胆管ステント留置後のprecut fistulotomy.
a:胆管ステント留置後の十二指腸乳頭部に対してprecut fistulotomyを施行.
b:カテーテルで切開面を左右に鈍的に剝離する.
c:淡赤色調の胆管括約筋が認識できる(矢印).
d:選択的胆管挿管に成功した.
Precutについて,用語の整理から現時点の動向,手技の実際を解説した.施行のタイミングに関しては,本邦においても無作為化比較試験による評価を行うべきである.また,粘膜~粘膜下層の切開後の胆管開口部の所見についてはコンセンサスが得られていない.今後,多数例のデータ集積と検討が欠かせない.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし
補足資料
電子動画 1 Precut sphincterotomy.口側隆起腫大例.
2点マーキングを行い,layer-by-layerにより切開を進めていく.細かな切開を行った後のカテーテル先端による剝離操作が重要である.
電子動画 2 Precut sphincterotomy.開口部不明例.
2点マーキングを行い,layer-by-layerにより切開を進めていく.切開中の送水による洗浄の他,カテーテル先端による剝離操作が重要である.
電子動画 3 Precut sphincterotomy.口側ヒダ発達例.
口側隆起の全体の観察は良好で,2点マーキングは施行せずに切開を開始した.細かな切開を行った後のカテーテル先端による剝離操作や送水が重要である.遠位胆管閉塞例ではガイドワイヤが胆管に挿管されていた場合でも確実な挿管あるいは後腹膜への誤挿入かの鑑別診断は困難なことがあり,注意を要する.
電子動画 4 Precut sphincterotomy.膵管ステント留置後,口側隆起腫大例.
2点マーキングを行い,layer-by-layerにより切開を進めていく.切開中に結石の一部や胆泥が排泄された.結石が露出した.
電子動画 5 Transpancreatic sphincterotomy.
膵管口から胆管方向を想定して切開を行う.Papillotomeの刃は弧を描くように撓ませて(逆張り)切開を開始する.切開が進むと膵管方向に進みやすくなるため,スコープの捻り操作(特に反時計回転)やナイフのさらなる撓み(逆張り)操作を必要とする.
電子動画 6 Transpancreatic sphincterotomy.
膵管口から胆管方向を想定して切開を行う.切開に際してはpapillotomeの刃は弧を描くように撓ませて(逆張り)切開するとともに,スコープの捻り操作(特に反時計回転)も使用した.