2022 Volume 64 Issue 2 Pages 195-201
特発性胃潰瘍(H. pylori陰性NSAID陰性胃潰瘍)は,本邦では稀であり,臨床的特徴も未だ明確には分かっていない.特発性胃潰瘍のうち,8週間のプロトンポンプ阻害剤(PPI:proton pump inhibitor)投与でも治癒しないもしくはPPI中止かH2受容体拮抗薬(H2RA:H2 receptor antagonist)への変更で容易に再発する胃前庭部難治性潰瘍が報告されている.その難治性と高い再発率のため,早期にその存在自体に気づくことが重要である.胃前庭部難治性潰瘍では,大彎側に小円形で深い穴様の潰瘍と周辺の粘膜下腫瘍(SMT:submucosal tumor)様の隆起を伴うことが多い.本稿では特発性胃潰瘍のうち,胃前庭部難治性潰瘍の内視鏡的特徴について解説する.
消化性潰瘍の二大要因として,Helicobacter pylori(以下H. pylori)感染と薬剤性潰瘍(アスピリンを含むNSAID(nonsteroidal anti-inflammatory drugs)潰瘍)が知られている.一方で,稀ではあるが上記以外の特発性潰瘍(H. pylori陰性NSAID陰性潰瘍)も存在する 1),2).従来本邦では例外的と考えられてきたが,北米では1990年代に既に消化性潰瘍全体の20~30%と高い頻度であり,西欧でも2000年代に5~10%超の報告が散見されている 3).特発性潰瘍の要因として,重篤な基礎疾患の併存や,生命を脅かすような強いストレス状態の報告 4),5)があるが,原因は現時点でまだ確定されていない 2).特発性潰瘍の詳細については,2017年にIijimaによる総説 6)で詳しく述べられており,こちらを参照されたい.特発性潰瘍のうちで胃潰瘍に限り,胃前庭部大彎を中心に再燃を繰り返す胃前庭部難治性潰瘍が,2008年にYamaneら 7),8)によって初めて報告され,われわれも注目してきた 9).本稿では特発性胃潰瘍のうち,胃前庭部難治性潰瘍(Figure 1)の内視鏡診断を中心に解説する.今後はH. pylori感染率の低下に伴い,特発性潰瘍の存在が顕在化していく可能性がある.尚,本項ではH. pylori除菌後潰瘍とH. pylori既感染症例(明らかな萎縮のある症例)は含んでいない.
胃前庭部難治性潰瘍の位置付け(特発性潰瘍との関係性として).
特発性潰瘍の診断にあたっては,Figure 2のように,まずH. pylori感染診断とNSAID(とアスピリン)内服例を厳密に除外することが重要である 1).H. pylori感染に関しては,迅速ウレアーゼ試験(RUT:rapid urease test)や尿素呼気試験(UBT:urea breath test)などは,プロトンポンプ阻害剤(以下PPI:proton pump inhibitor)内服中と上部消化管出血直後では偽陰性を呈することがあり,それらの影響の受けにくい血清抗体法を加えた複数の感染診断法で陰性と判定する必要がある.上記は上部消化管内視鏡検査で背景胃粘膜に萎縮がみられないことを,まず丁寧に撮影記録として残しておくことが前提となる(Figure 3-i~l).適切な構図で撮影することは意外と簡単ではなく,また潰瘍発見時に注意がそちらに向けられてしまい,後に振り返った時に記録がなかったという事態にもなりかねないため,基本的なことではあるが常日頃からルーチン撮影のポイント 10)を押さえておくことが大切である.また血清ガストリン値測定の上でZollinger-Ellison症候群を否定し,その他悪性疾患,Crohn病,サルコイドーシス,好酸球性胃腸炎等を除外する必要もある(Table 1).
H. pylori陰性NSAID陰性胃十二指腸潰瘍(特発性潰瘍)の扱いに関するフローチャート(文献1より引用し,一部改変).
胃前庭部難治性潰瘍の瘢痕期内視鏡像(2症例を提示:3-a~d,3-e~lがそれぞれ同一症例.3-e~lと4-c~fは同一症例).
a:胃前庭部大彎の発赤を伴う溝様・窪み様の潰瘍瘢痕(遠景観察).
b:胃前庭部大彎の発赤を伴う溝様・窪み様の潰瘍瘢痕(近接観察).
c:胃前庭部大彎の発赤を伴う溝様・窪み様の潰瘍瘢痕(インジゴカルミン散布像,近接観察).
d:胃前庭部大彎の発赤を伴う溝様・窪み様の潰瘍瘢痕(インジゴカルミン散布像,近接観察).
e:胃前庭部大彎の発赤を伴う溝様・窪み様の潰瘍瘢痕(遠景観察).Figure 4-cから8カ月後.
f:胃前庭部大彎の発赤を伴う溝様・窪み様の潰瘍瘢痕(近接観察).Figure 4-cから8カ月後.
g:胃前庭部大彎の発赤を伴う溝様・窪み様の潰瘍瘢痕(近接観察).Figure 4-cから4年10カ月後.窪み様溝様瘢痕近傍に新たなびらんが出現している.
h:胃前庭部大彎の発赤を伴う溝様・窪み様の潰瘍瘢痕(インジゴカルミン散布像,近接観察).Figure 4-cから4年10カ月後.
i:背景胃粘膜(萎縮なし,胃体下部見下ろし).Figure 3-e~h・4-c~fと同一症例.
j:背景胃粘膜(萎縮なし,胃体中下部見下ろし).Figure 3-e~h・4-c~fと同一症例.
k:背景胃粘膜(萎縮なし,胃体部見上げ).Figure 3-e~h・4-c~fと同一症例.
l:背景胃粘膜(萎縮なし,胃角小彎見上げ).Figure 3-e~h・4-c~fと同一症例.
H. pylori陰性NSAID陰性潰瘍(特発性潰瘍)の原因(文献1より引用し一部改変).
NSAIDおよびアスピリンの内服歴については,詳細な問診での確認が不可欠ではあるが,患者の高齢化に伴い複数の医療機関から投薬を受けている症例や市販薬で使用している症例も少なくないと思われ,薬手帳の確認の他に家族への直接の確認を行うなど,注意深い投薬歴聴取が不可欠である.NSAIDおよびアスピリンの内服中止期間と胃潰瘍発生までの間隔については,過去の報告では内視鏡施行前の1カ月間で同剤の内服歴がない症例と定義しているものが多い 11)~13).
内視鏡所見で特徴的となるのが,前庭部大彎を中心に小さく深い穴様の潰瘍がみられることで(Figure 4-a,b),通常の消化性潰瘍とはやや異なった所見を呈する 7)~9),14).穴様潰瘍は浅いこともある(Figure 4-c~f)が基本的に小さいことが多い 8).自験例では大彎~後壁側を中心に好発しているが,症例数が少ないため好発部位に関しては症例集積を待つ必要がある.なぜこのような形態を呈するのかはまだ解明されていない 7),8),14).
胃前庭部難治性潰瘍の活動期内視鏡像(3症例を提示:4-aとb,4-c~f,4-gとhがそれぞれ同一症例).
a:胃前庭部大彎の穴様潰瘍(遠景観察).
b:胃前庭部大彎の穴様潰瘍(近接観察).
c:胃前庭部大彎の穴様潰瘍(浅い穴様潰瘍,遠景観察).
d:胃前庭部大彎の穴様潰瘍(浅い穴様潰瘍,近接観察).
e:胃前庭部大彎の穴様潰瘍(浅い穴様潰瘍NBI併用弱拡大像,近接観察).
f:胃前庭部大彎の穴様潰瘍(浅い穴様潰瘍インジゴカルミン散布像,近接観察).
g:胃前庭部大彎の穴様潰瘍とSMT様隆起(遠景観察).
h:胃前庭部大彎の穴様潰瘍とSMT様隆起(遠景観察).
多くの場合,穴様潰瘍の周辺に粘膜下腫瘍(以下SMT:submucosal tumor)様の浮腫状隆起を伴う(Figure 4-g,h).SMT様の浮腫性隆起は特徴的な所見で,NishieらはSMTを疑われて紹介された同様の症例を報告している 14).なぜこれらの特徴的所見を生じるのか未解明ではあるが,自験例ではほぼ全例で前庭部に蠕動亢進が確認されており,次々と生じる蠕動波で写真撮影が容易でない症例も経験する.萎縮の全くない胃粘膜にもかかわらず,胃前庭部大彎を中心に穴様潰瘍とSMT様の浮腫性隆起を見つけた場合は,本疾患の診断の契機になる.
3.窪み様溝様瘢痕(発赤調多発瘢痕による変形)と輪状配列(同心円状配列)PPI維持投与により潰瘍が一旦瘢痕化する症例と8週間のPPI投与(最大投与量)でも瘢痕化しない症例がある.潰瘍が一旦瘢痕化する症例も,多くは前庭部大彎を中心にびらんや潰瘍を繰り返す経過を辿る(潰瘍瘢痕上にびらんや潰瘍を形成する場合もあれば,近傍に新たに形成するものもある).Figure 4-cの症例は,PPI維持投与にもかかわらずその後に前庭部大彎を中心に潰瘍もしくはびらん再燃を繰り返し,初診8カ月後にはFigure 3-eのように複数の瘢痕によって前庭部大彎を中心に窪み様・溝様の潰瘍瘢痕が形成されていた.自験例で多くの症例でこの所見を認めている(Figure 3-a~dは別症例).症例の一部では経過中に疣状胃炎様にもみえるものもあり,一見すると区別が困難な症例もある.疣状胃炎は主に腸管の長軸方向(手前から奥)に向かって数条の隆起性びらんが連なるものが多いのに対して,胃前庭部難治性潰瘍では瘢痕化を伴って前庭部大彎を中心として潰瘍瘢痕が輪状に配列してみられる 9).多くの症例で大彎側を中心に瘢痕部に一致して発赤が目立つことから,蠕動亢進の関与が推測される 9).
特発性潰瘍の診断確定となった際は,通常はMcCollが推奨しているように(Figure 2),その後PPI維持投与が必要となる場合が多い.本項で述べてきた胃前庭部難治性潰瘍でも同様であり,PPI中止もしくはPPIからH2受容体拮抗薬(以下H2RA:H2 receptor antagonist)へのstep downで容易に再発する.自験例では,PPI中止後の潰瘍再発率は100%であった.PPIとH2RA併用で漸く瘢痕化した症例報告もみられている(2008年 Yamaneら 7)).PPI維持投与下であるにもかかわらず潰瘍が再発した症例も存在し,難治化の要因として過酸状態の他に前述の様に幽門部の蠕動亢進の関与が推測される.
萎縮のない胃粘膜に胃前庭部大彎のSMT様隆起+穴様潰瘍がみられた際には,PPI維持投与の上で8週間後に潰瘍が瘢痕化するか内視鏡所見を確認しておく必要があり,瘢痕化しない場合はPPIからH2RAへのstep downやPPI中止を避け,診断が胃前庭部難治性潰瘍に相当するか,過去の内視鏡所見の再確認を行うことが重要である.
H. pylori陰性NSAID陰性の特発性胃潰瘍のうち,胃前庭部難治性潰瘍の特徴的所見について解説した.比較的稀な病態と考えられてはいるが,日常診療において見逃されている可能性もある.本解説が今後の症例集積に少しでもお役に立てれば幸いである.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし